第40話




 4人は、きさらぎ街のラーメン屋にいた。



「本当に営業していたんですね」



 丸椅子に腰かけ、色褪せた赤いカウンターに4人並んで座っている。



「おやおや、見かけない顔だな」



 カウンターの中にいる、白い調理服を着て、ハンチング帽を深く被り、大きなマスクで顔を隠し眼球だけをギラギラ輝かせている、銀河を走っている鉄道の車掌さんのような店長が言った。



「新しい仲間だ! マスター、とんこつラーメン1つ!」


「みぃは魚介つけ麺」


「にんにくラーメン、チャーシュー抜き」


「わたしは……台湾ラーメンをお願いします」


「あいよ」



 マスターは注文を聞くと背中を向けて調理を始めた。小柄な背中には、I♡中華と書かれてある。



「荘子、いいのか? ここのは味仙のより辛いぞ」


「平気です。元々、辛いの好きですし」


「みぃは無理だった〜辛過ぎぃ」



 店内は6人ほとが座れるカウンターと、テーブルが3つのこじんまりとしたものだ。不潔ではないが、全体的に古い印象のお店だ。良い意味で言えば、アットホームな雰囲気とも言える。


 そういえば、昔、拓にぃが連れてってくれたラーメン屋に、似ているな。



「あいよ、お待ち」



 マスターが、それぞれの前にラーメンを並べた。


 荘子の前に置かれた台湾ラーメンは、麺を覆うほどの挽肉に、ニラの緑とトウガラシの赤の色合いが良いアクセントになっている。白い湯気が立ち上り、食欲をそそる。一口麺をすすると、とりあえず、辛い。そして、その辛さのなかにある旨味が舌を魅了する。



 皆、無言でラーメンをすする。マキナが、チラリと横目で荘子を見た。そして驚愕し、割り箸を落とした。



「そ、そんな涼しい顔して台湾ラーメン食べるやつは初めてだべ!」



 荘子は、汗一滴垂らさずに麺をすすり、スープを味わう。



「いえ、かなり辛いです。でも、美味しい」



 マキナ達は微笑んだ。



「たらふく食べるべ」


「みんなと付き合うようになって、体重が増えました」


「いいことじゃねぇか、荘子は細過ぎるぞ!」


「もう少しふっくらした方が美味しそうだにゃあ」



 なづきは何も言わず、はふはふと息を吹きかけ冷ましながら、美味しそうにラーメンを麺をすすっていた。



「そういえば、プールのトラップはどのように切り抜けたんですか?」


「あぁ。奴ら、本物のバカのようだ。排水設備は、備えていなかった」


「だから仕方なく、床をぶっ壊して、地下の下水道まで穴を開けたんだべ」


「みぃのアサルターでね。ちょー力技」



 忍者のように繊細な暗殺をすると思えば、ビルの床に穴を開けたりもする。改めて恐ろしい存在だなと思った。しかし、わたしももう、その一員なのだ。



 口の中がヒリヒリする。辛さが喉を越えて、食道まで広がる。



 でも、美味しい。








 ラーメン屋を出ると、夜の冷気が心地よく身体を冷やした。



「じゃあ送っていくにゃ」


「早く帰らないとお母さん起きちゃうべ」


「そうですね。ではお言葉に甘えて、お願いします」 



 日中は戦場のように車が行き交う幹線道路も、今は通る車も疎らだ。もう少ししたら街が動き出し、またなんてことのないの1日が始まるのだろう。



 日が昇る前に、荘子は家に着いた。


 荘子を降ろすと、志庵が運転するタイプ2は素早く走り去った。またすぐに電車の中で会うだろうに、マキナは大げさに車から乗り出して手を振っていた。


 実際のスカムズは、思っていたよりもずっと人間的だった。しかし、冷酷に于醒義ファミリーのボスの首を刎ねた姿もまた、スカムズの姿なのだ。



ひとりになると、急に心細くなった。


 磨瀬木お兄さんを刺した感触が、まだ手に残っている。


 しかし、わたしは恐怖にとらわれたりはしない。世界を変えるという強い決意を持っているし……、拓にぃが見守っていてくれている。きっと。


 音を立てないように家のドアを開け、そっと家の中に入った。




 荘子の初めての朝帰りは、とても過激なものになった。



 さすがに今日は、授業中に寝ちゃうかもしれないな。










 警視庁、34階、警視総監室。エレベーターを降りると、2人の護衛の間を通り抜け、秘書が控えている部屋に入る。



「白川刑事部長、お待ちしておりました」



 前髪を七三できっちり分け、後ろをアップにしている、知的な美人だ。まだ20代半ばだろう。これだけの美人だとその容姿で採用されたと思われがちだが、彼女もとても優秀な人物だ。


 秘書がPCのパネルをタッチすると、両開きの扉が開いた。



「ありがとう」



 剛が礼を言うと、秘書は静かに会釈をした。



「入ります」



 警視総監室は、体操の競技が出来そうなほどの広さで、床は黒い高級なマットが敷き詰められ、壁は一面ガラス張りになっている。


 部屋の中央には丸いテーブルと、それを囲うように高級なソファーが置かれている。ソファーも黒の革製で、室内は黒で統一されている。


 その応接セットを越えた部屋の奥に、無駄に大きな机と、大きな椅子に座っているのが、尾乃陀おのだ警視総監だ。


 白髪が混じったオールバックの髪に、額には深いシワが刻まれている。銀縁の眼鏡が、光に反射して光っている。尾乃陀は机の上で手を組んだ姿勢のまま、言った。



「また、スカムズに先を越されたようだな」


「は……申し訳ありません」



 尾乃陀は椅子から立ち上がり、下界の様子を監視するように、窓際に立って街の様子を眺めた。



「彼らが何かと煩くてね」





彼ら——心愛命党か。





「とくに、このスカムズの件にはとても敏感になっている。早く、処理してもらいたいのだ」


「は……」


「なんの為に、君のような貴重な人材キャリアを現場に送り込んだと思っているのだ? 君の、その捜査能力を買っているからだ」


「数々の失態、申し訳ありません。しかし、必ずやスカムズを——」


「君の娘、荘子さんと言ったかな」


「は?」



 尾乃陀は振り返り、人差し指で銀縁の眼鏡をくいっと持ち上げた。



「彼女、君に似て優秀みたいだね。スカムズを、あと一歩のところまで追い詰めたそうじゃないか」



エクセレントタワーの通り魔事件の事だ。



「彼女を、正式なスカムズ対策室の捜査員として加えろ」


「それは、警察官として、ですか?」


「あぁ、特例でだ。但し、危険な行為はさせるなよ。スカムズとの接触、逮捕の際には他の捜査員を使え」


「は……しかし——」


「他にも、君の人選で捜査員を引っ張ってきても構わん。スカムズ逮捕を最優先に考えるんだ。分かったね?」



 尾乃陀は、念を押すように眼鏡の奥から剛を睨んだ。



「は、承知しました」


「以上だ。下がりたまえ」



 剛は、総監室を出ると、秘書に挨拶せず、そのままエレベーターに乗り込んだ。秘書は、剛の背中に会釈した。





 剛はひとり、エレベーターの中で拳を握りしめた。





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