08/22/10:30――コノミ・いつだって挑戦者

 考えてみれば――。

 父親に対して挑む、なんて行為は、どれほどぶりだろうか。

 一年と少し、それがお互いに離れていた時間だが、それ以前を振り返っても、山を舞台に過酷な訓練をしていた頃だとて、確かに対峙はしていたけれど、挑んだ覚えはない。寝こみを襲おうとしたり、トラップへ誘導して背後を衝いたりと、二人でやっている以上は仮想敵として戦ってはいたが、挑む――とは、やや違うように思う。

 であるのならば、もしかしたらこれが、初めてなのかもしれない。

 恐怖は感じていた。コノミはそれを覚えている。けれどそれは、どちらかといえばコウノが、ではなく、作り出された状況への恐怖であり、コウノ自身のものとは、やはり違っていたのかもしれない。

「思い出した――」

 四人で山の麓付近にまで移動してきて、さてどう始めるかと思ったくらいに、煙草を吸いながら、唐突にコウノが口を開いた。

「一番槍、だったな。俺の狙撃を避けたヤツだ」

「なんだ、そっちの話か。確かにそうだ」

「魔術品を使う、魔術師じゃない野郎だったな……」

「問題があるか?」

「あるとすればそれは、あいつの〝瞳〟が、武術家が持つ成長とは、違う意味合いで進化するところだろう。その差異は致命的であり、あるいは劇的だ。なあ?」

「へ? あーうん、あたしも知ってはいるけど、使おうとは思わないし、思えない。同じ効果を〝武術〟の領域で発揮した方が、あたしらしい」

「ま、他人の心配ができるほど、私は完成してない――が、しかし、どうしたファビオ、なにか考えている様子だな。ピクニックくらいに思ってりゃいいのに」

「あ、いや、失礼。俺の勘違いかもしれませんが……突拍子もないことを、言ってもよろしかったですか」

「ああ」

「いや、言わなくていい」

 コノミは頷くが、コウノがそれを止める。なんだと視線を向ければ、紫煙を空に向けて吐き出したコウノが、右手をポケットから出した。

「ヒナノは俺のお袋で、コノミの祖母だ」

「――、ちょっと、待ってください。どういうことですか? そもそも俺は、彼女に出逢ってからただの一度も、誰にも、彼女の名前を――ヒナノさんの名を、口にしたことは今までありませんでした」

「だろうな。そんな機会があるなら、薬師として行商には向かない。俺なら転職を促すところだ」

「何故です? 何か、そう、俺の振る舞いに?」

「雰囲気が似てる――そこに気付くのは、俺に逢ってからだろう。そこからコノミに向ける視線が少し変わり、視線というより見方を変えて探る形か。それでも確信は得られない、その通りだ。近いのは俺であってコノミじゃない。そして、先代であるヒナノは既に朝霧じゃない以上は、お前の言った通りに勘違いだと思うのも仕方ないだろう」

 この男は。

 コウノ・朝霧は、あたかも確信を既に持っていたかのように、続ける。

「偶然と呼ばれる出逢いであったところで、複雑に絡み合った紐を辿れば、必ずそこに因果関係が発生している。それはどれほどの偶然でも、〝必然〟である証左だ。現実的に、それを口にすれば簡単で――コノミに出逢い、そのタイミングで俺に出逢った。その鎹を担ったのが王国出入りの医者であったところで、それを〝足りない〟と見ることも可能だ。ほかの因子があるとしたのならば、そこだろうと当たりをつけるのは、それほどの思考を割かずとも見える結論だろう」

 付け加えるのならば、おそらく、コノミ自身がヒナノと接触した事実も踏まえているのだろうけれど、さすがにそこまでは口にしなかった。

「当てずっぽうに口にしたら、それが事実だった――と、普通の人間ならば受け取るところだ。何の冗談だと言われれば、俺も肩を竦めて、面白くはなかったようだと、返事をする」

「事前情報ではないのですか?」

「さっきの今で、行商をしてる薬師の素性を調べる理由が、俺にあったとしたら、そっちの方が問題になる。だとして? 問題になるなら、明かす必要性がどこにある」

「それは、……そうかも、しれませんが」

「お前にとっては、事前情報だったと、その方が納得しやすいのなら、それでいい」

「よくはありません。実際には違うのでしょう?」

「実際に違うからといって、事実を追及した〝結果〟に、お前は何が得られる?」

「それは……」

 残りの煙草が紙吹雪になって消え、視線はコノミへ。

「どうしたい?」

「私は挑むだけだ。勝とうとも、負けようとも思わない。中断は親父がやってくれ」

「まあ、そうだろうな。――おい、ミヤコ、どうするよ?」

「なにがー?」

「俺の制限」

「んー、今のコノミなら、ナイフ一本だけで充分じゃない? 術式なしの体術のみ、左手はなし」

「俺のハードルを上げたいなら、左手だけじゃなく右足もなし、と付け加えるべきだが、そこまでしなくてもいいか……」

 言って、コウノは右手に二十センチほどのナイフを組み立てて、握った。

「一応先に言っておく。ミヤコを相手にする時は、両手を使う。組み立ての術式は、攻撃時のみ――という制限だな」

「ああ……だったら、両手を一時的にでも使わせれば、私もそこそこできるってことか」

「そうなりゃいいな」

 まったくだ――と、深呼吸を一度する。左手をポケットから出し、右手が脇下のナイフを引き抜いた。

 瞳を、瞑る。そして行うのは自問自答だ。

 ――怖いか?

 ああ、怖い。当然だ。親父はいつだって怖い。

 ――緊張しているか?

 もちろんだ。一年間の成果を見せて、落胆させるわけにはいかない。

 ――震えは止まったか?

 大丈夫だ、これは最初から武者震いだ。

 ――さて、気分はどうだ?

 最高だ。これ以上ない。

 ――楽しいか?

 ああ、そうだ、そうとも。

 楽しいに、決まっている。

 瞑目は二秒、やや腰を落とすようにして左足を前へ。高揚を自意識で抑え込み、愉悦を本能で上書きして、恐怖は唾液と一緒に飲み込んだ。

 フェイク――それは初動とも呼ばれるものだ。コノミとしては、この初動をとっかかりにして崩し、そこを攻めの動きへと変えようと思っていた。

 結果だけみれば、それは酷い悪手だった。

 五つ。

 初動としては充分な数だ。手首、肘、肩などの上半身の動きに加えて、足首、膝、腰の動きをそこに含ませれば、五つ程度のフェイントは瞬時にできるし、コウノは間違いなく、その全てを捉えられるだろう。オボロなら〝見える〟と言うかもしれない。

 そして、コノミの術式が〝残影シェイド〟ならば。

 その結果だけを、現実に生み出すことも可能だ。

 ――そう、ただ、コノミは見誤っていた。

 自分はまだ、子供で。

 相手が、コウノ・朝霧であると、そんな現実が見えていなかった。

 五人の残影は正面から二人、残り二人が左右、背後に一人、そういう配置だったが、それを目で追うこともせず、コウノは左手をジャケットの内側に入れる。

 ナイフが迫る。避ける隙間などないと、そう思えた。狙いも首から腰付近までと多様であるのならば、ともすればこれで決まりとも感じられるだろうけれど、さすがにそこまでは見誤ってはいなかった――が。

 背後の一人が、ナイフを持つ腕を落とされた。肘から先がずるりと落下する様子が見えるのと同時に、やや俯いたコウノが背後へと下がる。痛みに耐えながらも逆の手で引き抜いた拳銃だが、しかし、その残影が更なる動きをする前に、首を落とされ、陽炎のように消えてしまう。

 残った四人のナイフが、空を切った。

 否だ。

 左右、それぞれ二人の首が飛んだと、そう表現すべきだろう。それとも、コウノが取り出した煙草を口に咥え、軽く顔を上げたと言うべきなのか。

 コウノが一歩、元の位置に戻るようにした時、正面の二人はナイフを振り切ったところだ。それを戻すか、それとも空いた手でもう一本を引き抜くか否か、あるいは拳銃? その判断が数瞬のことであったところで遅い。

 火を点けるために、コウノが再び俯きながら、振り抜いた腕をくぐるようにして、まるで散歩のように、二人の間を抜けた。コウノの右腕が、ナイフを持った手が動き、そして自然体に戻った時、全ての残影が、消える。

 おおよそ五秒の出来事で起きたことは、それだけで。

 ともすれば、新しい煙草に火を点けただけ――のように、映ってしまう。

 かちりと、オイルライターの蓋が閉じた。

「なかなかだ」

 総毛立つ――。

 当たり前の現実を目にして、それが初動であったとしても、何も変わらない状況に、コノミはその震えを、さすがに武者震いだと言えはしない。

「俺の知っている王国の騎士団レベルなら、もう〝敵〟になっても問題はなさそうだ」

 そんなのは、気休めだ。まるで心に響かない。コノミが本当に相手にしたいのは――そう、この、化け物じみた父親なのだから。

「コノミ、勘違いだ」

 なにがだと、そんな返事もできず、構えたまま、コノミは睨む。いや、挑むべき道筋を探る。

「自分であって、自分じゃない。術式で作ったそれに、命は不要だ。痛覚もいらない」

 そして。

「――全身である必要もない」

 紫煙が、風に流れていく。

「教えたはずだ。自分ができることならば、まずは自分で突破しろと。自分で突破できるならば、相手もまた突破できる。自分ができないこともまた、相手には可能だ」

 思考は深く、そして広く。

 だが、思考によって足を止めることは許されない。

 諦めることができないのならば、前へ。

 ほんの少し、一歩でも前へ、一度でも多く。

 ――それでもと。

 挑むしかない。

「――」

 その踏み込みを、離れた位置にいるイザミは見ていた。隣にいるファビオはわからなかったかもしれないが、しかし。

 初手を間違え、窮地に立って、それでも挑もうという最中さなかで、笑みを浮かべるだなんて。

「まったく……コウノに似ちゃったなあ、女の子なのに」

 くすり、と小さく笑いながらも、イザミの左手は柄尻に乗ったまま動かない。

 コウノは己の領域を作らない。作れないのではなく、作らない。何故か? その必要がないからだ。長い間、ずっと一緒にいるイザミだとて、領域を作ったコウノを見たことはあっても、肌で感じたことはないし、対峙したこともなかった。見たことがあるのも、せいぜいが二度くらいなもので、ほんの一瞬のことだったようにも思う。

 コノミと戦うコウノは、そもそも戦闘をしている感覚があるのだろうか。いや、それはイザミ自身も同様のことを、対峙した時に感じたものだ。何をやっても届かないと痛感させられて――それが余裕なのか、それとも誤魔化し、隠しているのかすら、判断がつかない。

 不透明であり、不明でもある。

 それがコウノ・朝霧だと、今でも思っていた。

 本気など、見たことも、ない。横から観戦したいとも思わない。

 半年前も、そうだ。コウノは見せなかったし、見ようともしなかった。

 相手が、五神の一人である〝冥神リバース〟フェイであったところで、イザミは決して近づこうとはしなかった。千載一遇、それこそ本気のコウノを見れたかもしれないのに、それなのに――頑なに、そんな観戦には意味がないと、そう決意を秘めて。


 結果だけは見た。


 いや――音は聞いていた。悲鳴ではない、一方的とも思える銃声の嵐。イザミであってもその数を正確に聞くことはできなかった。それほどまでに重なって、それほどまでに連続して、断続して、継続して――。

 半日だ。

 コウノが、彼女の足首を握って、ずるずると引きずりながら戻ってきたのは。

 服は血だらけで、お互いに死んでいないのは配慮の結果で――復帰はコウノの方が早かった。手当などせず、放置して、終わり。

 ただ悔しかったのは、イザミの目で見たフェイは、間違いなく、自分では届かない相手だったのだ。


 〝冥神〟と〝朝霧〟の因縁だ――とは言っていたけれど。


「うん」


 それはイザミ自身の問題で、コノミはどうなのだろうか。


 十四の頃のイザミと同様に、未熟を痛感して、足を進めるだろうか。


 三十分、まあ、よくがんばった方だ。襟首を掴み、ずるずると木陰まで移動させたコウノが、新しい煙草に火を点けるのを見て、イザミは動かないファビオの背中を、ぽんと叩いた。

「じゃ、あとよろしく」

「え、あ――はい、その」

「寝首を掻くなら今ってこと。じゃあね」

 いや間違ってもそんなことはしないが、と返事をする間もなく、イザミは背を向けて街へ歩き出す。すれ違いざまに、コウノから金属ボトルを二つ渡されたが、言葉はなかった。

 どうしたものかと、コノミへと近づけば、タオルを顔に乗せて、肩を上下させている。ボトルの水の出番は、もう少し先のようだ。

「――ファビオ?」

「あ、はい、俺です」

「どう見た」

「……その、正直に言えば、何もわかりませんでした。疑問ばかりです。陳腐な表現ですが、凄いと――ああ」

 そう、凄いと思ったのだ。それは間違いなくて。

「口は悪いですが、コノミさんのご両親は、化け物か何かですか」

「はは、間違った表現じゃないな、それは。あれを越えなくちゃいけない身としては、なかなか堪える」

 深呼吸が一つ、上半身を起こしたコノミはタオルを首に巻き、木に背中を預けた。そこでようやく、ファビオはボトルを手渡す。二つとも、だ。

「なんだ、飲めよ」

「いえ、俺のぶんはありますから」

 上着の内側から取り出せば、コノミは苦笑してボトルを開けた。

「越えなくてはならない、のですか?」

「強制じゃない。私自身が、私に課した約束みたいなものだ。それも、今すぐって話じゃないし――親が死ぬまでに、それを証明したいと、そう思ってる。逆に言えば? その目的を達成したら、私は空っぽになっちまうかもしれないね」

 生きるための導は、それぞれある。道標と言ってもいい――目的を抱くことも、それを達成しようとすることも、人生おいては、ありふれたものだ。そんなものがなくとも生きていけるし、あっても問題にはならない。

 ただ。

「どうして、戦闘を?」

「不思議か?」

「よく、わかりません。たとえば、大雑把に仕事だからというのは、一つの理由になりうるでしょう。騎士団然り、軍人然り、その仕事に就き、個人の意識の差はあれど、躰を鍛える延長上の職務であっても、納得はできます。旅人も、冒険者も、それぞれの生き方かと。しかし――旅人も冒険者も、対一、あるいは対人、そうしたものに〝特化〟するような戦闘は、そこまで追求しないものかと」

「そこまで?」

 小さく笑いながら言われ、少し迷うような素振りをしたファビオは、やや離れた位置に腰をおろし、あぐらを組んで、そして。

「――騎士団はおろか、軍隊を相手にできそうなほど、です」

「私はともかく、親父なら国一つ敵に回したところで、いつもの態度だろうな。べつに、私は親父になりたいわけでも、お袋になりたいわけでもないんだ。ただ、コンプレックスはあるんだろう。ファビオ、戦闘ってのは――ああ、戦闘は何だと訊いても、わからないか」

「手段の一つ、としか」

「総合力だと、私は思ってる。ま、お前にとっては門外のことだから詳しくはいいとしてだ、そう、たとえば――腕力の勝負をしたとしよう。私とお前、どっちが強い?」

 問われ、意識せずとも視線はコノミの腕に向けられ、それは動いて己の腕へ。

「たぶん、俺ですね」

「その通り。私は女で、お前は男だ。体重も負けてるし、背丈も負けてる。速度も瞬間なら軽い私が勝つだろうが、そいつは軽いだけで、重くない。距離が長ければ走り負けるだろうし、それは結果的に持続力での負けとも言える。――だが、戦闘なら、勝負をつけるのならば間違いなく、この場合において、断言できるほどに、私が勝つはずだ」

「はい、そうでしょうね。しかし、それは技術の差ではないのですか?」

「技術ね。実際には、そうでもない。そうだな、拳銃でいい。お互いに十五メートルほど離れていて、始めの合図があったとしよう。お前は拳銃を持っていて、私が唯一買っている速度であっても、指に力を入れるよりは遅い。私は刃物も持たない状態で、それを戦闘だとしたのならば、技術はどこにある?」

「接敵技術……は、この場合、該当しない?」

「ある程度は、あるだろう。考えればわかることだ。拳銃は脅威だが、直線でしか弾は飛ばない。だがなファビオ、こいつはお前が考えてもわかることだろう。対策はお互いに立てられる――が、やっぱりこの状況でも、私が勝つ。なるほど、確かに技術は私の方が持っている。これも事実だ。けどな、この技術ってのは、何も殴るためのものじゃない」

「……? 相手を打倒するための技術ではないのですか?」

「もちろん、それは間違いじゃないね。だが、どこまでを――その知識が、どこまで技術に通じるか、そういう話なんだよ」

「通じる? それは、相手に?」

「思考の問題だ」

 よくわからないと、腕を組んだファビオを見て、コノミは一本目のボトルを空けてしまい、二本目を手元に寄せた。

「お前にもわかる話をしようか。いや、わかるだろうと、そんな話だ。人間の目は、どうやって使われている?」

「ありきたりですが、周囲の光景を情報として仕入れ、脳に送っています」

「その通り。人は常に、視界に焦点を持つことで、周辺情報を仕入れている。焦点を合わさず全体を見る、なんてことは意外と難しいものだ。難しいだけで、できないわけじゃないが……加えて、日中ならば意識せずとも行えるそれも、夜だと難しい。逆に、目に飛び込んでこない景色を、意図して〝視る〟行為が必要になるからだ。――この知識は、一般的だな?」

「そうですね。一般的と言えるかどうかはともかく、薬師としては基本です」

「そこで、私はこう考える。焦点を自分に合わせられた時、相手にとっての死角はどこにある? 視界の幅は人それぞれだ――なら、相手の視野はどこが限度だ? あるいは自分は、どこまで見れる? 視覚情報が脳に伝わる数瞬の間は、如何にして利用可能か? 夜であっても自然に視界情報が飛び込んでくるようにすることは? ――これが、戦闘の思考になる」

「……」

「何も医学に限った話じゃない。お前は大して意識しなかっただろうが、この周辺には雑草が少ない。何故か? 地面が踏み固められているからだ。今の街道が作られる以前、ここは移動経路として使われていたんだろう。山が近い場を道にしたのは、休憩所としても使えるからだが、どうして街の傍で? それは、かつては街がもう少し遠く、最後の休憩地点として都合が良かったのか、それとも、山が障害物として、目隠しをしてくれていたか――つまり」

 それらの情報から、コノミはこう考える。

「トラップを作るのには不得手の場所だ。視界もそれなりに開けているし、即席の落とし穴も作れない。それは基本的に同じ条件だが、逆に言えば固すぎるが故に、蹴って砂をかけることにも向かない。踏み込み時に速度が乗りやすいから、意識はすべきだろうけれど、意識し過ぎてもいけないな。不得手であって、不可能ではないからだ」

「そこまで、考えるものなのですか?」

「戦闘なら、もっと考える。その上、考え過ぎてもいけない。この程度の思考が、当たり前のように浮かんで、水のように吸収されなきゃな」

「だから、総合力だと……それは、技術であって、知識なのだと、そういうことなのですか。俺が持つ医学的知識すら、戦闘の役には立つ、と」

「そう、腕力で勝てなくても、ほかで勝っていればいい。このたとえを続けるのなら――私は、何一つとして、親父に勝てるものはない。どんな知識も、どんな技術も、だ」

 だから。

「化け物の一種だろうという表現は、外れじゃない。あれで、お袋はともかくも、親父の場合、医学的知識だけで、キリエなんか足元にも及ばないくらいだからな……たぶんだけど」

「よくわかりませんが、そう、こう言ってしまって良いものかどうか――」

「なんだよ」

「つまるところ、すべての成果を発揮できるのが、戦闘であると、そういうことなのでしょうか。競い合える……というか、見せることができる、と」

「わかりやすいってことだよ。人としてどう生きるか、つまりその生き様は、見せるものじゃない。見えるものだ。在り方は己が決めるもので、誰に誇るものでもない。けれど戦闘ができれば、それはよく見えてくるし――誇らずとも、わかるものだ。ファビオ、親父が初見で見抜いたことがあるだろ」

「あ、はい。調合の話でしたね」

「あれだって、戦闘の駆け引きと同じだよ。お袋はどうか知らないが、親父は気付いたから口にした。まず、気付くことが大切だ。あの一瞬で、ファビオに気付かれないよう探りを既に入れている。その上で、あえて警戒を煽るような言葉を放ったのは、探りの続きでもあり、己の証明でもあり、忠告でもあった。不明の演出、疑念の誘発、それだけで躊躇が生まれる。躊躇とは隙だ。踏み込みの〝間合い〟を探ることもできる」

「……それは、ある意味で、戦闘特化の生き方なのですか?」

「どうだろうな。すべてを繋げる必要はないし、もしかしたら繋がっているのかもしれない。あと、あれも言われていたな。実際に違うからといって、事実を追及した〝結果〟に、お前は何が得られるか? 私ならこう答える。――〝経験〟が得られる、と」

 戦闘が全てじゃないんだと、コノミは笑う。

「全てじゃない。ただ、証明手段として、わかりやすいってだけだ。私の行動の全てに〝戦闘のために〟と前置されるわけじゃない。ただそれでも、私にとっては避けて通れない道だ」

「……俺が、薬師の道を歩いているように?」

「そう、私はただ、そういう道を歩いている。ともすれば、五神に挑むよりも厄介なことをしようってな。口にして言えば、人は笑う。無理だと、不可能だと。それは事実だ、連中にとってはね。だが、道を歩いている私にとっては現実だ。ファビオ、お前と何が違う」

「――なにも」

 首を横に振って、否定する。

 ただ、かつてステルヴィオという毒蜂に刺され、一人分しかない薬を、親が自分のためにと命を賭けた――そんな過去を持って、だからこそ今を歩いている自分と、何も変わらない。

「一人、そう、人間として生きる姿は、なにも変わりません」

「そういうことだ。理解や納得が欲しいわけじゃない――が、ただの人間だってところは、勘違いして欲しくはない。だから酒も飲むし、お前に興味を持ったりもする」

 どうであれ。

「自分で言うのもなんだが――まあ、わかりにくいよな」

 そう、わかりにくい。けれど、いつだって答えはシンプルで。

「コノミ・タマモってのは、そういう女なんだろうさ」


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