第60話
目を覚ますと、視界ゼロの闇だった。
ここがあの世というやつか、と男性は思った。
『目が覚めたか?』
暗闇の中から、電子的な音声が聞こえる。
「ここは?」
『ここがどこかということは、問題ではない。お前は、私の質問に答えればいい』
「やっぱり、俺も消すつもりか。易弥と同じように」
男性はうな垂れた。
どうやらまだここは現世のようだが、すぐにあの世に行くことになってしまうかもしれない。
『お前は、易弥の死について何を知っている?』
「全部知ってるよ。お前達の息子が易弥を殺したんだ。俺は全てを知っている。それを警察に言ったけど、相手にされなかった。絶望したよ、警察もグルだったなんてな。腐ってるよ、お前ら」
ここまで言ってしまえば、もう確実に殺されるだろう。
でもいいんだ、たぶん、何にしても俺は殺される。
どっちみち殺されるなら、言ってしまった方がいい。
『易弥を殺害した犯人の名前を言えるか』
「タダカ、ススキ、サドウだろ。主犯はタダカ。お前らを雇ってるのは、タダカの親父だろ? 俺は全部知ってるんだ」
男性は、一息つき、呼吸を整え、続けた。
「さぁ、殺せよ。俺は、あの世でもお前らを許さないからな」
男性の覚悟は本気だった。
身体は震えている。
しかし、背筋を伸ばし、堂々としていた。
『私は、お前を殺したりはしない。お前が思っているような、タダカに雇われた者ではない』
「え……?」
『あの日の事を、詳しく話して頂きたい』
男性はそれを聞くと、何かを考えるように間を置き、ゆっくりと話し始めた。
「易弥は、俺の時計を取り返す為に、あの日、錦のあのクラブに行ったんだ」
『時計』
「俺の親父の形見の腕時計さ。タダカ達はそんなもの欲しくもないのに、俺から奪い獲った。タダカは、関係ないヤツをあのクラブに連れ込んではリンチするようなことをよくしてたんだ。多分、他にも何人か殺してるんじゃないかな、あそこら辺は行方不明事件も多かったから。それを易弥に話したんだ。俺はもういいって言ったんだけど、易弥は絶対取り返すって。それで、あのクラブに行って、タダカ達にリンチされて、ビルの9階から突き落とされた。易弥の遺体の手には、ガラスの割れた俺の腕時計が握られていた」
男性は、泣いた。
声を出して泣いた。
無限の空間に、男性の嗚咽がどこまでも響いていった。
『もうあいつらには近づくな』
その言葉を最後に、また意識が遠のいた。
易弥の友人の証言は本当だろう。
しかし、証拠がなかった。人違いで殺してしまうなどと言う事は許されない。
「警視庁のデータベースにも、監視カメラの映像など、何一つ残っていませんでした」
次の日、日曜日の午後。
4人は、スカムズ屋敷でコタツを囲んでいた。
「彼の言った通り、警察もグルだな。主犯格であるタダカの父親は、財務省の官僚だ。捜査に圧力が掛かったに違いない」
「お役人同士仲良しだからにゃあ」
「それなら、どれだけ探しても監視カメラの映像は出て来ませんね。ネットの痕跡が全て削除されてるのも頷けます」
「それなら、本人を当たるしかねぇべ」
「タダカは難しいかもしれにゃいけど、取り巻きの2人はなんとかなるかもね」
「それなら、スマホを狙いましょう。スマホは情報の塊。必ず、何か出て来ます」
「容易い。今から行こう」
4人はコタツから出て立ち上がった。
「ところで荘子、お母さんは心配しないんか?」
「友人の家で勉強してくると言ってあります」
「こうして、真面目だった娘は不良の道に踏み入れていくのか」
4人はフォルクスワーゲン・タイプ2に乗って、ススキの自宅に向かった。港区にある、古いタイプの2階建アパートだった。
志庵は、アパートの近くの路上に車を駐車させた。
「Wi-Fiを通じて、ススキのスマホをハッキングする」
「ススキがWi-Fiをオンにしてなかったら?」
「妨害電波を出して通常の通信を不能にさせ、Wi-Fiをオンにさせる」
なづきは特殊なギアを使い、Wi-Fiを起動させた。ススキのスマホのデータは入手済みだった。後は、Wi-Fiを通じて入り込むたけだ。
なづきはポータブルゲーム機の画面をチェックする。
「よし、かかった」
「ちょろいにゃ」
なづきはバックグラウンド操作でススキのスマホの画像フォルダに進入する。
「見つけた」
そこには、あのクラブの個室で3人が易弥を袋叩きにするシーンや、階段の踊り場でボロボロになった易弥を突き落とす動画が記録されていた。誰か来ないように、あの若いボーイが見張っている映像も残されていた。
「絶対あると思ったよ。さて、これで遠慮はいらねぇな」
「予告状を出すぞ」
「やっぱり出すんですね、予告状」
「それはスカムズのきまり♡」
「大丈夫だ、どれだけ逃げてもスマホのGPSで居場所を特定出来る。それに、警察に逃げこめば罪を認める事になるだろう。奴らは子犬のように、部屋の隅で震えている事しか出来ない」
「では、殺害の手順を決めましょう」
次の日、『払田易弥を殺害した3人を始末する』という内容の予告状が警視庁に届いた。
荘子は学校のテストを終えると、すぐ警視庁に向かった。
剛や沙亜紗と打ち合わせをし、次の日もテストだからと警視庁を後にした。
しかし、直接家には帰らず、千種区に向かった。
ススキは、ビルとビルの間の暗い裏路地の隅で、小さく丸まってスマホで電話をかけていた。
「絶対ヤバいって! タダカには連絡取れねぇし、俺はもう警察に行くぜ」
『バカ、そんな事したらタダカに殺されるって。警察もあいつの味方だろ』
「クソ! とりあえず、あの場所で落ち合おうぜ」
『おぉ、じゃあ後でな』
スマホの通話を切り立ち上がろうと身体を持ち上げた瞬間、マキナのエボルヴァー・ダガーがススキの首を切断した。
ススキの頭部が地面に落下し、首のない胴体はスマホを手から離した。続いて、胴体も倒れる。
マキナは、地面に捨てられたゴミと同化したススキの生首に筆でバツ印を書いた。
「お前も違う」
同時刻、狭いアパートの一室で、なづきがエボルヴァー・ウィップでサドウの首を締めつけ、最後には首を引きちぎって胴体から頭部を切断した。
なづきはマキナと同じように、サドウの生首にバツ印を書いてアパートを出た。
荘子と志庵は、千種区のタダカの自宅近くにいた。GPSでタダカを追跡していた。
「他の2人は始末したってにゃ」
「残るは、タダカだけですね」
もう少しでタダカにたどり着く、その時だった。近くにいるはずのタダカの居場所を示すサインが消えた。
「タダカのGPSが消滅しました」
「どういうことにゃ?」
荘子のスマホが着信を告げる。
ポケットから取り出し、画面を見ると、父からだった
『荘子、状況が変わった』
「変わったとは?」
『スカムズからタダカという大学生の青年を守れ、という警視総監の指示が出た。タダカという男性は今こちらで保護している』
くそ、やられた——
「荘子、どうした?」
志庵がスマホを耳に当たる荘子の横顔を覗き込んだその時だった。
2人のそばを、黒塗りのトヨタ・センチュリーが走り抜けて行った。
後部座席には、タダカの姿があった。
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