白川荘子、最初の難事件

第41話




 この人、只者ではない——



 そう思った瞬間、隙が出来たのか、面を打たれた。



 勝敗が決した。



 互いに礼をして、下がる。荘子となぎなた部の部長は、共に防具を脱いだ。



「いやぁ、やっぱ強いね。本気出さないと勝てないわ」


「お手合わせ、ありがとうございました」



 練習が終わると、なぎなた部の1年生が駆け寄ってきた。



「部長、白川さん、お疲れ様です! すごい試合でした!」


「お疲れ様。今日の練習はここまでにしようか」


「ありがとうございました!」



 荘子は、なぎなた部の部員全員に勝利していた。この部長を除いては。


 彼女は、なぎなたに関しては、とんでもなく強かった。それが、荘子の静かな闘争心に火をつけ、ほぼ部員のように毎日なぎなた部で練習をしていた。




「荘子、お疲れー!」



 道場を出ると、萌と千聖が荘子を待っていた。千聖は大きなマフラーをぐるぐる巻きにしている。なんだか、若干苦しそうにも見える。



「ごめんね、待たせちゃって」


「いいのよ、私たちも今まで部室にいたし」


「だめだめ、寒かったから荘子に奢ってもらう〜」



 奢る、か……先の磨瀬木と于醒義ファミリーの仕事で、高校生のバイト代とはよほど比べ物にならない多額の報酬を得ていた。荘子も分け前をもらった。しかし、スカムズの仕事で得たお金は、世界を変えるための資金にしようと決めていた。


 そのお金は別として、普段なかなか遊べない萌と千聖に何か奢ってあげるのも良いかな、と思った。



「いいよ」


「ホントに!? やったー!」



 千聖は両手を上げてジャンプをした。この千聖の無邪気さが、荘子は好きだった。



「ちょっとは遠慮しなさいよ」



 それと相反するクールな萌も。



 この平和を、わたしは守りたい。







 駅近くのドドールコーヒーで、3人は外側のカウンターに並んで座っていた。荘子は宇治抹茶豆乳ラテを、萌はブレンドコーヒーを、千聖はマシュマロ・ショコラを注文した。



「ごちになりまーす!」



 そう言って、萌は幸せそうにコーヒーカップを口に運ぶ。



「悪いわね、今度は私が奢るから」


「じゃあ千聖にはひつまぶしを奢ってもらおっかな」


「なんでひつまぶしなのよ」


「だって、久しぶりに食べたいもん」



 荘子は2人を見て微笑んだ。


 この2人と一緒にいると、拓にぃを刺したあの夜の事が夢だったように思えてくる。


 しかし、それは紛れも無い事実なのだ。それを忘れてはならないし、もう自分は犯罪者である事を自覚しなくてはならない。


 だが、決して罪悪感は抱いていない。犯罪者を殺す事は正しい行いだし、現在の法律的には違法だとしても、そんなものわたしが変えてみせる。



 そのような事を考えていると、スマホが鳴った。鞄から取り出して見てみると、マキナからのメッセージだった。



『新曲ゲットしたぞ♪(´ε` )』



 新曲——新しい仕事が入ったと言う意味だ。荘子はすぐさま席を立った。



「ごめん、急用が入っちゃった」


「えー! 彼氏?」



千聖が口のまわりにクリームをつけたままで言う。



「違うよ、家の用事」


「お父さんの仕事?」



 萌が、珍しく少し心配そうな表情を見せて言った。



「それも違う」


「そう。気をつけてね」


「うん、ごめんね」



 萌と千聖に嘘をつくのは、気が引けるな。


 なんだか申し訳なく感じて、振り返る事なく荘子は店を出た。



「どんな彼氏なんだろ〜」


「それはない」



 でも、最近の荘子は本当に様子がおかしい。


 まさか……彼氏?



「どうしたの、萌? なんか怖い顔してる」



 千聖が萌の横顔を覗き込みながら言った。



「そんなことないわよ」


「なに怒ってんのよ〜。やっぱり荘子に彼氏が出来た事が羨ましいんだ?」


「ち、違うわよ!」



 照れてそっぽ向く萌を、千聖はニヤニヤしながら眺めていた。








 地下鉄を降り、赤い門をくぐり、賑やかなアーケード街を歩くと、電気街が見えてくる。荘子は迷う事なく電気街に入る。



 404地区へ通じる道順を、荘子は完璧に覚えていた。一度も迷う事なく、分岐点を通過していく。


 出口が近くなった頃、通路で赤いドレスを着た女の人とすれ違った。最初にここに着た時、お手洗いの前で会った人だ。


 とりあえず、ただ者ではない事は確かだろう。荘子はいつでもエボルヴァーを出せるように構えて歩いた。


 しかし、赤いドレスの女性はまるで荘子の存在に気づいていないようにすうっと横を通り抜けた。女性の姿が見えなくなっても、荘子は警戒を緩めなかった。




ガラス戸を開け、きさらぎ街に入る。



 冷たい風と謎の視線が、荘子を出迎えてくれる。しかし、出迎えてくれたのはそれだけではなかった。左手の廃ビルの壁にもたれて、空を見上げている少年がいた。



 身長は荘子より少し高いくらいで、男性にしては少し長めのストレートの綺麗な黒髪。口元は黒いマフラーで隠しており、見えない。肌が白く、目の周りが、アイラインを引いているのか黒っぽくなっている。不思議な、銀色の瞳を持っている。年齢は、荘子と同じくらいに見える。




 荘子が少年を見ていると、少年も荘子に気がついたようだ。


 しかし、とくに関心を示す訳でもなく、ひらりと身を翻すと、廃墟の街の中に消えて行った。




 荘子はマキナ達の家に急いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る