07/03/11:00――ギィール・鍛治師

 目的の人物を探し当てるのには、それなりに苦労はしたが、たった二日で見つけ出せたことを考えれば、ギィールにとっては楽な方である。

 目的の――とはいえ、それは、ギィールの目的を達せられ、かつ、鍛治師であることが条件の人間ではあったが、おそらくいるだろうと当たりをつけた通り、情報を得ることができた。

新しい街での情報収集というのも、それなりに経験しており、そこの労力も少ない。まずは適当な〝仕事〟を見つけて半日ほど働き、その中で多くの人間と親しくなれば、旅人であることを明かし、探している人物の特徴――いわば条件を軽く口にすれば、次第に情報は集まるものだ。

 その人物が、闘技場の待合室にいたのは、僥倖だった。

「――失礼」

「ん?」

「アルノ・ボズウェルさんですね。よろしいですか」

「ん、ああ……」

 返事がある前に椅子を引き、対面に腰を下ろす。やや童顔にも思えるような顔をしており、背丈も男にしては低い。どちらかといえばサラサが好むタイプだと思う。

「自分はギィールです。申し訳ない、単刀直入に言いますが――自分と闘技場で戦っていただけませんか」

「はあ? ……いきなりんなこと言われても、はいそうですかって頷かないぞ」

「では理由を説明すれば、前向きに考えていただけますか?」

「いや理由がないと、そもそも考えられないだろ」

「それもそうですね」

 つまり、少なくとも理由を聞くまでは会話が続く、ということだ。

「自分は旅人です。その仲間の一人が、あるものの修理を頼むために、鍛治師を探しているんです。話を聞けば、ボズウェルさんは鍛治師であると」

「アルノでいい。確かに僕は鍛治師だ――が」

「壊れた物品を持ってこればいい、そういう話になりますね」

「まあな」

「しかし、ややワケアリの品物ということもありまして、こう言っては何ですが、アルノさんがどのようなものを作っているのか、それを知りたいと思いました」

「まあ、どんなワケなのかは知らないけど、自然な流れだな。……だけど、それが僕と戦うことに関係あるのか?」

「はい。自分はそれなりに観察眼がありまして、実戦で使われている金属などは、現場でよく触っていたんですよ。仲間はそれを信頼していまして、一定の評価を下してくれています。だからこその、戦闘でしょうね」

「ん……そこらは、よくわからんが」

 だったらと、アルノは腰にある剣を鞘ごと、テーブルに置いた。良い流れだ。

「これじゃ駄目なのか?」

「よろしいのですか」

「おう」

「では失礼」

 扱い方はそもそも知らないので、軽く引き抜く。


 ――二級品だ。


 少なくとも〝本命〟ではない。ないが、その方が良いし、予想していた。

「アルノさん、この剣を壊してもよろしいですか」

「――は?」

「ですから、破壊……いえ、折ってもよろしいですか」

「今ここで?」

「ええ」

「いいぞ、できるもんなら」

「ありがとうございます」

 指の第二関節を使って四度ほど叩けば、ぱきんと乾いた音と共に剣は折れた。あまりにも〝隙間〟が多すぎる代物だ、耐久度を気にしていないとすら思えてしまう。

「――おい待て、今なにやった? どうやって折ったんだ?」

「……」

 その言葉は、望んでいた通りだけれど、できれば聞きたくはなかった言葉だった。手元に置いた剣に視線を落としたギィールは、一度目を閉じてから、ゆっくりと立ち上がる。

「今まで、自分の言ったことは忘れてください」

「は?」

「自分の知る〝鍛治師〟は、自分の作品に誇りを持っていました。自分が壊した刃物を前にして、その〝結果〟を自分に問う人はいません。何故なら、折れる設計にしたのは〝鍛治師〟ですから」

 まずは、設計の中にどのようなミスがあったのかを、探る。もっともギィールの知っている鍛治師なんてのは、オトガイ関連の人間しかいないのだから、比較するのも酷かもしれないけれど。

「失礼な言い方ですが、――あなたには資格がありません。わざわざありがとうございました、剣の損害補償が必要でしたら、しばらくこの街にいますので、請求してください」


「――待てよ」


 言い捨て、背を向けた時点で声がかかった。怒り混じりだ。


「お前、等級は?」

「旅人ですから、10等ですよ」

「それで僕に挑もうってか?」

「笑われるのは自分だけです、何か問題があるでしょうか」

「……いいぜ」

 立ち上がる音。上手く〝引け〟たようだ。

「来いよ、やってやる」


「――そうですか」


 やれやれ、いずれにせよ後で謝罪しないとなあ、なんてことを思いながら、闘技場へと向かう。幾人かにアルノは声をかけ、観客に回るよう指示していた。

「確かアルノさんはE級でしたね」

「今更かよ」

「いえ、等級なんぞに興味はありません」

「――おい、あんまり僕を煽るなよ」

「そうではありませんが、一つだけ。自分は壊しますよ、アルノさん」

「ふん」

 本気にはされていないようだが、まあいい。いずれにせよギィールの目的は、E級の実力がどの程度かを、この目で見ることだ。

 闘技場の中央で、振り返る。

「いいのか? 逃げるなら今だぞ」

「自分が望んだことです」

 ポケットから取り出したグラブを手につけて、小さく肩を竦めた。

「あんたにその選択肢がないことは、よくわかりました」

「お前……」

「観客はそれなりにいるようですが、確認を。ここは〝壊せる〟闘技場ですか?」

「ああ、構わない。F級以上は、そういう場所でしか戦闘を認められないからな」

「そうですか。では、やりましょう。合図があるのでしたね」

「……後悔するなよ」

 それは、どちらが、だろうか。

 どちらになるかを、楽しみになどしないが――後悔してみたいとは思う。全力を出し切ってなお、それでも届かないのならば、それは。

 経験であり、その先には成長が必ずあるはずだ。


 ――さて。


 始めの合図がかかってから、首を捻るようにして考える。周囲に渦巻く魔力を感じつつも、ここから、どうやれば相手が本気を出すだろうか、と。


 挑発する? ――否だ。


 いつも通り、地道にやればいい。そうすれば自然と、どうにかなるだろうから。

「先に言っておく。僕の〝倉庫〟には千本の剣が収納されてる」

「千本! ――たったそれだけですか」

「――」

「周囲に展開されている〝格納倉庫アーカイブ〟の術式を自分が気付いていないと思っておられるのでしたら、認識を改めた方が良いですよ?」

 牽制なのだろう、空間から引き抜いた大剣を投擲されるが、詰まらなそうに左手の一振りで砕く。なかなか厚いが――それだけだ。

 基本的には手にして攻撃してくる。それに対応しつつも、ギィールはかつて、オトガイのマエザキとやった鍛錬を思い出した。それはつまり、かつてと今との比較でもある。

 マエザキは、作り手であることを徹底していた。刃物を手にして攻撃するものの、戦闘技能そのものに限って言えば、アルノの方が上手い。


 だが、作り手としては、大きく差がある。


 形状が違うのならば用途が違い、用途が違うのならば仕組みも違うマエザキの刃物とは違い、形状が違っても〝同じ〟だ。

 違う金属を使っていても、作り方が同じ。形状が違っていても、作り方は変わらない。

 それを〝詰まらない〟と表現しないし、思わないが、それが奥の手を隠すための迷彩であればと思わずにはいられない。

 二百を壊せば、足の踏み場もないほどのガラクタの山。躰が温まってきて、口元にも笑みが浮かんでくる。ここから先の時間がようやく〝鍛錬〟を越えられる。


「――ははっ」


 楽しい。


 一体、今の自分の限界は、どこにあるのだろうと、心を弾ませてしまう。


 それが、悪いことだとは、教わっていなかった。


 三百を越えた頃、余裕が生まれる。足元で残骸を砕きながら、肩や肘、膝や足を使って壊しながら、隙間を縫うようにして〝余波〟を投げる。狙いは観客の刃物、ないし盾。そろそろギィールの運動が〝遠当て〟であることを認識できただろうし、その延長の行為を見せてやり、挑発してやる。

 簡単に言えば、目立つ。

 10等の旅人がどこまで可能なのか、見せる。そうすれば――。


 ――そうすれば?


 そうだ。


 サラサが暴れて面倒が起こる可能性を減らし、ギィール自身へ向けさせることができる……!

 という本心に気付いた時はちょっと落ち込んだが、もちろん、それだけの理由ではなかったので、良しとする。

 六百を越えた頃、ギィールが〝疲労〟を感じ始め、であるのならば行動持続時間はここから四十分程度が限界だなと見切りをつけた時、それは。


 意識の隙間を縫うようにして、飛来した。


 〝それ〟に気付いたのはあろうことか、ほぼ皮膚に触れるか否かといった距離。目の前ではなく横から、不意の内に発生したそれが、目の前の――アルノよりも脅威レベルが高く、一切を無視してギィールは斜め後ろに移動しながら、横を向く。


 斬戟だ。


 ほぼ無意識の内に右手が一つ目を押し上げ、意識して右の肘を下ろすよう二つ目の斬戟を砕いた直後、視界に広がった残り四つを発見し、踏み込み、躰を強引に小さくするよう捻り、三つ目を壊した時点で、現実を理解するものの、行動の流れで残り三つを破壊したギィールは、更に半回転して左足を踏み込み、左の拳を横にいるアルノへと向け、停止。

 ギィールは、観客席の高いところへ視線を向けている。刀を腰に佩き、やや老いた風貌を見せる女性から離さない。

 今の斬戟は、攻撃ではない。単なる〝意図〟だ。カイドウが試しだと言ってやるようなものを、強くしたようなもの。そしておそらく、疲労を感じるほどの集中をしている状況でなければ、ギィールは読み取れなかっただろう。

 最後の一撃は刃物ではなく、アルノが使っていた〝術式〟を壊したものだ。であれば、すぐに次はない。そして、女性がふらりと身をひるがえしたのを見て、ようやくギィールはアルノを見て。


「――負けました」


 そう言って、やや顔色を悪くしたアルノに向けて、両手を上げてから、頭を下げる。

「いろいろと失礼。自分はまだこの街に滞在していますので、謝罪は改めて」

「あ、おい……」

「数数の挑発、本心からの言葉ではありませんでしたが――嘘や偽りではありません」

 もう一度頭を下げて、早足にギィールは控室、そして待合室に向かうが、やはり先ほどの女性はいない。

 そう、いない。当然だ。

 だってギィールは、あの攻撃があるまで、把握していたはずの闘技場内において、あの女性の存在を掴めてはいなかったのだから。

 未熟だ。

 斬戟の質、腰の刀、あの風貌――たった二秒の間に六つという速度は、カイドウのレベルか、あるいは。


 あるいは、それ以上の使い手だ。


 とりあえず昼飯の前に、着替えようと思って、尾行を気にしながら宿に戻ったギィールは、服を脱ぎ散らかすようにしてシャワーを浴びた。


 ――どうだったろうか。


 水を感じながら、掌を握って開く。武器を壊すレベルならば、引けを取らないくらいには上達しているが、それ以外は?

 今回は相性が良かっただけ。何しろ、相手は作り手で、こっちは壊し屋だ。いうなれば同じ土俵なのである。けれど、戦闘とはその限りではない。

 そして、何を目指す?

 目的は未だに曖昧なままだ。武器が嫌いならば貫けばいいとは言われているが、何をどう、といったものがない。それでも良いのかもしれないが、どうも、サクヤやハクナのように目的意識を持っている仲間が傍にいると、ギィールも意識せざるを得ないのだ。

 だから、聞いてみたい。

 どうして、強さを手に入れようとしていたのか――そんな理由を、聞いてみたいのだ。

 ギィールは弱いことを自覚している。そして、その弱さを抱いたまま、それを失くしたいとも思わないのだから、これがまた難しい。

 考え込めば、動けなくなる。

 それもまた旅で知ったことだと思えば、苦笑の一つも出て、風呂場から脱衣所へ移動した。


「……――え?」


 何故か。

 脱衣所で、割烹着姿の女性が、ギィールが脱ぎ散らかした服を手洗いしていた。

「あ、駄目よ」

「はい?」

「洗い物は先に済ます。後にすればするほど、面倒になるの。いい?」

「はあ……すみません、疲れていたのでつい」

「はい、こちらが着替え。洗っておくから、休んでなさい」

「どうも……」

 受け取った服に着替えて、脱衣所を出て、はてと首を傾げる。


 ――誰だろう、あの人は。


 タオルを首に引っ掛けたまま、雰囲気は妖魔のそれに似ていたけれどと思っていると、ふわりと本が室内に出現した。

『よっ、ギィールちゃん』

「おや、ケイジロウさん。ご苦労さまです」

『お勤めをしてたわけじゃあないさ。いや派手にやってたねえ、ギィールちゃん』

「見ていたんですか?」

『この街の規模程度なら、軽いもんさ。俺がどこにいたって、何だって見える。それはともかくとしてだ、虚眼きょがんちゃんがいるだろ?』

「ん? ああ、自分の服を洗ってもらっている方……でしょうか」

『なんだ、挨拶はまだか。おーい、虚眼ちゃん、聞こえてるだろ? まだ済まないのか? 家事が得意って言っても、えらく時間がかかるんなら、口だけだったってことか?』

「――うるさいねえ、あんたは。口も減らない、ページも減らないんじゃ、どうしようもない」

『へいへい』

「っと、洗い物、ありがとうございます」

「干しておいたから、夜にはちゃんと畳んでおきなさい」

「はい」

「じゃあわたくしはもう――」

『いやいや虚眼ちゃん、挨拶、挨拶だよ! いくらあんたが〝在るけどいない〟の見本だからって、ギィールちゃんが戸惑って……は、いないか』

「はあ、困ってはいませんね、助かりましたし」

「む? ああそうか、わたくしは虚眼という。天魔だ」

「あ、これはご丁寧に。自分はギィール・ラウです」

 ぺこり、と頭を下げ合う。それから視線を合わせ、――同じタイミングで浮いている本を見た。

「あの」

「で?」

『かーっ、あんたら緊張感も何もねえよ! というかお互いに疑問とかねえのかよ!』


 はて、何かあっただろうか。


「えーっと……あ、お住まいはどちらに?」

「そこにある刃物だが」

「ああ、確か四番目とか呼ばれていた。どうですか、住み心地は」

「悪くはないよ。あなたは片付けもするし、几帳面だから、手を出すこともなかった」

「それはどうも。ということは、自分が四番目を後にした頃から?」

「そのくらいね」

「なるほど」

「うむ」

 頷き合って、やはり視線は本へ。

「――で?」

「どうしましょうか」

『もういい……いいよ……タイミング狙って我が物顔で説明して、驚くギィールちゃんを見ようと思った俺が馬鹿だったよ……』

「はあ」

「詰まらんことを考える。ではな、ギィール」

「あ、はい。おやすみなさい」

 姿は霞むようにして消える。どことなしかハクナのように、端的な物の話し方だが、服装がそうであるように、どうやら家事が好きらしい。

「いや充分に驚きましたよ」

『ぜんぜんそうは見えなかったけどなあ……はあ……』

「そんなにがっかりしなくとも。えっと――ああ、先ほどの戦闘の件ですね。おそらく修理は不可能ですが、サラサ殿の予備としての小太刀くらいなら、作成可能かもしれません」

『そっちの心配はしてなかったんだけどねえ』

「では自分の心配を?」

『まさか。相手の心配だよ』

「――なるほど。それとなくフォローは入れたいのですが、すぐ自分が行っては逆効果でしょうし、いくつか考えてはおきますよ」

『ま、実際にはどうでもいいけどな。その中で、ギィールちゃんにとってはよくない案件が一つあっただろ』

「わかりますか」

『そりゃあね。俺はともかく、今のギィールちゃんじゃ捉えられないよ、あれは。もっと言えば、サラサちゃんにも無理だ。年季が違い過ぎる』

「あの方は――自分が予想している人物でしょうか」

『誰だい?』

 呼吸を一つ、ベッドに腰を下ろしてから、ギィールは言う。


「イザミ・楠木」


 コウノの妻の名を口にするが、しかし、ふわふわと飛んでいる本からの返事はなかった。人間ならば、にやにやと口元を歪めて笑っている雰囲気が伝わってきて、ギィールは苦笑しつつベッドに倒れ込んだ。


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