07/19/08:00――サクヤ・先見か、あるいは
四つの映像が展開された、屋根だけの天幕の中、椅子に座って全体の様子を眺めていたサクヤだが、ハクナが戻った頃、渓谷の突破が確認された。
のだが。
『私の勝ち!』
『いやいや姉ちゃん、俺の方が早かったって! 百歩譲っても同着だろ⁉』
『嘘だ!』
『嘘吐いてどーすんだよ! それに、仮に姉ちゃんの方がちょっとだけ早かったと仮定したところで、俺の方が圧倒的に殺した数は多いっての!』
『なに言ってんの、私の方が多かったって。いや疲れたなー、ほんと多くって』
『あ、このっ、誤魔化して勝とうって腹だな?』
『事実だし!』
『こっちのが事実だ!』
などと言い合いをしており、更には。
『――どっち⁉』
『どっちだ⁉』
矛先がこっちに向いた。
「知らねえよ馬鹿。そっから先は平地が続く、お前らは正面突破を続けろ。細かい情報はギィール……いや、フルールから聞いてくれ」
足を進めながらも言い合いを続ける二人がうるさかったので、意識から声を外すよう、椅子に座ったままサクヤは大きく伸びをした。
実際に勝敗がどうであれ――二人は、上手く渓谷を抜けていた。左右からの増援を排除する形でギィールが動いたのだが、それすらも必要なかったのではと思うくらいの手際だ。
少なくとも。
二人の視界を投影した映像を見ていたギィールには、行軍速度をチィマが合わせたように感じていた。
「うるさい」
「楽しんでるんだろ、放っておきゃいい。それより――チィマがどこまで把握してるか、だっけ?」
「そう」
「お前がそういうことを話すってのも珍しいな」
「……そうだっけ?」
「俺やギィールが話題にしそうなものだしな。流れってのは、ある程度はわかっても、残念ながら俺は作れはしない」
「視野の広さ?」
「情報量そのものには直結するんだろうが、発想も必要になるだろ。少なくとも何故イウェリアなのか、その答えはサラサが王城地下に行きたい理由と同じだ。あの場所は地龍ヴェドスに限りなく近い。つまりは〝象徴〟なんだ」
「ヴァンホッペはそれを欲しがってる?」
「もちろん、次の戦争を始めるつもりなら有利に働くだろうし、何よりも――地下は、鉱石がある。しかもヴェドスに近いとなれば、かなり高品質だ。それも土産になりうる。狙いとしては、そこなんだろうな」
「……ちゃんと考えてたんだ」
「いや考えるだろ、そんくらい。オリナは話さなかったけどな。ただ答えが出ないものもある」
「それは?」
「簡単だ。この戦争、俺たちが来たから始まったのか、それとも始まるタイミングで俺たちが来たのか――ってことだよ」
当たり前に考えれば、後者だ。けれど、それで納得してはいけない部分もある。
「最初から流れを追ってみよう。過去の分析ならそう難しくはねえだろ」
「うん」
「どうしてイウェリアに来たのか?」
「……アルノの故郷。イザミに誘われた」
「サラサの目的は?」
「ヴェドスに逢うこと」
「そのためには?」
「王城の地下。そのために戦争に介入した」
その通りと、テーブルに頬杖をついたサクヤは、映像を見ながら手で隣に座るよう示す。ハクナはそれに従った。
「……あ」
「ん? 煙草一本くらいで、とやかく言わねえよ。こんな状況なら吸いたくもなる」
「うん」
「隠れてこっそりってのが気に入らねえけどな?」
座ろうとして、びくりと動きを止めたハクナの頭を、笑いながらサクヤが軽く叩く。
「俺たちの動きは、あくまでも俺たちが決めたことだが、誘導されていたのも現実だ。一連の流れの中では、わかっているとは思うがイザミさんが鍵を握ってる。だがその前に、どうしてチィマがイウェリアにいたのか、そこを考える必要がある」
「……連れて来られたんじゃないの、ティレネと一緒に」
「だが留まったのはチィマの意志だ。そして、たぶんそこは〝同じ〟だ」
「チィマも、サラサも、ヴァンホッペも、――地下? ヴェドス?」
「そういうことだ。それを大前提に据えると、見えてくるものがある。おそらくチィマは現状を予想していた。これは戦争じゃなくて、俺たちがここへ来るってことだ。どういう経路をたどったにせよ、必ず、一番目に来たのならばイウェリアに来るはずだと」
「うん」
「さて、ここで少し違う疑問が浮かんだ。果たしてイウェリアは、いつから、ヴァンホッペの動きに気付いていたのか?」
「いつって……気付いてなかったんじゃ? 準備もしてないし」
「全部結果論なんだけどな。タイミングが妙に合ってるんだよな、これ。闇を覗き込むようで調べちゃいないが……気付かなかったって結論には、至らなかった」
「どして?」
「物流だよ、ハク。武器、食料、人間、どれほど静かにやろうとも、それが国の規模である以上は、どうしたって情報漏れをするさ。だがな、偵察を見る限り、隠しきれている――なんていう思い込みを感じた」
「……誰かが意図的に、情報封鎖してた?」
「感付かれたことを隠したのか、あるいは感付かれないように隠したのか……あるいは」
そう、あるいは。
「今まで〝引き延ばして〟いた可能性もある」
「――私たちが来るまで?」
「あるいはな。よく考えてみろ、都合が良すぎる。俺らが来たから起きた? なるほど、サラサやギィール、イザミさんにコウノさん、チィマと、厄介な連中が集まってるさ。それが原因だと読みたくもなる。だが現実として、トラブルならともかくも、戦争なんてのは準備が必要だ」
「でも始まった。それは?」
「こっちの都合を考えれば、なるほどと納得しそうなもんだが――ヴァンホッペ側からしてみりゃ、どう考えたって、このタイミングでやるのは〝自殺行為〟に等しい。それでも開始した今があるなら」
それは、おそらく第三者の介入があったはずだ。
「でも、限界はある。もしかしたら、早く始まるかもしれない」
「そう」
――だからこそ。
「チィマは今まで、イウェリアにいたんだろ」
「……ぬう」
「繰り返すが、これは結果論だ。けどチィマは既に準備してた。この流れを作った。こうなることを予測してた――ってことだ」
「たぶん?」
「……ま、そうだな。たぶんだ」
本人から聞いたわけではないし、たぶん、聞けないだろうけれど。
「たぶん、チィマは一人でも〝落としどころ〟へ持って行くことができた。あるいは、戦争が始まる前だったかもしれないけどな」
『――俺なら、イザミが来た時点で気付くぜ』
「ケイジ。……いたの?」
『だって雨降ってるだろ、湿るじゃねえか。さっきから聞いてたけど、サクヤちゃんの想像は当たってる。俺だって、イザミがイウェリアに入った瞬間に、この状況を想定してたからな。チィマちゃんの〝存在〟は、それだけ浮いてた。国に入った時点で気付くだろ』
「気付かねえよ……」
「うん」
『そうか? あれだけ特異な存在が、制度の中に埋もれてりゃ、水に浮く一滴の油みたいなもんだぜ。場の流れには鼻が利く野郎だよ、まったく、参る話だ。あるいは、サギシロに逢った時点で、何かに感付いていてもおかしくはない。現場に出ていながらも俯瞰して、少なくともお前たちよりも上手だ。三種類の〝状況〟をきちんと見分けてる』
「なんだそりゃ。状況?」
『策士の思考に近くなるんだけどな、状況には三つの種類がある。加速、停滞、遅延の三種だ。こればっかは経験しないとわからないよ、サクヤちゃん。それでもって言うなら、鷺城鷺花がいなくなったのが加速、その流れでイウェリアに来る前の街を経由したのが遅延、戦争が始まるまでが停滞ってところだな。今は普通の速度って感じになってる』
と、そんなことを言われてもわからない。
『気付いてないなら、一応言っておくけどな……こっちの〝進軍速度〟は、誰が決めてると思ってんだ?』
「あ……」
「そういや、任せてあるけど中央はサラサとチィマだな」
『コウノちゃんは全幅の信頼をチィマに寄せてるから、あえて口出ししなかったんだろうけどな? 進軍速度ってのがどれだけ重要視されるか、わかるかい? ま、フルールちゃんはそろそろ気づきそうなものだけどねえ。もし言い出したら、遅すぎるって言っておいてくれよ』
「わかった言っとく」
『やれやれ、遠回しな嫌味はハクナちゃんに通じないねえ。遅いって言ってるんだけど』
「ケイジ、速すぎるデメリットはなんだ?」
『今回のことに限ればね、サクヤちゃん。取り残しが出るってところだよ。部隊が散るっていうのは、目的によっては致命傷になりうる。ゲリラ狩りの困難さなんてのは、経験しなくっちゃわからないかもしれないけどね』
「そうか、散れば止めるとは限らない」
『だから進軍ってのは繊細なんだよ。本来なら現場じゃなく、後方で指揮する人間が情報を集めながら指示を飛ばすもんだ。けどチィマちゃんは、肌で感じてんのさ』
天性のものだよと、ケイジロウは言う。たぶん人だったら、にやにやと笑っていたはずだ。
『あれは意識に染みついたものだ。であればこそ、俺はここで、真似はすべきじゃないと忠告しておくべきなんだろうが――たぶん、お前たちの中に、真似ができるヤツはいないよ』
「断定するのかよ」
『ああ、断定するさ。付き合いが長くなりゃ、チィマちゃんの〝常識〟を知ることになるから、その時に気付くよ。もっとも、チィマちゃん自身がそれを〝異常〟だと捉えてるから、明かさないかもしれないけどな』
「ふうん? まあ諒解だ。こっちとしては、俺の料理を食って文句を言わなけりゃそれでいい」
『……そういや料理人だったな、サクヤちゃん』
「忘れるなよ。ってことで、――おいお前ら、腹減ったか?」
ネックレスに触れずに、映像に向かって声をかける。
『うん減った』
『即答だな姉ちゃん……つーか、俺が〝聞いてる〟っていう前提で話してたよな、ギィールさん』
「ん? 一応こっち切ってるけど、魔術師相手に通用するとは思っちゃいねえし、気になってるんじゃないかとは思ってたな。それに俺、陰口は叩かねえし」
『ちなみにその対応力はどこで?』
「お前の隣にいる女が原因」
『私以外にいないんだけど、誰?』
間違いなくお前だサラサこの野郎、と叫びたかったが、ぐっと堪える。
「……おやつを作ってやるから、待ってろ。十時くらいな。んでチィマ、状況は?」
『んー……動き通しだから休憩入れるにしても、場所を考えなきゃってところだな。動揺の伝播は確認できてるし、向こうも〝次〟を実行しかねてる。判断の迷いってやつ』
「――、それを〝作った〟ってわけか?」
『はは、意識はしていたけど、俺が作ったんだと誇れるような成果じゃないよ。あくまでも結果論だから』
「それを考えられたってだけで、俺に言わせれば充分におかしいけどな。まあいい、受け取り方法は考えておいてくれ。俺は料理に向かうから、しばらく任せたぞ、チィマ」
『諒解』
「つーか俺、飯だけ作ってりゃそれでよくないか……?」
『あはは、そりゃ俺が困る――って言うと、コウノさんは、おかしなことを言ってるな? みたいに首を傾げるだろうけどな! くっそう!』
「お前も苦労してんなあ……」
『主にコウノさんとかイザミさんとか師匠とかコノミさんとか――』
「よし、料理するかー」
『聞けよ! せめて愚痴くらい聞いてくれよ! サラサ姉ちゃん、そりゃ仕方ない、としか言ってくれねえんだよ!』
「おいハク、言ってやれ」
「うん。チィマ、それは仕方ない」
『くっそう……! 覚えてろ!』
何をだ。
「そういや、イザミさんは?」
「知らないけど」
「散歩でもしてんのかな。オリナもこっち来てるし、ストレス溜めねえよう配慮しとくか」
「気の遣い過ぎ。禿げるよ?」
「禿頭、よくね?」
「私は嫌」
「じゃ、気を付ける。育毛剤はフルール用だけでいいぞ」
「うんわかった」
本人に聞こえているかどうかは、さておき。
流れを作ること、あるいは場を作ること。
把握ではない、作成だ。
それは今の状況ならば心強いけれど――でも。
それが〝できる〟ような手合いが、敵に回った時には……。
「ん?」
いや、待て。つまるところ、それは――。
「場の把握……ってことか?」
戦闘における、目指すべきものだと、ギィールが言っていたけれど。
なんだかそれは――似ている?
「まあいい」
とりあえず、こっちはおやつの準備にかかろう。
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