07/27/09:00――チィマ・拾われる前の生活
あれから、地龍ヴェドスの存在が消えて、地下から倒れた柱の一部を破壊して持ち帰った彼らは、鍛治師であるアルノ・ボズウェルにそれを渡した。これから大陸を離れるが、また来た時には小太刀を仕上げておくようにと、そんな約束を交わしたが、たぶんサラサはそれほど期待していないだろう。
もっとも、その態度がわかったからこそ、アルノには火が点いたようだったけれど。
馬車を選択してもよかったのだが、彼らはぞろぞろと六人で歩き、一日かけて波止場まできた。既にサラサが連絡を入れていたこともあって、そこにはカイドウたちの船が泊まっていたのだが――。
「あれ?」
二つ、泊まっていたのだ。いやそうではない、これは――。
「曳航船⁉ わお! いいじゃんこれ! ひゃっほう! ただいま父さん! 母さん!」
テンション高く、大声で挨拶をしたサラサは、ひょいとすぐに飛び乗った。形はほぼ同型ではあるが、曳航を基本とするため、エンジンはついていないようだ。けれど帆はついており、内部は居住と倉庫のスペースが大きく取られているはず。
そもそも曳航船とは、大きな荷物などを運ぶために取り付けられる。そもそもカイドウたちの船は、二人ないし三人で乗るものなので、八人にもなればかなり狭い。そういう気遣いだろう。
「おかえりサラサ。おー、ガキども、後ろに乗りなさい。あと、ちゃんと稼いで支払いするのよー。荷物もそっちの船倉に入れちゃいなさい。道具類は一通りそろえておいたけどね」
コンテナ五つぶんの食材を船倉に入れてやれば、あとはその身一つで充分である。
「数年ぶりの海か……」
「あ、チィ! あんた荷物乗せ終えたら帆を張んなさい! 風の方向読んでこっちの動きに合わせ! 港から出るまでね!」
「げ、休みなしかよシュリさん!」
「文句言わない! 家族みたいなもんでしょーが!」
「それを言われると弱いんだよなあ……!」
手早く屋根の上に乗って、仕組みをざっと見て把握してから帆を張る。エンジンが稼働、その速度に〝合わせ〟るよう帆の広さを感覚で調整していく。風を受け過ぎれば前の船にぶつかるし、遅すぎればエンジンに負担がかかる。というか、本来ならば曳航される側には帆などないし、前の船の力で引っ張られるだけ――なのだが、ある程度の自由度を考慮した結果だろう。チィマはともかく、サラサもいるのだから。
そのまま港を出れば、今度はカイドウが顔を見せた。
「チィ! そっち半分で固定しとけ!」
「あいよ!」
前の船が帆を全開にして、後方は半分。動きはどうやら〝連動〟に設定したようだった。
「よし。そっちもちゃんと動かせるようだな。サラサからは、しばらく海だって聞いたが?」
「一ヶ月くらいを目安にして、食料は確保してあるよ。んで、できりゃ六番目だって」
「あー……まだ早いだろ」
「……まあな」
「話したか?」
「約束だし、俺は話してない」
「んでも、ソイツを羽織るくらいにはなったってことか」
「さすがに必要だろ、これは。〝
「だったら、解禁だチィ、話せる範囲で全部、話しておけ。隠しておきたいことはべつにいいけどな」
「ありがとな」
「感謝かよ?」
「話したいと、そう思った。姉ちゃんに黙ってるってのも、結構な罪悪感あったからな」
「ったく……お前は昔っから、そうだよな」
「ははは」
軽く手を挙げて、降りる。船倉からはギィールとサクヤが顔を見せた。
「おう、中が結構広いぜ」
「ほかの人たちは?」
「フルールとハクナさんは、サラサ殿の部屋へ。サラサ殿は――ああ、戻りましたね」
「あいおー。ん? チィがやった?」
「まあね。んで、一応全員に話しておきたいことがあるんだけど、いいか?」
「なんの話?」
「いろいろと」
後甲板のふちにある釣りなどで使う椅子に腰かけたチィマは、少し迷ったけれど煙草を取り出した。
「酒でもありゃいいんだが……ま、煙草くらいは勘弁してくれ。姉ちゃん、フルールさんとハクナさんに通じてるか?」
「うん、だいじょぶ」
「そっか。どこから話したもんか……ま、そうだな、俺は師匠に拾われる前、六番目にいた」
だから、まずはそこからだ。
「え、初耳なんだけど」
「そりゃ口止めされてたからなあ。あんまり興味持たれると、コウノさんたちも困っただろうし」
「危険な場所であることは察していましたが、教えていただけるのですね?」
「ま、な。つっても、ガキの頃だしよく覚えてない――なかったんだが、あの戦争の行軍中に、いろいろと思い出したよ。うん、だからまずはたとえ話だ」
紫煙を空へ吐き出し、風の動く方向を見ながら、水面を眺めながら、チィマはいくつかの想定から、たとえを口に出す。
かつて、当たり前だったことも。
今では、想像しえないことも。
いろいろと、思い出したから。
「一人の女が、食料を持っていた。想像しやすいように、保存食みたいな歩きながら食べられるものだとしよう。すると、そこを通りがかった男はそれを見て、自分も食べたいと思うわけだ。この場合、どういう方法があるのか――って話だ」
「それは……」
「方法はたくさんある。殺して奪う、殴って奪う、騙して取る、掠め盗る。六番目じゃ、結果として男の手に食料があって、そいつを食べられたのならば、アリだ」
「しかし、報復はないのですか?」
「んー……そうだな。女の方は食料を取られて悔しい。どうする、と考えるのは自然だ。そこで考えた結果、女は男と〝協定〟を結ぶことにした。簡単に言えば仲間だ。食料は分け合うし、言い合いもするだろうが、奪うのはなしにしよう。腹が減ったらお互いじゃなくて〝誰か〟から奪おうじゃないか――ってな。その仕組みが、六番目では〝
「そりゃまた殺伐としてるなあ。組織同士での縄張り争いとかは?」
「場所によって、かな。ぶつかったところで〝個人〟に限定されるのが、基本だ。あくまでも基本な。けどまあ、争わずに済まそうってのが、組織の始まりだからな」
「おいチィマ、そりゃ俺らみたいな〝旅人〟は、良い鴨ってことじゃね?」
「その通りだよ、サクヤさん。でだ、厄介なのはそこじゃない。そういう生活を常としてる連中は、あーそうだな、俺くらいの〝
「全員かよ」
「だいたいな。で――そういう連中から見て、ギィールさんやサラサ姉ちゃんがどう映る?」
「俺に聞くのかよ。けどまあ、厄介だとは思うよな。ギィールもサラサも前衛だ、戦闘ができる。つまり、横から盗まれるとか、殴って奪われるとか、そういうのはまずない……んじゃないか?」
「その通り。で、あそこの連中はその時点でこう考えるわけだ」
かつては、幼いチィマもそうだったのだけれど。
「だったらどうすれば〝奪える〟んだ?」
そんな大前提で、思考を巡らす。
「苦手としている、弱い部分を、連中は〝的確〟に突く。自覚してない部分でもな。そういう意味で連中は手段を択ばない。肯定しないと決めていても、その方向が既に間違ってる。だから〝上手く〟付き合ってやるのが、まあ、対応手段なんだけどな」
「上手く、ですか」
「こればっかは慣れるしかないよ、ギィールさん。だからこそ、カイドウさんたちも止めてたんだ」
「……チィ、ちゃんと話してくれる?」
「ん、そのつもり」
だが、やはり記憶は曖昧な部分も多くて。
「俺に親がいたかどうかは、定かじゃない。ただ物心ついた時から、こいつを羽織ったクソ野郎の傍にいたのは確かだ」
親指で、背中の紋様を示す。
「はっきり言って、よく覚えてない。ただまあ、コウノさんたちの〝遊び〟が、それこそ鼻で笑えるくらいのものだと思えるくらいには、酷かったな。飯は自分で調達する。それを奪われないようにする。雨の当たらない場所で生活する。水を確保する――そういうことを、一人でやらされた。あの野郎……親父は、あまり手を貸してくれなかったから、現地で実践して覚えるしかない。ただ、躰の資本は付きっきりで教わったよ」
実践でなと、チィマは苦笑した。
「あ、ちなみに戦闘とかじゃないから。走れって言われて、走る。飛べって言われて飛ぶ。泳げって言われて泳ぐ。――意識を失うまでずっと、延延とそれを続けるみたいなやつな」
「術式についても?」
「いや、そっちは師匠に拾われてからの話。あー……ま、そこも話しておこうか。親父の〝組織〟は、そもそも、親父しかいなかった。俺はまだ半端者だったし、こいつを背負わせてはくれなかったよ。年齢か……今もまだ、原因そのものはわからないんだが、親父がやられてな。その時に手を貸してくれたのが雨の――つまり、レーグネンと名乗ってる男だ」
含みのある言い方になるのも、そのせいだ。
「親父を連れて来てくれてな、その時にこの羽織を親父から受け取った。形見分けだな、いわゆる。その時に一緒にいたシディさんに世話んなって――この船で、二番目に渡って、師匠に拾われたって流れか」
「なるほど。一つ聞きますが、今回の戦争を、チィマさんはどう表現しますか?」
「ん? 遊びとは言わないけど、じゃれついて来た虎を手懐ける感じか? あの程度、六番目の出身なら誰だって軽くあしらうよ。目的がはっきりしてるだけ楽だ」
「つーか、その前提だと、俺なんかは立ち入らない方がいいだろ……」
「最初はな。俺一人じゃ、せいぜい二人くらいしか守れないよ」
「むっ。それはそれでなんか嫌なんだけど!」
「いや現場行けばわかるとは思うけどな、ねーちゃんでも〝トラブル〟は起こせないよ。起きた時は、逆に、起こされたって場合だけ。その時点で〝逃げる〟くらいしか選択はなくなるから」
「相手が一人でも、ですか?」
「こっちは〝組織〟に属していない――つまり、連中全員の〝餌〟ってわけ。敵対する時も似たようなもんだ」
逆に、美味い汁ならおこぼれをと、そう考えるのも自然で。
「このやろー」
「うおっ」
無造作に、サラサはチィマの肩を押すようにして海へ落とした。背中から水面へ、そのままふわりと、後方に転がって立ち上がる。
「またいきなりだなあ」
「くっそう、なんだよー、海ん中落ちろよー」
「チィマ、どうして対応できたんだ? サラサの動きか? 俺、初めて落ちた時マジでパニックだったぜ?」
「ああ、俺も初めてだけど――」
たぶん、彼らと違うのは、そこで。
「――海には落ちるだろ」
それを、予想しているかどうかだ。
「理由が何であれ、どうであれ、海に落ちる可能性は常にある。だったら、常に対応できるようにしておく。そういうのをガキの頃に教わった……つーか、身に染みてる。驚いたけどな? 対応手段はもう準備していたから、やっただけ。どっちかっていうと、想像力か」
「どういう理屈で浮いているのですか?」
「簡単だよ」
船の移動に合わせるよう、海面を歩きながらチィマは煙草を消した。
「空気の靴をはいている――って感じだ。海の中に入っても、空気は軽いから必然的に浮かぶだろ? その現象を利用しただけ」
「なるほど。想像力……と、警戒心ですか?」
「警戒とはちょっと違うかな。対応策を考えておく――おっと」
チィマは吸殻をポケットに押し込むと、前傾姿勢で三歩ほど走り、海面を蹴るようにして横移動を瞬間的に行ってから、上空へ飛ぶ。
そして、四つの〝斬戟〟が海を割るようにして巨大な水しぶきを上げた。
「これは想像力っていうより、流れの予想に近い。船に乗ってる人の性格を知ってればわかる」
「なるほど」
そう頷くギィールは、前の船の屋根に乗ったカイドウを視認していた。
居合いだ。
「鈍ってはいないか」
「そりゃね」
続けて行われた居合いが四度、四角形に周囲を塞がれたと気づいた瞬間には、海の中に沈んでいた。
「おー、判断が早い!」
「そうか? そうでもねえよ、サラサ」
「父さんと比べないでよ……」
ひょいと、カイドウもまた海に降りた。実際にこうしてやり合うのは久しぶりで、海というフィールドでは初めてだ。
「ギィール、探るな」
「あ、失礼」
「覚えとけ。探りを入れる〝範囲〟がどれだけ広かろうと、チィみたいな相手は必ず〝範囲外〟から、意表を衝くような攻撃をしてくる。位置を探ろうとするな、想像をしろ。可能性を思考して〝対応〟だ」
小さく、カイドウは笑う。
「まあちょっと見てろ」
「どうやって浮いているのですか?」
「チィと同じ方法だよ」
直後、ふらりとカイドウが動けば、水柱が高く上がった。
「ほらみろ、狙撃だ。術式込みでこの威力、探りを入れるだけ無駄だろ。――だからギィール、遠くを探るな。駆け引きはまだ苦手か?」
二度目の狙撃を回避したカイドウがおもむろに右足を叩きつけると、ほぼ真下からチィマは姿を見せ、手にしていた赤色の剣を両手で振り下ろし――カイドウは。
同じ、赤色の剣を下から振り上げるようにして〝合わせ〟た。
「ほらな?」
強い衝撃が、剣同士の接地面から外側へと流れるが、船を素通りする。そこらの安全策はカイドウが既に手を打ってあった。
「もし俺がギィールと同じよう狙撃位置を探ってたら、その瞬間が致命傷になったろ?」
立て続けに三発、四発と飛来する狙撃を回避するため、一旦離れるようにして間合いを取る。
「こういう戦闘はしたことねえだろ。サラサもな」
「そーだけど!」
「思考の幅を広げないとな」
赤色の剣を消したカイドウが、海面を跳ねるようにして移動すると、今度は海の中から爆発したような水柱がいくつも上がる。
「視界が遮られるし、避けていなけりゃ終わる〝地雷〟だ。チィが海の中にいた時点でこれに気付いておかないと、対応はできないぜ。で――狙撃が終わったと無意識に思ってると、間抜けって呼ばれるはめになる」
違う種類の水柱が上がった。
「ああ、さっきの狙撃と〝同質〟だと思ってると被害が出る。まあそのくらいなら、狙撃された瞬間に気付けるか……」
「一緒にすんなー」
「ギィール! 探れ、チィはどこだ!」
「――、下です!」
「空を見てから言え!」
三つの居合いが上空へ。蒼い刀を持ったチィマが迎え撃てば、そのまま海を綺麗に切断するほどの威力で消された。もちろん、その下にカイドウはいない。
気配だけを海に沈めて、本体は空へ。視線誘導と同じことだ。
そうして、チィマが着地した瞬間、轟音がして三度の爆発が発生する。一発目で水面から、先ほどまでとは比較にならない水柱が上がる。二つの船を丸ごと包むほど巨大なそれは、柱そのものを消すように二度目の爆発を行い、その上空で更に破裂――船に、小雨のような水滴を降らした。
「で、これまでの〝仕掛け〟が発動するってわけだ」
カイドウは、いつの間にか船を挟んだ逆側へ移動しており、のんびりそんな解説をしてから、前方の船に戻った。もちろん無傷であり、体力も消耗していない。チィマもまた、小さく肩を竦めて戻る。
「いきなり試すなよ、カイドウさん」
「口で説明するよりわかりやすいだろ。卒なく対応するから、お前はコウノさんに好かれるんだよ。――裾、直しとけ」
船室に戻ったカイドウがそう言い残したので、見れば、チィマの羽織った外套の裾が二ヶ所、鋭利に切断されていた。
「あー、あん時か……避けたつもりだったんだけどな」
「――いつですか?」
「俺が海面から誘われて出て、攻撃を合わせただろ? そのあと、視界を隠した瞬間だな。たぶんギィールさんの方からも、カイドウさんの居合いは隠されていて見えなかったはずだ」
「あの時、ですか」
「立て続けの六発は回避したんだけどな」
「え、ちょい待ってチィ。え? 父さん攻撃してた?」
「してたしてた。イザミさんはまっすぐだけど、カイドウさんはこう、なんというか、隙間を縫うみたいに――蛇行するような居合いだから、本当に厄介なんだよ、あれ」
どうしようかと視線を落としたが、しばらくはそのままにしておく。それが油断であり、隙を見せたチィマの心構えだ。
「なんだかんだで、カイドウさんも上手いよなあ……あと二十分やってりゃ、天秤が傾いたのに、それを察して終わりにするんだもんなー、意地が悪いよ、本当に」
ともかくと、チィマは軽く手を叩き合わせた。
「しばらく海にいることになるんだ、姉ちゃんとギィールさんはしばらく俺と鍛錬な。せめて海の上を自在に動けるようになるくらい――あと、俺との戦闘に〝慣れ〟なきゃ、六番目に行くのは俺も反対。それでいい?」
「はい、構いません」
「あいおー。でもその前に、チィは明るい内に寝ておくこと! いい? 私たちは前の船に行ってるから」
「はは……うん、ありがと姉ちゃん。それと悪いけど、俺が寝てる間、かなり空気がぴりぴりするだろうから、あんま近寄らないようにね」
「おう。飯は任せとけよ」
「期待してるよ、サクヤさん」
明るい内にしか眠れないチィマだが、それでも睡眠時には最大の警戒をする。肌を刺すような警戒は、大型の獣が牙を剥いているかのような空気を作り出し、そもそも〝立ち入ろう〟と考えなくさせるためのもの。
簡単に言ってしまえば〝怖い〟のである。
だからほとんど、チィマは眠らない。
それでもこんな配慮をされたのならば、その好意に甘えて、しばらく眠ろうと、そう思って甲板に腰を下ろし、背中をふちに預けた。
海の上で揺れる船。
チィマにとっては、随分と贅沢な揺り籠である。
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