08/15/15:00――シュリ・耐えきれない言葉

 はふ、と吐息を落とせば疲労の具合もわかるというものだ。なるほど疲れてはいるが、困憊というほどではなく、すぐに復帰はできるだろうけれど、センセイとまたやるのは嫌だなあと、私、シュリ・エレア・フォウジィールは思いながら、熱いお茶を飲んだ。カイドウとオボロが庭に出ると、空いた椅子――というか、カイドウのいた椅子にセンセイが座る。なんかこう釈然としないが、自然な流れだ。

「いろいろと試行錯誤してんのはわかったけどなァ」

 そして反省会に移行するのも、流れだ。

「とりあえず、昔ッからそうだけど、呪術を使った時に〝硬く〟なるのはどうにかしろ」

「えー、改善したつもりなんだけど……」

「どこがだ。それと、相変わらず防御に傾倒し過ぎだ」

「それはセンセイのせいじゃん」

 昔、鍛錬といえばセンセイが相手で、攻撃よりも防御を重点的に覚える必要があった。そうしないと、そもそも続けられなかったのだ。

「呪術に関しては、あー……付きっ切りじゃ無理か。俺も用事はあるし、これからは頻繁にツラ見せて教授してやるよ」

「あんがと」

「――はは、珍しくレーグさんにしては、入れ込むね」

「そう見えるか?」

「うん。そして、僕から見ればよっぽど、オボロの方が武術家向きだ。理由を聞いてもいいかな」

「俺自身、小太刀二刀には思い入れがあるんだよ。まァ、こいつの場合はどうも、向上心はある癖に、やりがたらねェッて部分もあるけどな」

「そうだけど……」

「悪いとは言ってねェだろ。手を抜いてるわけじゃねェが、なんつーかなァ、本当、なんだよお前。もうちょいがんばれよ。な?」

「ははは、レーグさんにしてみれば、手のかかる子こそ面倒を見たくなるってところかな」

「あ、ようやく始めるみたい」

 何やら二人で話していたが、お互いに距離を取るようにして動く。あまり興味はないが、カイドウの戦闘ならば、見守ってやらねば。

「そういえば、カイドウとは初めてだったね。どうだろう、レーグさんから見て、うちの子は」

「ああ……どうなんだろうなァ」

「うん。そうだね、じゃあこう問おう。どっちが勝つ?」

「仮に、戦闘時の能力が数値化できるとして、それらが覆せないものだという前提があったとしたのなら、カイドウだろうな」

 まったくその通り。あの槍使いがどれほどの奥手を持っていようとも、私が見てもカイドウが負けるはずがない。何故? そりゃだって、私が槍使いと戦っても勝てるはずだからだ。もちろんやってみなくてはわからない、未知数な部分はあるけれど。

「なんつーか、エレアも含めだけど、カイドウも、鷺花が好きそうなやつだよ」

「へえ……」

「好かれてるかなあ?」

「それはどんなところが?」

「努力を惜しまないことだ。そして、結果を出す。出した結果が努力の積み重ねならば、過小評価はすれど、過大評価はねェ。失敗を恐れないが、成功を簡単に認めず、短いながらも一歩を踏み出すことに自覚的で――ま、挙げ始めればきりもねェな。ともかく、どうしたッて手を貸したくなるンだよ。ぽんと、背中を押したくなる。ともすりゃ、それでいい、なんて認めたくもなっちまう。本当なら、早く来いと急かす場面なんだがなァ……」

「信じらんない」

「そうか? あー……そうだな、たとえば、火を出せる馬鹿がいたとしよう。馬鹿ッつーか魔術師でいいか。その火で家屋は軽く燃やせるし、人が巻き込まれりゃ一発だ。調子に乗ってるその馬鹿を、だからどうしたと切り捨てる人種は多くいる。だったら巻き込まれなきゃいいッてな」

 そりゃそうだ。極論、暗殺してしまえばなんの効力もない。

「やり方は多くある。模索すりゃ山ほど出てくるわけだ。で、その上でこう考える――だとして? 使われて自分が巻き込まれた時、どうすりゃ突破できる? と、まァ、そういう相手を好むんだよ」

「現実に突破できるかどうかは、問題視しないのかな」

「試行錯誤する姿を見てりゃ、背中を押したくもなるし、道筋を整理してやりたくもなるッてのが、鷺花なんだよ。まァ、無駄なこと、余計なことをあれこれやってると、尻を蹴飛ばす場合もあるが」

 むしろ最後のやつがメインだろう……。

「あ、思い出した。そういやサギと三本あやとりしたんだけど、私、空舞ってたんだよねえ……」

「あやとり?」

糸術しじゅつの鍛錬だ。サギはあれで細工まで至ってるんだぜ、今のエレアじゃ遊ばれて当然だ」

「え、なにその細工って」

「ああ、教える前にどっか行った馬鹿もいたな。まずは適当な長さに糸を出してだ」

「うん。……あ、ちょい待ち。え? 今出てる? 手から?」

「二号だ、ちょっと細くて――ああ面倒だな」

 両手をテーブルの上に出して、揃える。お茶を飲みながらやる作業じゃないだろう、それ。いや、できるんだろうけども……。

「いいか、まずは第一段階は平面細工。こういうテーブルの上で作るものだ」

 指が跳ねるように動いたかと思えば、一つの動きで糸が五回以上の変化を見せる。これが熟練者かと目を凝らせば、十秒もしないうちに三本の剛糸ごうしで、センセイの袴装束についている紋様が完成した。糸の細工品である。断りを入れて触れれば、糸同士が絡み合い、ほぼ平坦でありながらも、そう簡単には崩れない。なんだろう、ビーズで作った装飾品に近いだろうか。

「で、平面が終わったら立体細工。手順を間違えると終わるから気を付けろよ」

 気を付けろって……つまり、やれってことなんだろうけども。

 すぐにほどけた糸を使い、今度できあがったのは、鳥の形をした何かだった。白鳥のシルエットに限りなく近い。

「最初はほかの糸で立体補強してやるとわかりやすい。こう、三角支柱を立てるみたいにな」

「これが糸細工かあ……」

「おい、ここで終わりじゃねェぞ」

「え、そなの?」

「次は平面細工――」

 二秒だった。空中で完成したその模様は何か知らないが、完成形としてぽとんと、テーブルに落ちる。

「と、立体細工の空中制作」

 こちらもまた二秒で、しかもさっきより複雑そうな猫みたいなものが出来上がり、ことんとテーブルに落ちた。空中で完成ってこの人、馬鹿なんだろうか。

「これで遊びのルールはわかったろ? んで――四号あたりでいいか」

 指でひょいと糸を切って、完成品はほどかないまま、新しい糸を取り出したかと思えば、右手だけで一本の剛糸を使って――平面細工を空中で作り上げた。

 一本だけで。

 綺麗に、編み込んだ。

「平面細工だけどな。ここまでできて、ようやく〝糸使い〟を名乗れるようになる」

「……なぬ?」

「糸術の領域は、そこからってことかな」

「そういうことだ。かつて都鳥と呼ばれた小太刀二刀術を扱う武術家は、糸と針を使った。その流れでもあるが、あやとりと同じ遊びだよ、こんなもんは」

 それはつまり、私にもできるようになれってことか……ぬう。

「ま、鷺花だってこんくれェはやるさ。おいエレア、やる時はすぐにほどいても、糸に癖がつく。片手の回数くらいやったら、糸を切って新しくしろ」

「諒解。――つーか、カイドウはなにやってんだ、あんにゃろう」

 まだ終わらないのかと向ければ、どうやら槍使い……えっと、オボロだっけか? の方が優勢。試行錯誤はしているようだが、槍の間合いにまで踏み込めてはいないようだった。

「数値で戦闘が決まるわけじゃねェッて証明だな、ありゃ」

 というか。

 なんか――イラついた。

「変わらないなあ、カイドウは……僕の教育が悪かったのかな」

「ンなこたねェだろ――おいエレア」

 かちんときた。

 あのクソ野郎、何を足踏みしてやがる。

 試す相手を間違えてんじゃないのか――。

「ンの……」

 私は立ち上がって一歩を踏み出すと、そのまま勢いに任せて叫んでいた。

「カイドウあんた何やってんだ! 律儀に相手の領域に合わせて、勝てませんでしたって言い訳でも作ってるつもりか臆病者! 追い詰められないと全力が出せないってんなら、海に沈んで帰ってくるな! この間抜け!」

「う――」

 突く。

 引いた両手で踏み込みながら、突き出す。槍としては基本だろうし、それがどの得物であっても突きとは点での攻撃であるが故に、速い。

「――っるせえんだよ!」

 その動きは、突きが終わる前に発生する。

 突き切る前に左側で一回転したかと思えば、突き切った先端を真正面に見据えるようにして動き、ぴたりと突き切った先にはカイドウがおらず、逆側でくるりと一回転。

 一度目は居合い、しかも峰で打った。二度目の回転は懐に入って居合い――だが、抜いた柄尻でオボロの腹部を叩いている。

 そうだ。

 やれば、できるんだから、最初からそうすればいい。

「へえ、やるじゃねェか。ありゃ雨天だと、一連の技だぜ。円運動を基本とした、抜刀術。金ノ行第二幕、始ノ章〝上弦〟から追ノ章〝下弦〟――で、縦回転の終ノ章〝月光〟と名がついてる」

「それは楠木ではなく、雨天なんだ」

「どこぞのガキが思いつくような、あらゆる技であっても、雨天にゃあるんだよ」

 なんて言葉を聞きながら、私は憤慨しながら近づいて行くと、すぐにカイドウもこっちを向いた。

「あぁ⁉」

「やりゃできるのに、なんでやんないのかって言ってんのよ!」

「こっちがいろいろと試してりゃ、横合いから口はさみやがって、文句を言いたいのは俺の方だ!」

「はっ、何が文句よ! いつもあんたは相手に合わせて、相手とは違うことを認めて、勝てないって思いこんで――ふざけんな! そんなのは侮りと同じでしょ⁉」

「だーかーら! 鍛錬であって試してる最中だと言っただろうが!」

「ああ?」

「ンだてめえ――よしわかったいいぜ、てめえが実験台になるってんだな?」

「私とやろうってんの? はあん? 言い訳の準備はいいのね?」

「言い訳が必要なのはてめえだろうが。先に言っておけよ、魔術は使わないで下さいってな。ん? どうした、聞こえねえぞ?」

「そっちこそ、糸の包囲網が広すぎるからやめてくださいって言うべきじゃないの? あれ? 声が小さいよ?」

「ああ?」

「ほらどうした、かかってきなさいよ」

「先手を見せてくださいと言えよ」

「後手に回ってくださいでしょ?」

「てめえ――」

「なにおう――」

 顔を突き合わせてにらみ合い、暴言を吐き合って――私たちは、弾かれるように間合いを取る。

 既に糸は展開した。右手には小太刀、左手も抜刀できるよう左腰の柄に添える。半身になって右小太刀の切っ先を突き付ければ、深い捻りと共にカイドウも抜刀の姿勢を取り、親指で鍔を押し上げていた。

 狙うのは短期決戦である。

 私自身が戦闘を面倒だと思っているのではなく、そして短気なわけでもない。これには純然たる差というものがあるための選択だ。

 ……。

 ほんとだよ?

 男と女、その体力の差のことだ。そのために、長期戦になれば否応なく私の方が不利。実際に私の最大戦闘時間は十五分。そこから先はゆるやかに下っていく。いくらそれがゆるやかであっても、カイドウ・リエールを相手にしたのならばそれは、致命傷になる。

 かつてとは違って、お互いに見せあうだけではない。そう、いうなればこれは――勝負なのだ。

 お互いに、勝負をして、いわゆる白黒をつけるのである。その上で――ただそれだけでは終わらせない。

 きっちりと、試したいことは、試す。

 カイドウの初動に合わせて、私は踏み込む。そもそも小太刀とは、間合いが非常に近い。入り身を主体とする格闘に限りなく近いくらいだ。その点で、カイドウの刀の内側へ入らなくてはならなくなる。

 私の動きに〝合わせ〟たかのような居合いが一つ、眼前に滞空する衝撃を潜り抜けるようにして前へ、あえて最初の攻撃を、腕を伸ばす〝突き〟にしてやれば、先ほど見た動きが現実のものとして、実感できた。

 確かに、くるりと回転するカイドウの動きは早い。まるで無防備であることを誘うかのよう、一度背中を向けるようにして突きの背、つまり小太刀の峰側で受け流しからの動作かのよう、回転をするのだが、私が突き切るよりも前でのその行動は、どういうわけか、私の目には非常にゆっくり見えた。

 というか。

 ゆっくりと突いているのが私で――その、ゆるやかな世界の中、カイドウだけが普通に動けているような錯覚がある。

 ああ、そうか。

 これが〝領域〟に飲まれる、ということか――。

 ばちり、と弾くような感覚と共に初動紋様を展開してやれば、カイドウの動きが早送りのように――いや、元に戻った。私は〝溜め〟ていた左足の力を強引に使い、居合いが放たれる方向を読みながら、大地を蹴って加速。軽く浮遊するようにして抜ければ、背後で居合いが空を切る音。

 だが今度は私が背を向けてしまっている。おそらく、カイドウはもう一度回転しつつ、今度は方向を変え、更に居合いを重ねてくるだろうことを予想し、左の小太刀を半分ほど引き抜きながら、展開していた糸を一気に引っ張りつつ、躰を捻って右の小太刀を顔の前付近で振り払った。

 そして、結果を見る。

 視線が合った。

 飛び上がっていたカイドウは、首を絞める位置にあったはずの糸を回避しつつ、飛んで回避したことを想定して、右の小太刀を振った時に放った飛針とばりの三本を、柄から離した右手でつかみ取っていた。攻撃ではなく防御を選択したため、私の両小太刀で行った左右への〝防御〟は空回りした結果にはなったが――そのまま、投げ返された飛針への対応が遅れ、二本は左小太刀を引き抜くことで対処したものの、一本は鎖骨の下付近に刺さった。

 着地をする。

 その一息の間に首を動かし、視線を外さないまま口で咥え取って抜き、飛針を足元に吐き捨てる。けれど、空中で避けきれなかったのはカイドウも同じく、糸が掠めた鞘を握る左手付近から、たらりと僅かな血を垂らす。

 一歩間違えれば死んでいた?

 ――何を今更。

 私に殺されるような相手じゃない。

 それにしても、わかっていたことだけど、レヴィアの目を持っているからか、かつて以上に目が良い。あのタイミングで飛針をつかみ取られるとは思っていなかった。避けるよりも難しい、攻撃の意図に〝合わせ〟なくては、横からつかみ取って投げ返すなんて芸当はできまい。それ以上に、カイドウには見えているのだ。

 小手先でかく乱し、見えない攻撃を当てる――が、王道なのだろうけれど、いかんせんそこまでの〝技術〟が私にはない。

 だからまあ、全力でぶつかるしかないのだが、しかし円運動か。

 ……。

 私にもできるかな、あれ。物真似はそんなに得意じゃないけど、刀にできて小太刀にできないってことはないだろうし――うん。

 試してみよう。

 変わらず、左の小太刀は納刀して右手にだけ掴みながら、その切っ先をカイドウへ――それを僅かに外側へ逸らすようにしつつ、踏み込んだ。今度は迎撃や牽制の意味合いの一撃を、カイドウは行わない。

 だが、刀の間合いに入る瞬間に、あの回転動作を見せる。おそらくカイドウも、その感覚を掴もうとでもしているのだろう。同じ戦場において、同じ行動をするのはあまり褒められたものではないとわかっていながらも、その先にある閃きに似た何かを得ようとしているのだ。その閃きとは納得であり、学習である。決して、上の領域に至れるものではないと、私は知っている。

 だから、私はどんくさいのだ。そこまでしかできない。戦闘の最中に〝成長〟したことなんて、今までに一度だってないのだから――。

「それが、これから先もそうだとは限らない」

 そう言ったのは、あー、誰だっけ。まあいいか。

 一テンポ遅れつつも、私も同様の回転をしつつ踏み込む――が、カイドウの居合いが出るよりも早く、私は弾かれるように身を引いた。半歩甘かった、カイドウの領域に同調しきれなかった結果だ。

 二度目、今度はカイドウが動きを止めた。私は構わず、右の小太刀で首元を狙うが、その切っ先を目視しながらの回避行動、そこから左小太刀へ繋げるために、回転方向を強引に変えてやるが、それにもカイドウは対応しやがった。

 回転方向を変化させるために、一時的な〝停止〟を引き起こしてしまう。だが、その停止を経験したことで、私は呪術を使用時にセンセイが言っていた硬くなる、という意味合いの本質をつかむこともできた。きっと私にとって、その一瞬の硬直こそ、流れに乗れていない証左なのだろう。

 一度、一度と回転を繰り返すたびに、切っ先が届き始める。カイドウの見切りの上を行こうとしているのは結果でしかなく、私が意図するものではない。これはただの物真似――だから。

 だから、カイドウのそれを上回ることは、ない。

 カイドウが回転する。だが、私自身がその円運動における攻撃方法を行っていたから、その動作は手に取るように〝理解〟できた。受け流すためのものではない。速度を増すためのものでもない。

 一連の流れを作るための回転だ。

 それを私は、二本の小太刀で、せき止める――。

 ――攻撃時は。

 防御が手薄になるとは、よく言ったもので。

 すれ違うようにして、お互いに攻撃を終え、すぐに振り向いて対峙した直後、私は右の太ももに一撃を喰らったのを自覚して、衣類を濡らす血の不快感を覚える。太ももから先の力が一気に抜けるような感覚と共に、右側へ躰をずらすようにして倒れこんだ。

 クソッタレ――。

 奥歯を噛みしめて顔だけを上げれば、一テンポ遅れて。

 腹部を血に濡らしたカイドウの左肩が裂け、鮮血が飛び散った。

 届いていた。

 流れをせき止めることはできずとも、乱すことはできたという証明だ。今の私でも、まだ、カイドウには手が届く。

「――ソッタレが」

 顔を歪めたカイドウが、地面に膝をついた。

 ……ああ、躰が痛い。かなり無茶な動きもしたから、仕方がないけれど。

 面倒だからこのまま寝たい。あー寝たら死亡フラグかな。夢オチにはなりそうにないのが、残念なところだ。

 さて、これは随分と後に聞いた話である。

 私とカイドウの戦闘中に交わされた会話だ。

「よう、槍使い。どうだ?」

「見苦しいところをお見せしました。いや……カイドウ殿は相変わらずかと。手合わせは初めてですが、昔から自分は、勝てると思ったことがありませんので」

「はは、どうだろう。オボロもどちらかといえば、勝てる相手なんてものを知らないと、僕は思うけれどね」

「そう思っていただければ光栄ですが……命のやり取りに慣れた、戦場での経験を未だ引きずっているのかと、落ち込む思いであります。――しかし、レーグネン殿。お二人は武術家ではない……のですか?」

「おゥ、違うぜ」

「その定義自体は問いませんが、しかし、自分が未熟であることは承知の上で、一つご教授下さい。レーグネン殿、そもそも自分と彼らとの違いは、なんなのでしょう」

「そうだなァ……さっきは誤魔化しも多少入れたが、あいつらは似た者同士だぜ。エレアに関しては確かに、俺が手ほどきをした」

「直接、でありますか?」

「まァな。だが勘違いするな、俺が教えたのは小太刀と針、それから糸の使い方だけだ。わかるか? 確か最初にお前と逢った時は、槍の技を一通り見せたよな」

「はい、もちろん今でも覚えております。ということは、つまり、レーグネン殿はフォウジィール殿に、一つの技も教えていないのでありますか?」

「そうだ。んで、あの馬鹿は、自分で技を編み出そうとしたことがねェ。対してカイドウも、似たようなモンだ。ミヤコは手ほどきをしたンだろう。その上で、楠木の技を目にしたこともある。だが、自分は楠木じゃねェと確信を抱いているし――楠木の技を自分が真似でもできやしねェと思い込んでやがる。いや、そう思い込んでいた。今まではな。だが二人とも、向上心がある。足踏みはしても、立ち止まらない。だとしたら、どういう鍛錬をすりゃいい?」

「技が使えるようにと、自分のように目的をもって鍛錬をしないのならば――……基礎を、教わった基本を繰り返し、積み重ねるしかない、でありますか」

「その通り。事実、カイドウはついこの間まで、訓練用の居合い刀を持っていて、それで過不足ねェと思っていた。使えていた。エレアの持ってる小太刀だって、あんなもんは量産品に近しい。そりゃそうだ、得物が耐えられない技なんて知らないし、それを編み出そうなんて思いもしねェ。それが悪いことだとは言わねェよ。対峙したお前ならわかるだろうが、ただの〝武術使い〟としては既に、かなりの領域にまで至ってる。武術使いッつーよりも、ただ得物を使うッてだけかもしれねェけどな」

「過程が違い、そして自分とは、志す先も違う。けれど結果そのものを見れば、自分の負けとしか思えないのが、さすがに苦いですよ」

「お前はそろそろ、クークのところにツラ見せて、〝炎義えんぎ〟を受け取ってこい。そこからだ」

「諒解しました」

「……うん。ところでオボロ、今日はこっちに泊まるかな?」

「いえ、夕方にはメドラート殿と待ち合わせがありますので、王国へ戻ります。ここでのことは話せそうにありませんが……明日にでも、時間があったらまた改めて顔を見せようかと」

「そうしてくれ。レーグさんは?」

「あー……まァちょいと考えておく。わかってると思うが、二日くれェはお前ンとこのベッドが埋まるぜ。医者の手配もしとけ」

「ははは、わかってるよ」

 などなど、そんなことを話していたらしいが、そういうのは私がいる時にちゃんと言って欲しいものである。


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