06/23/10:30――サラサ・自分の部屋

 改めて考えてみたが、そうして考えればサラサは昔から、自分の部屋、というのを持ったことがなかった。

 簡単に言ってしまえば、必要がなかったのだけれど、そもそも自宅が船であったため、部屋の数も限られる。両親も、個人の部屋なんて持っていなかったし、共同で使うことに関しても、特に疑問も抱かずに、そんなものかと思っていた。

 それがここにきて、実は知り合いたちの〝城〟の中に、自分の領域である部屋があった事実に直面し、どう感じたのかというと。


「――案外、面倒」


 それに尽きる。


 ぐるりと見渡しても、まず外壁がない。風景そのものは海底を模しているらしく、地面もあるしごろごろと岩も転がっているが、それが邪魔というわけでもなく、暗いのも海の中なら当然だと思いながらも、しかし、不便ではあるなと思いながら、頭の中のイメージを現実に侵食させるようにして、周囲を明るくした。

 さあって、どうしたもんかなーと、岩に座ってのんびりしていると、来客の気配があったので、やや背後に顔を向けると、そこにはギィールとサクヤが立っていた。

「ん? おう、やっぱこれか」

「サラサ殿が呼んだようですが……」

「やっほー。私元気。そっち元気?」

「なんだその適当な言い方は……どうにか、動けるようにはなったみたいだな」

 お疲れさんと、サクヤは苦笑を一つ落とした。

「へえ、そいつが呪力ってやつか」

「あ、わかる?」

「雰囲気が少し違いますね。やや威圧が強い、とでも言いましょうか。悪いことではなさそうですけど、安定はしているのですか?」

「そっちはもうちょい。だから、合流もそれから、かな。んでさ、いろいろ相談しようと思って呼んだの。そっちなにしてんの?」

「自分は、移動中です。フルールが旅に同行したいとのことで、連れて来ていますが」

「――ああ、あの姉ちゃんか。いいんじゃねえか? 人が増えると、作れる料理も増えるんだよ、割りとマジで。その前に、ハクはなんで呼ばなかったんだ?」

「ん? ギィールはともかく、サクヤが帰る時に、ハクナっていう目印があった方がいいと思って」

「なるほどな。こっちは三番目で、今日あたり、俺の古巣……っつーか、俺やハクが昔住んでた街に到着するってとこだな。しばらく船着き場で休んでたから」

「そっか」

「ちょうど良い、次どうするって話も上がっててな。こっちは特にないから、まあ悩んでたわけだが、そっちは?」

「うーん……個人的にはね、ほら、小太刀折っちゃったでしょ。だから直したい」

「やはりそうですか」

「そうだけど、なに?」

「そんな話を先ほど、していたんですよ。自分としては、そのまま三番目を歩こうと思っていたのですが、どうもフルールはまだ古巣に近づくのを敬遠しているようでして」

「あー、そういやなんか、竜と狼の血混じりとか、俺も聞いたな……純血じゃねえからか? ま、理由についてはともかくも、確かに気まずいってところはあるかもな」

「ですから、一番目はどうでしょう。シュリさんが言うのは、鍛治師を求めるのならば一番目が良いと言っていたので……その理由について、サラサ殿に心当たりは?」

「あー、うん、あるよ。五番目と似たような感じで、制度は違うけど、戦闘が身近なの。ただ違うところもあって、一番目はなんていうか、個人技に主点を置いているというか――量産品の壊れてもいい武器じゃなくて、どっちかっていうと得物を求める人が多いから」

「へえ、そりゃシュリやギィールの得意分野じゃねえか。ハクはどうか知らんが、俺としちゃそういう場での食事ってのは調べておきたいな」

「ってことで、私は賛成」

「俺も賛成。ハクに聞いとく」

「よろしくお願いします」

「私もちゃんと呪力を扱えないといけないしね。ほんでさ、相談があるんだけど」

「……おい、おいギィール」

 肘で軽く突かれたので、わかっているとギィールは頷きを返す。そして。

「失礼、サラサ殿。それはどんなトラブルですか。まずは先に現状を、それからたどり着いた流れを――」

「あんたら……」

「いや睨まれてもな、今までのことを思い返せよ」

「今までのことは知らない。でも今回のはトラブルじゃない!」


「なん……だと……⁉」


「驚くのはまだ早いですよ、サクヤさん。もう少し慎重に、そう、まずは話を聞かなくては全容が掴めません」

「失礼な男どもめ……あのさ、ここ私の部屋らしいんだけど、内装どうしようって」


 言えば、くるりと男二人はサラサに背を向けた。


「……どう見ますか」

「俺らに甘いとこ見せておいての、ズドンかもしれねえよ。内装ってなんだよ」

「トラブルじゃないのを前提にしたとしてもですよ、厄介な問題かもしれません。本人に解決する気があるのかどうかも怪しいです。内装はよくわかりません」

「だよな。とはいってもここはサラサの領域だろ、どうしようもねえか? あと内装に拘ってんのかあいつ」

「一蓮托生が嫌な言葉になりつつありますね。しかし内装ってなんでしょうね」

「腹括るか。あとで美味いモン作ってやるよ、ギィール。内装わからんな」

「はは、諒解です。少量ですが酒も買いましょう。というか内装って……」


「おい、聞こえてるんだけど、このクソ野郎ども」


 咳払いを一つ。いや、二人でやったので二つか。


「さて、話を聞きましょう。内装というのは?」

「こんにゃろ……」

「どうしたサラサ、落ち着け。あと俺らの反応は自然だ。この五年間で培われた危機察知能力がいかんなく発揮されてる。んで?」

「いいけどさ。いや、ちょっと明るくはしてみたんだけど、この場所、どんな形にしようかなって」

「……? サラサ殿が過ごしやすいよう、変えれば良いのでは?」

「そーなんだけどさ。もしかしたら、ここ、拠点にできるかも」

「は? どういうことだ、そりゃ」

「今は、二人を私が呼んだんだけど、そっちからこっちに来ることも可能かな? と、そんなことを考えてた。あんたらが相談してる最中に気付いたんだけどね」

「そりゃ俺らの相談も良かったってことだ」

「なるほど、拠点ですか。確かに行動の幅は広がりますね。街単位ではなく、別行動をしていても、ある程度ならば合流も経由もできるようになります」

「できるかどうかは、もうちょい考えるけどね。だから内装、どうしよ。私さあ、自分の部屋って持ったことなくて、よくわかんない」

「自分の部屋はサギシロさんの部屋でしたが」

「俺の部屋って誰もいない家そのものっつーか、料理するか寝る以外に使ったことねえ」

「この野郎ども役に立たない!」

「はははは、――お前もな小娘!」

「なんだとぅ!」

「はいはい、まあ落ち着きましょう」

 元気があって大変よろし……うん、年齢はギィールが一番下だ、今思ったことはとりあえず忘れよう。

「自分には見える範囲しかわかりませんが、サラサ殿はどのくらい広いのか、わかりますか?」

「かなり広い」

「……うん。それでしたら、まずは区切りを設けてはどうでしょう。たとえば、床です」

「床?」

 揃って、三人は足元を見るが、そこはでこぼこした地面である。

「たとえばここを白色の平面にしたら、歩きやすいですし、部屋という印象も強くなりますよね。テーブルと椅子を配置すれば、食堂のようにできるかもしれませんし、食材が持ち込めるようなら、調理場を作るのも面白いかもしれません。そういった〝区画〟のようなものを、色を変えるようにして区切れば、そこから先も想像できるのでは?」

「おー、そっかあ」

 すぐに、足元が白色の板に変化する。それから、壁のようなものが出てきたり、消えたりと、サラサが錯誤を始めた。

「お前、よくさらっと、そういう考えが出るなあ」

「ああいえ、ハクナさんの真似ですよ」

「ふうん? だったら、ハクナを呼べばよかったじゃないか」

「それはどうでしょう。できるとは思いますが、ハクナさんが普段やっていることは逆なんです」

「逆? ……あ、そうか。既にできているものを分析して、どうできたのかを探るのがハクがいつもしてることか。で、今回はどうやればできるのかっつーのを模索してたわけだから、逆なんだな」

「ええ。ですから、ある程度作っておけば、ハクナさんの指摘も理解が早いのではないかと思いまして」

「なるほどな」

「ちょっと馬鹿、じゃなかった、サクヤー、意見ないー?」

「あー? できるかどうか知らんけど、明るさは外と同期させると、時間がわかっていいんじゃねえか?」

「えー、寝る時に明るいとヤなんだけど」

「寝所だけ別にして、屋根つきにすりゃいいだろ」

「あ、そっか」

「……ギィール、質問が一つ」

「はい? なんでしょうか」

「もういいから一人旅にしよう――可能か?」

「可能でしょう。ただし、今までの精度では、できませんが」

「やっぱそうなるか。つーかお前も考えたな?」

「はは、考えていますよ、もちろんです。一人旅がしたいわけではないのですが、普段は気にしない〝距離感〟を、ふとした時に考えてしまいます」

「それなりに〝近い〟からなあ、俺ら。この五年で馴染んだし。それがいわゆる、役目ってやつだ。飯は俺が作る、お前は戦闘する。ハクは突飛な発想で気付かせてくれるし――」

「……ええまあ、はい、そうですね」

 サラサはトラブル担当だ。

「旅に出る時、バランスが良いって言ってたのは、コノミさんだっけな。まあそれを実感してる。だからこそ、だ」

 ギィールもそこの気持ちはわかる。今が嫌なのではないし、むしろ好ましいと思えているけれど、それは、ふいに飛来するのだ。


 ――いつまで?


 この旅は、続けられるのだろうかと。


「ま、あと十年くらいはいけるだろって、楽観してるけどな」

「いちいち悲観する必要はないでしょう。いずれにせよ、この五年でいろいろありましたが、自分だとて着地点は見えていません」

「わざわざ探すもんでもねえだろ」

「おーい、そっちのー、エロ話終わったんなら、ちょっとー」

「してねえよ。なんだ?」

「出入り口を作ろうと、思う。どうだろ」

 一度足元に目を落とし、床があるのを確認してから、サクヤは歩いて近づいて行く。まだ仕切りがないため、白色の床が視界一杯に広がっているだけで、日除けのための屋根がぽつんと建っているだけだ。その下には、ハンモックのようなものが揺れている。

「そいつはいいけど、感覚がおかしくなりそうだ。床の面積を区切れよ、サラサ。外側と内側を作ってくれ」

「あー、っと、うん、こんなん?」

 すぐに、一定区画を残した外側の床が消滅し、元の岩肌のような地面に戻る。動いていないギィールは、その地面に足をつけており、ふむと一つ頷いて床に乗った。

「五十坪くらいですね。しかし、出入り口とは?」

「うん。えっと、ここって私の認識そのものが反映されるんだよね。つまり私の領域ってことなんだけど――だとすれば、出入り口っていう認識、つまり玄関を作っておいて、そこに鍵を作れば、行き来ができるんじゃないかなーと思って」

「なるほど、魔術的な思考をするわけですね」

「玄関があって、鍵があり、扉がそこにあるのならば、鍵を使う、扉を開く、足を踏み入れるって行為そのものが必然になる。そこに付随する〝来訪〟と〝帰宅〟を意識させるってか……」

「え、何言ってんのか全然わからない」

「こいつは――!!」

「まあまあ」

 頭を抱えて蹲りたくなる気持ちもわかるが。

「――諦めましょう」

「なんだと⁉ ギィール! それはなんかいけない気がするんだけど!」

「矛先をギィールに向けるな、自分に向けろ。ったく……それで? 俺はここしか知らないが、ほかのところもそうなのか?」

「うーん、ちょっと違うかな。ゆっきーんとこは、板張りの道場? なんだけど、来客があって許可すると、ふすまだっけ、あれ。扉がふわっと出現して、そっから入ってくるわけ。出る時は知らないけど」

「だったら、いいんじゃねえか? 俺の個人的見解にはなるが、物は試しって言葉もある。――ただし」

「ただし?」

「試すのは、お前が本調子になってからだ」

 言えば、腕を組んだサラサが、不満そうに口を尖らすが、けれど。

「……わかった」

「ん、それでいい。飯はお前がやってた〝奉納〟を真似してみるから、情報くれ。さすがに〝人間〟のお前は、腹が減るだろ」

「あーうん、それは間違いない」

「よし。じゃあギィール、こっちの用事が終わったら最寄りの港に行くから、そっちで合流な。そこから一番目に向かおう――っと、ハクには俺から言っておく。サラサもできれば、そんくらいにこっち来れるよう、快復させろよ」

「うあーい」

「諒解です。じゃあ帰りますが、サラサ殿?」

「あ、ちょい待って。玄関と鍵作るから」

「……ま、出るだけなら、問題ねえか」

「うん、来るのは難しいかもだけどね。一応、行き場所――か、場所にいる誰かをイメージして、扉を開いて、一歩を踏み出せばいいから。失敗しても、この場所から移動しないだけ」

「わかりました」

 やや豪華な木の扉が隅に出現したので、ギィールは金属の鍵を受け取り、そちらへ向かう。

 ――が、鍵を差し込む前に、思い出して。

「サラサ殿!」

「ん?」

「ありがとうございます」

「――へ? え、なに、なんのこと?」

 返事をせず、ギィールはそのまま扉を開いた。

 感謝だ、当然だろう。

 だってあの場にサラサがいなかったら、彼らは全員、死んでいただろうから。


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