第8話
荘子は通話を切ると、マンションのエントランスに駆け込んだ。
入り口にはロックがかかっているが、荘子は鞄から自前である特製の器具を取り出し、ロックを解除した。
何事もなかったかのように、自動ドアが開く。
もちろん、このような行為は違法だ。
しかし、荘子は優れた頭脳の他に、誰よりも強い正義感を持っていた。
その正義感が、荘子を動かした。
困っている人がいたら、助けてあげなさい。
装飾や照明など、内装にも贅沢な施しが見られる都会の高級マンション。
その3階、302号室。
黒い石版の表札には、金色のローマ字でTANAKAと表示されている。
荘子は、ゆっくりとドアノブを回す。
鍵がかかっている。
部屋の扉は、指紋認証で開くタイプだ。
時間がない。
荘子は一歩下がると、その細い右脚を指紋認証装置に向かって思いっきり蹴り上げた。
制服のスカートが舞い上がり、白く艶のある脚が飛び出す。
黒い革靴のつま先が装置に直撃し、表面のカバーが吹っ飛んだ。
むき出しになった基板に、素早い動作で鞄から取り出した電極の様な細い棒を突き刺すと、火花が飛び散り、扉のロックが解除された。
荘子は、鞄の中から自家製の銃火器型のスタンガンを取り出し、構える。
そして素早く扉を開け、部屋に入る。
ワックスかけたての教室の床のようにピカピカに輝く大理石の玄関。
人の気配はない。
玄関から伸びる廊下の先にガラス張りのドアがあり、その奥から男性の怒鳴り声が聞こえた。
荘子は廊下を駆け、扉を開ける。
カーテンが閉められた、広いリビング。
その中央に、顔を殴打され、鼻や口から真赤な血を流す女性と、その女性の長い髪の毛を無造作に掴み何事か怒鳴り散らす男がいた。
通り魔事件の被疑者本人だ。
被疑者は荘子に気付くことなく、更に女性を殴る。
荘子は思わず飛び出した。
「やめなさい」
「あ? な、なんだお前」
驚いた表情で荘子を見る被疑者の男。
その手には、女性を殴った時に付着したと思われる血液で真っ赤に染まっている。
犯罪者である自分を匿ってくれた女性に対して暴力を振るなど――最低の人間だ。
「女性を離しなさい」
荘子はスタンガンを両手で構えた。
「なんだガキがぁ!」
被疑者はジーンズのポケットからナイフを取り出した。
「抵抗はやめなさい」
荘子は、スタンガンの狙いを定めた。
このスタンガンは、ワイヤー付の針が飛び出し、直撃した対象に電撃を食らわせる事が出来る。荘子の自家製アイテムの1つだ。
「あ、あぁ? これでもやれんのか?」
被疑者は女性の後ろに回り込み、首元にナイフを突きつけた。
女性を盾のようにしているので、むやみにスタンガンを打てない。
どうにか隙をついて女性を助け出せないか……
「大丈夫ですか!?」
その時、近くの交番勤務であろう制服警官が部屋に入ってきた。
「な、お前、何をしている⁉︎」
警官はその異常な光景に、すぐさま警棒を構え、荘子の前に立った。
「くっ……ちくしょう!」
被疑者は女性の首にナイフを突きつけたまま、足元に置いてある銀色のアタッシュケースを開け、中から何かを取り出した。
荘子がそれに気づいた時には遅かった。
被疑者が手にしているのは、化学兵器エボルヴァーだ。
「なっ……」
「ハ、ハハ、消えろぉ!」
銃器タイプのエボルヴァーから、眩い光の塊が放たれる。
荘子と警察官は、光に包まれた。
激しい破裂音と共に、マンションの窓ガラスが粉々に砕け散る。
黒い閃光はマンションから飛び出し、テレビ塔をかすめ、天を貫いた。
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