第2話 担任教師
「うう……ひどい目にあった」
目を覚まし俺は、そう呟きながら、周囲を見渡す。教卓で偉そうに弁を振るう教師たちが、のんびりと椅子に座っている姿を見て、ここが職員室だと理解した。
どうやら俺は職員室に寝かされていたらしい。
「……」
いや、気を失った生徒は普通、保健室に連れていくのだろう。
なんで、教師たちが生活している床に俺は寝かされていたのか。
だが、そんな文句を言う間もなく、俺の前には一人の女性教師がいた。。
「酷い目にあったじゃない。よくもまぁ、一年生の分際で入学式をサボってくれたもんだな」
「まあ、一年生じゃなきゃ入学式はサボれないですからね」
その顔を見て思い出した。
俺のクラスの担任である。
名は確か――シノメと黒板に書いていた。……気がする。
「だからこそ、サボるものじゃないのだが?」
シノメ先生は、サラリとした、長い黒髪を搔き上げる。
教壇に立っていたときは何とも思わなかったが、こうして見ると、中々に魅力的な教師ではないか。
何より、動くたびに胸が揺れるのがたまらない。
それだけでも、この先生が担任で良かったと思うには十分だ。
「はぁ……吸ってみてもいいですか?」
「……何言ってるんだ?」
「間違えた。すいませんと言おうとしたんだった」
俺としたことが、スイマセンと謝ろうとしたが、思わず、吸い付きたくなる胸を見て、間違った言葉を選択してしまったらしい。
危ない、変態扱いされるところだった。
「謝る気ないな、君」
「まさか。ありますよ。有り余ってますよ」
「余ってるなら、全力で反省しろ」
容赦のないお言葉。
在り難くない。
「でもさ、先生。入学式にでるよりも、出ないほうが貴重な経験を得られる場合があるんじゃないんすか? 出るのが偉いなんて、それは大人の勝手な判断じゃないんすか?」
俺は胸の誘惑を断ち切って、反論する。
決められたことを決められたように行うのだけが偉いなんて、信じられないと。
社会に出たら自分で考えなければ行けないと、上から語ってはいるでないか。
「君のその判断が間違えているから、言ってるんだっつーの」
教師とは思えない乱暴な態度。
腕を組んで俺を見下ろしていた。
椅子に座っている教師に見下ろされる。
それは即ち、俺が床に座らされているという事だ。
正座。
負傷者を正座させる。
最近の若者はゆとりがなんだと言っているじゃないか。
これは体罰なのではないだろうか。
周囲に助けを求める。
他の先生方はここまで、野蛮ではないと信じたい。
「……」
目が在ったのは、いかにも体調の悪そうな、線の細い先生とだった。
目の下のクマがより不健康そうな男だ。
白衣を着ているので、保健室か科学の先生。
「……シノメ先生。もうその辺でいいんじゃないんでしょうか?」
救いを求める俺の視線に気づいたその教師は、予想通り助けるようにして、シノメに声をかけた。
「甘いんですよ、トシ先生は」
この先生はトシと言うのか。
助けに来たことを、称えて、名を覚えていてやろう。
さあ、もっと、強くこの体罰教師を責めるのだ。
助けてもらうくせに偉そうな俺だった。
「でも……」
「いいですか? 入学式は高校最初の行事。それをサボるということは、今後も同じことを繰り返す可能性があるんですよ?」
「まぁ、そうですけど」
容易く引いた。
もうちょっと頑張って欲しかったが、まあ、入学式サボっている以上、シノメ先生のいうことが正しいのだが。
「それにこいつは私の生徒なので口出しは無用です……」
「シノメ先生がそう言うなら……」
「私に任せて下さい!」
笑顔で胸を叩く担任教師。
やわらかい胸に衝撃を吸収された。
その光景を頬を赤めて見つめて、自分の席へと向かうトシ。
変態教師め……。
「いいか。ええと……。君、名前はなんていったかな?」
「担任だよな……」
「教師だからと言って、一日でクラスメイトの顔と名前が一致すると思うか?」
「無理だな」
「だろ? まぁ、名前すらも覚えてないんだけどな」
「そんなんでいいのかよ!」
「で、名前は?」
俺は渋々答える。
こんなやつに名前を名乗りたくないが、いうこと聞かないと、返して貰えなさそうだ。
「ライル」
「そうか。ライルか」
「ああ。流石に覚えただろ?」
じゃあ、俺はこれでと立ち上がろうとするが、その肩を押さえられた。
「まだ、なにか?」
「あるに決まってんだろ」
「でも、この後もHRとかあるんでしょ?」
「今日は午前中で終わりだ」
「え……?」
言われてみれば俺は目覚めてから、時計を見ていない。
ずっとシノメ先生と話していた。
「もう、午後なのか……」
「そうだ。いい具合に伸びてたなー」
「あの野郎……」
容赦なく攻撃しやがって。
入学式に連れていくどころか、HRにすら参加できなかったじゃないかよ。
せめて目的を察しろ。
「ああ、その点は大丈夫だ」
「なんで」
「ソウジがお前を担いできてくれたからな」
「ソウジ……?」
「あん? あの天才だよ」
「ソウジって言うのか……。いや、ちょっと、待ってくれ。俺を担いできたって、まさか、入学式にか?」
「そうだ」
「マジかよ! 恥ずかしい」
「来ないほうが悪いからな」
ごもっともだった。
俺はつまり――意識を失った状態で入学式に参加させられ(担がれて)、ここに運ばれたと言う訳か……。
天才だか何だか知らないが、勝手なことしやがって。
「あいつ……絶対殺す」
「お前には無理だ」
「……」
「入学した段階で、『六道高等学校』のトップは確実。お前みたいな中の下では到底敵わないだろうな」
「うるせぇ」
もう十分体験していた。
「まあ、それはいいとして、天才に挑む前に――サボった罰は受けて貰おう」
「え……」
罰?
まさか、サボっただけで罰を与えられなければいけないのか?
俺は先生を睨む。
蹴られた。
顔面を。
これは完全に体罰だろう。
「甘えるな。これは指導だ。『魔強』を使ってないだけ在り難いと思え」
俺は蹴られた顔を押さえて倒れた。
そして踏まれた。
「やりすぎた!」
「教師舐めてるお前がわるいんだろーが」
どうやら俺のクラスの担任はチンピラだった。
ああん。
と、メンチを切るシノメ先生。
完全に危ない人だった。
「まあ、ちょっと待ってろ。もう一人、ウチのクラスには問題児がいるから……」
先生がそう言った丁度、その時、
「遅くなって申し訳ありません」
一人の女子生徒が現れた。
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