07/04/09:00――アルノ・旅人という者

 自負は、あった。

 鍛治師として武器を作ること。その武器を自分の術式である〝格納倉庫ガレージ〟に収納して、それを取り出して扱う。

 小柄な体躯であるアルノ・ボズウェルではあるが、巨人族であるため、細身に見えるがかなりの腕力を持っているし、脚力も同様だ。そうでなければ、E級にまでたどり着くこともできない。

 いや、逆か。

 それらを扱うことで、アルノは二十歳の今、若くしてE級にまで至ったのだ。それはある意味で誇りであったし、それを周囲も認めてくれた。もちろん中には、巨人族だからと笑うヤツもいたが、少なくとも自分と同じか、それ以上の等級を持つ者では、いない。何故なら、それだけE級という〝価値〟が、どれほど困難な道だったのかを示していることを、皆が知っているからだ。

 それが、どうか。

 昨日のあの惨状を、どう説明すればいい。あと闘技場の始末が大変だった文句を誰に言えばいい。

 お前が相手をしてくれて良かったと、観客としてあの場にいたD級騎士は苦笑しながら言った。どういう意味だと問えば、最初の一人に自分が選ばれずに済んだから、なんて続けられる。つまり、頼まれても相手になんかしない、という事実上の敗北宣言のようなものだ。

 そう、敗北だったのだ、あれは。

 いくら相手が負けを認めて去ったとはいえ、あれはアルノの負けだ。


 ――まるで。


 鍛治師であることを否定されたような、敗北だった。


「――はい、お待ちどうさん」

「ああ」

 悔しさに拳を握りしめていたが、ここが食堂であることを思い出した顔を上げる。エプロンをつけた男の店員が、注文していた定食――ちなみに朝食だ――を並べたかと思えば。

「悪い、ここで食っていいか?」

「は?」

 返事を待たず、エプロンを外して自分の定食を置くと、どっかりと腰を下ろしてしまった。

「いやな、俺は旅人なんだけど、昨日ここの飯のことで文句言ったら、どういうわけか今日は朝から厨房で手伝いに駆り出されてな。食べてみろよ、ちょっと味が違うだろ?」

 言われ、食べてみるが、あまりよくわからなかった。

 というか。

「僕は常連じゃないぞ」

「なんだそうなのか。っと、挨拶な。俺はサクヤだ、料理人。修行であちこち旅をしてる」

「旅人、か」


 昨日のあいつも、そうだった。


「アルノ・ボズウェルだ」

「聞いてるよ」

「――は?」

「俺の仲間が昨日、面倒をかけたってな。なんであんなことをしたのかは知らないが、迷惑だったろ。文句はあとで本人に言ってやれ」

「じゃああんたは、あのギィールっての、知り合いなのか」

「一緒に旅をしてる仲間だ。普段のあいつは知ってるから、なんでそこまで〝挑発〟して、アルノを舞台に引き上げたのかは、ちょっと疑問が残るが……で、飯どうよ」

「いや、わからん。美味いとは思うけど、僕にとっては専門外だよ」

「ふうん? ……知ってるか? 専門外ってのは現実にあるが、それだけで繋がりを切るには至らないって話」

「……?」

「あんた、鍛治師だろ」

「そうだ」

「俺は料理人だ、包丁を使って料理をする。火も当然使うけどな。で、包丁を作るのは鍛治師の仕事だ。専門は別になる」

「……、おかしな話じゃないね」

「だが、俺はどうやって自分が使う包丁が作られたのかを知っている。何故か? 当然だ、何しろ俺の包丁を作ってくれた人は、俺がどうやって包丁を使うのかを知っている。作るなら、どう使われるかを知らなくちゃいけないと、その人は言っていた。まずどんな食材を、どうやって切って、あるいはどういう場合に叩く? その場合の耐久度は? 食材の範囲は? ――さて、ここで問題だ。これ、専門は別か?」

「……別だ。別だが、そうか、関係はある」

「聞き流せよ、一般論だ」

「僕にはないものだからな、落ち込みたくもなる。旅人っていうのは、そういうものなのか?」

「ん? あんまし、そういう知り合いはいないか?」

「まあね。僕はずっとこの大陸で過ごしていて外に出たことはないし――出たいと、そう思ったこともなかった。工房にこもって、それが終われば闘技場だ」

「ふうん。そうだな、こいつも一般論だ。まず悪い点からにするが、旅人なんてのは言っちゃなんだが異端者だ。何をするかもわからんし、どこにいたのかもわからん。経歴の詐称なんて、いくらでもできる。ここで問題だ、そういう相手がいたら、どうすりゃいい?」

「……それは、あれか? 知らない人が訪ねてきても、扉を開けるなって教えか?」

「その通り、扉を閉じて入るなと言えばいい。けど、旅人だって〝人間〟だ。そうである以上、家の扉ならともかくも、国の門を閉じるわけにはいかないだろ。それが戦時中なら可能かもしれないが、だからって海が開けた今、港を潰すわけにもいかないし、そんなことをすれば〝軟弱者〟って烙印が押されちまう」

「待ってくれ。現状、そうしていないのはわかる。利点の話はまだいらない。だが、対処はしているはずだよな……そんなこと、国ならわかりきってるだろうし、海が開かれた時点でしてるはずだ」

「わからねえか?」

「少なくとも、そういう意味で旅人が特別扱いされてるなんて話は聞いたこともないぞ」

「特別扱いだけが方法じゃないさ。そして、実際にはそんなに難しくない」

 これだよ、なんて言いながら、腰につけた10等の騎士証を左手で軽く持ち上げ、ひらひらと揺らして見せる。

「特別にする必要なんかねえんだよ。異端を自覚させるためにルールで囲ってやりゃいい。ここがうちのルールだ、それを外れれば処罰がある。だったら? そのルールに従うのが旅人ってもんだ」

「……それだけで、いいのか?」

「言ったろ? 旅人だっていろいろだ。それでも悪さをするってんなら、覚悟をするさ。実際にここのやり方は〝優しい〟よ。騎士証がなけりゃ何もできねえってことをすぐ教えてくれたし、軽い体験だって言いながらも実力を見せてくれる。俺ん時は三等騎士だったけどな。どうだ、これが騎士だ。それでもお前はルールを破るか? 旅人ならそうやって受け取るよ。で、悪いことを考えてる連中は厄介だと思って、俺みたいなのはありがたいと受け取るわけ」

「一時的にでも、国民の一人にしてしまうってことか」

「ま、そういうこった」

「それはわかったけど、甘くないか? 実際に旅人がトラブル起こして騎士が鎮圧――なんてことも、数は少ないけど、あるにはあるぞ」

「国、あるいは大陸には、旅人を迎え入れる〝利点〟があるから、縛るわけにはいかねえんだよ」

 ここで除外していた利点の話になるのかと気づき、アルノはフォークを動かして食べ物を口に運びながらも、頷いて視線を合わせる。

「実際に、この大陸はついてすぐに説明があった。けど本来なら、こいつは国ごと、あるいは街ごとに違うものだ。んで、そのルールってのは、説明されない場合が多い。けどそんなのは当然だろ? ルールを守れって言われる時は、ルール違反をした時だ。明文化された条例が張り出されてるわけでもない。だから旅人ってのは、街に入ったらまずはルールを知る。あるいは、危なそうな街には入らない」

「見てわかるものか?」

「ある程度はな。たとえば、でけえ城門があって、閉まっている。戦時中だって想像は容易い。あるいは街、ないし村。入り口の門が閉ざされていて、門番らしき人物がいる。それは中を隠したいが故だ。あるいは中に入った時、友好的に招き入れる人間の傍らで、住人が嫌悪している――ま、いろいろだ」

「なるほど、最初から説明されたぶんは、楽なわけか」

「トラブルも減らせるしな。つまるところ、旅人に対しての優しさってのは、ある意味では友好的な歓迎とも言える。さて、ここで問題だ。旅人が来る利点ってのは、なんだ?」

「そう……だな。詳しくはないけど、経済効果はあるんじゃないか?」

「確かに、ここの食堂なんかはともかくも、宿なんてのは来客ありきだ。ほかの街から来る騎士を相手にするのも当然だが、それ以外の売り上げも出る。簡単に言えば人口そのものが一時的にとはいえ増えるわけだからな。けど、経営者としてその考え方は失格だ」

「なんでだ? 一時的だけど、実際に収入は増えるはずだ」

「いつ来るかもわからない旅人を期待値に入れて、一時的なものを考えたら採算が合わねえんだよ。今ある現状で黒字を確保、あるいは一定の旅人数を前提とする〝根拠〟をそこに含めて、ようやく経営ってのは成り立つもんだ。もちろん、経済効果はある。確実にな。けど経営側から見れば、旅人がいなければ出なかった収入だ。降ってわいた、と表現するとおかしくはなるが、まあなんだ、今日の晩飯はちょっと豪華にするかと、そのくらいのもんだよ」

「……つまり、旅人だけを相手にする商売ってのは難しいって話か」

「そんなところだ。で、その程度の名目じゃ街だって〝歓迎〟はしないだろ」

「あ――そうか。旅人がいなくても回るような経営をしてるのなら、それが一時的でしかないなら、デメリットの方が強いのか」

「アルノ」

「……、うん? なんだ?」

「お前、思考を並列するの苦手だろ」

「――は? いや、なんだ、並列?」

「二つの物事を考えるってやつだよ。あるいは、今の言葉から先を読むってのな。まあいい、俺だって旅をして覚えたやつだし」

「はあ」

 何を言っているのかが、よくわからない。

「それより、続きは?」

「全部関連してるって話だよ。最大のメリット、旅人を歓迎する理由はなアルノ、新しい風を取り入れられるからだ」

「新しい……風?」

「城壁で囲い、門を閉めて、風通しが悪い街はぐずぐずと内部から腐って行き、その先にあるのは退廃そのものだよ。成長もなければ、進歩もない。徹底した現状維持、見かけだけの平穏。維持できないものから食い潰される。――あのな」


 フォークを使って、差される。


「そいつは本来、ギィールに出逢ったアルノが、一番わかってるはずだろ」


「――」


 出逢って、〝違うもの〟と認識して、敗北した。


「俺たちみたいな〝異端〟が混ざっただけで、今まで通りってものが、少なからず変わる。変化だ、それは進歩であって、成長に繋がる。悪く働けば劣化にもなるが――それでも、その成長は甘露だ。乗り越えられれば、異端も飲み込める」

「乗り越えられれば、か……」

「ま、俺があれこれ言える立場じゃねえしな。戦闘は正直わからんし、10等とE級の勝負なんてのも、知ったことじゃねえ。等級そのものの価値すら、わかってないからな」

「だろうな」

「ばーか、頷くなよ。こう言ってるんだぜ? ――旅人である俺たちには、等級の価値なんてものは、必要ねえってな」

「あ……」

「そう、どうだっていいんだよ、そんなものは。関係はあるが、重要視するほどでもないし、戦闘をしない俺みたいなのは目安にもならない。……ま、ギィールが何を考えてやってんのかまでは知らないが、試そうとしているのかもな」

「僕を――いや、騎士をか?」

「馬鹿、試すのはいつだって自分だろうが」

「……」


 自分を、試す?


 ――どうやって?


 食事を終え、珈琲を頼んだサクヤは、頭を搔く。

「つってもまあ、何を試してるのかは、想像しかできねえよ。ぺらぺらと情報を出すわけにもいかんが――ギィールは、自覚している。で、俺もそれは知ってる。それは、あいつが弱いってことだ」

「――待ってくれ。弱い? あれだけの技量があって、それは」

「弱いんだよ、あいつは。全てを知ってるわけじゃないが――たとえば、半ば挑発的な物言いをして、お前を舞台に引っ張り上げただろ。これにはちょっと驚いた。そういう性格のヤツじゃなかったからな。けど、その結果はどうだ?」

「それは……僕の」

「ギィールの〝負け〟だ」

「それは違う」

「違わねえよ。お前がどう感じたのかは、だいたい察してるが、置いておけ。で、結果だよ。あいつの等級は上がったのか? 残念ながら否だ。目的を果たしたかどうかまでは聞いてねえが、あいつは身を退いた。どうしてだ?」

「と、言われても……」

「考えろ。あのまま、ギィールが勝っていたら?」

「そりゃ、等級が上がる。もちろん、一つだけだ」

「そうだな。――お前は?」

「……僕?」

「ああ、お前はどうなる?」

「10等に負けても、等級が下がることはない」

「それだけじゃないだろ。少なくとも旅人を相手に、しかも10等を相手に〝負けた〟事実があるんだぜ、面倒が発生する。ギィールに興味を向ける連中はいるだろうが、そいつは現状でも同じだろ。むしろ、現状の比じゃないくらい、アルノには〝興味〟が向くはずだ」

 それは、決して好意的なものではなくて。

「それを〝含め〟て、最初からギィールは身を退くつもりだった」

「……等級そのものに、価値がないから」

「そう、お前らと違ってな」


 そこまで見越していた――?


 というか。


「そこまで考えるもの……なのか?」


「旅人は異端者だって、言ったろ。行動の〝責任〟は人一倍多いからな、そのくらいの思考はする。自分の行動、そして、出る結果。あるいは出す結果だ。旅人だからって、全部放り投げて次の街――ってのも、アリなんだけどな、ギィールはそういう性格じゃない」


 だから。


「こうして俺に、フォローを頼むわけだ」

「頼まれたのか?」

「もし顔を合わせるようなことがあれば、できる範囲でってな。お前がここで飯を食ってなきゃ、もしかしたら話さなかったかもしれない。そのくらいのものだ」

「だったら、ギィール本人が……あ、いや」

「昨日の今日で、張本人とツラ合わせたって、会話は続かないだろ。……ま、ギィールのそういうところは、悪くはない。いいことだよ、けど弱さだ。自分の中には〝価値〟を見いだせない。たぶんそいつは、相手の事情を優先するんじゃなくて、相手の事情を越える〝理由〝を持ってねえからだ……あ、すまん、忘れてくれ。これは単に、俺が見たギィールの話だからな」

「付き合い、長いのか?」

「今回、新しいのが一人入ったけど、今までは四人で旅をしてきた。五年の付き合いだ」

「五年も? 随分と長いな、それは」

「まあな。ギィールが一番下で、十三の頃だったか? つっても、俺だって十四かそこらだったけどな、当時は」

「――ちょっと待ってくれ」

「あ?」

「サクヤ、お前、まだ二十歳?」

「そろそろ二十歳だな。どうかしたのか?」

「いや、あのな? ここじゃ十八くらいが成人なんだよ。騎士学校を卒業して、最低でも6等の騎士証を持って、仕事を始める……」

「どこだって似たようなもんだよ、そいつはな」

「だったら、何故だ? あいつじゃなく、お前の話だサクヤ。はっきり言って、僕が十四の頃はまだ騎士学校で勉強中だった。仲間連中と騒ぎながら、授業なんていうカリキュラムに身を任せて、長れに乗ってるだけのガキだ」

「いや、悪いことじゃないし、そんなもんだろ。違いがあるとすりゃ、視線を外に向けたかどうかだな」

「大陸の外に、か?」

「んー、そいつは結果論だな。戦闘に置き換えると極端な話になるが……つっても、料理人の心情なんてのは理解できねえだろうし、まあそう思って聞いてくれ」

「ああ、話してくれるだけでありがたいぞ」

「おう。こいつはたとえ話でもあるが、たとえばそのガキの頃に、こう思ったとしよう。――現行の騎士制度を〝破壊〟するには、どうすりゃいい?」

「……おい」

「たとえ話だって。まあ方法はいくつかあるが、実際の可能性として考えりゃ空想の類に限りなく近い」

「あるのかよ……」

「あるぜ? まったく現実味はねえけどな」

「あー、あれか? SS級から順番に、全員ぶっ潰してくとか」

「そうそう、そういうヤツだ。けどま、たとえ話だからそうはいかないし――ルールを壊そうとしているのに、そのルールの〝中〟にいたんじゃ、それこそ空想の類になっちまう」

「……内側から変えるのは、不可能か?」

「変えるのは、できるだろうさ。困難だけどな。でも壊すことはできない。壊すには、一度外に出て行かないと、全体も俯瞰できないからな。で、いざ実際に外へ出た連中をどう呼ぶか知ってるか?」

「旅人――じゃなく?」


「〝道を踏み外した〟って、ルールの中にいる連中は言うんだよ」


「――」


 それには、覚えがある。確かにそうだ、その他大勢の一人ではなく、零れ落ちたように出て行く者を、外してしまう。

 良し悪しではなく、それを、あるいは異端と呼んでしまうのが、人だ。

「俺の場合は、料理のレシピ集めを兼ねて、修行って感じか。大陸が違えば、食い物も変わってくるし、調理方法なんてのも違うんだよ」

「ああ、そうか……なるほどなあ」

「言っとくが、それなりの〝トラブル〟もあったんだぜ。苦労話はしないけどな」

 そんなのは自慢話にもなりゃしねえと、サクヤは笑う。

 ちなみに、それは非常に乾いた笑みであり、それがすぐ起こるだなんて、誰が思っただろうか。


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