ハジマリとオワリ

 ――多くのことが起きたと、昔話に花を咲かせてしまえば、時間が過ぎるのを忘れてしまう。いや、そもそも過ごした、生きてきた歳月を鑑みたのならば、過ぎた時間の量に比例して、想い出は増えていく。

 たとえば、妖魔と共に生きることを決めたからこそ、武術家の筆頭として存在する雨天が、雨天静香の影響を受けるかのよう、武術家とは天魔と共に生きるものだと、そんな決まりができてしまったり。

 相性が良すぎて混合した結果として、都鳥の家名は半人半妖となり、人の規範からはやや外れてしまった――とか。


 世界は大きく変化を遂げた。


 私は年数を数える趣味を持たず、ただ、移ろいゆく世界の流れに身を委ね、その時代に合った生活を続けている。しずかのように武術家であることを貫き通す真似は、できなかったし、しなかった。

 もっとも、この時代では冷凍庫の中で作られるもので、氷売りなんてものは、仕事にもならないのだけれど。

 変化を否定するな。

 そんな話になれば、静は笑いながら、否定できるものじゃないと言う。然り、まさにその通りであり、順応するか対応するのが一般的なのだろう。

 今もまだ、妖魔は人となって過ごしている。見分けがつかず、爆発的に人口を増やした結果として、かつては暗黒大陸なんて呼ばれていた場所にも、人が住むようになり、今では随分と発展もしていた。

 けれど。

 そんな事実を受けたところで、私にとっては、ただ、そんなものかと思うくらいで、それこそが順応の証明なのだと思わされる。

 それでもふいに、私は立ち止まる。

 路傍に立てかけられた案内板はじまりに手を乗せ、振り返り、首を傾げるわけだ。

 果たして、この始まりは、いつのものだろうと。

 始まりとは最初であるべきなのに、まるで何度も、この手にした始まりを通過しているような気がしてならない。

 わからなくなった私は、たまに静と逢う。同じ時間を過ごしてきた間柄だ、話して紛れることもある。

 ――今の私は、喫茶店を経営しているため、ただそれだけで気が紛れることもあるけれど、仕事と趣味は別物だ。

 ああそう、店の名前は雪明りの名を使った。かつて静が、その雨天の名の通り、雨を呼ぶ際に――寒い地方で、雪になってしまったのを、ふいに思い出したからだ。あの時は大笑いをしたものだ。

 今日もまた、空からは雪が降っている。

 朝に凍るほどの危険性はない地方であるし、年に一度積もるか否かという土地だ。それほどの危険視はしていないが、一ヶ月前、やむに已まれず拾った息子は寒がっていないだろうかと、そんな心配も少しあった。

 いらぬ心配だろうか。今の私のよう、明日の仕込み材料を買い出しにひょいと出るのを見送ったくらいだ。暖かくしていれば良いけれど。

 私は今の生活を楽しんでいる。かつても今も、それは変わらない。


 ――そして、私は、彼女はじまりに出逢う。


 最初はそれを、結界の類かと思った。その稚拙さに、遊びで作ったのか、それとも失敗なのかと気になって、足を止めたのだ。

 かつりと、革靴が音を立てて。

 これが何かの始まりなのだろうかと、その光景を見て思った。

 その裏路地に、ぺたんと腰を下ろした少女を見つけたのだ。

 薄汚れた白色のワンピースは、あまりにも季節に合っていなくて――ああ。


 ――そうか。

 この二人目が、始まりなのだ。


 単独ならば今までもあった。だが思えば、いつだって始まりは二人目だ。

 1がどれほど揃っていたところで、それは1でしかない。2という数字がなければ、1は2にも3にもなれない――加算、と呼ばれる現象がなければ、発展はないのだ。

 着ていたロングコートを少女にかける間に、気付かれぬよう深呼吸を一つ。ゆっくりと、私は片方の膝を地面につけるようにして、視線を合わせた。


 ――始めようか。

 長くても、短くても、これは間違いのない、始まりなのだから。

 私にとっても、彼女にとっても。


 私は口を開く。

 少女が言葉を放つ。


 ――私は。

 この少女に、雪芽ゆきめという名を、つけることにした。


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