07/01/09:40――フルール・戦闘専門のやり方

 それほど大きな音ではなかった。上手く叩いたのか、乾いた音が響いたけれど、ただそれだけ。しかし、踏み込もうとした男は、その音を聞いて寸前で止めていた。

「ギィールは本気でやるつもりなのかい?」

「――どうかな。実際、俺はギィールの本気なんてのは見たことがない」

「うん」

「んー、そういや私も、見てないかな。旅としては、良いことなんだけどね。でもどうだろ、本気になれるかどうか、怪しいかなあ」

「というか、手を叩いて、何をしたんだい、あれは。サラサはわかっているんだろう?」

「説明はめんど」

 視線を向けても、サクヤもハクナも小さく首を横に振った。つまり、この中で戦闘が理解できるのは、サラサだけ、ということになる――のだが。

『やれやれ、戦闘の説明役なんて柄じゃないんだけどねえ』

「キージ」

 その本は、今もフルールが腰にバンドで固定してあり、声はこの場にいる四人に届いている。

『空間の把握だよ。手を叩いて波紋のように広がる振動を〝把握〟――つまり、躰の延長として捉えることができれば、それは全体を捉えることと同義になる。けど、さすがに三等騎士だな、それに気付いて踏み込みを止めた』

「どうして止める必要がある? 掌握されたわけじゃあないだろう。言うなればそれは、歩いて面積を確認するような作業だ」

『そんなだと、戦闘はできないぜ、フルールちゃん。ギィールちゃんは、その一手でこの場にいる〝観客〟まで、実力を推し量ろうとしたのさ。三等騎士もそれに気づいた。簡単に言ってしまえば、ギィールちゃんはこう伝えたわけだ――あんたよりも強いヤツはここにいるのか、ってね』

「それは、お前だけが相手じゃないと、そういう伝わり方をするんじゃねえのか」

『お、料理人なのに察しが良いね、サクヤちゃん。その通りだよ』

「実際、こういう場だと、観客に見られるってだけで、面倒なことになるから。私は、戦闘における〝第三者〟にこそ、最大級の警戒をしろって教わってる」

『そう、だから次の行動は――』

 言葉が終わる前に、ギィールは右足を軽く上げて地面を叩き、躰を捻るようにして肩を男へと向けると、そのまま肘を外側に振り、拳を前へ突き出すように構えた。

「……挑発かい?」

『違うよ。動かしたのは右腕、つまり右側方向の観客に向けて軽い〝五発〟を空気を媒介にして攻撃したんだ。直接当てたわけじゃなく、いわゆる牽制だね。けれど反応はなし。気付かなかったか――気付いて、スルーしたのか、どちらだ? それはギィールちゃんがよくわかってる』

 背中を向けているのでわからないが、たぶん、ギィールの口元は笑みになっているだろうから。

『さすがは三等騎士、どうやらギィールちゃんの〝行動〟に気付いたみたいだねえ。背中に嫌な汗が浮かんでるぜ、あれ。もちろんギィールちゃんが探りを入れてるってのもあるけど、少なくともお互いに〝厄介〟だとは認識してるみたいだ』


 ギィールは二歩、前に出る。今度は散歩でもするかのように。


『さて、ここで問題だ。相手は術式を使うか? それとも――』


 そして、ポケットから取り出した皮の指ぬきグローブを、ギィールは装着した。


『――使わせるか、だ』


「サラサ、お前ギィールがあんなの持ってるの、知ってたか?」

「……一度だけ、見たことはあるけどね。大丈夫、まだギィールも本気じゃないから」

『あんな厄介なものを所持してたって方が驚きだねえ。それとも、ようやくギィールちゃんはアレが扱えるようになったってことか』

「どんなものなんだい?」

『さてね』

 更に足を進めたギィールは、すたすたと近づき、間合いの少し外で立ち止まる。こちらからは、相手の男が歯を見せるようにして憎たらし気に睨んだ様子しか見えない。

 呼吸が一つ、そして、相手は術式を〝使わない〟ことを選択した。

 躰を捻って放つような斬戟に対し、ギィールは足の円運動で回避しながら、丁寧に、慎重に、優しく、ロングソードの腹を撫でる。


 たった。


 たったそれだけの所作に、三等騎士は飛び跳ねるようにして間合いを取った。


「やるね」

『同感だ。でも判断を間違えた』

「うん。あれじゃ、駄目」

 間合いを取って、仕切り直しにしてしまえば、同じ行動がとれなくなる。

「――ギィールの思うつぼ」

『つまり』

 片手から両手に剣を持ち直した男の左右に、ほぼ等身大の〝盾〟が二つ、浮かび上がる。

「盾……?」

『相手もそれなりに本腰を入れざるを得ない――ってことさ。これで術式の使用はクリアした。あとは、どこまで本気にさせるか……だけど、ギィールちゃんの性格だと?』

「うん、追い込みはしないと思う」

『だろうね』

「……よくわからないんだけれど、サクヤはどうだい」

「性格の問題だろ。戦闘は知らないし、わからないことは多いが、この状況下で手を引けるのは、ギィールだけだ。挑戦される側に、もう止めようは通じねえ。落としどころもギィール任せだ。追い込みってのは、そういうことだろ」

「なるほど」

『サラサちゃん』

「四枚」

『残念』

 ギィールが真正面から踏み込んだ。応じるのは剣、それをわかっていたかのように回避した先にある、盾へと向かい、拳を叩きつける。

 衝撃を視点にして回転しながら膝、踏み込み、更に右の拳を突き立て、振り返る男の背中側にさらに移動しつつ、けれど追撃をせずに大きく距離を取った。

 破裂音は。

「――六枚かあ」

『七枚だよ、サラサちゃん。〝重ね〟て割ってる』

「さすがにそこまでは見えないってば」

『忘れるなよサラサちゃん。ギィールはそこまでちゃんと〝捉えて〟いるんだぜ』

「はあい」


 ギィールは。


 そこで、両手を上げた。


「――証明は充分かと」


 男はしばらく睨むようにして見ていたが、吐息を一つ落として、剣を腰に戻した。術式の気配も消えている。

「そうだな、こんくらいにしておこう」

「ええ」

「よし、全員戻ってくれ。すぐに騎士証を発行するからな。それとギィール」

「なんでしょう」

「壊してもいい闘技場があるから、確認しろよ」

「ははは、ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げて、控室で合流。全員揃って戻れば、すぐに受付から10等の騎士証が配布された。良い旅を、なんて言われながら外に出て、一息。

「ギィール、初めて見たけれど君は強かったんだな」

「いえ、自分は弱いですよ。自虐ではありませんが、その辺りはよく自覚しています。――とりあえず、街ですね。どうしますか?」

「ん? おう、んじゃ街道に沿って行こうぜ、手近な街で情報収集だ」

「おっけー」

「早く行こう。闘技場の図面引きたい」

「だったら、先に行くか。馬車もあるしな。ギィール?」

「宿は三部屋、取れるようならお願いします」

「諒解。そっちはのんびり来いよ、どっちにせよ様子は知りたいからな」

「はいよー」

 じゃあと、闘技場を後にして二手に別れる。特に口は挟まなかったが、フルールはギィールとサラサと一緒に歩く側になった。文句もない。

「こうやって、基本的には話し合いをして、別行動もする?」

「うん、そだね。最初の頃を思えば、随分楽になったよ。面倒もないし」

「ボクが置いて行かれるというのは覚悟していたし、納得できるよ。何しろわからないことだらけだ、順応できたらと思うさ」

「焦らなければ問題ありませんよ。ただ――サラサ殿」

「ん? どしたの?」

「鍛治師を探す、という目的について、自分も噛んでよろしいでしょうか」

「……あ。そゆこと?」

「ええまあ」

「珍しいじゃん。そういうの、私がよくやることだと思ってたけど」

「自覚があるなら直して下さい。そうじゃなければ、自分のように事前にちゃんと教えて下さい」

「めんどい!」

「……」

 空を見上げ、あーいい天気だなーと現実逃避をしそうになったギィールが、足元に視線を落として現実をがんばって視認したあと、顔を上げてから、やはりため息を足元に落とした。

「苦労しているんだね、ギィール」

「……」

「な、なんだいその恨めしそうな顔は」

「いえ、損害がフルールに六割ほど圧し掛かるよう手配するにはどうすればいいのか、今度サクヤさんと話しておきます」

「それは断固拒否する! ――が、しかし、どういうことだい? サラサが鍛治師を探している、というのは聞いたし、それが目的なんだろう? ボク自身が手伝えるほどの経験はないが、さて、どうやって探すのかを教えてもらおうかと、そう思っていたところだけれど」

「そう、目的はね、みんな違うわけ。多少は引っ張られるけど、街に入れば個人行動が多くなる」

「だろうね。しかし、それにギィールが同行するという話だろう?」

「違うよ。噛むだけ」

「……うん?」

「聞こえが悪くなることを承知で言えば――鍛治師を探す行動を〝理由〟にして、少し荒事を起こそうかと」

「トラブルでしょ」

「いやあ、そのあたりはキッチリやりますよ。サラサ殿のように途中で誰かに放り投げたりしません。お願いですから、次からはキッチリとフルールに放り投げてください」

「わかった」

「そこで頷いたら駄目なやつだろうサラサ! ボクに一体何を期待しているんだ!」

 面倒を詰め込むごみ箱のようなものだ――と思ったが、ギィールは微笑するだけで答えなかった。というか、本当にそんなものがあればいいのに。

「具体的にはどうするつもりなんだ?」

「いろいろと考えてはいますが、自分の目的は〝見定め〟ですね。大陸における騎士証のレベルを、拝見したいと思っています。自分の数字は気にしませんが、どの等級がどのくらいの腕前なのか、それを知っておきたい」

「そっかあ」

「サラサは騎士証を持っているんだから、ある程度は知っているんじゃないのかい?」

「いや、子供の頃の話だし、寄港した時にちょっと――さっきの闘技場とかで遊んでただけ。だから八等のままだし。でも父さんがS級だしさ、それにイザミさんもコウノさんも、知り合い――あ、そういやフルールは知らなかったっけ」

「うん今聞いてちょっと驚いた」

「親戚だよ。イザミさんが私のじーさんの姉さんだから。ちなみに、コノミさんが、私のおばさんで、二人の娘。聞いててわかんないっしょ」

「まあ親族であることは諒解したよ。私にとってはカイドウが名を連ねていたことに、驚いてはいるけれどね」

「そっかな。っていうか呼び捨てなんだ」

「ん? 私はカイドウとそう変わらない年齢だけど?」

「あ、竜族って長生きだっけクソババァ」

「なんだと⁉」

「ごめんつい本音が出た。竜族ってからかうと面白いってイメージがキリエちゃんで作られたからさあ」

「くっ、このっ――ギィール!」

「ですから自分に振られても困りますよ」

『……ギィールちゃん』

「あ、はい。どうしましたか、ケイジロウさん」

『3等騎士、どう見た?』

「どうでしょう。おそらく手にしていた剣は量産品ですが、今まで自分が見て来て、定義していた〝量産品〟よりも、質は三段くらい上です」

「どっち?」

「両方でしょう」

「……? 質の良し悪しだろうが……」

『察しが悪いねえ、フルールちゃん。精製される金属か、それとも鍛治師の腕かって話だよ。トカゲってのは頭の回転も遅いのかねえ』

「う、ぬ……ああすまない、続けてくれていいよ」

「いえ、ちょっと驚いていたんですよ。そうですね、こうやって言葉を交わし、通じるくらいには、一緒にいる時間も長かったものかと……これはフルールが嫉妬するのもわかります」

「おいギィール! ――事実だけれども!」

「あー、こういうとこ可愛いね、うん」

「やめてくれ、顔が赤くなりそうだ」

「話を戻しますが――まあ、あの方も本気ではなかったので」

「いいとこまで行ったと思うけど?」

「いえ」

 ギィールは首を横に振る。

「左手に小盾を装備していませんでしたから」

『やっぱり見抜くかい』

「武器破壊を専門にしてきましたからね、そのくらいは」

「あー、そこまでは見抜けなかった。ここ五年で結構見てきたんだけどなあ」

『――だが壊せる。そうだろう? 対術式用の〝浸透式〟グラブなんて代物だ、どうせサギシロの好意だろうけどなあ』

「ケイジロウさん、その話はまたいずれ」

『はは、今の台詞はギィールちゃんにしか聞こえちゃいねえよ』

「そうでしたか」

「よくわからないけど、ギィールがやったことをちゃんと〝理解〟してたよね、あのおっさん。三等くらいになると、当然なのかなあ」

「それを確かめるんですよ。ただ、サラサ殿の得物となると、やはり難しいでしょうね。代用品の確保はするつもりですか?」

「あ、うん、一応ね。あれば、だけど。っていうか、〝卯衣うい〟を折ったのギィールじゃん」

「だからわかるんですよ。内側はともかくとして、外側だけでも直すには、相当な腕が必要です。新しく創るのなら、多少の難易度は下がるのですが」

「なるほどな。直すとなれば、製作者の意図を読み、いわば〝復元〟に限りなく近い技術が必要になると、そういうことか」

「ええ。まずは手探りですが、時間はかかりそうですよ」

 そうかと、今のフルールには頷くしかない。

 何しろ、彼女にとって旅は、ここが最初なのだから。


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