第53話 




 なづきは、派手なフォルクスワーゲン・タイプ2の後部座席に座りながら、ポータブルゲーム機の画面に、あるリストを表示していた。


 通称、削除リスト。


 ここには、まさに抹殺すべき凶悪犯罪者がリストアップされている。



「今回の目標は、こいつだ」



 そこに表示されたのは、おやじ狩りを繰り返していた大学生だ。格闘技を習っていたこともあり、腕っ節は強く、それを利用して1人で歩いているサラリーマンを狙い、恐喝し、暴力を振るっていた。


 被害者の1人は、打ち所が悪く今も寝たきりになっている。しかし、犯行当時、クリミが未成年だった事もあり、大した罪にも問われなかった。それが、この今の日本だ。未成年だからと言って、何でも許されていいわけではない。昔ヤンチャしてた若者が改心して真面目な大人になるのとは、次元が違う。こいつは、救い難い罪を犯した犯罪者だ。



「犯罪者が行方不明になるケースが多々あったのですが、こういう理由だったのですね」


「そうだべ。あとは、犯罪者を労働力として欲しがったりする人がいるから、その人達に渡すとか、かなー」


「某カイジのように、地下で働かせるんですか?」


「あれとは少し違うな。クリミの脳にちょっと刺激を与えて、思考出来なくするんだ。ただ身体だけを動かす、旧世代のロボットみたいに。一切飯も与えず、壊れたら捨てる」



 素晴らしい、と荘子は思った。


 それを正式に、政府は採用すればいい。単に死刑にするよりも、労働力として使われた分だけ、犯罪者も世の中の役に立ったことになる。



「後は人体実験に使ったりとかにゃ」


「人体実験?」


「新しい薬を試したり、科学的な実験とかにゃ」


「もしかして、先ほどの司馬さんとかも」


「そうそう! ピンポーン!」


「そういう仕事がけっこう来るから、きさらぎ街の人間は食うのに困らない」


「きさらぎ街の住人は、一般人には手を出さないんですか?」


「おう、それが決まりだからな。そんな事をしたら、ルーラーに処分される。一応、あそこにもルールがあるんだべ」


「ルーラー? 監視する人がいるんですか」


「あぁ、だが我々もその正体は知らない」


「だけど、過激なことをする人間もいる。みぃ達は別に殺しが好きでやってるわけじゃないけど、快楽でやってる人間も一部存在するんだ。例えば、封羅さんとかにゃ」



 封羅さん——あの、赤いドレスの女の人。



「封羅さんが痴漢常習犯の殺害を依頼された時の話だが——」







 若い女性ばかりを狙った痴漢常習犯のクリミの自宅。



 狭いアパートの一室で、痴漢のクリミは椅子に縛りつけられ、頭と右手だけを動かせる状態だった。


 クリミの前にあるテーブルの上には、白い皿が置かれ、その皿の上に、切り取られたクリミの性器が置かれていた。


 棒状のものと、丸い玉が2つ。



「さぁ、食べなさい」



 テーブルの上に座っている封羅は、真っ赤な唇で妖艶に微笑んだ。



「か、か、か、かんべんしてくださひ」



 クリミはすでに、言葉を話すのも困難な精神状態になっていた。


 しかし、封羅は容赦なく続ける。



「ほら、早くしないと、今度は眼球をほじくり出してやるわよ。眼球は、ソテーにしてあげようかしら?」



「ご、ご、ご、ごめんなはい!」



 そう言って、クリミは性器を手にとって口に運ぼうとしたが、手が震えて、途中で床に落としてしまった。


 それを見た封羅は、急に顔つきが変わった。


 ゆっくりと立ち上がり、フォークを手に取ると、そのフォークで床に落ちているクリミの性器を突き刺し、それをクリミの口に突っ込んだ。



「ふごごごごぉ」


「さぁ、食べて。どんな味がする? 美味しいでしょ? 全部食べ終わるまで楽にしてあげないからね。フフフフフ、アハハハハハ!」











「さすがにそれは気持ち悪くなりますね」


「だろう? あと、誘拐犯の時は、クリミの指を切り取って、それをクリミの自宅に隠して探させたんだべ? 早くしないと指がくっつかなくなっちゃうわよって」


「もういいです」




 荘子は思った。


 今度から電気街に入る時は、必ず迎えに来てもらおうと。



 そして、スカムズがマキナ達で本当に良かったと。




「でも、そんな怖い事するのはほんの一部だべ。きさらぎ街の人間は、基本みんな優しいから」


「世話を焼いてくれるけど、必要以上に干渉しないし、興味も示さない。みんな、1人で生きてる。何かしら背負って、表の世界で生きていけなくなった人が最後に行き着く場所。そこが、きさらぎ街」


「悲しみを知っているから、人に優しく出来る。 でも、ルールを破る奴には容赦なしにゃ」





 404地区——通称、きさらぎ街。


 今の日本には必要な場所なのかもしれない。



 やはり、わたしはきさらぎ街のような場所が必要でなくなる世界を創らなければならない。



 荘子は決意を強くした。












 人通りが少なくなった羅刹区栄の裏路地。


 通りかかるのは、ギターケースを抱えたバンドマンや、スケートボードを持った若者くらいだ。


 

 閉店した煉瓦造りの店舗の前に、薄緑色のフォルクスワーゲン・タイプ2がハザードを点灯させ停車すると、シャッターが開いた。


 タイプ2はバックでシャッターの奥に入り、すぐにまたシャッターが下りた。



 シャッターが完全に閉まると、薄暗い奥の部屋から体格の良い男性が現れた。


 マッツだ。



「お疲れ様。おやおや、良い肉じゃないか」


「取れたて新鮮だぞ!」



 マキナ達が車から降りてきた。



「相変わらず良い腕だねぇ。無駄な傷が一切ない」


「高値で買い取ってにゃ♡」


「うちの店のサービス券でどう?」


「いらねーべ!」


「それは残念」



 車から肉を下ろし、報酬を受け取ると、マキナ達は近くある一風堂に入ってラーメンを食べた。



「うむ、下界のラーメンもなかなかイケるな」


「はい……まさか、あのラーメン屋さんは普通の食材を使ってますよね?」



 磨瀬木を殺害した夜に入った、きさらぎ街のラーメン屋の事だ。



「当たり前だべ! あんな変態ばかりじゃないからな!」


「マッツさんのお店は、下界に出店してる店舗の方が流行ってるみたいにゃ」


「勉強になります……」




 また一つ、恐ろしい世界を知ってしまった荘子だった。





「替え玉くださーい!」





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