09/15/16:00――サクヤ・料理人である

 アルケミ工匠街に到着してすぐにハクナが中央の学校へ案内し、今回も部屋の手配をしてもらった。六人で二部屋、つまり男女別というかたちだ。ハクナも個人の研究室があるので、そちらでも良いのだが、どう考えても寝所にはならなかったので、引っ張りこんだらしい。

 ちなみに、総責任者であるグレガは、とても嬉しそうだった。後で仕事を押し付けられる心配をしたのは、サクヤだけじゃなかったはずだ。

 いつもなら夕食の仕込みを考える時間帯だが、グレガが〝マシになった〟と言っていたので、学食を使うつもりだ。料理人にとっての、たまの休みだが、半ば仕事と化していたので、やや手持無沙汰であることは間違いない。

 ベッドに腰かけてお茶を片手にのんびりしている。ギィールはあの映像に影響を受けたらしく、部屋を出て行って何やら考え事をしているようだが、しかし、チィマは魔術品の宝石を片手に、その分析に乗り出しており、あーでもない、こーでもないと頭を悩ませていた。

「悩んでる割りには楽しそうだよな……」

「お、わかる?」

「なんだ、話ができるのか。結構集中してるだろ?」

「んー、没頭ってほとじゃないよ。俺そういうの苦手だし」

「周りが見えなくなっちまうことは、やっぱ怖いか」

「はは、まあね。俺、こういうの解析するの好きなんだよなー、作り手の思考を読み取って、構成を読むわけ。んでもこれ、マジでレベルが高いよ。師匠でも分析止まりくらいだ。複製は不可能に限りなく近い。分解なんてもってのほか。これが仕事や任務だったら放り投げるし、課題だったら涙目になるって」

「耐用年数って言葉、ハクナに言うと敏感に反応するから、あんまし言うなよ」

「さすが技術屋、諒解だ。ギィールさんの心配は?」

「落ち込んでるわけじゃないから、問題はないだろ。気にはしてる。たぶん――あのナイフについて考えてるんじゃねえのかな」

「あー、内部術式は解除されてるにせよ、間違いなく初代が使ってたのと同一のナイフだからね、あれ。耐用年数、――ははは、ハクナさんもフルールさんから話を聞いてたし、やっぱ気にしてたんじゃない?」

「してたしてた。サラサの方が反応は薄かったな」

「姉ちゃんは誰かと自分を比較すること、ほとんどないから。そういうとこが好きなんだけど」

「そこんとこ、どうなんだ?」

「んー、目的意識そのものに直結する問題だろうと、俺は思ってる」

「強さを求めてなんとするか?」

「ま、大半の人は後悔しないためにと、そう言うんだろうなあ……」

「ふうん? 複合した理由ならともかくも、たった一つであることの方が問題だってことか」

「悪いことじゃないんだけど、――折れやすいってデメリットもある。俺たちの中で一番折れにくいのはギィールさんだよ」

「――そうなのか?」

「俺は経験が基準だから、それ以外の状況でも、経験の中に解決策を求めやすい」

「適当に言うけど、いわゆる足踏みだな。打開にはなるが、前進にはならねえ」

「姉ちゃんは……あきらめが悪いんだよなあ。経験は少ない――あ、俺と比べてって話だけど」

「あいつの状況への対応力は何だって話だろ。確かにトラブルは起こすし、派手なことをするけど、――その結果として、それなりの成果を出す。それなりってのは、良い方向での話だ。ありゃ選択か?」

「いや、それはどうだろ……たぶんって話にはなるけど、やや感情的な選択をする上で、つーか選択自体は感情だよ、姉ちゃん。けど、選択してからは別なんだ」

「選択してから?」

「そう、つまり選択したあとの結果。感情で選んで決めたんだから、できうる限り良い方向へ傾けようっていう努力――かな」

「わかってる。俺だってそこは認めてる。――でもあいつ、こっちに放り投げるんだよ!」

「姉ちゃんの基本はそこなんだよ」

「ああ?」

「なんだかんだでさ、――信頼を置いてる。だから俺は、姉ちゃんの前では素直になろうって決めたんだけどな」

「割に合わねえ……!」

「苦労したんだなあ、サクヤさん。なまじ頭が回るから」

「俺、マジで料理人だってこと、たまに忘れるくらいだったからな」

「その話なんだけど」

「あ? どの話だ」

「料理の話。俺もどっちかっつーと、何でも食うタイプだし、どうなんだろうと思って」

「お前の舌はともかく、最低ラインは問題ねえよ」

「最低ライン?」

 そうだ。

 料理人にとって、食事を摂る人物の最低ライン。

「一緒に笑いながら食事をするってところだよ」

 そして、一番重要なことでもある。

「美味い不味いがわからなくたって、楽しく話しながら飯を食えれば、それでいいんだよチィマ。つっても、美味いってことくらいはわかってるだろ」

「そりゃそうだけど……そんなもんかな」

「そんなもんだ。俺がいる以上、食料が少なくなっても、不味いモンは出さねえよ。それが料理人の〝仕事〟だからな。合う合わないの方が面倒だぜ」

「人数が増えたから負担はどうだってのも、一応考えてるけど」

「そこは心配いらねえよ。フルールが入った時もそうだが、大人数の方が料理のバリエーションが増える。食費――材料の調達に関しては、旅っていう念頭だと負担もあるが、今は便利な〝倉庫〟があるからな。サラサがいる限りって感じだけど」

「いる限り、か。そこんとこは?」

「ん? ――ああ、実際に俺らは話したことはないし、取り決めがあるわけじゃねえけど、たぶん誰か一人でも〝抜ける〟と言った時点で、俺らの旅は終わりだよ。……ま、ハクがなんて言うかはともかく、俺とハクは一緒に動くだろうけど」

「あー、俺が姉ちゃんと一緒に行動するってのと同じか」

「そうなりゃフルールとギィールが一緒だろ? そうして考えりゃ、俺らは二人一組が三つ集まってるような状況だ。良し悪しはともかくもな」

 いつまでこうして旅をするかなんて、あまり考えない。だが、いつか終わるだろうことは確信をもって頷ける。

「そして、帰る場所があるのは今のところ、サラサだけだ」

「……聞こうかどうか、迷ってはいたんだけどな、それ」

「だろうと思ったから答えたんだよ。まあそれでも、サラサはここがそうだし、俺も世話んなってた店長のところがある。あるが……もう、帰る場所じゃなく、立ち寄る場所になっちまってる」

「全員が同じ方向を見てないけど、――その過程は同じで良い、か」

「……はは。旅に出る前に、コノミさんから似たようなセリフを聞いたよ」

「あー、あの人とかぶるのは嫌だなあ……」

「ほかの連中もいねえから聞くけどな、チィマ。お前は〝魔術師〟か?」

 問えば、ぴたりと手を止めて、小さく肩を竦めるようにしてベッドの端に背中を預けるようにして、こちらを見た。

「どうして?」

「俺の前でナイフを使ったろ……あれが引っかかってる」

「そこで気付くか」

「最初は違和だったけどな。話せない内容か?」

「程度はともかく、あんまり明かさない情報ではあるかな」

「隠してるってか」

「師匠に拾われてからの俺は、あくまでも、魔術師として育てられた。そこからの俺は魔術師になった――ある意味で、過去を封じるようにね」

「赤い剣と、青の刀。状況で使い分けてるみたいだけど、そこが基本か」

「あれは師匠が使ってた術式を、そのまま偽装具現フェイクしたものだよ。逆に言えば、あれこそが、俺が魔術師であるという証明だし、区切りだ。――ただ」

 吐息を落として、手元の宝石に視線を落としたチィマは、苦笑を見せる。

「六番目に行って区切りもついたし、どうであれ俺が俺なら、上手く混ぜることができるんじゃないかと、思い始めてるよ」

「拾われる前が、ナイフか。俺は戦闘を基本的には〝わからねえ〟で通してるから言うけどな? ――ナイフを使ったお前の方が怖いぜ」

「そりゃ……根幹にあった部分だから」

「てっきりスイッチでも入ってるのかと思ったけどな」

「今は、必要になれば使うよ。ただ師匠への恩義もあって、俺は魔術師としても在りたいと思ってる」

「それを混ぜるかあ……そりゃまた面倒な選択だ」

「確かにね――ん? どうぞー」

「ただいま戻りました」

 おう、とサクヤも声をかけるが。

「なんだあ? 随分と汚れてるじゃねえか。雨でも降ったか?」

「いえいえ」

 扉を閉め、ギィールは笑う。

「街で遊びに誘われまして、つい夢中になっていたんですよ」

 考えてみれば、昼過ぎくらいに出て行っていたはずだ。

「板のようなものに乗って移動している人を見かけたでしょう? あれ、フライングボードというのですが、ルールに基づいた遊びになっているそうで、やってみないかと誘われたんです。それがなかなか面白くて」

「あーあれ、移動用の道具じゃないのかよ」

「どちらかといえば、おもちゃだと言っていましたよ」

「そりゃいい。次の約束は取り付けたのか?」

「街はずれに、専用の場所があるので、そちらに行けば次もあるかと。気分転換にも良さそうですよ――っと、失礼。先にシャワーを浴びてきます」

「まだ飯の時間でもないし、ゆっくりでいいよギィールさん」

「そうします。サラサ殿に海へ落とされる心配もいりませんしね」

 女連中が時間をかけるのは仕方ないにせよ、ちょっとでも文句を言えば船から蹴り落されることが日常になっていたのが、最近である。

「以前も来た街だよな?」

「おう。数日は滞在してたが、遊べるほどじゃなかったからな」

「昼過ぎにちょい姉ちゃんと歩いたけど、この街の〝ルール〟どころか、まあ見るものが全て新鮮で、何がなにやらって感じだった」

「ここはちょい特殊だよな、機械だらけっていうか……」

「システマチックだとは思うよ。これを極限まで突き詰めた先に何があるのか……と思うと、想像もつかない」

「妙なところに着眼するんだな」

「え? ……おかしいか? んーこれも癖なのかな。遅延、停滞、加速、それらに干渉するつもりはないけど、なんというか、こう、どっちを向いているのか知りたくなる」

「人ならともかく、街か。そりゃイウェリアみたいな例もあるし、結果論としては頷けるけどな……それも昔の経験か?」

「あー、いやまあ、それがないとは言わないけど……まあいいか。姉ちゃんは知ってるし、仲間内なら話しても問題はない。昔な? 師匠に拾われてすぐの頃、玉藻さんとやり合ったことがあるんだよ、俺」

「おい……あの狐の御大にか。サラサは仲良いけど、アレな? 俺の中での妖魔って基準が狂って、あの人を基準にしちまうから、結構危ない状態が続いてたんだけどな?」

「ははは、まあ俺だって尾を一本ってところだったから」

「そこまでやったのが驚きだぜ……」

「相手にも油断があったし、次はないから目安にはならないよ。で、それが気に入ったのか、玉藻さんからは記憶にある古い世界を見せて貰っててさ」

「古い?」

「かつて、――妖魔たちが覇権を争っていた時代、かな」

「俺らにとっちゃ想像すらできないような、繋がりさえ細い昔話……って認識でいいのか」

「まさに、その通り。大きく見て妖魔の時代だ。で、人間は小さく集落みたいなのを作って、ひっそりと自給自足してる感じ。妖魔もそれをわかってるから、小物以外はほとんど手を出さない。見守りはしない――無視が近いか」

「玉藻さんみたいなのばっかじゃないにせよ、人間とはスケールそのものが違うんだろ?」

「まあね。けど、やがて〝武術家〟が増え始めて、今度は妖魔と人との戦いが始まる。あ、ここ、争いじゃなくてね、戦いな」

「個人戦か……?」

「そうそう。俺、そんな世界を見せられたからさ、しかも玉藻さんの目線で。街とか見ると、妙に俯瞰しちゃうんだよ。偉そうに、ここにいる人間はどっちに進むんだろう――なんてな」

「だからこその着眼点か。食の文化は調べてるが、そういう見方は新鮮だなあ」

「――あ、そっか」

「なんだよ」

「いやサクヤさん、料理人だったなあと」

「お前が忘れるなよ、お前が」

「ははは。じゃあハクナさんは?」

「あいつは建造物、建築物、道の減り具合や補修跡まで全般だな」

 なるほどと頷いたチィマは、そこで区切りを一つ入れ、言う。

「……――なんのために?」

「あー」

 なんのために。

 あるいは、何を目指すために。

「三年目くらいには、ちょっと考えた頃もあるけどな。俺やハクの場合はほとんどが趣味。誰かのためとか、自分のためとか、理由がどうとかじゃなく、好きだからやってるだけ。生活の一部に近いっつーか、もう生活だなこれ」

 目指すものがなくても。

 ため、になどならなくても。

 それを続けない理由になど、ならない。

「俺の術式と一緒だ」

「〝環境サイクル〟か。規模によるけど、まあ珍しい特性だよな、あれ」

「理由が必要なのは最初だけだ。構成だけ作って魔力を注いでやれば、特定環境が生成されるのと同じで、そっから先は惰性でいいんだよ。だって嫌になった時には、やめりゃいいんだ」

「強いなあ……」

「そうか? んなことは、チィマならとっくに知ってることだろ」

「へえ? その通りだけど、どうして?」

 だって、そんなことは現実が証明してる。

「じゃなきゃ、一緒に旅をしようなんて思わねえだろ」

 今ここにチィマがいるのが、何よりの証左だ。


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