夢追いびと




 飾られた額縁を一つずつ外そう。曖昧な寂しさに形を与えよう。下の縁に手をかけ、ちょっと持ち上げて、そしたら安っぽい画鋲からフックが抜けるだろう。裏を返して。そうすると、木枠の四辺それぞれに回転式の留め具がついている。丁寧に、回す。蓋が外れる。中の絵は、あなたが捨てた夢だ。

 未練を書き込もう。さよならの、決別のサインを。ペンは、ずっと胸ポケットにしまっていた万年筆がいいだろうね。使ってないから、錆び付いちゃっただろう。それぐらいがちょうどいい。インクは掠れてないか。それだけ注意すれば。

 そのイメージになにを夢見ていたか。なにを期待していたのか。なにを託していたのか。現実がその絵を写したとき、ほかの絵はどうするつもりだったのか。

 書いたら、都合のいいことに、傍にナイトテーブルがある。置いて。そう簡単には忘れられないだろうが、忘れるための儀式だからいくらでも泣き言をいうといい。結局あなたは、置くことになる。手が勝手に置いているだろう。そういうふうになっている。さあ、次の額縁を手に取ろうか。同じように絵を抜き取る。それはかつてのあなたの想いだ。願いだ。希望だ。抜き取ったのは絵であると同時に、根付いていた言霊だ。あるいは、輝いていたあなたの魂かもしれないね。

 全部置いたかい。何枚あったか、あなたは知っているかもしれないし、知らないかもしれない。けれどなんとなくの分量は、わかっているはずだよ。重みが、指先から薫る残り香の強さが、叶えてやれなかった夢の枚数を教えてくれる。

 回廊の最後に、壁は真っ白になった。あなたが真っ白にしたんだね。木の額縁はどこにやったかって。見てごらん、あれだ。キャンプファイヤみたいに、上手に組んであるだろう。僕がやったんだ、褒めておくれ。

 なにをするか、わかったかい。そう不安がらなくてもいい。あなたは眠るだけだ。そう、ナイトテーブルといっただろう。あれは寝室に置くものだね。ほら、ここももう真暗にした。気がつかなかったかい。手をゆっくりおろしてごらん。なににぶつかったかな。やすられた檜の滑らかさ、か。へえ、なかなか繊細な指をしているね。正解。その上はシーツが敷いてある。ダブルベッドだ。

 潜ってごらん。

 隣にだれかの熱を感じるだろう。大丈夫、あなたが気味悪がっている僕じゃない。それがだれかはいまはどうでもいいし、あなたも気にならなくなってきただろう。そう、おとなしく眠るといい。そうしたら火をつけよう。

 絵は全部燃やしておくよ。新しい夢に向かって励むといい。ついでに燃やすものがあるけど気にしなくていい。左義長と一緒だ。禊いだらよく眠れるはずさ。

 そういうふうに作ったからね。

 聴こえているかい。僕の声が。そうかい、なかなか強い意志を持っているね。なんで夢が叶わなかったのか不思議だよ。いや失敬、夢とはそういうものだね。僕が一番よく知っている。

 聴こえているかい。僕の声が。そうかい、いい気分だろう。なにもかもを忘れて、また目覚めから頑張るといい。頑張るという言葉は嫌いかい。じゃあ好きにするといいよ。とにかく僕はあなたを応援している。

 聴こえているかい。僕の声が。いよいよ火も大きくなってきた。いい具合に音を立てて弾けている。いい夜だ。そうおもわないかい。

 聴こえているかい。寝てしまったようだね。それともまだ聴こえているかもしれないな。体は先に入眠しても、意外と耳や意識は生き残るものらしい。失礼、生き残るというと、まるであなたが死んでいるみたいだね。

 でも似たようなものさ。だって、そういうふうに作ったからね。

 全部、僕がやったんだ、褒めておくれ。

 大丈夫、もう手遅れ。

 最初にいわなかったとおもうけど、おはようを聴くのはあなたじゃないんだな。隣で寝てるその人だ。絵と一緒にあなたも焚べられる。今夜の炎はよく燃えそうだ。なにせ、これだけ燻らせていた夢があるんだからね。燃料にしては申し分ないくらいだ。ほんとうに。

 よくこれだけ、なにものにもなれず生き延びたものだ。

 安心してよ。あとはその身代わりが新しい一日をそつなくこなしてくれる。

 夢老いびとは、適切な時期で死なないと、あなたのために毒だからね。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る