第3話 もう一人の問題児

「お疲れ様です、シノメ先生!」


 俺と同じく呼び出されたであろう生徒は、女子であった。

 問題児という発言から、勝手に男だと思っていたが、俺の予想は外れたようだ。


「お疲れさま。入学式初日に呼び出して悪かったな」


「いえ、全然大丈夫です!」


「なら良かった」

 

 俺はシノメ先生と話している女子生徒をマジマジと見る。

 問題児と言っていたが、むしろ、外見だけで言えば優等生に近い。

 おさげ。

 眼鏡。

 規定通りの長さをしたスカート。

 そのまんま委員長だ。

 それはシノメ先生も分かっているのか、俺と話す時とは違う、それなりに教師らしい口調で、挨拶に応じていた。


「まあ、お前もそこに座れ」


「はい!」


 シノメ先生が指定した場所は俺の隣である。

 俺が正座しているからか、その真似をして、同じように膝を折る女子生徒。

 

「失礼します」

 

 別に俺に言わなくてもいいのだが、ひと声かけてきた。

 さすが優等生。

 姿勢が良かった。

 思わず、綺麗な教科書通りの正座? に、見とれていた俺は、少女と目が在った。

 何となしに、会釈をすると、相手も返してきた。

 そんな少女に先生は聞く。


「で、なんでお前は入学式に来なかったんだ?」


 なるほど。

 どうやら、こいつも俺と同じで式をサボった生徒らしい。

 人は見かけによらないものだ。

 同じくサボった生徒だと思うと、妙に親近感が湧いてきた。

 だが、


「私だって『六道高等学校』の入学式には参加したかったです……」


 どうやら、こいつはサボりたくてサボったわけではないようだ。

 俺は期待した分、がっかりする。



「なら、なんで来なかったんだ?」


「それが……」


 シノメ先生の質問に、答えていいのか迷っている。 


「どうした? 理由があるならはっきりと言ってみろ」


「怒らないですか?」


「怒る訳ないだろ! お前の担任だぞ」


 嘘つけ。

 俺は思いっきり怒られたぞ。

 となりの女子に教えようとしたが、上から注がれる殺気を感じて、俺は開いた口を占めた。

 ごめんな、クラスメイト。

 俺は自分の身が可愛いんだ。

 先生のそんな方便に騙された少女は、入学式に参加しなかった理由を述べる。


「その、三年にいる、お姉ちゃんに会いに行こうとしたんですけど……」


「ふむ」


「迷子になってしまって」


「なるほど」


「ようやく、今、戻ってこれました」


「……。二つほど言わしてもらっていいか?」


「やっぱり、怒りますよね……」


 シュン。

怒られるかと思った女子生徒は俯いた。


「まず、一つ目。今日、三年生は休みだ」


「えっ。そうなんですか?」


 相手が驚いたことを無視して先生は二つ目を告げる。


「二つ目。なんで迷子になる?」


「だって、『六道高等学校』は校舎が広くて……!」


 確かにそれは一理ある。

 『六道高等学校』の敷地は馬鹿みたいに広いのだ。

 また、それぞれの得意項目を生かせるよう、2年生からそれぞれの夢に向かって、学びたい学部を選んでいくのだ。


「姉は『魔法研究科』に通ってるんですけど……」


「お姉さんは優秀なんだな……。だが、『魔法研究科』ならば、一番大きい校舎だから迷わずに行けると思うんだが?」


 俺も一応、全部の校舎がどこにあるかは把握できている。

 ましてや、エリート集団の校舎。

 簡単に辿り着ける。


「まず、校舎が見つからなかったんです……」


 しかし、どうやら、この女子生徒にはそれすらも出来なかったようだ。

 先生の表情が固まっているのが分かる。

 怒っているのか呆れているのか。

 まあ、怒ってるんだろうな。


「敷地の案内図は渡されているぞ?」


 固まった表情のまま喋るので発音が少しおかしかったが、


「地図の見方が分からなかったんです!」


 と、更に先生の表情を固定する発言をしたのだった。


「やっぱ、お前は問題児なようだな」


 怒りを通り越したようで、呆れた様子でこの女子生徒を改めて問題児認定したようだ。

 確かに話を聞く限り――、


「ああ。俺より酷い」


 流石に俺だってそこまで馬鹿じゃない。

 同じ問題児という枠で括らないでいただきたい。

 俺は自分の意思で行かなかったんだ。

 それを、迷子と一緒にされたくはない。


「まあ、お前らがサボった理由は分かった」


 コホンと一つ咳払いをする。


「しかし、とは言っても、ここで罰を与えずに帰らせて『六道高等学校』は甘いと思われるのも癪だ」


「思わないよ。なあ」


 俺は隣の女子に同意を求めた。

 女子から、返事があるとは思わなかったが、


「はい、反省してます!」


 と、少女は先生に頭を下げて見せる。

 いい心がけだ。

俺は下げないけどな。


「いや、これは私の気分の問題だ」


「うわ……」


 罰を与えるのに気分とか言いだしやがった。

 名門の名に傷が付く前に、この教師を首にするべきだ。

 しかし、この教師は何かいい案はないかと、考え始める。

 暴力教師と言うレッテルが無ければ、そこそこ知性的で美しく感じたかも知れないが、暴君ぐあいを目の当たりにした俺は、なにも響かない。


「そうだな。なら、罰としてお前たちには一週間、この校舎の裏庭を掃除してもらうか」


「なに!? 掃除だと? ふざけるな。なんで俺が!」


 俺は反対する。

 裏庭の掃除なんて御免だ。

 やりたくない。


「放課後、本来なら課題などで忙しくなるだろうが、新入生だから、時間は取れるだろ」


 しかも放課後。

 なんで授業が終わっても残らなければいけないんだ。

 俺はなんとか、罰の内容を変更してもらえないか、あわよくばなくせないかと交渉を試みる。


「なにも、そこまでしなくてもいいだろ? ほら、この子――君、名前なんだっけ?」


「私は……チハナですけど」


「チハナちゃんね。分かった。で、チハナちゃんだってただの迷子だしさ。それにしては罰が重すぎると思うんだ。今回は厳重注意ってことで、大目にみてやって貰えないかな?」


 優等生っぽいチハナを利用した交渉。

 俺が文句を言っても聞かないだろうことは十分理解した。

 だが、真面目な相手を切り捨てるほど、教師としてはまだ死んでいないだろう。

 俺はそのわずかな可能性に賭けたのだ。


「うーん。確かになぁ」


 予想通り。

 まだ、この胸しか取り柄がない教師にも人の心は残されていた。

 この調子だと俺はたたみ掛ける。


「だからさ。せめて期間を一日だけにするとかでもいい気はするんだよなー」


「分かった。お前にそこまで言われたなら仕方ない」


 シノメ先生はなんとか了承をしてくれたようだ。

 俺は正座を崩して、先生の前で膝を付く。


「ありがとうございます! 先生!」


「あん? 礼ならいいよ。いや、まさか、お前がクラスメイトの為にそこまでするとは……」


「何言ってんすかー。当然ですよ」


「そうか。とか言いながら――本当はチハナに一目ぼれしたんじゃないのか?」


「は?」


 何言ってんだこいつは。

 思わず先生の頬を叩いて夢でも見てるのかと、挑発しそうになるが、折角無くなった罰を、再度突きつけられるのだけは逃れたい。

 俺は、「はははっ」と、無理やり笑顔を作る。


「じゃないとできないもんな。自分じゃなくて、チハナだけ許してくれなんて頼むのはさ」


 見直した。

 先生が俺の肩を叩いた。

 バンバンと叩かれる衝撃に体を揺らしながら俺は考える。

 チハナだけ許す?

 どういうことだ?

 二人とも罰をなくしてくれたんじゃないのか?

 俺は先生の機嫌を損ねないよう慎重に聞く。


「え、二人とも罰はないんですよねー?」


「は、お前はあるよ」


 笑ってたシノメ先生が真顔になる。

「だって、チハナを許してやってくれってお前言ったじゃん」


「……」


 ちげーよ。

 それはダシに使っただけで、二人とも罪をなくせって遠まわしに言ったんだよ。

 普通に分かるだろうが、この駄目教師が!


「式をサボる人間でもそこまで人を思えることに私は感動した!」


 なら、俺もなくせよ。

 待てよ?

 なら、チハナに俺の罪を亡くすようにお願いして貰えばいいんじゃないのか?


「……へっ。な、なにかな?」


「……」


 頬を赤らめたチハナは俺から目を反らした。

 それどころか、


「あ、あの、私、用事を思い出したので、し、失礼します!」


 と、全身を真っ赤にさせてそそくさと職員室から出て行ってしまった。

 あの薄情物。

 自分だけ助かりやがった。

 くそ。

 結果的にとは助ける形になったとはいえ――ムカつく。


「じゃ、お前は明日から一週間。頑張れよ」


 非情な教師は言う。


「ちゃんと綺麗にしないと更に罰を与えるからな」


 もうお前も帰っていいぞと言われたが、俺は膝をついたまま動かない。

 ここで帰ったら明日からどうすればいい。


「お願いします! 罰を無くしてください!」


 ここは大人しく非を認めて頭を下げようじゃないか。

 俺がそう決心したのだが、


「いいから、帰れ!」


 と、言う怒鳴り声と共に繰り出された蹴りを受けて、一直線に職員室の入り口まで吹き飛ばされた。


「がっ……」


 なんで頭を下げようとしたのにこんな目に遭わなければいけないんだ。


「だ、大丈夫……?」


 顔色の悪い白衣の教師が俺に心配そうに近寄るが、


「…………」


 俺は無視して立ち上がり、職員室を出た。

 あの担任。

 今に見てろ。

 俺は入学式初日。

 担任への復讐を胸に誓ったのだった。

 初日から復讐する相手ばかり増えていった



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