08/11/17:00――サクヤ・チィマ・レ××
「本当なら――」
既に夕食の仕込みはしてあるので、調理だけなら一時間なくとも完成するのはいつものことで、だからこそのんびり過ごすつもりのサクヤだったが、しかし、戦闘後の反省会が長引いたという理由で。
「――俺じゃなくて、サラサが案内すべきなんだろうけどな」
サラサの〝部屋〟へ、チィマを案内していた。
「いや、俺としてもそこまで気にしてはなかったから」
「〝鍵〟は本人から受け取っておけ」
どこから入ってきたのか、振り返るが正確な経路を把握できなかった。探りを入れるわけではなく、チィマにとっては癖のようなものだ。
この広い部屋に〝空〟はない。だが、周囲を照らす光の発生源はある。あと二時間もすれば沈むだろう、疑似太陽だ。
「ま、ここが玄関な。右側にあるスペースが、それぞれの荷物置き場だ。床が区切ってあるからわかるだろ。チィマのは、あー……ここか」
「広すぎるよ。俺なんか二畳もありゃ充分なのに」
「どうも、ここの片づけが一番手間取ったみたいだな。最初に区画を作っておいたから、新しくスペースを組み込むことを前提にしてなかったんだよ。フルールはギィールと同じ場所使ってるし」
「持ち出しは?」
「鍵がありゃ、出入りできるからな。基本的には、手にして出る……なんだ、お前そこらの細工とかできるのか?」
「どうだろ。俺の術式って限定なら――いや、それじゃ〝
基本的には、開けている。荷物置き場の反対側には小屋のようなものがあって――。
「あっちは寝室っていうか、寝所? ほとんどサラサ専用だ。んで、隣にあるのが便所。そっちもほとんど使わない。そっちの畑はギィールの管理で、香草とか茶葉とか、そんなの。台所は俺の管理な」
「広いけど、一応は〝部屋〟の体裁を作ってるわけか……」
「かなーり苦労したけどな、主にハクが」
「え、ハクナさんが? そりゃまたなんで」
「俺らの中で〝家〟を知ってるヤツがいなかったからだ。ハクはあれで、設計関連はあれこれ手を出してるからな。それでまあ、なんとか形を作ったんだが――どうだ?」
そうだねと、適当に歩いて確認しながら、チィマは口を開く。サクヤは遠くも近くもない位置にいた。
「中身に関しては、俺もあまり知らないけど――……使いたくないって言えば、姉ちゃんを困らせるかもしれないな」
「……」
「あれ、驚かないんだな、サクヤさん」
「たぶん、程度の差はあれ、俺が一番そこを理解できるんだろうと、そう思ってな。サラサには船があった、ギィールにはサギシロさんがいた。フルールはもちろんのこと、ハクナだって頼れる人がいた。俺にも師はいるが――職場の店長だ」
「ああ……だったら、わかるか」
「あいつらには話してねえよ。ま……俺も五年かけて、旅をしながら馴染ませたからな。家ってのは――やっぱり一人じゃ、駄目なんだよ。帰る場所にならない、戻る場所になっちまう。いや、それが悪いわけじゃないさ」
「悪くはないし、それはきっと望まれることだ。人はきっと、帰る場所に慣れていて――そこにはきっと、誰かがいる」
「そうだ。自分にとって帰る場所なら、それは、誰かにとって帰る場所である必要がある。だから〝待てる〟んだが――逆に、俺なんかはそれが居心地悪く、不安を掻き立てる」
そこには誰かがいるのが当たり前で、きっと誰かが帰ってくるのも当然になる。
家とは、待ち合わせ場所のようなものだ。けれど、約束を取り付けなくたって、当然のように帰ってくる。
そう、当たり前。
「職場に〝帰る〟なんてのは、おかしな話だが――な」
小さく苦笑を落としたサクヤを見て、チィマもたぶん、似たような表情で。
「ああ、じゃあ俺と同様に、サクヤさんの〝帰る場所〟も、人だったんだ」
「気付くのは、随分と遅くなっちまったけどな」
厳密には場所ではないのだろう。けれど、かつてはチィマも、その人の元へ帰っていたのだ。その人が、いる場所へ。
「――赦せたのか、チィマ」
「わからない」
「そっか。……あ、聞いたわけじゃないから安心しろ。半分はカマかけで、予想しただけだ」
「いやいや、そうなのかと思って驚いたところだよ。どうもサクヤさんは、核心を掴むからなあ」
「ん? そうか? そんなつもりもないけど――なんだよ、苦手か?」
「話が早くて助かるなと。でもまあ、帰る人を失った時は、しばらく憎悪の塊だったよ。今でもキリエにはキツく当たるけど――ま、半分以上は遊びだ。今となっては、その憎悪だって自分に向けたものだってのを、ちゃんと自覚してる」
「だったら、この場所にも適当に馴染んでおけよ」
「はは、心配をかけない程度には――ん?」
「お?」
ふわりと、仕切りの外に障子の戸が発生したかと思えば、音を立てずにするりと開き――。
「あァ?」
袴装束、白髪の男が顔を見せると、意図せずチィマの口から強い言葉が出てしまった。
「よお、小僧」
「てめえ――っと、ん」
「俺のことなんか気にするなよ、チィマ」
「いや悪い。どうも、このクソ野郎のツラを見ると、こう、喧嘩腰になっちまう」
「ふうん? 姿だけで推測するのもアレだが……サラサとギィールが言ってた、レーグさんか?」
「おう、レーグネンと名乗っていた」
「サクヤだ。……なるほどね、あんたも古い遺産か。いや、異物というべきかもな」
「なんだ、随分と察しが良いなァ」
ひょいと、中に入って戸を閉めるが、障子はまだ消えない。サラサがもしもこの場にいたのならば、どうしてだろうと首を傾げるところだが、二人はそこまで仕組みを知らない。
「あえて過去形を選択したなら、それくらい察するさ」
「……で、てめえ何しに来た、雨の」
「ああ、小僧の気配がしたからな――こいつが必要になるだろ」
腰の裏付近から、二本の酒瓶を取り出し、床に置く。傍に行って手渡さないのは、気を遣ってのことか、それとも――。
そんなサクヤの考えは気にせず、チィマは視線を落として、ラベルを見た。
「ヴィクセン……」
「挨拶、するつもりなんだろ」
「俺の動きを先回りして楽しいか、クソ野郎」
「それなりにな。どのみち、俺はこれ以上、俗世に関わることはねェよ。こいつァ、心残りの一つッてわけだ」
「ふん、……受け取っておく。どうしようかとは思っていたからな。対価は?」
「必要ねェ――と言えば、納得しねェんだろうなァ」
「当然だ。貸し借りの話じゃない」
「――サクヤ、時間はあるか」
「俺か? 急ぐことはないけど」
「だったら一緒に来い。さすがにここじゃ、無茶もできねェだろ」
「へえ……? どうなんだチィマ」
「サクヤさんに隠し事はできなさそうだし、構わないよ」
「言ってろ」
開いたままの障子戸から中に入れば、そこは板張りの間――いわゆる道場と、そう呼ばれる場所になっていた。
「鳥の……なんだ、あいつ気を利かせて移動したのか」
「――あれ」
最後に入って来たサクヤが一歩、そこで首を傾げる。二人は別方向へ、間合いを取るようにして移動している最中だが。
「んん?」
「どうした、サクヤ」
「いや……この道場ってのは、板張りにすることで〝しなり〟を前提として、衝撃を拡散することが目的になってんだろ?」
「おゥ」
「なんであんたらは、足音一つ立てないんだ……?」
「ははッ、忍び足じゃねェよ、単なる慣れだ。さァて、おいどうするチィマ、俺の得物を選ばせてやるぜ」
「だったら、あんたの〝槍〟を、――サクヤさんに預けておいてくれ」
「お前なァ……まあいいか。気当たりで気絶でもされた方が面倒だ」
軽く、肩の上付近に手を伸ばせば、どこからともなく槍が落ちてきて、それを掴んだレーグは、サクヤに近づいて槍を渡した。
「持ってろ。んで、外周から動くな」
「諒解だ……が、重いんだな、槍って」
「そうか? 柄尻を下に、穂先を上にして、両手じゃなく片手で持ちながら、軽く肩に立てかけるくらいが一番楽だ。握り位置で角度が決まるから、簡単に調整してみな」
「あいよ」
受け取り、適当な壁に背を預けるようにして持つが、どうも疲れそうだ――そう思って腰を下ろし、あれこれ角度を調整したサクヤは、安定する位置で槍を持った。
「一応言っておくが、そいつはただの〝お守り〟だ。びびって動くなよ」
「へいへい……あ、チィマ!」
「ん?」
「キリエさんはまだ船にいるから、死なない程度にやって問題ないからな。俺に運ばれることも考慮してのことだが、遠慮はすんな」
「――はは、諒解だ。俺も気負わずにやるよ」
「そうしとけ」
「ただ、内緒にしといてくれ。あんまり――いや……ま、いいのかなあ」
いつものように頭を搔いて、一息で意識を切り替える。レーグもまた、いつの間にか刀を右手に握っていた。
左利き――なのだろう。
同時だった。
というかサクヤの認識は追いつかなかった。
レーグが左手を柄に添えるのと、鍔を指で押し上げるのと、チィマの姿が消えたのが、同時だったのだ。
そこからは、耳を塞ぎたくなるような轟音が続いた。暴力的な音は、破裂などではなく、壁を殴るような音だ。最初はチィマが高速移動を行うために床を蹴っているのではと思ったが、違った。
ほんの三秒、どうなっているかと思考しながら見ていただけなのに――道場全体、それこそ天井に至るまで、あらゆる箇所に二十センチほどの亀裂が発生していたのだ。
亀裂ではない――それは、斬戟の痕跡だ。
現実的に考えれば、ただ直立したまま、手を添えているだけのレーグが行っている……はずだ。けれど、手が動いている様子は一切ないし、姿勢も変わっていない自然体のまま。かつてイザミがギィールとやった時だとて、きちんと〝姿勢〟を作っていたというのに。
一瞬、チィマの姿を捉えることができた。
偶然だ。何をやっているのか探ろうとレーグを見ていたのが功を奏しただけで、それは攻撃のタイミングでの停止だったのだろう。レーグの背後、腕を伸ばしても届くか届かないかの距離に回転動作をしつつの、空中で停止。けれど左のナイフが空を斬るようにして何かを弾き、右のナイフが投擲されるものの――それは軽く避けられたが――結果を待たずに、再びチィマの姿は消えた。
違和感があった。
それが何かわからない。
おそらくレーグは、あの姿勢のまま全方位に居合いを放っているのだろうと推測できる。それを回避しながら、隙間を縫うようにして接敵したチィマが攻撃を仕掛けたものの、たぶん二人の間には居合いが一つ――か、二つか、入っていたに違いない。であればこそチィマはそれを退け、けれど踏み込めずに投擲を選択した、といったところか。
「――あ」
そこまで分析して、理解を得る。
違和の正体は、得物だ。
訓練の時とは違って、赤色の剣でも青色の刀でもなく、ともすれば短いと形容されてもおかしくはない、ナイフを使っているのだ。
ふいに、音が消えた。
なんだと思えば、いつしか刀を手にしていないレーグが右足で床を叩く轟音、続くのは壁に背中からぶつかるチィマが立てた音。計算しているのか、再び間合いを取るような位置で――。
ずるりと、重い空気をかき分けるよう、左半身になったレーグが〝構え〟を作った。
知っている。
それは、ギィールと同じ、構えだ。
「チッ」
舌打ちと共にチィマがまた消える。対したレーグはゆるりと躰を動かし、まっすぐ、つまり真正面に向かって、左半身から右半身へ移すよう、右の掌を真正面に押し付けた。
ギィールの動きをここ五年見てきたサクヤに言わせれば、ギィールの挙動というのは、やや異質だ。というのも、本来ならば相手を殴るのならば、肘が曲がっている状態で当たって、そこから伸ばす動きでダメージが入るはずなのだけれど、しかし、ギィールの場合は最大威力が腕を伸ばし切った時点で発生する、ということだ。
理屈としては聞いているので、多少はわかる。つまりところ衝撃用法で、力を練ることが前提ならば、それを放出するのは伸びきった瞬間になるから――なのだろうし、現実にレーグの腕も伸びきった。
真正面。
そこに、チィマが肩からぶつかっていた。
「――っ」
吹き飛ばされる。だが、空中を叩くようにして衝撃を拡散したかと思えば、また消えて、レーグは右腕を引きながら、まるで演武を確認する作業のよう左足を前へ出し、踏み込み、今度は左肘を前へ。
そう、また、同じ真正面へ――チィマが、今度は腹部からぶつかった。
二度目で気付く、違う。
チィマがぶつかってるのではない――当てられたのだ。
しかし、どうやって?
真正面に向けた攻撃に、まるで吸い込まれるように当たりに行っている……あるいは、行かされている?
ギィールと同じ構え、動きもそれほど変わらない。違うものなのかとも思うが、基本は同じはずだ。
だとして――同じことができるのならば?
「囲い……いや、制限にしては」
度が過ぎる。であるのならばこれは、むしろ誘導であり、道標か。どう足掻こうとも、道が一つしか用意されていないような錯覚を覚えるほど、的確な誘導が行われているとしか考えられない。おそらく方法は、ギィールが扱う遠当てなのだろうけれど、さすがに何がどうとまでは、サクヤにはわからない。
だが、理屈は同じだ。突破したいなら、相手と同じ実力を持たなくてはならない。それが無理なら――そう。
誘導された先で、どうにかするしかない。
先ほどまで消えていたチィマだが、肘を受けてからは呼吸を整える二秒の時間を費やしても、移動を開始しなかった。左手に持ったナイフをだらんと下げたまま、正面から対峙する。
お互いの両腕を伸ばしたところで、指先が触れるか否かという距離で、チィマはぴたりと足を止めた。おそらく、そこが境界なのだろう。
レーグが決めた、境界のはずだ。
お互いが作ったわけではない。
「――チッ」
舌打ちが、もう一度。
そして、あろうことかチィマは、ゆっくりとレーグと……いや。
ギィールと、同じ構えを、ナイフを持ったまま、作った。
ようやく、レーグが見せていなかった笑みを、口元に浮かべる。それはどこか嬉しそうに、少なくともサクヤにはそう見えた。
うねる、という表現が一番的確だったのだろう。
両腕、両足、関節が動くたびに、あるいは這うように攻撃と防御を繰り返す。速度は次第に上がっていき、やがて目で追えなくなるものの、躰の〝芯〟そのものは、一度とすらズレていない。
だが、どういうことだ。
どうして、チィマがこの体術を扱うことができる?
戦闘を専門にしないサクヤは、差異を明確にはできない。つまり、レーグの方がおそらくギィールよりも上だとは思うけれど、それはギィールも口にしていたけれど、チィマがどこまで、至っているのかを見定めることができなかった。
何度か、チィマの躰が不自然に動いたが、しばらくすると膝から崩れ落ちるようにして、強く息を吐いた。血混じりのそれを見てようやく、打撃を喰らっていたのだと気づく。それもそうだ、これは戦闘なのだから。
レーグが一気に間合いを取る。追わず、だがチィマは意志を持って立ち上がった。
チィマは居合いを見せた。
小太刀二刀を見せた。
ナイフと銃を器用に使って見せた。
――倒れて、動かなくなるまでに、けれど、でも、いつも使っている剣と刀は、ただの一度も、見せなかった。
いつしか、道場の中は静まり――肩に乗せた槍を、レーグが回収したことで、サクヤは我に返った。
「――ま、こんなもんだ。本気でやるわけにゃいかん」
「あ、ああ……」
「俺は全身凶器だからなァ。ほれ」
くるりと、目の前でレーグが回転した。ゆっくりとだ。
「
小さく肩を竦め、サクヤの隣にある道場の壁をどんと叩けば、レーグの胸の上付近からずるりと斜めに滑り落ち――だが、その半ばで自己再生があったのか、ゆるゆると元通りになっていく。
回転しただけなのに? いや、言葉を信じるのならば、回し蹴りのようなものを放っていたのだろうけれど。
「……はあ。よくあんたの相手をしたもんだ」
「馬鹿、チィマだからできるんだぜ。――〝
「それが?」
「どういう特性だ?」
「本来あるべきものを、違うかたちで具現する特性だ。簡単に言えばって話だが」
「たとえ話をしてやろう」
「待ってくれ、唐突過ぎる。なんの意図がある?」
「疑問を一つ、解消してやろうって、お節介だよ。意識は失ってねェが、反論できるほど体力は残ってねェし、ついでに肋骨もやられてるから、言葉を発することも難しいからな、あいつ」
「それはそれで問題だろうが……」
「今すぐ死ぬことはねェよ。でだ、たとえばお前が料理をしたとしよう。チィマはそれに興味を持った。だが素人だ、よくわからない――だとして? 初回なら、お前はどうする?」
「隣で見てろって言うだろうな」
「だがチィマは、同じ食材を用意して、似たような包丁を持って、お前の作業を見ながら隣でやるわけだ。完璧とは言わずとも、初めてにしてはかなりうまく、チィマなら作ることができる」
「まるで見てきたように言うんだな。いや実際、一緒に料理とかしたことはねえけど」
「事実だからな。ところでこの場合、チィマのやったことは?」
「ん? そりゃ……――なに?」
まさか。
いや、そうであるのならば?
「模倣……そう、真似ること。だがそれは」
それが事実なら、この戦闘で納得できる部分が多くある。
「――俺の料理を、チィマ本人が、つまり違うかたちで、具現した……⁉」
「本当に理解が早ェな、お前。現実を言えば、料理を見ただけで作ることができる。そういう術式なんだよ――偽装具現の本領とは、模倣ではなく、だが限りなく近い偽装であり、それを具現する術式なんだからな」
「完成が先に捉えられるから、逆に仕組みを辿って理解する――そういうことか。確かにチィマは、使えるからってそれを享受する性格じゃねえとは思うが」
「それこそ、誇張表現じゃなく、見ただけで再現できる。制限があるとすりゃ、俺とあいつとじゃ、躰の作り方が違うッて点くらいなもんだが――そいつも鍛錬次第で、どうにかなる。だからイザミの居合いも、コウノの戦闘も、ギィールのやり方も再現できちまう」
「……問題は〝選択〟か」
「それもまた、経験だ。けど俺に言わせりゃァ、このくらいじゃねェと困る」
「――なに?」
小さく、レーグは苦笑して。
「そうだろ? なあ、チィマ・レ××」
そう、チィマに向かって言った。
「……返事はできねェか」
そしてまた、サクヤには聞き取れなかった。
「まあいい。俺も眠ろうかと思ったが、そいつはもう少し、先になりそうだな。サクヤ、そろそろ一緒に戻ってやれ。死ぬことはねェが、治療した方が回復は早い」
「それもそうだな……」
損な役回りだろうか。
いや、そうでもない。
惜しむべきは、残念ながらサクヤが戦闘系ではないことだが――それも、きっと見越してのことだろう。
「ああ、もう一つ。もしかしてこいつ、夜は眠れないッてことを、教えたか?」
「ん、聞いてる。いつも朝方くらいに、横になってるよ」
「なるほどな。ちなみに、そこには偽装が一つ、隠れてる」
「なに? 眠れないのは、かつての生活……つまり、六番目で過ごしていた習慣じゃねえのか?」
「それは正解だ。眠らなくても済むようにしてるし、眠りの時間も短く、それ自体が生活として馴染んでる。偽装してんのは、時間の話だ」
「夜――ってことか?」
「それもまた、嘘ではねェよ。偽装具現の魔術特性を持つゆえに、こいつは一つの代償を昔から負ってる。気付かないのは当然だが――〝
「逆? つまり……俺たちにとって、陽光が上がる時間が〝夜〟――陽が沈んでるってことか?」
「術式補正でどうにかしちゃいるが、な。つまり、お前らにとっての朝とは、こいつにとっちゃ夜だ。――寝てるのは、夜なんだよ」
これも余計なお世話だと、レーグは苦笑した。
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