第45話
ベッドルームか……、と思いながら志庵が中に入ると、そこは小さな事務所のような部屋だった。
簡素な事務机と安物のソファが置かれ、壁にはロッカーと、部屋の角にはダンボールが積まれている。
正しく、事務所だった。
「ここはなんのお部屋なの?」
「僕の自慢のプレイルームの1つさ」
「プ……、プレイルーム?」
「あぁ、万引きして、お仕置きされるんだ」
「……あ、あぁ!」
志庵は理解した。
アダルトビデオでよくある、女子高生が万引きしたところを見つかり、店長が黙っておくかわりに性的な要求するというお決まりのパターンの1つだ。
「も、も〜! 先生も好きですね」
「ははは、君はものわかりが早いね。では始めよう」
そう言って、医師はその場で四つん這いになった。
「え?」
「さぁ、はやく罵って蹴ってくれ!」
「え、ど、どういうこと?」
医師は、四つん這いの姿勢のまま顔だけをこちらに向けて言う。
「なんだ分からないのか? 中年のおじさまの万引きがバイトの女子高生に見つかり、その女子高生に中年のおじさまがお仕置きを受けるという、万引きお仕置きプレイだ。は、はぁはぁ。さぁ、早く、そのローファーの底で僕を蹴ってくれ! はぁはぁ!」
「キ……」
理解不能な性癖を目の当たりにし、志庵の思考は完全に固まった。
「……キモい!」
「はうぁっ!!」
志庵は思わず、医師の背中を思いっきり蹴りつけていた。医師は、ヘブン状態で意識を失っていた。
「みぃとしたことが、これじゃ薬の意味なかったにゃ」
「通常の病棟内は、一般職員のIDで入れる。しかし、特殊病棟に通じる地下通路は、一定の役職以上の指紋認証がないと入ることが出来ない」
なづきは、ういろうを一口サイズに切り分けながら言った。
「じゃあ、その偉い人のIDを手に入れればどこでも入り放題ってことだべな」
「そうだ。これが、立ち入りを許可されている医長以上の人物リストだが」
コタツのモニターに医師達の顔写真が並ぶ。志庵は1人の医師に目をつけた。
「こいつだにゃ」
そう言って選び出したのが、あの変態医師だった。
「ここはみぃが人肌脱ぐにゃ」
「え〜このキモい奴とやるべか? 不潔だー!」
「にゃんだやるって、この金髪ビッチ! 汚らわしい!」
「あぁ、やんのかー!?」
そしてまた小競り合い始まった。
志庵は素早く、気絶している変態医師の腕を掴み、指先を小型のギアに当てた。指紋などの情報をコピーする特殊なギアだ。それが済むと、医師のスーツのポケットからIDを取り出し、その情報もギアで抜き取った。
そして、ボトルに残っていたシャンパンを流しに捨てると、テーブルの上に置いてあった医師のスマホを手に取り、ボイスチェンジャーのギアをスマホに取り付けた。そして、キーパットに番号を入力して電話をかける。3回の呼び出し音の後、野太い男性の声が聞こえた。
「はい、ガチムチレスリング倶楽部です」
『ワクワク5Pコースをお願いしたいんですが』
志庵が話す声は、完全に医師のそれになっている。
「ありがとうございます」
『ではこちらの住所に、えぇ、今からでお願いします。それと……万引した中年の医師がマッチョな店長といかつい店員達にお仕置きされるプレイでお願いします。……えぇ、大丈夫です。はい、ではお願いします』
志庵は通話を終えると、ボイスチェンジャーを取り外し、医師の携帯をソファーに投げ捨てた。
「小娘とイチャつくよりも、もっと刺激的な世界が待ってるわよ、変態さん。ばいにゃ」
志庵はそっとドアを開け、部屋を抜け出した。
30分後、医師の部屋で、新たな快楽に目覚めた男の雄叫びがこだました。
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