第7話 筆記試験と天才
「ああ、さっぱり分からない」
試験当日。
筆記試験を前にして、ペンを握った俺の手は、ピタリと止まっていた。
今日の科目は数学と国語のみ。
二教科だけと言っても、放課後は掃除で、授業は寝るという生活をしていた俺。勉強に当てた時間はほとんどない。つまり、解けるわけがないのだ。
それでも、数学は何とかなったのだが、現在、俺が向き合っている国語は、全く解けないでいた。問題用紙を穴が開くほど見つめているが、答えなど何一つ出てこない。
作者がどんな考えをしているとか、してないとか、登場人物の感情を読み取れとか、意味ないことで成績を付けられることが大嫌いだ。
文字を読んでるだけで眠くなっている。
作られた人物の感情よりも、生徒の心を読み取れよと、俺は声を大いにして叫びたかったが、テスト中なので辞めておいた。テスト中じゃなくても辞めといた方がいいだろうけどな。
試験開始してから15分。
解ける問題は解いてみたが、これ以上は埋まりそうにない。
もう駄目そうだと、俺は教師に解答用紙を差し出して、教室から出た。
解けない物に労力を費やすのは無駄だからな。
教師の視線が痛かったが、シノメ先生に散々虐められているので、その程度で俺は怯まない。
「うん、あー、面倒くさい!」
廊下に出た俺は一人で伸びをする。
試験の日程を忘れていたとはいえ、ここまでできないのは、シノメが罰を出したからに過ぎないと俺は怒りを覚える。
「あっ……」
息詰まった俺は外の空気でも吸おうと下駄箱へと向かう。一年生全員分の靴をしまうことのできる下駄箱は広かった。
そんな場所で俺は一人の男を見つけた。
淡い髪が下駄箱の上から覗いている。
……あの髪を俺は覚えている。
「ソウジ……」
学年一の天才。
しかし、テストが終わる前にここに居るということは――、こいつも出来なかったのか? 天才が聞いてあきれるぜ。
「よぉ。一週間ぶりだな、天才君」
こないだの礼をしなければならないからな。
俺は天才のいる場所へと近づいて声をかけた。
「……」
「どうだった? 試験はさ……」
「……」
どんなに俺が声を掛けても返事をしない。
無表情に俺を見る。
初めてあった日と、全く同じ対応だった。だが、今回は、こないだみたいに、不意を突かれないよう『魔強』を発動できる体制を整える。
こいつは無表情に見えて、やることは不意打ちと言う姑息な天才だからな。
「無視してんじゃねーよ」
「君……誰?」
「はっ?」
まさか、こいつあれだけのことをしておいて、忘れたって言うのか?
俺は散々に笑いものにされたんだぞ?
「ふざけんのも大概にしろ……。入学式当日にお前にボコされた相手だよ」
「自分でボコされたって……笑える」
笑えるとは言っているが、表情に変化がない。
あくまでもポーカーフェイスを崩さないようだ。
「本気で覚えてないのか?」
「うん」
「おもしろいじゃねーか」
俺はそう言って『魔強』を発動させた。
体内に『魔力』を留めることで内側から力がみなぎっていくのが分かる。
この状態になれば通常時の倍ほどの力を発揮できる。
「こんな風に不意打ちでしか勝てなかった天才君のくせによぉ!」
自分でも言った後に、これじゃあ、すぐやられる、噛ませ犬みたいな台詞だったと後悔する。勢いで言ってしまったとはいえ、取り消すことは出来ない。
ならば、そのまま戦うだけだと、胸に恥ずかしさを残し、天井をめがけて俺は跳躍をした。
着地する目標はソウジの真上。
斜め上空に飛んだ俺は、狙い通りのポイントに向かって体をひねる。
そうすることで俺は天井に足を付けた。
一段目の跳躍。
その反動を受けて真下にいるソウジに蹴りを放つ。
落下と反動を利用した攻撃。
流石の天才でも、ここまでの攻撃を瞬時に対応できるとは思えない。
「おら、食らえ!」
あと数センチで俺の脚が、整ったソウジの顔に届きそうになった所で、
「……」
ソウジが無言で俺の脚を掴んだ。
「え……?」
そのまま片手で俺を振り回す。
「あ、え……ちょっと」
唐突な反撃に俺は成されるがままにブンブンと宙を回っている。
ガンガンと下駄箱に頭がぶつかる。
怪我をしないように顔をガードしたが、腕が鉄と辺り痛む。
「……ふぅ」
そんな、力のないため息とともにソウジは俺の脚を放した。
回す力から解放された俺は、校舎の外に放り出された。
ゴロゴロと地面を転がる。
むしろ、外に出て良かったのかも知れない。
下手にこの勢いでガラスやら下駄箱やらに当たっていたら、器物損害になってまたもや罰を受けることになったかも知れないのだから。
俺は転がった勢いを使って受け身を取りながら立ち上がった。
「やってくれるじゃないか……」
「ていうか、君、試験受けなくていいの?」
「あん?」
「まだ、始まって少ししか立ってないけど?」
「そうかよ。でも、俺はばっちり解けたぜ?」
解ける問題はな。
解けない問題はスルーしたので大体白紙だが、それを知るのは今や試験管のみ。考えても無理だからな、無駄なことは市内に限る。
「確かに、復習だからって問題を簡単にしすぎだよね……」
「……お前、まさか……全部説いたのか?」
「君は違うの……?」
当たり前の様に言うソウジに俺は、
「同じだよ。簡単だったな」
見栄を張った。
解答用紙が返されれば、すぐ分かるのだが、クラスが違うから大丈夫だろう。
バレない、バレない。
「で、なんで君はいきなり僕に襲い掛かってきたわけ?」
「だから、お前のせいで、俺が酷い目に遭ったんだって」
まだ白を切るのか。
切った張ったの馬鹿し合いってか?
ならば、いいだろう。
ここからは本気で相手してやる。
『魔強』は誰にでも使えはするが、それを維持したまま行動に移すのが難しい。
しかし、ここは優等生が集まる高校。
果たしてどれだけの生徒が『魔強』を使いこなせるのか。
少なくともソウジは完璧に扱えているのは確実だ。
俺はどうすれば、あの無表情に一撃を食らわせられるかを考える。
「俺の『魔能』は攻撃向けじゃないしな……」
ならばやはりここは『魔強』での戦闘が一番よさそうだと俺は判断する。
それに、わざわざ、自身の切り札をこんな場所で使いたくはない。
「至近距離で戦うしかないか」
俺はゆっくりとソウジのいる場所へと戻る。
慎重に近づくが、ソウジはなにも仕掛けてこない。それどころか普通に下駄箱から靴を取り出して、外履きに履き替えていた。
「おい……。まだ、勝負は終わってないだろうが?」
「勝負って、最初からしてないじゃん」
「なに?」
「君がいきなり蹴りかかって来たから守っただけだし。別にあの程度攻撃だとも認識していないから、気にしないでいいよ」
明日は『魔法』の実技だから頑張ろうね。
などと、励まされる。
完全に俺は天才に相手にされていない。
それなのに俺はクラスメイト達からも馬鹿にされ、罰を受けている。
「ふざけんな!」
ソウジの背に向かって俺は駆ける。
完全に無法備な背中に向かって俺は拳を振るう。
『魔強』によって強化された力ならば、人の体を貫くことは容易い。
「……がっ」
だが――俺の拳はこいつに届かなかった。
突如として俺は吹き飛ばされた。
背を向けたソウジが何か仕掛けてきたのか。
「ああ、ゴメン。あまりにもしつこいから『魔能』使っちゃったよ」
「くそ……が」
芯に残る痛み。
まだ、身体の中を痛みが響き渡っていた。
「そんなに強くやってないから、明日の試験には影響ないと思うから、頑張って」
そう言ってソウジは背を向けたままどこかに消えてしまう。
完全な敗北だ。
二回目の。
まだ、前回は油断していたと言う言い訳ができたが――今回は違う。
しっかりと戦った。
むしろソウジの方が油断していた。
なのに、なんで……。
「これが天才との差かよ……」
一方的に痛めつけられて、引き出した『魔能』の特性も見破れない。
情けなさすぎる。
俺は歯を食いしばり、痛みをこらえて立つ。
「上等だ……。次は絶対負けねーぞ」
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