第4話 与えられた罰

「くそ、なんで俺がこんなことしなきゃいけねーんだよ」


 翌日。

授業を終えた俺は、一年生の校舎の裏にある、庭というには荒れ過ぎた場所に、一人足を運んでいた。

 罰則なんて真面目に受ける必要はないと、帰ろうとしたのだが、教室を出て、直ぐの場所で待ち構えていた、担任教師に釘を刺された。


「一日目からサボんなよ」


 と、肩に手を置いて笑ってきたが、暴力教師の目の奥は笑っていなかった。

 「はははっ」と、恐怖で引き攣った笑みを浮かべた俺は、仕方なしに、こうして指定された場所までやって来てしまったのだ。


「ま、一週間、適当にやって適当に帰るか」


 逃げることが出来ないならば、やった風で誤魔化すしかあるまいに。ここまで荒れていれば、ある程度やれば綺麗になったように見えるはずだ。

 俺の中に真面目にやるという選択肢はなかった。


「うっし」


 俺は深く息を吐く。

 この世界には『魔力』と呼ばれる資源が溢れている。空気中、大地、海中から尽きることなく存在していた。

 人知を超えた未知の力。

 ここ数年でようやく、『魔力』が地球の中心から発生していることを突き止めたと、なにやら話題に上がっていた気がするが、興味がいので、どこで聞いたのか忘れてしまった。

 まあ、テレビかなんかだろ。

 使えればそれでいい。

 俺は周辺に溢れている『魔力』を体に集める。


「『魔強』を使えば一週間もかからないかもな」


 『魔力』を体に留めて自分の肉体を強化する技術だ。『魔力』が発見されてから、今となっては、この世界では基本中の基本の技術である。

 身体能力を上げれば、この広さでもすぐ終わるだろうしな。

 最初から手を抜くつもりなので、見積もりは甘く取っている。


「あ、言い忘れてた。ここの掃除するのに、『魔力』使うの禁止だから」


「へ?」


 『魔強』を発動した俺の後ろから、聞こえてきた声。

 声の主はシノメ先生だった。

 危なっ。

 逃げなくて良かった……。

 やる振りだけ見せて置いて良かったぜ。俺は自分の判断の正しさに胸を撫で下ろす。

 

「なんでも、『魔力』に頼るのは良くないぞ? 若いうちは自分の体を酷使するのも大事だぞ?」


 じゃ。

先生はそれだけ言い残して帰っていった。

「……」


手伝うとか見張るとかもしない。

しっかりとカバンを持っている教師。

もう帰るんだろうな。

定時上がりなんだろうな。

 再び一人になった中庭を風が揺らした。空を見ると、日が暮れかかっている。急がねば夜になってしまうだろう。

 それなのに……、


「なんで『魔力』使うのがダメなんだよ! 嫌がらせか!」


 俺は腹いせに好き放題生えている草を蹴り飛ばす。そんな事をしても、柔らかい草は俺を笑うように身を揺らす。

 蹴った感触もなく、ただただ、俺のむなしさを助長するだけだ。


「やってられるかよ!」


 見張りもいないし、初日だから俺は帰る! もう、後のことなど知らん。明日から、本気出してやるから、それでいいだろう。

 裏庭から引き返そうとしたとき、


「あのー」


と、俺の方へ、草木を踏みながら歩いてくる女子生徒がいた。

お下げに眼鏡。

いかにも優等生の姿をした生徒は見覚えがある!


「チハナか……!」


「覚えていてくださったんですか?」


 眼鏡の位置を直して頬を赤らめる女子生徒。何故、この女子は常に頬を赤くしているのだろう。

教室に居る時はそんなことないのに……。

しかし、今、この場で、頬を赤くして怒りたいのは俺の方だ。


「忘れるわけないだろう! この薄情者!」



 自分だけ罰から抜け出しやがって。

 『魔力』も禁止。

 それでいてこれだけの場所を一人で一週間で掃除なんて……。

 俺は溢れ出る文句をぶつけたくなるが、そんなことをしても何も解決しないとなんとか踏みとどまった。


「昨日はありがとうございました。助けて頂いて嬉しかったです」


「……」


 面と向かって礼を言われると、なんだろう。腹を立てている自分が滑稽に思えてくる。たった、一つのお礼で許しそうになる、自分の甘さが情けない。


「それで……お礼というわけではないのですけど、私の方も手伝わせて頂けたらなと」

 

 チハナの提案に俺は目を自分の耳を疑った。

 信じられない台詞が聞こえてきたのだ。

 まさか、自分から手伝いに来たのか?


「いいのか?」


 俺のお陰とは言え、免れた罪をわざわざ行おうとするなんて、やはり、問題児ではなく優等生だった。

 少し――方向音痴で間抜けなだけな女子なのか。

 それでも、俺だったら手放しで喜んで帰るけどな。

人のことなど知らん。

 変わったクラスメイトだ。


「はい。ライル君の為ですから」


 小さくガッツポーズを取ってやる気を見せる。

 フン、と気合を入れてポーズを取る姿は、まあ、悪くはなかった。


「そうか。なら、手伝って貰おうかな」


「分かりました!」


「じゃあ、取りあえず、チハナは『魔強』はどれくらい出来る?」


 俺は取りあえず、人数が増えたから、先生の言い付けを無視しようとした。

 ほら、一人より二人の方が罪の意識も薄れるからさ。


「あまり得意ではないですけど……」


 『魔強』も『魔法』も誰でも扱えるが、その効力には個人差がある。

 どうやら、チハナは『魔強』は苦手なようだった。


「そうか。ま、一人が二人になっただけでも十分か。じゃあ、さっさと始めるか」


 俺は再度、『魔力』を使おうとする。

 禁止されようとも、この場にいるのは俺とチハナだけだ。周囲に人がいる気配もないし、バレやしない。

 バレなければいいのだ。

 駄目人間の俺の思考を、


「ライル君。何してるんですか?」


 と、チハナが制止をかける。

 だが、俺は止まるつもりはない。

 むしろ、


「『魔強』に決まってんだろ。早くお前も使えよ」


 俺はチハナにも使うよう促した。

 共犯にしてしまえば、そんな優等生な言葉も言えなくなるだろう。


「何言ってるんですか?」


 一瞬、目を丸くしたが、俺が『魔強』を使うつもりだと分かると、チハナは、俺の正面に回って、腰に手を当てて注意してくる。

 お姉ちゃんが弟に注意しているようだ。


「先生は使っちゃダメだって言ってたんだよ? その意味分かってる?」


「ああ」


 分かっているけど、守る気はない。


「じゃあ、何で使おうとするのかな?」


「使った方が早く終わるじゃん」


「それは、そうだけど、でも、ダメなものは駄目なんだよ」


「大丈夫だって。教師もこんな場所みてないだろうしさ、『魔強』ならバレないって」


「それがダメなんだよ」


 チハナは言う。


「相手がいないから良いとかじゃなくて、いてもいなくても規則は守る!」


「なんていうか……真面目だな、あんた」


 見かけに違わずに。

 でも、それを言ったら、入学式に参加していないので、説得力が丸っきりないのだけれど、本人は気付いていないようである。


「それだけが取り柄ですから」


「……真面目の癖に方向音痴なんだな」


 心優しい俺はそのことを教えて上げた。

 相手の為を思って言うのだ。

 これは優しさで在って、嫌味ではない。


「方向音痴って訳じゃないよ?」


「昨日迷子になって式にこれなかったんだろ?」

 姉のいる校舎へ行き、場所が分からなかった。

 それを迷子と言わずになんと言うんだ。


「違いますよ」


「違う?」


「はい。ただ、校舎の場所が分からなかっただけです!」


 だから、何が違うんだ。

大きな声で否定されても、迷子になってるだけだ。

 もっと、何が違うんだと問い質したかったが、そうしたところで、本人が否定している以上、無駄な行為。

ならば、喋ってる時間を、少しでも手を動かしてもらうべきだ。


「あっそ。じゃあ、俺こっちやるから、お前はあっちから頼む」


 俺は庭の左側から。

 チハナには右側から頼むと指示を出す。


「あ、えっと、その……」


 チハナは何か言いたそうだ。


「どうした?」


「こういう時は、同じ場所を二人でやった方が、効率がいいらしいんですけど……」


「そうなのか?」


「はい。なので、私もそちら側から始めたいんだけど……いいかな?」


「いや、でも……」


「それに、離れていると、ライル君が『魔力』使いそうだし……」


 バレてた。

 距離置けば多少使っても気付かないだろうと反対側へと誘導したのだったが、あっさりと見抜かれていた。

 この女子生徒、中々出来るぞ。

 何が出来るのか分からないが、


「……そういうことなら頼むわ」


 俺は渋々とチハナの意見にしたがった。


「えへへへ」


 どこか嬉しそうに頬を緩ませ、とことこと俺の隣に座って草を除去していく。


「はぁ……」


 俺もその横へと腰を下ろして同じように地面に手を伸ばす。

 一回。

 二回。

 ひたすら、その動作を繰り返す。


「……」


「……」


 十分ほど経っただろうか。

 俺とチハナの横には、除去した草が盛上がっていた。

 短時間でこれだけ取れたことにも驚くが、しかし、地面を見るとさほど変化があるとは思えなかった。荒れた草花が青々と伸びている。


「これ、一週間で終わるか?」

 開始早々。

 俺の心は折れかかっていた。


「まだ、始まって十分だよ? 判断早すぎだよ」


 ほら、頑張ってと細い腕で俺の頭を撫でる。。

 こいつ凄いな。

 自分は助かったんだからやらなくていいのだ。

 なのに、こんなに、俺以上に一生懸命やるなんて――。


「分かったよ」


 俺は、それから一時間――文句を言うことなく、草を毟り続けたのだった。


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