404地区の人々について。
第52話
心愛命の事件後、次の月曜日。
荘子がいつものように通学の為に電車に乗り、いつもの席を見ると、そこにマキナ達の姿はなかった。代わりに、品のない女子高生が3人、大股を開いて座っていた。荘子は、すぐに手元の文庫本に視線を移した。
学校が終わると、なぎなた部に顔も出さず、大須に向かった。地下鉄を降り、沢山の鳩に迎えられ、赤い門をくぐる。アーケード街の左右に並ぶ可愛い雑貨屋さんや飲食店が甘い誘いを仕掛けてくるが、荘子は目もくれず、真っ直ぐ進み、電気街に向かった。
電気街の前に立つと、心なしか、全体がどんよりしているように感じられた。
うーん……。
荘子は暫く立ち尽くした後、踵を返した。
「入るよ」
荘子がスカムズ屋敷に入ると、マキナはコタツの中に上半身を突っ込み、志庵は木の柱に向かって突っ立ったまま何らやブツブツと呪文のようなものを唱え、なづきはまるでVRMMORPGの世界に閉じ込められたプレイヤーのようにVRのゴーグルをつけたまま仰向けになった状態で硬直していた。
「ちょっとみんな、そんなふうにしてたらカビが生えちゃいますよ」
反応はない。
はぁ、とため息をつき、荘子はポール・スミスの鞄を開けた。
すると、マキナの身体がピクピクと動いた。
「こ、このニオイは……唐揚げぇぇぇ!」
そう言って、3人は荘子の方に向かって飛びかかってきた。荘子の鞄には、沢山の唐揚げが詰め込まれていた。
3人は、無人島で漂流していた遭難者みたいに、唐揚げにむしゃぶりついた。
「ごはん、食べてなかったんですか?」
「だってよぉ……」
心愛命記念病院特殊閉鎖病棟の最上階で見た、ミミックと呼ばれたシルクハットの謎の人物、それが3人にとてつもない衝撃を与えたのは確かだ。
それが何なのか、荘子は知りたかったが、今は聞かない事にした。
3人から話してくれるまで、そっとしておこう。
「ふぅ、食った食った!」
荘子は熱い緑茶を入れてみんなに配った。
「荘子、ありがとにゃ」
「うむ、生き返る」
荘子もコタツに入り、緑茶を飲み、一息ついた。
「学校へ行って下さい。事件の直後から休むと不自然で怪しまれます」
「うむ、荘子の言う通りだ」
「なづきだって思いっきり現実逃避してたでねぇか!」
マキナは唇をツンと尖らせて言った。綺麗なブランドの髪がピンと跳ねている。もしかして、ろくにシャワーも浴びてないのかもしれない。
「余は単にゲームを楽しんでいただけだ。別にゲームの世界で湖畔に佇む家を手に入れてそこで新しい人生を始めようとか思っていたわけではないぞ」
「絶対思ってたにゃ! 根暗〜にゃはは」
「な、なんだと!」
「そういう志庵が1番ヤバいけどな! 柱に向かって話しかけて、なんだべあれ! ぎゃははは!」
「う、うるさいにゃ!」
志庵はマキナとなづきに向かって飛びかかった。
確かに、あの様子を見て、志庵は完璧にイっちゃってるのでは、と荘子も思った。しかし、いつもの3人に戻ってくれたようで、少し安心した。
「気晴らしに、散歩でもしませんか?」
荘子の提案に、3人は喧嘩を停止した。
「行こう!」
スカムズ屋敷を出ると、きさらぎ街をぶらぶらと歩いた。荘子は、スカムズ屋敷より奥に行くのは初めてだった。相変わらず、寂れた灰色の街並みが続く。人影はないが、やはり気配はする。
街路を少し歩くと、銀色の瞳を持つ少年、縷々が猫に餌を与えていた。
「よぉ、縷々! 元気かぁ?」
マキナが話しかけるが、縷々は反応しなかった。
「無視かよ、この野郎! お前なんてどうせ猫ちゃんしか友達いねぇんだろ!」
「そうにゃそうにゃ!」
縷々は少し顔を赤らめた。
「う、うるせぇな」
縷々は猫を抱きかかえて奥へ行ってしまった。
「そういうのをイジメって言うんですよ」
「そうだ。寄ってたかって理不尽に人を責め立てるのは人道的に問題があるぞ」
「ふんだ!」
「偽善にゃ!」
風の音と、瓦礫を踏む音。そして、マキナ達の話し声。それらが混ざり合って、灰色の空の中に溶けていく。不思議と、草原の中にいるような心地よさを荘子は感じていた。
5階建の廃ビルの前を通りかかったところで、人の気配に気づいた。
背の高い、40代くらいの男が立っている。鋭い目に、丸メガネをかけている。頬は少し痩けていて、痩せ型だ。まるで、これから雑誌か何かの撮影をするかのように、上質なスーツをきっちりと着こなしている。全体的に、神経質そうな印象を受けた。
荘子が少し警戒したその時。
「こんにちは、ドクター!」
マキナは仲良さげに手を振って話しかけた。
「あぁ、こんにちは」
ドクターと呼ばれた男はいっさい表情を変えずに返事をした。
「今日はお仕事にゃ?」
「そうだ。マサチューセッツ州に行ってくる。今回のがうまく行ったら、また君達に仕事を頼むかもしれない」
「まいどー! そん時はよろしくね!」
「あぁ、では失礼するよ」
ドクターはそのまま、電気街の方へ向かって行った。
「今の方は?」
「よくわかんないけど、怪しい研究をしている科学者の司馬さん!」
「たまに、作戦に使うギアの開発を手伝ってくれたりする。愛想は悪いが、悪い人間ではない」
この日は珍しく、なづきは歩きながらゲームをしていなかった。
「あ、ちびっ子3人組」
突然、声がして振り向くと、フランス料理店の廃墟の入り口に佇む、ぷっくりと太ったおじさんが立っていた。顔もまん丸で、目は細くて愛嬌のある顔だった。白い調理服を着て、頭にやたらデカいコック帽を被っている。
「あぁ、マッツさん! こんにちは」
「こんにちは。どうだい、店に寄っていかないかな?」
「絶対嫌にゃ!」
「今日はタダでいいよ」
「嫌ったら嫌にゃ!」
マッツが開けている緑色の扉から、良いにおいが漂ってきた。食いしん坊のマキナ達が頑なに断るというのは、よっぽど不味いからだろうか。
「それなら、食材の調達を頼めるかい?」
「あー、それならいいよ!」
食材?
「山菜採りや動物狩りですか?」
「違うべ、犯罪者狩り」
「え……」
「マッツさんは、人肉嗜好の人にゃんだよ。このお店は、人肉レストラン!」
まさか、そんなものが実在するとは。
「しかも、犯罪者だけを食材にするの。だからみぃ達も強力してる」
マキナ達がスカムズだというのは、きさらぎ街でも秘密だ。表面上は、マッツの食材探しを手伝ったりと、細かい仕事をして暮らしているという事になっている。
「では依頼を受けるとしよう。リクエストは?」
マッツは両手の人差し指を頬に当てて考えた。
「引き締まった肉!」
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