順風満帆な人生だと思っていた

ゴリアス

第1話第一生 順調だと思っていた


俺の人生は順風満帆だ。


中学校の頃から少しずつ努力して学力を磨いた、高校に入ってからは友達関係も良好だった、大学に入ってからは遊びと人付き合いを学んだ、そして一流と言われる企業に就職した。

順調だ、順調すぎる。そして社会人三年目にして好きな人ができた。総務課の女性で、朗らかで長い髪がすてきで、それでいて胸が大きくて、俺は一目惚れに近い何かをしてしまったらしい。


そして会社の親睦会でそれとなく近づいて、会話を弾ませて一緒に食事まで行けるようになった。何回か食事をして、そしてついに告白、相手もOKしてくれた! その日、彼女を送った帰りに俺は月に向かって吠えていた。そんな気分だったんだよ、悪いか!?

その後、デートを何回か繰り返して運命の日! 十二月二十五日、言わずもがなクリスマスだ。彼女の指のサイズを予め計っておいて、少し高めのレストランで食事、コースのメインディッシュを食べ終わったあとで彼女に切り出してみた。少し顔を赤らめて、彼女が小さく頷いてくれたときは一生彼女に尽くそうと思ったね。そして彼女の薬指に買っておいた指輪をはめる、嬉しそうに指輪を彼女は見てくれていた。


そして歩道のない道を二人で腕を組んで歩く。


「ね、ねぇ……」

「ん?」

「ほ、本当に私でよかったの? ほ、ほら、ヒロくんってモテるからさ。私なんかよりも、もっといい子がいるんじゃないかって……」

「優菜(ゆうな)、それ以上言ったら俺、怒るぞ?」

「え?」

「優菜以上の女? 居たって興味ないね。俺は優菜がいいんだよ、他の誰でもなく優菜がいいって俺が思ったんだ。だから、自分なんかなんて言うな。俺には優菜以上の女はいないんだよ」

「う……うん。ねぇ、弘明(ひろあき)」

「ん?」

「ありがとう」

「おう」


 それ以上会話はない、でもすごく幸せな沈黙だった。


 そのとき、車のヘッドライトが後ろから光る。ハイビームにしてるのかやけに眩しかったから後ろを見ると、その車は右に左に微妙に揺れていた。少しいぶかしんでいると、その車は徐々にこちらへ寄ってくる。減速する感じもない、しかし確実に射線を飛び越えてこちらへ向かってきていた。


「ッ!?」

「ヒロくん!?」


 息を飲む。このままだとヤバい、そう確信した俺は優菜を守るように背中から抱きしめる。ダメだ、このままだと確実にぶつかる。そう思った俺は優菜を車の進行方向とは違う方に突き飛ばした。


 俺の記憶に残っているのは、そこまでだった。






『お前さぁ、バカだろ?』

「は?」


 気が付いたら俺は変なところにいる。上も下もない、右も左もわからない、俺自身も上になっているのか下になっているのかわからない。あたりは真っ暗で、視界もはっきりしない。ただ、目の前になんとなく人のような輪郭のある『誰か』がいるのだけは認識できた。しかしその『誰か』は大変ご立腹のようで、怒っているオーラがビンビン伝わってくる。


『なんであんな事したの? バカなの? ねぇバカなの?』

「あ、あの、なんでいきなりバカにされてるのか皆目見当がつかないんですけど?」

『ハァ? え? なに? もしかして記憶飛んでる? 自分が今、したことをもう一度思い返してごらん?』

「え? えっと……。確か、優菜…彼女をかばって、それで車に……」

『そう! それ!! なんでそんなことしたの? バカなの? ねぇバカなの?』

「バ、バカって!! 彼女が車に轢かれそうだったからかばったんだよ! 何が悪いっていうんだ! と言うか、アンタ誰だよ!?」

『俺? あ~、俺かぁ。まあ、俺ってなんだって聞かれれば……。神様って表現が一番正しいかな?』

「は?」

『だから、神様だって神様。あ、言っておくけどお前たちが勝手に定義した『神』じゃないぞ? 俺は基本、人間には無干渉なんだからな』

「な、なんで神様なんて人がここに……」

『正確には人じゃないけどな。ここにいるのは単純、お前がもう死んでるからだよ』

「え!?」

『車に轢かれて壁とサンドイッチ、一緒にいた彼女…優菜ちゃんだっけ? は、ほとんど無傷。ほとんど、な』

「そ、そうか……。やっぱりあの時に……」


 俺、死んじゃったのか。


『で、さっきの話。だから、お前バカなの? ねぇバカなの?』

「バカバカってさっきから本当に!! 仮に神様でもバカ呼ばわりされる筋合いはありませんよ!!」

『いいやあるね! だってお前が余計な事しなければお前たち二人とも生き残れる予定だったんだもん!!』

「へ?」

『車の運転手が途中で気づいて慌ててハンドル切ってさ、お前が彼女を突き飛ばした方向に逸れる予定だったんだよ!! でも、お前が突き飛ばしてくれたおかげで完全に車の逃げ道なくなっちゃってさ。運転手の方もブレーキ全力で踏んでたけど間に合わず、結果的にお前サンドイッチだよ! わかる? お前が余計な事してくれちゃったってこと!?』

「そ、そんな……」

『さらにだよ? お前の事故シーン目撃しちゃった彼女、あの子そこからうつ病になっちゃってこの先は一生お前に懺悔しながら生きるんだよ? 結婚もできないでさ、お前にもらった指輪ずーっと薬指にはめてんだよ!?』

「な、なんでそんなことまで!?」

『わかるんだよ! 俺、神様だから!! 未来のことまでわかっちゃうの!!』

「~~ッ!!?」


 お、俺は、俺はなんてことを……。結局無駄に死んだどころか、優菜にまでそんな……。


『ったく、ようやくことの大きさに気付いたか。自分を犠牲にしてでも相手は生きて欲しい、なんてのは単純に諦めた者の傲慢だ。生き残ったやつにお前は『誰かを想いながら一人で生きる』ってことを強いることになるんだぞ? それを強いるってことが、どれだけ残酷なことかってよく理解できたか?』

「は、はい……」

『よし。じゃあお前に罰を与えよう』

「はい……。どんな罰でも、お受けします」

『……急に殊勝になったな』

「俺は、彼女にとんでもないことを強いてしまいました。そのことは、きっと何をしても償えません。どうか、罰を与えてください。俺を、裁いてください」

『……それで許されると思ってるのか?』

「許されるなんてことはありません。でも、せめて優菜が味わった地獄の一割でも味わえるなら、なんの償いにもなるとは思えませんけど……」

『そこまで分かってるなら、少し良い情報を与えてやろう。お前は罪を犯した、それは一生をかけても償えないものだ。それはわかるな?』

「はい」

『だったら一生をかけてもらう。お前を違う世界に生まれ変わらせよう。こことは違う、お前の常識が全く通用しない世界にだ。そこでお前はゼロからやり直してもらう。容姿は並み、運動能力も並み、頭も並み、家だけは今回の反省した点をふまえて少しマシにしてやるよ。そして、一つの『負債』を背負ってもらう』


 神様がそういうと、俺の意識は徐々にまどろんでいった。


『その『負債』は。お前を苦しめるだろう、死にたくさせるだろう、絶望させるだろう、理不尽を強いるだろう。しかしお前はそれに耐えなくてはならない。まぁ自殺するって言うならご随意に、俺はあえて止めはしない。だがしかし、それを乗り越えて『負債』を『資産』へと転ずることができるなら………さて、どうなるかな?』


 神様の言葉は、それを最後に聞こえなくなってしまった。






「生まれました、元気な男の子です!」

「でかした、でかしたぞサーニャ!」

「あ、あなた………」

「おお、これが、これが俺の子供か!」

「おめでとうございます。もうお名前はお決めに?」

「ああ、サーニャ。男の子だ、さぁ名前を呼んでやってくれ」

「……イルベルト、あなたの名前はイルベルトよ。ようこそ、私の息子」

「イルベルト、さぁお父さんがだっこしてやるぞ!」

「もうワイス、あんまりはしゃいで泣かせないでくださいね」


 俺は……どうなったんだ? 抱かれているような、少しグラグラとする。


『お前を違う世界に生まれ変わらせよう』


 そうだ、神様が言っていたあの言葉! 生まれ変わらせる、そう言っていた! ってことは、俺は赤ん坊なのか? なにも、何も見えない……。せめて、せめて少しだけでも目を……。


「ぬぉ!!? ま、まさかこれは!!?」

「ワイス、どうし…キャアアアアアアア!!?」

「旦那様、どうかし……ハアアアアア!!?」

「バカな!!? なぜ、なぜこのような!!?」

「い、イヤアアアアアアアアアア!!! まさか、まさか私の子供がぁぁぁぁぁ!!?」

「お、奥様! お気を、お気を確かに!!」

「…………サーニャ、メイル」

「は、はい……」

「はい」

「このことは、誰にも伏せておくんだ」

「え?」

「旦那様、どういう意味でございましょうか?」

「この子は、この子に何もおかしな点はない。そういうことだ」

「わ、ワイス正気なの!!? この子は、この子はあのッ!!!」

「そんなことはわかっている!! しかし、この子は待望の男の子だ!! それに自覚しなければ何も起きない!! いいか、絶対に家の者にはもちろんのこと、この子自身にも悟られてはならない!! いいな、これは『ノーグレン』家、家長の決定である!」

「……かしこまりました、旦那様」

「ああ、どうして、どうしてこんなことに……。この子が、この子があんな………」


 なんだ? なんでこんなにざわついてるんだ? 俺に、俺に何かあったっていうのか?


『そして、一つの『負債』を背負ってもらう』


 神様、俺にいったいどんな『負債』を背負わせたんだよ。





 それから五年が経った。五年、そう五年だ。五年経てば這っていた子は走り回るし、中学生も高校生になっている。そして俺も成長して、元気に走り回る普通の男の子だ。


 とりあえず分かったことをもう一度、整理してみよう。俺が生まれた家は『ノーグレン家』、一応貴族の家らしい。そして俺は五人いる姉の末っ子長男、待望の男の子って言葉通りだ。他にも色々言われていた気がするけど、記憶が曖昧になってきていて定かではない。容姿は茶髪に茶色の瞳、顔のつくりは並みかな? 悪いとは思えない。


 そしてこの世界には『魔法』が存在するらしい。魔法とは、大気に満ちている『マナ』を媒介にして様々な現象を起こす術(すべ)の総称だ。火を起こしたり、水を発生させたり、風を巻き起こしたり、雷を呼び出したり、術(すべ)は何百通りも存在し規模も術者の力量によって異なるようだ。そして……


「アハハハ!」

「待ってよぉ!」


 窓の外、町通りを駆け抜けていく子供達に目を向ける。人間の顔で頭上に動物の耳を生やしている少年と、明るい髪色に長い耳をした少女が追いかけっこをしているみたいだ。


 この世界には『人間族』以外の種族が存在する。『獣人族』『森人(エルフ)族』『土人(ドワーフ)族』『竜人(ドラゴン)族』『魔人族』『海人(マーメイド)族』そして『人間族』の計七種族、これらの種族が共存している世界。それがこの世界なんだそうだ。


 やっべー、ナニコレファンタズィー!? 中学校の頃に勉強の片手間にオタク趣味に走ったことあるから知ってるぞ!!

 『獣人族』って言えば猫耳ですよね!? 夢にまでみた『ネコ耳スク水セーラー服』がリアルに可能な世界ですかココは!!? そして『森人族』って言えばオークに捕まって『くっ殺』しちゃう種族ですよね!? あ、一応オークって『獣人族』に分類されるみたいです、念為(ねんため)。マジですか、それってもうエルフじゃなくてエロフなんですけど!? さらに『竜人族』って言えば……カッコいいよね、お友達になりたい、そして背中に乗せて欲しい。そんで天空の城とか行ってみたい、あればだけど。


「(コンコン)失礼します。イルベルト様、旦那様が書斎でお呼びです」

「あ、はい。すぐに行きます」


 この声は、女中のメイルおばさんだな。女中さんはこの家に四人いるんだけど、俺の中ではおばさん=女中さん、お姉さん=メイドさんと呼び分けている。なんでかって? おばさんをメイドとは呼べんなぁ。


「ありがとうございます」

「い、いえ、では、失礼致します」


 そう言って怯えるように去っていくメイルさん。もう慣れたものだ。あの人はずっと俺に対して怯えるように、避けるように接してきた。なぜだかはわからなけど、それはメイルさんに限った話しではないのだ。


「お父様、イルベルトです」

「うむ。入れ」


 お父様、ワイスさんの書斎に入る。貴族であるワイスさんの書斎はとても立派なものだ。魔法関係からこの町のこと、政治、経済、軍事、なんでもある。三歳の時に部屋に忍び込んで本を漁ってみたけど、残念ながら俺はその時字が読めなかった。日本語じゃない、英語でもない、俺の元の世界とは全く違う言語体系に完全に打ちのめされたよ。それから猛烈に自主勉強して、なんとか『人間族』の言語はマスターした。ああ、夢の『ネコ耳スク水セーラー服』にはこの苦労を最低一回は通過しないといけないのか。


「イリー、最近少々外出が目立つ。あまり外に出るな、ケガでもしたらどうする?」

「しかしお父様。お友達が誘ってくれるのです、無下にはできません」

「どうしてもと言うのなら屋敷の敷地内だけにしなさい、わかったな? お前は我が『ノーグレン家』の跡取りなのだから」

「は、はい……」

「(コンコン)あなた、お手紙が来ています……ッ!?」


 ノックをして入ってくるのはお母様だ。ああ、やっぱり。


「イリー、い、居たんですか」

「はい、お母様。驚かせてしまったようで申し訳ありません。すぐに出ていきます」


 そう言って部屋を出て行こうとすると、サーニャさんが俺の通る道を露骨に空けてくれた。その様に軽く会釈をすると、ワイスさんの書斎を後にする。

 さっきのメイルおばさん同様この人、サーニャさんも俺に怯えている。しかもこの人はもっと露骨に、俺はともかく他の人にもわかるように避けているのだ。自分の息子を、まるで化け物を見るかのような目で見る。その理由さえわかれば、苦労はしないんだけどな。


 自分の部屋に帰ってくると、窓の方からコン…コンと何かがぶつかるような音がする。二階部屋なので窓を叩けるわけがない、しかもこれは俺がよく知っている合図だ。窓の方に寄ってみる、そこには緑の髪をした耳の形が少し違う少女が手を振っていた。俺は嬉しそうに手を振り返すと『ちょっと待ってて』とジェスチャーをしてから窓から離れて部屋を飛び出した。


「あら、坊ちゃまどちらへ?」

「ちょっと表に遊びに行ってきます!」


 途中でサリーさん(メイドさんだな、あの人なら)とすれ違ったので、もしもお父様が探したときように伝言を残して走る。そして勝手口から彼女の元へ。


「ミィ!」

「イリーおっそぉい! 何回も窓鳴らしたのに!」

「ごめんごめん、お父様に呼ばれたんだ。最近ちょっと遊びすぎてるって」

「あ、そうだったの。ごめんね?」

「いいよ。ミィのせいじゃない」


 この子はミーデリア・フィオル、長いのでミィと略して呼んでいる。俺が屋敷の外で一人遊んでいると、一緒に遊んでくれた女の子だ。何度か遊んで、気づけばかなりの頻度で遊んでいる。ワイスさんから注意を受けたのも彼女と遊びすぎたからだ。たぶん、あの言い方からして別の意味合いも含まれているんだろうけど。


「それで、今日は何しようか?」

「イリー、平気なの? だってお父さんに怒られたんでしょ?」

「いいんだよ。それに、俺がミィと遊びたいんだ。屋敷の敷地から出るなって言われてるだけだしね」

「ありがとね、イリー」


 ニコニコと笑っているミィ。目につくのは、やはり形の違うちょっと尖っている耳だ。彼女は『人間族』と『森人族』のハーフ、ハーフエルフというらしい。髪の色や耳の形が少しだけ『人間族』とは違うんだ。ちなみに俺は純度100%の『人間族』だ、どうせだったら『竜人族』とかの方がよかったなぁ。


「じゃあさ、見つからないように遊ぼ。そうだ、魔法の練習してみようよ」

「うん。いいよ」


 そう言って俺は彼女と一緒に屋敷から見えない物置の陰へと移動する。適度に開けて、街道からは丸見えだけど屋敷の方からはほとんど見えない場所。そこに生えている一本の木を標的にして魔法の練習だ。

 この世界の子はほとんど魔法が使える。特に『森人族』と『土人族』は魔法の扱いがうまいらしい。なんでも『マナ』との親和性が高いのだとか、ワイスさんの書斎でこっそり読んだ本にはそう書いてあったけど、どの種族でも練習すれば魔法が使える。要するに『マナ』へ干渉する方法さえ学べば、誰でも魔法を習得できるらしい。むろん、個人差や才能もあるらしいけど。


「『火よ穿て、熱よ走れ!』ファイヤ・アロー!」


 そう叫んだミィの手のひらからポヒュンと音を立てて煙が上がった。


「うぅ~。やっぱり難しいな、魔法って」

「ミィってハーフエルフなのに難しいんだ」

「うん。お母さんが『森人族』なんだけど、お母さんが言うには“もっとマナを知らないとダメ”って言ってた。マナを知るって何なんだろう?」

「僕にもさっぱり。じゃ、今度は僕の番ね」


 マナを知る、ミィのお母さんの言葉はさっぱりだ。マナっていうのは何となく理解できる。集中すると体の周りに渦巻いている流れのようなものだ、これに『意思』である詠唱を伝えることで魔法が発露する。この『意思』をどれだけ伝えられるかが、個人の力量になってくるわけだけど……。


「『水よ渦巻け、流れよ集え!』アクア・アロー!」


 そう叫ぶ俺の手のひらから、ジョロロロと少量の水が流れるだけだった。


「う~ん『意思』の力が弱いのかな? もしくは『イメージ』が足りないのかな?」

「もっと練習しないとダメだね~」


 そう、お互いに練習あるのみだ。魔法は知識を学んだだけじゃ意味がない。練習を重ね、イメージを強め、意思をマナに乗せる。それを繰り返すことで魔法が発露する。って本にも書いてあったな。


「ん? おい、見ろよ! ハーフエルフのミィがいるぜ!」


 え? なんだ? 急に大声が聞こえたし、その声にミィがビクついている。


「あ、ホントだ! しかも貴族のお屋敷の中に入ってやがる!」

「混じりもんのくせに生意気だぞー!」


 見れば『獣人族』一人、『土人族』二人のグループが柵の向こう側から大声を出してる。年の頃は、俺達よりも少し上程度か。でも混じりもんって。


「混じりもんとは、どういう意味ですか?」

「あ? こいつってノーグレンのお坊ちゃんか?」

「そうじゃね?」

「貴族様と遊んでんじゃねぇぞ混じりもん!」

「ですから、混じりもんとはどういう意味でしょうか?」


 さっきからこっちの質問を無視しやがって!


「混じりもんは混じりもんだよ。こいつ、父親は『人間族』母親は『森人族』のハーフだろ?」

「ハーフはハーフらしくもっと日陰にいろよ。俺達、純血が穢(けが)れるだろ!」

「そーだそーだ! ハーフはカエレカエレ!!」


 こ、こいつら!! 言って良いことと悪いことがあるだろ!!


「ハーフハーフと言いますが、純血とハーフと何が違うんですか?」

「は? 決まってんだろ! 純潔は純粋な一族、混じったやつらとは違うんだよ!」

「ですから。明確にどこが純血よりも劣っているんですか? もしくは、どこが純血の方が勝っているのですか? それを教えてください」

「え?」

「そ、それは、よぅ……」

「結局、あなた達の言っていることは単純な差別です。純血も混血も関係ない。要するにその人がどれだけ優れた人か、でしょう。純血であるだけで混血を非難するなんて、あなた達の方がよほど穢れています。さっさと消えてください、見ているこちらまで穢れてしまう」

「イリー……」


 子供相手に少しムキになりすぎたか? でもミィはいい子だ。そのミィが混血であるだけでここまで非難されてしまうのが耐えられなかった。


「ふっざけんなよ! 貴族様だからっていい気になりやがって!」

「ガ、ガイルまずいって。相手は貴族だぞ」

「貴族だって関係ねぇ! ここまで言われて、しかもハーフを庇ってんだぞ! こっち来いよ! 男のくせに口だけかッ!?」

「ハァ、純血至上主義も困ったものだ」


 まずいかな。ここで殴り合ったワイスさんに怒られちゃうな。でも、ここで引き下がってくれるとは思えない……。


「出て来いって、言ってんだ!」


 そう思っていた瞬間、ガイルと呼ばれていたリーダーらしい『獣人族』の少年がこっちに向かって石を投げてきた。拳くらいの石は俺よりも少し外れて……


「アッ!?」

「ミィ?!」


 ミィの頭を掠めるように飛んで行った。


「ミィ、大丈夫!?」

「だ、大丈夫、掠っただけ」


 掠っただけ、その言葉に嘘はないんだろう。でも、石が掠った場所からは赤い血が流れている。


「ハッ! ハーフでも血は赤いんだな」

「……おいテメェら」


 よくも……、よくもミィにケガさせやがったな。


「ちょっと待ってろ、今そっちに行く」


 ワイスさんごめんなさい。言いつけ、破ります。

 俺は柵の間をくぐり、街道へと抜け出た。よくも、よくもミィを傷つけたな。よくも、よくも俺のこの世界に来て最初の友達を傷つけたな!?


「へへ、やっと出てきたぜ」

「ガイルまずいってば。ハーフはともかく、貴族にケガさしたらまずいよ」

「安心しろ。ここでのケンカのことは絶対に口外しない。だからテメェらも、俺に負けても誰にも言うな。わかったな?」

「いい根性してるぜこのガキ。年上には、敬語で話せ!!」


 『獣人族』の少年が一気に距離を詰めてきた。前の世界でもケンカなんかほとんどしたことなかったけど、でもだからって。


「グエッ?!」

「だからって、ケンカをしない理由にはならない!!」


 許せないものがあったら、暴力をふるってでも立ち向う! 前の世界で好きだった漫画に書いてあった言葉だ!! 俺の拳は思いっきり少年の頬にクリーンヒットしていた。少年も油断していたらしく派手に吹っ飛ぶ。


「まだやるのか?」

「な、なめんじゃねぇよクソガキ!!」


 ゾワッ!? なんだ、なんだこの感じ。『マナ』が、周辺のマナが変な感じだ。


「『火よ穿て、熱よ走れ!』ファイヤ・アロー!!」


 瞬間、手をかざしている少年から火の矢が俺に向かって飛んでくる。


「うわぁ!?」


 地面に転がって回避するけど、正直のところ間一髪だった。アレが、アレが本物の魔法か!?


「ちっ!『水よ渦巻け、流れよ集え!』アクア・アロー!!」


 今度は水!? さっき俺が使おうとしていたアクア・アローだ! また別の方向に転がって回避するが、俺がさっきまでいた石畳がちょっとえぐれている。こんなのが当たったらシャレでは済まないぞ!?


「よけんなぁ!『火よ穿て、熱よ――――」

「ダメェ!!」


 再びファイヤ・アローを打とうとしていた少年に、横からミィが飛びついた。


「離しやがれハーフ!!」

「ダメ、イリーをいじめないで!!」

「ミィ、ダメだ!!」

「離せって! 言ってんだろうが!!」


 そして飛びついていたミィを、その少年は思いっきり殴りつけた。柵にぶつかって背中を強打するミィ。


「詠唱最初からか!?『火よ穿―――」

「許さない………」


 ミィを、ミィを殴ったな? 俺に優しくしてくれたミィを殴ったな?

 ワイスさんからは跡取りとしか見られず、サーニャさんからは露骨に避けられ、メイルさんからは怯えた目で見られる。他の女中さんやメイドさんも、俺に好意的とはいえなかった。俺は腫物(はれもの)、俺の安息は家の中にはない、だから家から出て一人で遊んでいた。その俺に、遊ぼうよ笑顔で話しかけてくれた彼女。どれほど救われたことか、どれだけ嬉しかったことか。その彼女のことを、テメェは二度も傷つけたな!?


「ヒ、ヒィ!?」

「な、なんだよぉ、お前ぇ!?」

「許さない。許さない許さない許さない、許せない!!!」


 瞬間、世界の景色が変わった。

 わかる、マナの流れが。わかる、意思の伝え方が。わかる、イメージが。わかる、魔法とは何なのか。わかる、世界の理(ことわり)が! 俺は見たままに、思うがままに、手を掲げて意志をマナへと伝える。


「『水よ逆巻け、うねりを上げろ、天へと駆けろ、地を埋め尽くせ!!』アクア・トルネード!!」


 手のひらを返して、指二本で空を指差す。瞬間、少年三人を巻き込んで水の竜巻が発生した。


「な、なんだよこれぇ!?」

「ガボボボボボ!?」

「うぁ!? たすっ!? たすけ!!」


 俺は適当なところでマナに意思を伝えるのをやめて魔法を中断する。やや高めに上げられていた三人が、水浸しで落っこちてきた。


「あ、あああ……」

「お、お前……、お前は………」

「ん?」

「ば、化け物!! 化け物だ!!」


 そう叫んで蜘蛛の子を散らすように三人は逃げてしまった。ハァ、よかった。撃退できて。


「ミィ、もう大丈夫だよ?」

「ヒィ!?」


 そう言ってミィに手を差し伸べる。しかしその手をミィは怖がるように後ずさった。


「ミィ…?」

「ヒ、イヤアアアア!!」

「ミィ!?」


 突然悲鳴を上げて逃げ出してしまうミィ。ど、どうしたんだいったい。俺、何かしたのか?


「急に魔法が使えるようになったから驚いてるのかな?」


 明日あってちゃんと理由を聞こう。あ~あ、服が泥だらけだ。ワイスさんに怒られちゃうかな?


 とりあえず泥で汚れた服はサリーさんに渡して、俺は新しい服に着替えてしまう。どうしたんだろう、どうしてミィは悲鳴を上げて走って行ってしまったんだろう? う~ん、しかもさっきの感覚は何だったんだ? さっきは意識することなく魔法が使えた。それも『アクア・アロー』の更に上、『アクア・トルネード』をだ。

 魔法にも等級があって、初級、中級、上級、錬級、神級の計五段階が存在する。初級は練習すれば誰でも使える、中級はさらに訓練を積めば使うことができる、上級は才能があれば使えるかもしれない、錬級は個人で使える人は少ない軍用魔法、神級は歴史上一人で使えた者は三人しかいない。

 『アクア・トルネード』は中級の水系魔法、それを一度も練習をしていない、詠唱すら知らなかった俺が使えた。さっぱりわからない、いったいどうしたんだ?


「坊ちゃま、そろそろお夕飯のお時間です」

「はい、すぐに行きます」


 考えても始まらない。とりあえず、明日ミィにあってもう一度聞いてみよう。


 ドンドンドン。そして夕飯を一階の食堂で家族(サーニャさんもこの時だけは一緒に食べてくれる)と食べているとき、家のドアがノックされる乱暴な叩き方だな。


「誰だ、こんな夜遅くに」

「出てまいります」


 メイルさんが一礼をして食堂から出て行った。何だろう? まさかあの少年達の親が報復に来たとか? ないなぁ、ここは貴族のお屋敷ですよ。


「こ、困ります! 今は食事中で……」

「急を要すのだ、ゴメン!!」


 ん? メイルさんの叫び声と誰だ? そして次の瞬間、食堂のドアを全力で開けて大勢の全身鎧(フルプレートアーマー)を着込んだ騎士と、隊長格らしい荘厳な甲冑を身に着けた厳つい強面のおっさんが入ってきた。


「なっ!? ゾイド国境警備隊長!?」

「ノーグラン殿、残念です。まさか貴方とこのような形で対面することになろうとは……」


 そうして懐にしまってあったらしい書簡のような物を取り出した。


「ノーグラン殿! 貴殿を、国家保安維持を脅かした罪で逮捕する!!」

「なッ!?」

「理由は……、わかっておいででしょうな?」

「なぜだ、なぜ……」

「市民から通報がありましてな。貴殿が『魔眼』保有者を匿っていると」

「あれは、アレは私の……」

「我が国の法律を忘れたわけではないでしょう!?『魔眼』保有者はどのようなものであろうと引き渡し、匿ったものは重罪と!」

「くっ!!」

「連れていけ!」

「ハッ!!」


 ゾイドと呼ばれた隊長の命令で、ワイスさんが両脇を拘束されて連れていかれてしまう。


「そして『魔眼』保有者を確保せよ!」

「ハッ!!」


 マガン? なんだそれ――――


「さぁ!」

「こい!」

「な、なにすんだよアンタら!!?」


 いきなり騎士に腕をからめとられ、椅子から床に叩き付けられてしまう。


「貴様がそうか。ふん、よく今まで人の振りを通せたな、化け物」

「ば、化け物って!? 俺は、俺は『人間族』の純血な人間だ!!」

「シラを切ってもダメだぞ化け物、目撃証言もある。ふむ……」


 腕を背中に回されて、床に押さえつけられている俺の顎を強引に上にあげて、俺の目を覗き込むゾイド。


「瞳の奥にある十字。間違いない、『魔眼』保有者だ」

「オオッ」

「ば、化け物…」

「よし、連行する! マナ阻害の手錠を忘れるな!!」

「ハッ!!」

「ちょ、ちょっとなんだよこれぇ!? お母さま! お母さま!!」


 背中に回された手に冷たい錠の感覚がある。訳が分からない! 俺はワイスさんが連行されてしまったため、サーニャさんに助けを求めた。


「……お母さまなんて汚らわしい。さっさと居なくなれ! 化け物!!」

「ッ!!?」


 ば、化け物!? なんだ、何を言っているんだこの人達は!?

 俺が屋敷から連れ出されると、屋敷の前の門にはかなりの人だかりができていた。なんだ、どうなっているんだいったい!?


「町の皆さん、お騒がせしました。今ここに『魔眼』保有者をとらえ、マナ阻害の手錠をかけました。もう安心してください」


 ゾイドの言葉に、人々はウォー!! と歓喜の声を上げる。ゾイドの名前を呼ぶ声が次々と響いた。


「この中を進み、町の外の馬車へ進む。くれぐれも『魔眼』保有者から目を離すなよ?」

『ハッ!!』


 ゾイドは騎士の連中にそう告げると、人だかりの中央を突っ切るように歩いていく。人だかりも、ゾイドの前をサッと道をあけてまるでモーゼの十戒のような感じなっている。


「死ね化け物!!」

「よくも騙してたわね!!」

「お前なんて死んじまえ!!」

「消えろ!!」

「よくもぬけぬけとこの町に!!」


 昨日本を買いに行った店のおじさん、通りで花屋をやってるおばさん、パン屋のお姉さん、大工のおじさん。みんなが口々に俺に向かって罵詈雑言を飛ばしてくる。そんな中、緑色の髪をした彼女を見つけた!


「ミィ!!」

「あ、貴様!!」

「ミィ、なんで、なんでこんなことになってるのか分かんないけど。俺、俺は絶対に帰ってくるから。だから……」


 待ってて欲しいと、こんな疑いを晴らして絶対に帰ってくるかとそう伝えたくて……。


「……えろ」

「え?」

「消えろ! 化け物!!」


 それだけ叫んで、ミィは人混みの中に紛れてしまった。


「さっさと来い!」

「さっきのは?」

「通報者の少女だろ、賞金の方はもう渡してあるはずだが」

「しょ、賞金って……なんですか?」

「あ? 知らないのか?」

「『魔眼』保有者発見の報告をして、その報告が正確だった場合賞金が出るんだよ。金貨三枚がな」


 金貨………三枚…………。つまり俺は……ミィに………金貨三枚で……売られたのか?


「まぁ賞金なんてなくても通報するだろうけどな」

「まぁな、近場にこんな化け物がいたんじゃ」

「化け物って、どういう意味なんですか?」

「なんだ、知らないのかよ」


「お前の瞳は『魔眼』、正式名称は『世見眼(クロス・アイ)』、過去に大陸で暴走を起こして都市二つを壊滅させた『化け物』。それがお前だよ」


「ッッッッ!!!??」


 だ、だからみんな……。


「死ね、化け物!!」

「暴走する前でよかったわ!!」

「ゾイド隊長バンザーイ!!」


 もう、周りの声も入ってこない。俺は、騎士に引きずられるようにして馬車に押し込まれた。




~~~~~~~~~~~

初めまして、ではない方は見つけてくれてありがとう。

ゴリアスと申します。

今回、長編としては初のオリジナルです。緊張してます、カクヨムも初めてです、かなり緊張してます。

文を書いてるってより、恥を書いてるって感じがする今日この頃ですが。第一話、読んでくださってありごとうござます。


執筆は遅めですので、気長に待っていただければと思います。では、いずれ。

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