第6話 目標は卒業

 罰を言い渡されてから一週間。

 初日から毎日のようにチハナは俺を手伝いに来た。

 二日目以降はこなくてもいいと、俺は必死に説得したのだけれど、


「私が手伝いたいので気にしないでください」


 と、意見を聞いては貰えなかった。


「……」


  俺が気にしていたのは『魔強』を使えないことだ。

 『魔強』が無ければ、一人より二人の方が早いのだが、『魔強』を使えるのであれば、今のペースと比べれば、一人でやった方が早いのは確実だった。

 だが、真面目なチハナは何としても先生の言い付けを守ろうとする。


「毎日、体を動かすのも悪くないよね」


 などと、額に汗を浮かべて爽やかに笑顔を見せられる始末だった。

 そんな苦痛な一週間を過ごした俺は、かなり心身ともに疲れていた。

 だが――それも今日で終わる。

 俺は気合を入れて作業に取り掛かった。


「こうしてライル君と一緒にやるのも今日で最後かー、なんか寂しいね」


「そうか? ようやく終わると思うと、やる気がでるってもんだ」


「そうかな……」


「ああ。毎日疲れちまって、授業にほとんど身が入らなかったぜ」



「よく寝てたもんねー」


 只ですら退屈な授業。

 眠くなるのは不可抗力だ。


「まあな」


「ははは。じゃあさ、今日、歴史の内容覚えてる?」


「……覚えてないな」


「だろうね」


 授業はちゃんと受けないとチハナは言う。

 この庭掃除だって、俺よりもチハナの方が働いているのに、授業はしっかりと受けていた。

 流石、『六道高等学校』に通う生徒と言ったところか。


「『魔力』の発生によって、歴史は動いたって先生興奮して語ってたじゃない」


「あの先生の話聞いてると眠くなるんだって」


 歴史を教えている教師は、非常にゆっくり話すためか、直ぐ眠くなってしまう。

 俺以外にも寝てる生徒は何人かいた。


「ライル君は、他の先生の時も寝てたけどね」


 当然だ。

 俺は先生を差別することはしない。

 皆等しく寝る男だ。

 舐めて貰っては困る。


「まーな。で、その授業がどうかしたのか?」


「ふん? 改めて聞くと凄いなーって」


 『魔力』の発生が世界を大きく変えたことなど、中学校の時にも習ってはいる。

 全てのエネルギーを補えるほどの力を持った『魔力』。

 現在のように人々が扱えるようになるまでには30年ほど掛っていると、俺は記憶していた。


「それでもまだ、謎が多いんだよな。なんだ、それなら、寝てて正解だったな」


「そうだけど……。『六道高等学校』の生徒になって聞くと、なんか感慨深いなーなんて」


「別に同じだよ」


「分かってるけどさー」


 チハナとは毎日こんな感じだった。

 その日の授業の話や起こったことを話す。

 チハナが一方的に話しかけてくるだけではあるのだけれど。


「ただ……。それだけなら良かったんよね」


 人々の発展だけならば。

 だが――『魔力』の発生と共に望んではいない存在が現れた。


「『界人』ねぇ……」


 『魔力』の影響を受けて変化した生物たちのことである。

人型へと異常に進化した化け物は、体内に『魔力』を宿し、人々を襲う脅威となった。どんな武器も受け付けない化け物に、そりゃ、当時の人々は震え泣いたことだろう。

 想像してみろ。

 誰も勝てない化け物がそこいらにいるんだ。

 俺ならそんな世界は嫌だもんね。

 そう考えると、『界人』への対抗策が見つかったこの時代に生まれた俺はラッキーだな。

空気中に溢れている『魔力』を、『界人』と同様に体内に抑えることに成功したのだ。因みにそれが『魔強』であったりもする。

 対抗する術を身に着けた人間は、なんとか撃退し、こうして平和な世界を作り上げたのだ。。


「まぁ、今の時代じゃそんなに恐れるには足りないんじゃないのか?」


「そうだよね。プロがいるもんね」


「ああ。この学校だって守ってくれてるから安心だな」


 『界人』を狩るプロ――『魔衛隊』

 そいつらもまた、ある意味、優秀な人間だ。

 俺はあんな風にはなりたくないけどな……。


「素人の俺達だって『魔強』と『魔法』があれば抵抗はできるんだから、気にする必要はないって」


「そうかな」


「やけに不安そうじゃない」


「あ、ううん。別に……。ただ、怖いなーって」


「怖いか? 俺も一度見たことあるけど、数人掛りなら余裕で倒してたぜ?」


「うん。私も見たことあるよ」


「だろ?」


 中々遭遇する機会はないものの、この年まで生きていれば、その姿を一回か二回は目撃しているはずだ。だが、見た感じ、そんな恐怖を俺は感じなかった。

 化け物も対策出来ればそこいらの動物とは変わらない。


「うん」


「さてと。じゃあ、さっさと終わらせて帰ろうぜ?」


 俺は手を動かす速度を速めた。

  


「だね。来週には試験もあるし」


「へ?」


 試験?

 俺は嫌いな単語を耳にして動きが止まってしまった。

 いや、それ以前に――、


「どうしたの? 初めて聞いたみたいな顔して」


「いや、初めて聞いたよ!」


 なにも勉強なんかしてないし、授業もろくに受けていなかった。

 どの授業も平等に寝ていた。

 つまり、どの授業もろくに話を聞いていないし、ノートも取っていない。


「ちゃんと行事表にも書いてあるよ?」


「見てねーよ……」

 

 ていうか、もっと早く教えてくれよ。一週間会ったんだから、言うタイミングはいくらでもあっただろうが。

 俺のやる気がみるみると下がっていく。


「で、でも! 中学校の復習だから、大した内容じゃないよ!」


 チハナが俺にテスト範囲を教えてくれるが、例え復習だろうと嫌なものは嫌だ。

 大体にしてテストをやる意味が分からない。


「二年生から科を分けるからね。私も行きたい科に行けるように頑張らないと」


「俺はどこでもいい」


 正直、一度、名門の中に入れれば俺はどこに行こうとお良かった。

 欲しいのは知識ではなく肩書き。

 留年にならない程度で十分だ。


「そうなの? でも、成績良くないと多分、あそこになると思うけど……」


「あそこ?」


「うん。この高校でぶっちぎりで人気がない科だよ」


「そんな科があるんだ」


 俺は初耳だった。

 どこの科でも同じように思うのだが、チハナは違うのか。


「因みにどの科なんだ?」


「えっとねー、『魔衛科』かな」


 さっき話題に上がった『魔衛隊』に入隊するための科であった。

 『界人』から人々を守るプロ――などと言えば聞こえはいいが、余り役に立っていない。

 最悪は『魔法』と『魔強』があれば、抵抗は出来るのだから。

 故に、


「ほら、将来的にね……」


 『界人』から人を守る。

 聞こえはいいが、給料の面では最低だ。

 そんな厳しい条件を飲み込んでまで、人を助けたいと思う優秀な人間が――『魔衛隊』へと入隊するのであった。


「やっぱ、訓練が厳しいからか、『魔衛科』に入った時点で辞めちゃう人もいるんだって」

 

お姉ちゃんが言ってたよ。

 と、チハナが教えてくれた。

 確かに厳しいかも知れないが、でも、ただ、勉強するよりはいい気がするけどな。


「俺は別にいいと思うけど」


 そのことをチハナに行ってみるが、


「私はいやだな。本当に厳しいんだってば。それに、私もどこ行くか決めてるし。」


 と、身体を震わせた。

 どうやら、チハナは訓練の内容を見たことがあるらしい。

 更にはもう、この時点で、どんな道に進むかを決めているようだった。目標が卒業の俺とは大違いだ。


「へえ。チハナはどこを目指そうとしてるんだ?」


「私は『魔農科』かな」


「お姉ちゃんと同じじゃないんだ」


 姉は『魔法研究科』だと昨日言っていた。

 てっきり妹のチハナも同じ科を目指している物だと思っていたが違うのか。

 『魔農科』は、『魔法』を使った農業を学ぶ場所である。

 研究職とは違って泥臭い内容だ。


「私はお姉ちゃんと優秀じゃないしねー」


「ふーん」


「それに、私は『魔法』の適正度は『木』が一番高いから」


「なるほどね。ま、目標があるならいいじゃないか」


 とりあえず俺は、俺の目標である卒業に向けて、試験で赤点だけを取らないよう気を付けようと心に誓う。

 まず、寮に帰って試験日を確認しなければ。

 一夜漬けでなんとかなるはず。


「試験の事教えてくれて助かったわ」


「知らないほうが可笑しいんだけどね」


 などと話していた時、


「よく頑張った」


 と、手を叩きながら担任が現れた。


「まさか、本当に『魔力』を使わずにやり切るとは思ってなかったぞ」


 チハナも毎日手伝いに来て偉いなと褒める。

 俺は額にうっすらと浮かんだ汗を拭いて、立ち上がる。


「まあね。これで罰も終わりだな」


「ああ。ご苦労だった」


 シノメは俺を労う言葉を掛けるが、言葉では疲れは取れないし、時間も帰ってこない。。


「テストも近いのに悪かったな。ちょっと言い過ぎた……。しかし、入学式をサボるなんて馬鹿初めてだったから、ついな」


「……」


 ついでここまでしたのか、俺は……。

 元は自分が悪いんだろうけどさ。

 俺が何て言おうかと言葉を選んでいる隣で、チハナが、笑いながら、


「でも大丈夫ですよ、先生。ライル君テストのこと忘れてましたから」


 と、恐らく、今、一番伝えなくていい情報を担任教師に教えたのだった。俺、チハナになにか悪いことしたのかな?

 恩を感じてるから手伝いに来てくれたんじゃないのか?


「貴様……」


 シノメ先生の目が鈍く光る。


「おい、お前、何余計なこと言ってるんだよ? そんなこと一々言わなくて――」


 小声でチハナに文句を言うが、途中でガシリと頭を掴まれた感触に、言葉が出てこなくなる。脳に伝わる圧力に、死を覚悟する俺。


「試験忘れていたのならば、もう一週間追加してもいいんだぞ?」


「それは、無理だ!」


 最終日。

 俺は頭を掴んでいた手を払いのけて、逃げるようにして掃除を終えた庭を後にしたのだった。

 後ろで先生とチハナの笑い声が聞こえた。

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