第2話波乱の始まりだった


「入れ!」

「うっ!?」


 馬車に揺られてどれくらいだろうか、何時間にも思えたし何分間だったのかもしれない。結局連れて来られたのは騎士団の詰所のような所だ、そこの地下へと引っ張り込まれて牢屋に放り込まれた。

 しかし、俺にはそんなことどうでもいい気持だった。放り込まれた衝撃で床に転がったけど、正直起き上がる気にもなれない。手錠も外されないで、後ろに手を縛られたままだ。


「俺は……化け物………」


 なんだよ、なんだよこれ。友達がいじめられて、それを助けて、そして化け物だって言われて、助けた友達に売られて!! 俺が何を間違ったっていうんだよ!! こんな、こんな理不尽ってあるかよ!?


「神様、これが罪か?」

「神様? そんなの信じてるの、キミ」

「え?」


 俺の独り言に返答があったことに驚いて上半身だけ起き上がった。


「神様信じれるんなんて、キミってよっぽど良い所の出? それとも協会の孤児? の割にはけっこういいもの着てるね」

「き、キミは……?」


 牢屋、独房っていうのかな? 俺のいる独房の向かい側にも同じような独房があって、そこにいるのは俺よりも少し年上、十歳前後かな、汚れた薄い白い布一枚のかっこうだ。

 見た感じ『人間族』だけど、髪の色が『人間族』じゃない。『人間族』なら普通は黒か茶色、もしくは金髪だ。彼女のように水色、なんて色の髪は珍しいを通り越して異常だ。何かの病気なのかな?


「アタシ? アタシはA06、昔はノエルって名前があったけどここじゃ意味ないしね」

「い、意味が、ない?」

「キミだってそうでしょ? まぁいっか。短い間だと思うけどよろしく、お隣さん。キミはなんでここに来たの?」

「お、俺は……、化け物って呼ばれて…。そんで、『魔眼』だって………」

「『魔眼』、そっか『世見眼』か。それじゃ本当に短そうだね。もう寝た方がいいよ、明日から大変だもの」


 それだけ言って、彼女は一つだけある簡素なベッドに横になってしまった。

 俺はどうしていいかもわからないから、とりあえずベッドに寝っ転がってみる。固い、しかも変な臭いまでついている。俺は、どうなってしまうんだろう。




「出ろ!」


 ウトウトしながら朝を迎えて、独房のカギが開けられたらしい。乱暴なここの騎士だろう、その人に無理やり外に連れ出される。


「どこに、連れていかれるんですか?」

「黙ってついてこい!」


 独房があったらしい地下への入り口から出て、詰所の奥へと連れて来られた。


「隊長、連れてきました!」

「入れ」

「ハッ、失礼します」


 作りのいいドアを開けると、中にいたのは昨日いたゾイドって人だ。隊長って言ってたし、きっとここの一番偉い人だろう。


「失礼します」


 一応、頭を下げながら入室する。騎士の人は入り口付近で直立不動状態だ。


「さて……、とりあえず手を前に回してやれ。書面手続きができん」

「ハッ!」


 ゾイドさんがそう指示すると、騎士の人が俺の手錠をいったん外して手を前に回して再びかける。


「別に、何もしませんよ」

「『魔眼』保有者にはこうする決まりだ。お前たちは何をするかわからんからな」

「『魔眼』なんて! 俺はそんなもの持ってません!!」

「お前の瞳、その奥に十字の輝きがあった。これは『世見眼』の特徴だ」

「ク、『世見眼』って何ですか?」

「詳しくはわからん。しかし我々はこれを『呪い』だと思っている」

「の、『呪い』……?」

「系譜か、遺伝か、はたまた偶発的か、もしくは故意か。詳しくはわかっていないがお前の瞳は間違いなく『世見眼』。大陸の大都市二つを消滅させた、いわくつきの瞳。よって、発見した場合はすぐに我々警備隊に連絡することが義務付けられている。発見が早ければ迅速に処理できるからな」

「………俺は、どうなるんですか?」

「とりあえず、この書類にサインしろ。文字は書けるか? できなければ手形でもいい」


 ゾイドさんが提示したのは一枚の書類。内容は……


「俺は一切の自由、権利を行使できずに命令と義務にのみ従うことをここに宣言する……って。こんな契約書にサインなんてできません!!」

「……驚いたな、その年で読み書きができるのか。いや、お前は『ノーグレン家』に潜伏していた保有者だ、不思議はないか。で、サインはできないと?」

「当然です! こんな、こんなの奴隷よりもひどい!!」

「当たり前だ。お前はここに実験動物として連れて来られたんだからな」

「じ、実験動物……」

「そしてサインを拒んだ。おい」

「ハッ!」

「やれ」


 ゾイドさんの一言で、入り口付近にいた騎士の人がこちらに寄ってくる。


「え?」


 そして帯剣を抜き、俺の首筋にピタリと当てた。


「今一度聞こう。サインをするか、否か」

「こ、拒めば……?」

「聞く必要があるか?」


 首筋に当たる冷たい金属の感触は、さっきから一ミリも動いていない。本気だ、本気でこの人達は俺がここでサインをしないと殺すつもりだ。

 俺は震える手で何とか署名欄にサインをする。こんな、こんな強引なやり方ってあるかよ!? 脅迫と強制のオンパレードだぞ!! そしてサインしたことを見届けられると、首の感触はようやくなくなった。


「よし、ではイルベルト・ノーグレンくん。キミにはA41という新たな名前が与えられる。ここではそれがキミの名だ。ではA41、別名あるまで独房にて待機。以上だ」

「ま、待ってください。俺は、俺はこれからどんなことをされるんですか!?」

「発言する権利をキミは持っていない」


 それだけ言って、ゾイドさんは俺達を退出させた。俺は半ば連行されるように独房へと連れ戻された。


「入れ!」


 突き飛ばされて再び独房に、今回は手が前にあったから頭を打ち付けることはなかった。

 わからない、わからないことだらけだ。『魔眼』、『世見眼』、実験動物、『呪い』、都市二つを消滅させた。これだけじゃ何もわかりようがない。


「ああ、おかえり。初日は何もされなかったのね、これからされるのかも知れないけど」

「あ、えっと……」


 昨日話しかけてきた少女がベッドであぐらをかきながら話しかけてきた。


「A06よ。キミは?」

「イルベルト・ノーグレンだ」

「じゃなくて、もう一つの名前の方」

「あ、えと、A41だったかな」

「ふぅん、Aってことはアタシと同系列かぁ。キミも魔法系なんだね」

「え? どういう意味?」

「Aっていうのは魔法系列の実験体。Bっていうのは身体系列の実験体。Cっていうのは頭脳系列の実験体。Dっていうのは分類不明の実験体。そうやってアタシ達は分類分けされてるのよ」

「じゃあ、キミも?」

「ここにいる時点で気づきなさいよ。もう三年くらいかな?」

「三年も……。ねぇ、実験ってどんなことされるの?」

「さぁ、一口に魔法系って言ってもいっぱいあるもの。例を挙げるなら、発動する魔法が通常の何倍も威力があったり、詠唱なしで魔法が使えたり、魔法の複合ができたり。色々、アタシの場合はね」


 そう言って自分の頭を指差した。


「生まれつき髪の色が特殊なの、これって『異常性魔法症候群』ってやつらしいわ。魔法を使うと意図としないことが起きちゃうのよ」

「意図としないこと?」

「例えば、火を起こしたかったのに地面が隆起したり、水を出したかったのに竜巻を起こしたり。魔法に異常が出ちゃうの」

「へぇ」

「だからその法則性を見つけるために両親がここに売り込んだってわけ。銀貨十二枚でね」

「お、親に売られたの!?」

「そうよ。別に珍しいことじゃないわよ。キミもそうじゃないの?」

「お、俺は………」


 そうだ、俺は、俺はミィに……


「助けた友達に……、金貨三枚で。売られた!」


 胸が張り裂けそうだった。心臓が痛い、肺が軋む。俺は、俺はミィに売られたんだ!!


「でもキミ『世見眼』でしょ? だったらしょうがないんじゃない?」

「しょ、しょうがない!?」

「だって『世見眼』っていつ暴走するか分からないんでしょ? 近くに暴走する危険がある人がいたら、そりゃ通報するわよね」

「お、お前に、お前なんかに何がわかるんだよ!! ミィは、ミィはたった一人の友人だったんだ!! それなのに、彼女がいじめられてるのを助けたのに! それなのにどうして売られないといけないんだ!? おかしいだろ!? 理不尽だろ!? 不条理すぎるだろ!!? 俺がいったいなにしたって言うんだよ!? 俺は、俺が彼女に何かしたっていうのかよ!!?」


 ハァハァハァハァ、思いの丈全部を知り合ったばっかりの少女にぶつけてしまった。頭に血が上ってたからって、ちくしょう。


「おいうるさいぞ! 何を叫んでいる!!」

「ごめんなさい、もう大丈夫ですから」

「A06、しっかり監督していろ!」

「は~い」


 少女が何かをしゃべっている。でも、俺にはそれを聞き取る余裕なんてなかった。


「………すっきりした?」

「え?」

「すっきりしたでしょ? 不満とか、鬱憤とか、疑問とか、全部吐き出しちゃうとさ」

「……あ」

「せっかくお隣さんなんだもの、死んだようにされててもつまらない。だからアタシの隣に来た人には毎回これやるんだ」

「え? 何人もここに来た人がいるの?」

「………キミで六人目かな。『世見眼』は二人目」

「そんなに……」

「ここって入れ替わり激しいから。アタシだって明日にはいないかもしれないしね」

「そんなッ!」

「ここはそういう所ってこと。じゃ、もう寝た方がいいよ。ここでは食事はともかく睡眠はいっぱいとっておいた方がいい」


 それだけ言うと彼女はベッドに横になってしまう。


「……ありがとう」

「どういたしましてA41」

「……イルベルト、俺の名前だ。キミはイリーでいいよ」

「そっか……。じゃあここにいる時だけ、アタシのこともノエルでいいよ」


 ノエルはそれだけ言って、しゃべらないくなってしまった。


「ホント、ありがとう……」


 俺のつぶやきは彼女に届いていたかもわからないけど。




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