07/01/09:00――ギィール・騎士証
一番目の大陸に降りてすぐ、港にある宿場を出ればそこに、検問が鎮座していた。その時に飛来したサクヤの印象は、物騒の一言に尽きるのだが、そこでサラサが思い出したように、ぽんと手を叩いた。
「あ、そか。騎士証持ってないもんね。私はあるけど」
「――は?」
「ああ、いいからいいから」
すぐわかると言って、サラサは検問に近づくと、腰につけているポーチからカードのようなものを見せて、こちらを振り返る。何度か言葉を交わしてから、ちょいちょいと手で招いた。
「こっから、ちょい私に従ってね」
その言葉に嫌そうな顔をしたのはギィールとサクヤだが、それ以外に道がないのも事実で、その事実が余計に嫌なのだが、ぞろぞろと検問を抜けるとすぐ右手にある建物へと入った。
飲食店に近い造りをしているが、どちらかといえば待合室なのだろう。受付に行ったサラサが何かを話しており、それからしばらくすると、腰に剣を提げた男がこちらへ来た。
「じゃ、よろしく」
「おう。よし、嬢ちゃんを除いて四人だな。そっちのテーブルに座ってくれ、一番目のルールを説明する」
「私も一応、聞くけどね」
「大きく変わっちゃいねえよ」
テーブルに腰を落ち着ければ、すぐに水が運ばれてきた。男は立ったまま、ごほんと咳ばらいを一つ。
「――ようこそ、
男は、胸のポケットからやや厚い、金属製のカードを取り出す。先ほどサラサが持っていたのと同じだ。
「これが騎士証と呼ばれるものだ。我が大陸では、武装の所持を認めるものでもある。故に旅人は、騎士証の獲得を義務付けられているわけだ」
「――質問がある」
「なんだい、嬢ちゃん」
「フルールだ。旅人であっても武器を所持しないのならば、獲得する必要はあるのかい?」
「面倒な手続きを想像しての質問だろうが、実際に一番目において、旅人以外でも、学校を卒業した成人の中で、騎士証を持たない人間は、ほぼいない。それこそ一割以下だ。これを見てくれ、俺の騎士証には三の数字が描かれている。これは等級を示すものだ」
ついでとばかりにサラサがカードを取り出すと、そこには八の数字があった。
「最低を十とする。つまりお前たちに取得してもらうのも、十の騎士証だ。これは最低限の武装許可であって、ほかにはなんの権限もない。簡単に言ってしまえば、旅人であるという証明に限りなく近いものだな」
「最高は一かい?」
「いや、そこからF、Eと続いてA、S、SSが最高ランクになる」
「ありがとう、参考になった」
「サクヤだ。その等級によって、何が違う?」
「わかりやすいものは、戦闘技能だ。あくまでも個人技能であって、だから等級を上げるには戦闘が避けられないものとして設定されている。というか戦闘面のみ、だな。つまり単純に言ってしまえば、個人の実力そのものが、認定証に書かれている数字、ないし文字だよ」
「そいつは差別の温床にならねえのか?」
「はは、等級が上の者は、下の者に対して、自ら手を出すことを禁じる――と、表向きはそうなっている。そして、絶対的なルールとして、個人の戦闘は各地に存在する〝闘技場〟でのみでしか、行われることがない」
「はあん、なるほど? つまり、その等級ってのは〝就職〟に役立つわけか。逆に言えば、等級が高かろうが、面接で落とされれば就職はできねえ。あくまでも〝目安の単位〟としての騎士証。違うか?」
「その通りだ。つまり、等級が上の者が下の者に対して手を出そうとした場合でも、もっと上の者がそれを監視するし――闘技場で行われる以上、俺のような職員もいれば、観客だっている。それを〝恥〟だと認められなくても、俺たちがそれを認めちまう。等級が上がれば、強くなればいろんな仕事に就けるし、食う金にも困らない。逆に言えば、俺のように三等騎士でも、いろんな仕事ができるってわけ」
「ギィールです。等級を上げるための〝試験〟はどのように?」
「同等、ないしそれ以上の騎士を観客にして、自分よりも等級の高い騎士との戦闘に勝てば、等級は上がる。といっても、一等くらいまでなら、ちょっと大きい街に行って闘技場に顔を出せば、だいたい可能だ。闘技場ってのは、そのために在るようなもんだからな。ただし、そっから先は厄介だ」
「条件は戦闘回数でしょうか。それとも、認可そのものに制約が?」
「前者だ。一等からF級に上がるためには、F以上の騎士三名との戦闘に勝利しなくてはならない。一ヶ月以内という時間制限付きだ。そこから上はもっと厳しくなるが、俺からは説明しなくてもいいだろう。挑戦する時に説明を受けてくれ」
「私からも質問」
「なんだ、嬢ちゃんはもう騎士証あるだろ」
「ちょっと耳にしたから、聞くんだけど、お兄さんはカイドウ・リエールとコノミ・タマモの等級知ってる?」
「――」
流暢に説明していた男は驚いたように黙り、それから短い髪をがりがりと手で搔いた。
「どこで聞いたのかは知らんが……S級騎士だ。各国王の認可もきちんと受けてる、旅人だ。こう言っちゃ悪いが、旅人でS級はその二人だけだし、SS級にも二人いる」
「名前、教えてくれる?」
「コウノ。それとイザミだ。この二人にはファミリーネームもないが……ほんの五年くらい前に、もう良い年齢だと思うような風貌で、同じSS級のやつらを吹っ飛ばしてたよ。こいつは笑い話だ」
ほかに質問はあるかと問うが、今のところはなかった。
「さて、じゃあ本題だ。今からお前たち五人は、俺と戦闘をしてもらう。この戦闘に勝ち負けはない。十等の騎士証は誰もが持てるものだからな。ただ、そういう制度を身近にしている大陸出身者と違って、旅人であるお前らには初見になるだろう。つまり、実際にそれが〝どういうもの〟なのかを、軽く経験して貰おうっていう事情だ。実際に戦闘ができなくても、戦闘ができる相手と対峙して、どうなるのかを体験できる」
「失礼、あくまでも対一戦闘なのですね?」
「そうだ。中には〝連続戦闘〟なんて意地悪もあるが、基本的にはな。そもそも大隊指揮ならともかくも、俺たちはコンビを組んでの戦闘なんてものに慣れちゃいない。二人がかりって〝利点〟を活用する前に、〝欠点〟が多く見えてしまう――ってわけだ。質問ないようなら、控室に移動するが?」
返事をする代わりにそれぞれが席を立ち、誘導に従って隣室である控室に入った。そこには、いわゆる武器のようなものが粗雑に扱われ、置いてある。
「もし使いたいものがあったら、手にしてくれて構わない。木剣も用意してあるし、俺はそれを使う。準備ができたら闘技場に入ってきてくれ」
ひらひらと男は手を振って中へ行ってしまう。サラサは壁に背を預け、腕を組みながら楽しそうにしていた。
「つーか……先に言っといてくれよ、おい」
「説明が二度手間になるじゃん」
「単に忘れていただけですね、これは」
「うううっさい! わ、忘れてたと違うからね!」
「ふん、まあいい。俺が先に行くぜ。この中で戦闘と縁がないのは、俺だけだ。どうせすぐ終わる」
「だったらボクが二番手を貰おうか。多少の術式は使えるけれど、戦闘なんてしたこともないからね」
「でしたら――自分が最後ですね」
「ん」
適当な木剣を片手に、サクヤは頭を搔く。
「隠すような何かはねえし、適当にやるか」
というかそれ以外には何もできんだろうと、そう思いながら控室を出ると、すぐに闘技場内部だった。道が作られており、左右は観客席。振り返ればぞろぞろと仲間たちも出て来て、本来の出入り口の手前で停止した。サクヤだけが、中央付近で待っている男のところへ。
「お、早いな」
「悩むことは何もねえよ――つっても、そこそこ観客はいるんだな?」
「はは、港傍は、見定めに来る連中もいるからな。素質がありゃ、引き抜きなんかも考える。簡単に言えば、弟子と師匠の関係だな」
「へえ……っと、先に言っておくが、俺は料理人で戦闘はからっきしだ。よろしくな」
「おう。んじゃ、始めるか」
一度手元に視線を落としたサクヤは、短剣を右手で握る。顔を上げれば、男が右手にロングソードを握り、半身。切っ先をサクヤに向けている。どちらも木剣ではあるが、叩かれれば痛い。
そして、外から始めの声が放たれた。
どうしていいのかわからなかったが、しばらくすると男の方から踏み込んできた。それがどうなのか、サクヤはさっぱりわからないが、少なくとも〝遅い〟というのは感じ取れた。
回避行動を自然に行いながらも、ああそうか、こっちが素人だから加減してくれているんだなと、現実を捉える。
サクヤにとっての比較対象は、常にギィールだ。妖魔に襲われたことも、人に襲われたこともあるが、サクヤは基本的に逃げの一手である。もちろん、逃げる方法はいくつも教わったし、その中には時間稼ぎをするものもあり、情けない話だが、時間さえ稼いでしまえば、ハクナでも大抵の状況なら対応できる。
だから、ギィールの鍛錬には付き合っていた。体力そのものは料理人だとて必要だったし、逃げることもままならないのでは、ただの足手まといになる。そのことをギィールも承知していたので、引き受けてくれたのだ。といっても、回避手段を躰で覚えただけで、最初の頃は何度、もう止めようと思ったのかわからないほど殴られた。加減されていたので死ぬことはなかったが――実戦で死ぬよりは、マシだ。
しかし、ここで困ったことになる。
サクヤは、そもそも、攻撃の仕方を知らないのだ。
視線は一点で捉えず、可能な限り面で全体を見ながら、相手の一挙手一投足を認識したら、そこから作られる〝流れ〟を意識する。怖いのは攻撃そのものではなく、避けられないよう誘導されること。
なのだが。
――相手の攻撃に合わせる、だったか?
そんなことを聞いた覚えがあったので、とりあえず振り下ろされるロングソードを回避しながら、木のナイフでロングソードを弾いてみよう、なんて動かしてみたのだが。
「うおっ!」
タイミングが遅く、いや早かったのか、相手の腕に当たってしまい――しかし、手からナイフがすっぽ抜けて飛んで行ってしまった。
その瞬間にはもう、木剣が喉元に向けられて停止していた。
「――終わりでいいか?」
「お、おう」
「なかなか良い回避をするじゃないか、躰が温まった」
「こっちこそ、良い経験をしたよ」
ふう、と吐息をすれば、落ちていたナイフを差し出されたので、サクヤはそれを受け取ってから、仲間たちのところへ戻った。入れ替わるようにしてフルールが出る。
「なあギィール」
「はい?」
「ちゃんと握ってたつもりなんだけど、なんでああなったんだ?」
「そうですね……刺すことはともかくとして、斬るというのは案外難しいんです。ちゃんと斬れる範囲というのが決まっていて、それは思ったよりも狭いんですね。サクヤさんの場合は、そのタイミングがズレたことと、逆に強く握り過ぎていたことが原因でしょう」
「強く握り過ぎてた?」
「強い、ということは、一点に力がかかりやすいんです。それはタイミングのズレが、小さくても大きく変わってしまう。包丁を使って肉を捌く時だとて、握力それ自体が、常に一定で、しかも強いわけではないでしょう?」
「ん、ああ、そういうことか。なんとなくわかった。へえ、それでああいう感じになるわけか……相手へのダメージも、じゃあ少ないのか?」
「こう言っては何ですが、たぶん打撲にもなっていませんよ」
「そっか」
そんなもんかあ、なんて言っているうちに、フルールの試合も終わった。どうやら術式を使わなかったらしいし、種族の特性である体術も見せなかったようだ。それは続くハクナも同様で、機械関連の補助を一切使わず、軽く躰を動かすだけで済ませた。
そして最後、ギィールの出番である。
「――さて、どうしましょうか」
「……ん? 今、私に言ったの?」
「コウノさんやイザミさんの話を聞いたら、挑まずにはいられませんよ。それを狙ったのでは?」
「え? いや、私はただの自慢。うちの父さんとか、すごいんだぞーって」
「はあ、そうですか」
本当に変わらないなあと、ギィールは闘技場の中央に向かい、軽く手を挙げた。
「少し時間をいただけますか」
「ん?」
「話がしたいんです」
「ああ……ま、あんまり長くなきゃいいけどな。観客が飽きて出て行っちまうと、申し訳ない」
「諒解です。と、その前に、あなたから質問はありますか?」
「深入りするつもりはねえぞ?」
「はは、わかっています。自分も答えられる範囲だけ、ですから」
「そか。んー、これから旅を始めるのか、お前ら」
「いえ、新しく一人を迎えましたが、自分たちが旅をしてもう五年になります。こちらへ来たのは初めてですが」
「――五年?」
「はい。ですから、トラブルも多く経験しています。大陸も渡っていますからね」
「……、戦闘専門はお前と、あっちの嬢ちゃんだけか?」
「まあ、そうなるんでしょうか。最初の一人、サクヤさんは見ての通りですが、続いた二人は手の内を隠していますし、自分もどうしようかなと、考えているところです」
「そいつは、俺にとって何の問題もないことだが……見たところ、お前らはまだ若い。油断をするつもりはないが、それほどできるとは思えねえ。あっちの嬢ちゃんもな」
「でしょうね。自分たちの旅は――可能な限りトラブルを、失礼」
咳払いを一つ。ちらりと、肩越しにサラサを見てから、改めて。
「可能な限り〝戦闘〟を避けるように、旅をしてきました」
トラブルを持ち込む人がいたので、言い換えたのだ。
「面倒は起こさない方が良いですからね。しかし、それは対処できない――という理由ではありません。今まで、自分たちの〝目的〟とは違った結果です」
「言いたいことはわかる。極端な話、次の町を目指すのに、金があるなら馬車に乗ればいいってことだろ」
「はい。歩けば野営をする必要もありますし、夜になれば妖魔が出てくることもある。夜盗の類の遭遇率も上がりますしね。ですから、この大陸の制度を聞いて、ふと思ったことがあります」
「なんだ」
「簡単ですよ。つまり、――自分はどこまで通用するのか、と」
直接、船の上でカイドウやシュリに対して、挑むことはできない。経験が違うし、慣れそのものも差異がある。けれど、この場でギィールがS級になることができたら?
それは、挑むための証明を持つようなものだ。
「気持ちはわかるが……それが、どうした?」
「会話は疲労抜き、あなたの回復を待つためでもありましたが、もう一つ、頼みがあるんです」
「それは?」
「――腰の剣を抜いてくれませんか」
「……」
「規則が?」
「いや、それはない。基本的に闘技場内での殺しは禁じられているし、腕の良い医者もいる。逆に言えば、命をかけたやり取りになるような〝相手〟だった場合、それがぎりぎりの均衡であった場合、この状況なら俺は手を引く」
「なるほど、自制に任せる形ですね」
「そりゃお前らみたいな旅人相手なんだ、当然だろ。俺が進級を狙っているのなら別だが」
「でしたら、自分の頼みも引き受けられるのでは? そこまで言えるあなたなら、腰の剣であっても、寸止めくらい楽にできるでしょう」
「何故だ?」
「経験です。自分は鍛錬以外で、およそこのような状況での対一戦闘の経験がありません」
「……、いいだろう。それだけ腕に自信があるんだな?」
「自分より強い人を、たくさん知っています。ですから、自信と言われてもあまり……ただ、いつか戯れに、挑んでみたいと、そう思っています」
「そうか」
頷き、男は手にしていた木剣を闘技場の隅に放り投げ、腰に提げた剣を抜く。長さは同じだが、輝きも重みも、木剣のそれとは違う。
「だが、加減はするぞ?」
「それは自分を見て、あなたが判断してくださって構いません。自分は明確に――どこまで、できるのかなど、把握しておりませんので」
にっこりと笑ったギィールが、やや距離を取って頷く。片手でロングソードを構えた男は、それを見てから、合図を――。
「――始め!」
構えもせず、ギィールは更に地面を蹴るようにして離れると、両手をぱん、と打ち合わせた。
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