第37話




 広いホールの中央に、黒い山が出来ていた。倒れた黒服が積み重なって、山を作っているのだ。



『きれいに片付いたにゃ』


『じゃ、荘子のトコ行くべ』



 マキナは走って扉の方に向かった。



 早くしないと荘子が——



 半開きになっていた扉の取っ手を取ろうとすると、扉が自動的にバタンと閉まった。



『うん、なんだ?』



 次にサイレンが鳴り出し、ホールの照明が赤に変わった。


 そして、天井に規則正しく並んだ丸い穴が現れたと思うと、そこから勢いよく水が流れ出てきた。



『み、水!?』



 ホール内に数本の水の柱ができ、水飛沫が舞い上がっている。まるでUSJのアトラクションのようだ。


 しかしここはテーマパークではない。ギャングのアジトだ。



 マキナ達のそばで倒れていた黒服がうつ伏せの状態で言った。



「ククク、ボスを守る為の最終兵器だ。お前らは俺たちと共に水に溺れて死ぬのだ! ガハハハ——ぐはっ!」



 志庵が足で黒服の後頭部を思いっきり踏みつけた。



『こいつら……、バカなの?』



 志庵が足でグリグリする。黒服は、何故か嬉しそうな顔をして気絶した。



 床が、少しずつ水で満たされてきた。このままでは、気絶している黒服が先に溺れてしまうだろう。無駄な殺生は、スカムズの本意ではない。なづきはホールの壁を調べる。



『完全に、プールになるように作られているな。狂ってる。どこかに排水設備があるはずだ。探そう』


『速くするべ、荘子が!』












「ふん!」



 ボスが拳を振り下ろす。荘子は避けるが、凄まじい風圧でよろめいた。


 ボスはその隙を見逃さなかった。


 すぐに反対の左手で拳を繰り出す。荘子はバランスを保つ事が出来ず、背中から倒れかかったが、黒い翼を起動させ、ギリギリのところで地面をすり抜け、ボスの拳を逃れた。



「どうした。逃げてばかりだぞ」



 荘子は距離を保ち、ナギナタを構えた。



 今のわたしでは、真っ向勝負しても勝ち目はない。


 時間稼ぎをしてマキナ達を待つつもりだが……、それにしても遅い。何かあったのかもしれない。作戦の時間が延びる事は、良い事ではない。


 ここは、わたしだけでもボスを倒さなくては。



 何か、策を講じよう。




 荘子は、腰の後ろに装備している粘着ガンをそっと確認した。


 これで視界を塞げば、一瞬でも隙が出来るだろう。そこを、刺す。この黒い翼で蜂のように飛び、撹乱する。幸い、こちらの方がリーチは長い。焦らなければ、いける。


 荘子は後ろに飛び、距離を取った。



「逃げようたって無駄だぜ。ロケット拳!」



 ボスがそう叫ぶと、黒い拳がロケット砲のように飛んで来た。



なにっ——



 荘子は横に飛んで黒い拳をかわす。黒い拳は壁に当たり、大きな衝撃とともに壁が崩れる。瓦礫と共に、赤い花が、鮮やかに舞う。



 まさか、拳の形をしたオーラの塊を飛ばす事が出来るとは……戸愚呂兄と弟が一緒になったような奴だ。これでは、近づく事すら出来ない。



「じゃあ、そろそろ終わりにするか。こっちも忙しいもんでねぇ」



 ボスは、両手を荘子に向かって掲げた。



「これは避けられんだろう」



 2発の弾丸のような拳……完全には避けられないかもしれないが、致命傷は避けられる。荘子はゴールキーパーのように、素早く動けるように体制を整えた。



「くっ、お前」



 その時、ボスの動きが止まった。



「おい、スカムズ!」



 磨瀬木が、ボスを羽交い締めにしていた。



「スカムズ! 俺も殺す予定なんだろう? ちょうどいい、このままやれ!」


「くそっ、離せ!」



 荘子は、飛んだ。ナギナタの刃を真っ直ぐボスの胸に向けて。




 迷っている時間はない。









 磨瀬木お兄さん……








 どうにか、ボスだけを刺すことはできないか——








 ボスの手前で、荘子のスピードが、一瞬減速し、緩んだ。



 そして、ナギナタの刃がボスの心臓に届こうとした瞬間、何かが荘子の頭上に降って来た。それは、磨瀬木の身体だった。





 な——





 突然の事で、避けられなかった。



 荘子は、磨瀬木と共に床に倒れた。手に持っていたナギナタは吹っ飛び、目の前には、荘子を見下ろすボスがいた。



「終わりだ」



 ボスは左手で荘子の首を抑え、右手の拳を強く握って大きく後ろに構えた。



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