第51話
「においでわかるよぉ。汚れを知らない、処女のにおいだ。その手は汚い血にまみれてるけどねぇ」
燻は歌うように言った。
『にゃんだこの子……』
『危険です。すぐに殺してしまいましょう』
そう言って、荘子はナギナタの刃を出現させた。
この少女からは、とてつもなく危険なものを感じる。
「まぁ、殺すといいよ。くーちゃん、この状態で動けないし、流石にエボルヴァー持ってないとキミたちには勝てないから」
なづきが、燻の首にリリパットを巻きつけた。いつでも絞め殺せるように。
『お前、何者だ』
「キミたちと、同じ」
なづきがリリパットに力を入れようとしたその時、爆音と共に、壁に掲げてあった心愛命のシンボルマークが吹き飛んできた。
4人は後ろに跳躍し、瓦礫を避ける。
すると、リリパットで燻を捕らえていたなづきのもとに、大きな黒い爪が迫ってきた。あまりにもの速さに、なづきは避けきれず、吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
『大丈夫か!?』
3人はなづきのもとに駆け寄った。なづきは、額から血を流していた。
『大丈夫だ、問題ない。それより』
4人は振り返った。
そこには、拘束具を外して立ち上がった郡上燻と、もう1人の影があった。
コック帽のように縦に長い真っ黒なシルクハットに、ハットのつばから胸の辺りまで伸びるストレートの黒い髪、黒い髪の間から見える顔は、ピエロの面で覆っていてその素顔は窺い知れない。
黒いタキシードの上に、黒い大きめのポンチョを羽織っている。そのポンチョの下から、大きな黒い爪が伸びている。
そのシルエットを見た時、明らかにマキナ、志庵、なづきの様子が変わった。
3人の脳裏に、鮮明な映像が蘇る。
真っ暗な洋館の中で月明かりに照らされて佇む、返り血を浴びて真っ赤になったシルクハット、ピエロの面、大きな黒い爪。
あの時と、同じ影。
瞬間、マキナのハインが大きな曲刀に変化し、シルクハットに斬りかかった。
シルクハットは大きな爪でマキナの攻撃を受ける。
大きな衝撃が起きたかと思うと、志庵がアサルターで大砲のようなエネルギー弾を放つが、それをもう片方の爪で弾き返すと、エネルギー弾は上に進路を変え、天井を破壊した。
なづきは、天井から落ちてきた瓦礫を縫うようにかわして飛び、鞭の先を砲丸のように変化させたリリパットでシルクハットの頭めがけて投げおろしたが、それも大きな爪で弾き返された。
『みんな、冷静になって!』
荘子の声が聞こえていないように、ただひたすら3人はシルクハットを攻撃する。シルクハットは3人の攻撃をかわし、燻を片手で抱き上げると、大きな穴の空いている壁際に飛んだ。
「安心しろ、お前達の依頼人は殺した。もう郡上燻を殺す必要はない」
『なんだと……』
「ナーイス! ミミック、ありがとぅ」
燻は、小さな手で拍手をした。そして、ミミックと呼ばれたシルクハットの身体に抱きついた。
「フフ、薬を打った時、殺しておくべきだったね。バイバイ」
燻はヒラヒラと手を振り、シルクハットと共に飛び立った。志庵はアサルターを撃ち続けた。そのオーラの色は、黒みがかった赤に変わっていた。
『どうしたのよ、みんな!』
マキナ、志庵、なづきの3人はうな垂れたまま、その場から動かなかった。
『ほら、とりあえず早く行くよ!』
荘子に促されながら、マキナ達は脱出した。
突然の事態に、現場は混乱していた。
その混乱に乗じて、マキナ達は脱出し、荘子は治療室に戻った。剛は現場を落ち着いて収めると、自ら特殊閉鎖病棟に赴き、心愛命の制止を振り切り、郡上燻の病室に入ると、ベッドに寝ているそれが人形であることを発見した。
荘子と沙亜紗は、特殊閉鎖病棟の最上階、天井と壁に大穴が空いたホールに立っていた。
壁の穴から、冷たい夜風が吹き込む。
「荘子さん、どう思う?」
「まだ分かりませんが、おそらく壁を破壊したのはスカムズとは別の勢力だと思われます。スカムズは、こんな荒っぽい方法は取りません。戦闘を行なった形跡もありますし」
「おそらく郡上燻は?」
「別の勢力に連れ去られた。でしょうか」
「私もそう思う。スカムズは郡上燻を殺害するつもりだった。それで、人形と差し合えて郡上燻をここまで連れ出した。しかし、そこに第三者が現れた。刃を交え交戦したけど、第三者に郡上燻は連れ去られた」
その通りだ。
「なんか、ややこしいことになってきたわね。スカムズを取り巻く闇は、私が思っているよりもずっと大きなものなのかもしれない」
荘子と沙亜紗は、壁に開いた穴から夜空を見上げたが、星は1つも見えなかった。
スカムズ——たった4人の少女達が、とてつもなく大きな渦となって世界を巻き込み、破滅への扉を開く。
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