スカムズの何気ない日常

第54話 




 月曜日。


 平日の朝。



「ほら、起きろふたりとも」



 という声で目を覚ました。


 接着剤でくっつけられたように動かない瞼を無理やりこじ開けると、制服の上にハート柄ピンク色の割烹着を着たなづきがいた。


「起きないと朝飯は抜きだぞ」


「ふぁい」



 マキナは仕方なく布団から出て、洗面所に向かう。


 洗面台の鏡の目に立つと、綺麗な金髪が横に飛び跳ね、イルミネーションに彩られた派手なクリスマスツリーのようになっている、マキナの寝癖ヘアースタイルが鏡に映っている。


 マキナは歯ブラシを取って、歯磨き粉をつけて歯を磨く。


 シャカシャカと磨いていると、後ろから背中に覆いかぶさるように何者かが抱きついてきた。



「眠いにゃ」



 志庵の赤髪はストレートだが肩のところで毛先がピンと跳ねていて、遠目から見るとタコさんウインナーのように見える。


 2人は寝ぼけながら歯を磨き、顔を洗う。



「うぅ、冷たい」



 洗面台は昔ながらのこじんまりとしたもので、2人が一緒に使うのには少々狭い。



「あ、志庵鼻毛出てる」


「にゃ!? うそー!」


「ウソだよーん、ぎゃはは」


「にゃー! お前このやろう!」


『いてっ!』



 突然、朝からじゃれ合う2人の頭を、何かが叩いた。



「お前ら、いいかげんにしろ」



 調理器具のおたまを持ったなづきだった。


 顔がちょっと怒っている。



「はい……」



 しかし、ピンクの割烹着が可愛い。





 2人とも制服に着替えてコタツの前に座ると、なづきが調理した朝ごはんが用意されていた。


 白いご飯に、卵焼き。


 鮭の塩焼き、納豆……



 「な、納豆⁉︎」



 納豆を見た瞬間、マキナの表情が硬くなった。



「オーマイガッ! ワタシ納豆ニガテアルヨ!」


「こんな時だけハーフっぽく外国人風のカタコト言葉を使ってごまかすな! しかも何だ、アルヨって!」


「だってマキナ納豆苦手なんだもん」


「えー、美味しいにゃ?」



 涙ぐむマキナの横で、志庵はグリグリと納豆をかき混ぜている。


「そのニオイがダメなんだべ。ううう」


「食べないと、マッツさんのところにマキナ用の出前頼むぞ。洋風納豆ライスとかどうだ?」


「ごめんなさい、食べるぅ」



 そう言って、マキナは超高速で納豆をかき混ぜて始めた。


 まるで、遠心力でニオイを飛ばすみたいに。








 鯉に餌を与えて、スカムズ屋敷を出る。


 電気街に向かおうとすると、3階建の廃ビルの屋上に座って灰色の空を見上げている縷々の姿があった。


 冷たい風に、黒い髪とマフラーがなびいている。



「もしかしてあいつ……ニートか?」


「うるせえ、違うわ!」



 縷々が顔を赤くして屋上から叫ぶ。



「聞こえてたんか、めっちゃ地獄耳!」





 スラスラと電気街を抜けると、途中で裏口に出た。


 まだ店舗の方は営業していない時間帯なので、裏口から出入りしなければならないのだ。


 裏口から大須の商店街に出ると、まだ開いている店もなく、人通りも疎らだ。


 でも安心していい。これから人で溢れ、また慌ただしい1日が始まる。







 商店街を抜け、電車に乗る。


 いつもの決まった車両、決まった席に座る。


 外ではいかなる情報も漏らしてはいけない為、彼女らは極力言葉を交わさないようにしている。


 互いに、それぞれの趣味に興じる。


 そうしていると、いつも決まった時間に、国内随一の進学校の制服を身にまとった、清楚な顔立ちの、とても可愛らしい女子高生が乗ってくる。


 彼女は電車に乗ると、鞄から、今時珍しい、カバーのかけてある文庫本を取り出し、読み始めた。


 マキナ達は、この少女に、根拠はないが、ある意味運命的なものを感じていた。



 何か、私たちと同じものを感じる。



 その予感の通り、彼女は一般人とは一線を画す思考をしており(世界を変えると言い出した時にはさすがにとんでもないクレイジーガールだと思ったが)、今では家族同然の間柄になっている。



 彼女は一言も言葉を発する事なく、電車を降りて行った。




 マキナ達が通う羅刹高校は、もう少し先に行った所にある。


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