第36話




 荘子、マキナ、なづきが一斉に走り出す。


 マキナとなづきの影が、闇夜に紛れたコウモリのように舞い、獲物を狩る。後ろから志庵が援護する。致命傷は避け、しかし確実に1撃で敵を戦闘不能にする。



 その間を、荘子が一直線に駆け抜ける。



 まるでボーリング玉がピンを倒すように、黒服が次々に倒れていく。


 反対側の壁にたどり着くと、荘子は迷わず大きな両開きの扉を開ける。それを確認すると、マキナとなづきが扉の前に立ちはだかった。



『ここから先へは行かせない』



 扉の向こうは、四角く薄暗い部屋の中央に、螺旋階段が長く上に伸びていた。荘子は螺旋階段を駆け上がる。螺旋階段の途中で、黒服がいた。



「なんだお前は!」



 黒服がマシンガンを放つが、荘子は手摺りを蹴って横に飛び、黒服に蹴りを入れた。



「がはっ」


 黒服はバランスを崩し、階段を転げ落ちて行く。次の瞬間、上から轟く爆音と衝撃。上にもう1人、黒服がいる。


 荘子は素早く避けるが、手摺りの外に投げ出されてしまう。しかし、背中の翼を起動させ、階段の下をすり抜けて、黒服の背後に回り込み、背中に回し蹴りをくらわせた。黒服はその場で意識を失い、階段に倒れこんだ。



 荘子は振り返る事なく上を望む。


 そこには、ひときわ大きな赤い扉がある。


 荘子は扉の前に行き、ゆっくりと扉を開け、中の様子を伺う。





 扉を開いて目に飛び込んできたのは、赤だった。



 広い部屋の中は、床一面に赤い花が敷き詰められ、その鮮やかな花弁を広げていた。


 




 これは……



 麻薬の原料となる花だ。



 入り口からは真っ直ぐに細い通路が伸びており、部屋の中央の丸く開けたスペースには、無駄に立派な、王様が座るような椅子に踏ん反り返る巨体が見える。


 ソフトモヒカンの黒髪に、真っ黒なサングラス、茶色のスーツを来ている。プロレスラーのようなガッチリした体格で、椅子から立ち上がったら身長は2メートル以上はあるだろう。



 あいつが、于醒義ファミリーのボスだ。そのボスの前に黒服が2人いて、その間に人が倒れている。




 磨瀬木お兄さん……




 荘子は、扉を大きく開いた。ボスと黒服が、荘子に注目する。



「なんだ、お前」



 ボスは姿勢を変える事なく、首を傾けた。

 黒服はマシンガンを構える。しかし、その時には荘子はそこにいない。赤い花びらを舞い上がらせながら飛ぶ、黒い影。マシンガンは、火を噴く事なく沈黙した。


 その時、うつ伏せで倒れている磨瀬木が荘子を見た。



「まさか、スカムズ……」



 磨瀬木は、額や鼻、口、あらゆるところから出血していた。瞼は腫れ、前歯が折れている。もちろん、目の前にいるのが荘子だとは気づいていない。



「スカムズ? 正義の味方気取りのクソ野郎か。とうとう俺の所に来やがったか」



 そう言って、ボスは立ち上がろうと腰を浮かしたが、たちあがらずに、再び椅子に座った。



「そうだ、磨瀬木。お前がこのヒーローを殺せ。殺れたら、許してやる」



 磨瀬木は、脚をガクガクと震わせながら、ゆっくりと立ち上がった。そして、懐から、白く、長細い棒状の物を手に取った。それは、刀の柄のように見えた。



 あれは、まさか——



 磨瀬木が手に力を入れると、棒の先から鈍い音と共に黒い刃が出現した。エボルヴァーだ。


 荘子も、ナギナタを取り出した。グリーンの刃が出現する。



「ククク、どうする磨瀬木。あいつもエボルヴァー持ってるぞ」



 磨瀬木は両手でカタナ型のエボルヴァーを構えた。



「大丈夫。1撃で仕留めてみせますよ」



 そう言って下段に構えた瞬間、身体を回転させて後ろにいるボスに斬りかかった。



「くっ……」



 しかし、ボスは腕で磨瀬木の刃を受け止めた。


 まさか、素手でエボルヴァーを? 


 いや、そんな筈はない。


 ボスが両手首にはめている、無駄にゴツいブレスレットは……エボルヴァー?



「甘いねぇ、磨瀬木。お前、何年俺ん下で働いてんだよ」


「くそっ!」



 磨瀬木は後ろに飛んだ。


 荘子には分かった。今の手負いの磨瀬木ではボスに勝てないし、それ以前にあのボスは、強い。




 磨瀬木も目標だし、ボスも目標だ。両方とも殺さなくてはならない。



 磨瀬木お兄さんがボスを倒してくれれば話は早かったが、そうもいかなそうだ。



 順序で考えれば、先に磨瀬木お兄さんを倒して、その後にボスを倒す。


 磨瀬木お兄さんと戦っている間に時間を稼げば、マキナ達が追いついて来てくれるだろう。そうすれば、勝てる。幸い、ボスはわたしと磨瀬木お兄さんを戦わせようとしている。ここは、十分に時間を引き延ばしてやろう。いける。大丈夫。成功する。



 荘子は、ナギナタを構えた。目の前には、顔を腫らして苦しそうにカタナを構える磨瀬木がいた。





 一瞬、幼い頃の記憶が蘇った。





 部屋で、一緒にアニメを見てくれた磨瀬木お兄さん。公園で、滑り台で遊んでくれた磨瀬木お兄さん。奈護屋高校に受かった時、本気で喜んでくれたお兄さん。



 そのお兄さんの、笑顔。








 お兄さんを、この手で殺す?







 わたしは、




 人を殺す、という意味を分かっているのか?






 磨瀬木お兄さんの命を絶つという、その意味を。










 何度も自問自答し、答えを出した。






 決意を固めた。











 ……はずだった。









 無理だ……






 出来ない。







 次の瞬間、磨瀬木が横に吹っ飛んだ。



「なにチンタラやってんだよ」



 ボスが、磨瀬木を振り払ったのだ。磨瀬木は力なく、マネキン人形のように吹き飛び、倒れた。



「スカムズ、知ってるぜ。前に架召かめファミリーを潰しただろ。こっちとしては商売敵が減って助かったがな。礼を言うぜ。だが——」



 ボスの両手が黒いオーラのようなものに包まれ、荘子の頭蓋めがけて降り注ぐ。



 荘子はすかさず、後ろに跳躍した。



 ボスの拳は地面に直撃し、大理石の床が割れた。



「——少々暴れ過ぎだ」




 くっ……、モタモタしているうちにボスが出て来てしまった。



 気の短い奴だ。






 ボスの、スーツの上からでも分かる、鍛え上げられた筋肉。


 しかし、それを感じさせないほどのスピード。



 やはり、強い。





 時間を稼ぐのですら、厳しいかもしれない。






 このままでは、磨瀬木お兄さんを殺すどころか、わたしも殺されてしまう。




 初めて直面するリアルな死を前に、荘子の脳みそは激しく思考を巡らせた。




 

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