07/05/06:30――ギィール・トラブル発生機
今回はいろいろと考えがあったため、ギィールは一人部屋を取っている。ちなみにほかの仲間たちとは、宿も別だ――が、一応場所だけは教えてあったので、まだ早朝という時間帯であっても、連絡はつく。
ギィールの場合は朝の鍛錬を欠かさないし、サクヤは朝市場を見回るのが日課だ。一緒の部屋ならハクナもそれに気付いて起きるし、あるいは夜更かしをしてまだ寝ていない状況の時もある。
その日、サラサと相部屋であったフルールは、彼女が帰って来ないことに気付き、起きていたらしいのだが、その時点ではどうとも思わなかったが、しかし、朝になって連絡がきて、慌ててギィールにも話をしに来たのだ。
まあ、なんというか。
サラサが詰所に連行されたのである。
「またですか!」
と、ギィールは奇しくも――いや、当然のように、サクヤと同じ反応をした。すぐに連絡をくれた騎士と一緒に詰所へ行けば、狭い個室の中で、サラサが、ここにいるよー、なんて感じで手を振っている。
ため息は、誰のものだったか。
「あー、すまんな、お前たちが仲間か。一応、第一発見者だったから、一通り話を聞いている。いわゆる容疑者扱いってことだ」
「ああ、いい、いい……殺しか?」
「そうだ。深夜に屍体があると、通報を受けて、その時に彼女――サラサが、傍にいた。ただそれだけで、犯人だとは思ってない。夜間に話を聞いても良かったんだが、人手も少なくてな」
「すまん」
「――は?」
サクヤが謝罪する意味はわからないだろうが、まあ、そんなものだ。
「そっちの仕事に口は挟まないが、一時間は拘束しておいてくれ」
「あ? ああ……そりゃ、いいが……」
「ハク、サラサを見張ってろ。一時間だ」
「フルール、話し相手になってあげて下さい、――ハクナさんの。サラサ殿は放置で」
「ちょっ、酷い! 私被害者! おいこら、こっち向け薄情者ども!」
「うるさいです」
「うるせえ」
「うぬっ……!」
二人は場所を聞いてから、すぐに外へ出た。もちろん現場へ向かうためだ。
「あーもう、予想できてたことが嫌んなるぜ」
「はは、同感です。だから迅速に、手早く、事態を収めましょう。ええ……無駄に時間をかければかけただけ、後始末が面倒になります」
「その後始末をてめえでやらないからな、あいつ」
「困ったものです」
やや早足になって目的地に到着すれば、幾人かの騎士が動いているのが見えた。もちろん騎士証なんてのは誰もが持っているだろうけれど、動き方でわかる。
「――あれ」
「お」
二人に気付いて、片手を挙げたのは、アルノだった。
「よう」
「おはようございます、アルノさん」
「おはよう。どうしたんだ?」
「現場を見に来たんだよ、殺しだろ」
「……うん、丁度良い。アルノさん、少し手伝っていただけませんか」
「ん? ん? 僕にはよく流れがわからないんだが」
「簡単に言ってしまえば、これから犯人を捕まえるんです。すぐ済みますから、アルノさんには騎士として手を貸していただければ、と」
「それは構わないが……すぐ?」
「ええまあ――と、こんな広い道で夜間殺害ともなれば、見た限りでも錬度が低いのはわかりますからね。手慣れてもいませんし、おそらくは状況に流されて、あるいは感情に任せての犯行でしょう」
「そうだな、僕もそう思っている。やり方が杜撰だし、誰かに指示された様子も見えなかった。屍体の確認をした限り、怨恨の線が強いと思う」
「やはりそうですか」
「……さすがだね。状況だけ見て、よくわかるな」
「推察ですよ。――サクヤさん」
「捉えたか?」
「ええ」
「おいアルノ、視線は絶対に向けるなよ。とりあえず現場見て、そのまま聞け」
「あ、ああ」
「十六時の方向、路地にいる間抜け」
ぎくり、と身を強張らせたアルノの頭を、サクヤが横から軽く叩く。
「反応すんなっての。んで?」
「自分も同感です」
「よし。アルノ、頼みだ」
「なんだ……?」
「十秒後、今俺が言った方向を見て、人物を確認したら足を向けてくれ。いいか?」
「何をするつもりだ?」
「お前に責任が発生するようなことはねえよ」
「そういうことじゃないんだけど……まあいいか。わかったよ」
「じゃ、今からな」
自然な動作でギィールとサクヤは二手に別れる。きっちり十秒後にアルノが振り向けば、対象はびっくりしたように身を竦ませ、すぐに背中を見せて逃げようとするが、足をもつれさせて転んでしまう。起き上がろうともがくが、どうしても、立てない。
ギィールが〝捉えて〟いるから、当然だ。足を動かそうにも、空をただ滑るだけで、立ち上がることもままならず、逃げようとした先からサクヤが現れる。
「よお――どうした? 立てるか?」
浮かんだのは警戒、けれど不思議そうな顔をしているサクヤを見て、背後を見て、そこにはアルノがいない。横からきたギィールが、脇にどけたから視界に入らないだけで。
「あ、ああ……」
そこに、安堵が生まれて。
「――血の匂い、消えてないぜ、犯罪者」
それを上塗りするかのような驚きが発生した。
「アマチュアかよ……ギィール、ああいや、アルノの方が適任か。確保だ、詰所に連行」
「え、え⁉」
「黙ってろクソ野郎。人間の血なんてのはな、洗ったって簡単に匂いが落ちねえんだよ」
「抵抗するのなら、腕の一本でも折って行きましょうか」
強引に立ち上がらせたギィールが、アルノに身柄を渡し、すたすたと歩きだすので、慌ててアルノもそれに従う。
「なあ、おい、サクヤ。僕はついて行けないんだが……」
「誤認ってことはねえよ、調べりゃすぐわかる。アマチュアとプロ、両方の可能性を疑って探ってはいたが、簡単な方で助かった」
「簡単……?」
「プロならとっくに痕跡を消して逃げてる。それを封鎖するのが俺らの仕事だ――いや仕事じゃねえけど、まあ、犯人の確保って意味でな。その見極めに現場を見たら、こりゃ素人の手管だ。こうやって現場にのこのこと姿を見せる。最高でも一時間以内にゃ来ると当たりをつけてたんだよ」
あとは尋問すりゃわかると、サクヤは苦笑しながら詰所の扉を開いた。
「待たせた。犯人は確保したぜ、尋問の準備だ。念のため、俺も付き合う。――サラサはまだ出てくんな」
「えー」
「……アルノ?」
「やあ、イーウェン。確保に協力したんだ、よろしく頼む」
「諒解だ」
「失礼、これから彼の住居で証拠品を確保したいのですが、そちらから人員は避けますか? 念のため、自分も同行しますので」
「ん、ポッツォ、頼む」
「だったら僕も行こう。ギィール、構わないか?」
「ええ」
その方が楽だと思い、サクヤには一瞥だけ投げて再び外に出る。
「場所はわかってるのか?」
「いえ、さすがに聞いていませんので。しかし、ポッツォさんならわかるのでは?」
「まーな。ここらは俺の庭だ、野郎のツラも知ってる。こっちだ」
「お願いします」
「……一ついいか、ギィール」
「なんでしょう、アルノさん」
「犯人は確保したんだ、あとのことはこっち――ポッツォやイーウェンに任せればいいだろう?」
「あはは」
然り、然り、それは間違いではない。
「ポッツォさんも気を悪くされないで欲しいのですが」
「なんだ?」
「実は、
移動時間の暇潰しのつもりで、ギィールは言う。
「事情は多少違いますが、まあサラサ殿が捕まりまして、仕方ないので自分たちが犯人を捜索したんです。あの頃はまだ未熟で、プロの犯行ということもあったので時間がかかったのですが、ともかく犯人は確保、詰所に突き出しました。しかし――証拠がない、とのことで、尋問や家宅捜査の時間を寄越せというので、仕方なく待っていたのですが」
そこで、問題が発生した。
「なんというか、まあ、証拠品を握りつぶされまして。それに気づいた時には遅く、なんでも〝会議〟という裁判が行われる場所に、サラサ殿は輸送されていました。あれからですね、なんというか〝念のため〟の重要性を理解したのは」
「なるほどなあ。ンなことがありゃ、こっち任せにもできねえか。旅人はよそ者だって意味が、お前さんにとっちゃ逆の意味で捉えられるってか」
「そんなところです」
そう移動せずに家宅に到着。中に入ってから、ギィールは風呂場の確認を指示しておいた。
「血のついた衣類は、処分が難しいでしょう。何しろ闘技場での戦闘は観客がいて、それなりに記憶に残るものです。そして、闘技場以外での〝乱闘〟ができるような人物では、まあ、自分が見た限りでは、ありませんでしたし、そして血なんてものは簡単に落ちない」
「――道理だな、見つけた。凶器は……もうちょい探すか」
「頼んだ、ポッツォ。それでギィール、さっきの話の続きは?」
「続き?」
「輸送されてから、だよ。その様子じゃ、尾行もできなかったんだろ?」
「ああ、そうですね」
まあいいかと、ギィールは一つ頷く。
「はめられたことに気付いた自分たちですが、サラサ殿の性格を知っていた自分とサクヤさんは頭を抱えましたよ。何をしなくたって〝居場所〟はすぐにわかると踏んで、とりあえず一連の流れから、裏で何が行われているのかを調査しました。どうやら人身売買だったようで、いわゆる国の高官などの息がかかっていたようです。国家であれ、官僚は個人ですからね、まあどの国でもよくあることなのですが」
「よくあるのか、それ」
「表沙汰にはなりませんが、大きい金が動く場には、必ずおこぼれを貰おうとする人がいるものですよ。サラサ殿が輸送されて三日後、同じ国に所属する近隣の街が一つ、潰れました」
「――は?」
「いわゆる執政官、富豪などの街を取り仕切る連中の一部が殺されたんです。街としての機能がそれだけで瓦解するのは当然で、まあ誰の耳にも入りますよ。これでサラサ殿の居場所はわかりました」
「……あの人がやったのか」
「困った話です。殺した人物が持っていた〝ルート〟を使って、三つ目の街を壊したあたりで、ようやく自分たちも合流できましてね。無理に販売された人たちを三十人ほど集めて、サラサ殿は〝次、どうする?〟なんて具合でしたので、まあ頭が痛くなりました。やったことは、どちらかといえば正しいのでしょうけれど、後始末をまったく考えていませんからね、あの人は。人身売買されてしまった人たちを、助けた後にどうするかも、こっち任せです」
「作業しながら聞いてるけどなー、それ不味いだろ、状況的に」
「ええ、その時点で国が敵に回りました。上の命令を聞くしかない軍隊も派遣されて、衝突もしましたよ」
「やっぱりか……」
「どうしたんだそれ」
「自分たちは旅人なので、逃げればそれで終わりですが、サラサ殿も自分たちも、その判断はしませんでしたね。その時点でどういう手法で何をやっていたのかはわかっていたので、仲間の二人が近隣諸国にその情報をばらまきました。いくらか絡んでいたとしても、その時点で〝手を引き〟ますからね。対岸の火事とはいきませんし」
「ギィールは?」
「自分は軍隊の相手です。サラサ殿には、そのまま続けてもらいました。というのも、まあ、サラサ殿が軍を相手にすると、思い余って殺しそうだったので、自分が役割を担いました。結果としては近隣諸国が縁を切って、素知らぬ顔で〝鎮圧〟に乗り出たのを見届けて、終了という感じでしょうか」
「という感じって……お前さん、なあおい、相手人数どんだけだよ、その軍ってのは」
「総勢ですか? そうですね、自分が相手にしたのはせいぜい、二個師団くらいなものでしょうか」
「それ、どういう数だ?」
「うーん、自分もそれほど詳しくはありませんが、二千人規模の部隊が十編成、といったところですか。自分が現実的に接敵した部隊は、多くて二百から五百くらいなものでしたが」
「つーことは、総勢二万……――二万⁉ あ、おう、凶器発見した」
「それはどうも」
「いくらなんでも、その数は……」
「あはは、さすがに囲まれるとまずいですからね、各個撃破は基本です。ただあの時は、自分の存在をアピールしないといけませんでしたので、苦労しました。――と、いうことで」
ぱんと、軽く両手を合わせて、ギィールは笑う。
「今回のような件は、ともかく迅速に処理しないと、大変なんです。当人は被害者だと言っていますし、それは事実なのですが、長引くと比例するよう被害が大きくなる事例がですね、ええまあ、何度かありまして……」
「旅人ってのは大変だなあ、おい。これから見る目が変わっちまいそうだよ、なあアルノ」
「――はは」
苦笑して、アルノは頭を搔く。
「僕はもう、見る目が変わっているよ」
彼らが特殊なのかもしれないが、それ以上のものも感じていて。
ともかく敵わないと、そう思えてしまうのである。
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