08/22/10:00――コノミ・両親の来訪
その日、朝の仕事を――相変わらず配達関係だ――終わらせたコノミは、その日の報酬を片手にふらりと賭場に顔を見せれば、目的の人物が先にきていることに気付き、真っ直ぐそちらのテーブルへ向かった。
三ヶ月、ずっと覚えていたわけではない。ただ、区切りとしてここ数日は、よく賭場に顔を見せている。遊び程度にギャンブルもやっていたけれど、基本的には食事をする場として活用しており、たとえ彼が。
ファビオ・リールがウェパード王国に来ていて、コノミが街にいたのならば、気付くだろうことを自覚しながらも、面倒がなくていい、なんていう考えからの行動だったが、しかし、いざ逢った時にどういう気持ちになるんだろうと、そんなことも楽しみにしていて。
「薬はいらねえよ」
「
テーブルの前で一度立ち止まり、ファビオを見る。はにかんだような表情で見返され、頷いて対面に腰を下ろした。まだ午前中だったため、酒ではなくてソフトドリンクを注文する。
「セオリーを踏んでも?」
「なんだ、断りを入れるのか。気を悪くしないから、やってみろ」
「背が少し伸びて、女性らしくなりましたね、コノミさん。髪も伸びたようだけれど、伸ばしていないのなら、下手なりに俺が手入れを手伝えればと思いますよ」
「なるほど? セオリーだな」
「まったくです。それと――目つきが悪くなったように見える半面で、表情が柔らかく感じますね」
「ようやく馴染んできたってところなんでね。髪型については変えてないが、確かに少し伸びたかもしれない」
右の三つ編みにしたおさげを、軽く指で弾いた。
「ちなみに、お前の好みの髪型は?」
「コノミさんなら、ショートにしても髪を括らないと、邪魔だと思うのかもしれませんね」
「答えになってねえ――が、まあ、正解だ。逆に言えば長くても、一まとめにすりゃ、そう問題はないってことだ。それと一つ、追加してやる。この前に誕生日を過ぎたから、私は正式に十四になった」
「おっと、では半年前に宣言されたあれは?」
「自己申告ってやつだな。たかが一ヶ月と少しだ、サバを読んだって悪くは言われないだろ」
「じゃあ気付かなかった俺にも落ち度はないってことで、良かったですか」
「言うねえ」
そんなやり取りも、なかなか面白い。
「ただの口約束を、律儀に守ったのか?」
「予約を入れられていましたし、まだ俺はコノミさんに興味がありますからね」
「まだ、ね」
「興味が好意に変わったら、あるいは」
「先に言っておくが――」
それは素直な感情だったけれど、それを吐露するけれど、あくまでも冗談交じりに。
「半年ぶりに再会した私の感想は〝嬉しい〟だ」
「――、いや、はは、それが事実なら、ちょっと照れますね。俺としてはようやく逢えたと、また逢えることができたと、そんな安堵がありました」
「なるほど? もしそれが事実なら、私は今日のために生きていたんだと、そういう返しもありかもしれないな」
「おっと、逢えない理由は、なにも死に別れだけではありませんよ」
「まったくだ。確かに私は風来坊で、明日になったらいなくなるかもしれないが、それならファビオの足取りを追いかけて、予約していた店が変わったんだと、そう伝えるさ」
「約束を破ることが?」
「それともと、続く言葉を勘違いだと思わなくてもいい。言っただろう? お前の程度は知らないが、私もお前に興味があると、そう伝えた」
「いやいや、聞いてませんよ」
「そうだったか? ならそれは、キリエに言ったのかもしれないな。おっと、セオリーなら、ここでほかの女の名を持ち出すのは禁句になるか?」
「男側ならば、あるいは」
「なるほど、女には自由を与えるか」
「俺が不自由ってわけではありませんが」
「気を遣わずに仕事の話をしても問題ないくらいには、自由だけどな」
「仕事なのか生活なのか、よくわからないのも事実ですね。帰る場所を持たないことはメリットであり、弱気の元でもあると、冒険者からはよく聞きます」
「付け加えれば、所帯を持ったら足かせになる、だろ」
「冒険者同士でも、それなりに問題はあるんだと、苦笑しながら言っていました。足かせになるならまだしも、足を失って引退してからは、身の置き場がない、とも」
「なかなか笑える話だ。旅人の引退は死ぬ時だ、とも聞くけどな」
「そもそも、冒険者と旅人との違いは、なんでしょう」
「同じ場所に留まっていたところで、旅をすることはできる。それは志の問題だ、現物がなくたって――何かを探して手に入れなくたって、旅は旅なんだよ」
「それは、……いや、初めて聞きますね。確かに冒険とは、文字通り、たとえば未開の地に足を踏み入れたり、何かを発見したり、そういうものだとも思えますが、旅人にとっては違うと?」
「旅人の目的は、その多くは内側に向くことが多い。足を止めることもまた、旅の内だ。じゃあ? だとして、外側に向くものは? 旅の外は?」
「旅の外……?」
「冒険の外は簡単だ、酒場で騒いでる連中は大抵そうだ。仕事だろうが依頼だろうが、そうでなくとも、いざ準備を確認して足を動かせば、それは冒険開始の合図になる」
「だとして、旅人は、……そもそも、その境界が曖昧過ぎると?」
「志を抱き、それを忘れなければそれは、旅人であることと同義だ。もっとも、そうであるのならば、冒険者の方が生きざまで、旅人なんてのは自己申告なんだろ」
「なるほど、あくまでも第三者から見れば、ですか」
「わかりやすい記号では、あるけどな」
難しい話だなと、腕を組んだファビオが、何かに気付いたように顔を上げて、首を傾げた。
「どうした?」
「あ、いえ――なんというか、その」
「あ?」
なんだと、後ろを振り向こうとした直後、その気配に気づいたコノミは迷わず左手を腰裏に伸ばし、拳銃を引き抜こうとするが遅く、手に触れるまでで、引き抜こうとする動作を押さえ込まれ、更には背後から抱きつかれた。
「コーノーミ!」
「…………ファビオ」
「あ、はい、なんでしょう」
「ちなみに、こういうのは旅人っていうよりも、風来坊に近い。こっちから探しに行けば逃げる上に、諦めて戻ればそこに居る」
「はあ……」
「ちぇー、反応なしかー」
「しただろ」
発砲するまでには至らなかったが。
頬ずりをされたので、しばらくはやらせておいたが、いい加減邪魔になったので引きはがせば、隣に立った彼女は、左の腰にある刀の柄に左手を置いて、嬉しそうに目を細めた。
「コノミ、まだちょっと早いよ?」
「なにが早いのか、具体的に説明してから言ってくれ。酒と煙草の文句は、あんたの父親に言っておくんだな。ファビオのことなら、結論を出すのは五年先だ。それが短縮されるかどうかは、私とファビオの努力次第だ」
「早いかどうかは、五年先に判断してくれれば、ありがたいですね」
「ああ――嫌だが紹介はしておくか。この女が、私のお袋だ。見た通りの年齢だからな」
「ファビオ・リールです。薬はご入り用ですか?」
「え、いらないよ。あたしはイザミ・楠木」
「……親父はどうした」
「もー、コノミってばお父さんっ子だからなあ。もっとあたしを構ってよ」
「ついにお袋が殺したっていうんなら、今日はパーティを開いてやるよ」
「あははは、ないない。一緒にこっち来たし、しばらくは滞在するつもり」
「へえ」
酒が飲みたくなってきたと、右隣に座ったイザミから、コノミは視線を逸らした。
「どこに滞在するつもりだ?」
「あー、たぶんかーちゃんとこ」
「あ、そう。――ああ、来たな。ファビオ、あれが親父だ」
「……はは、少しだけコノミさんの在り様について、その怖さの理由がわかった気がしますよ」
「私よりかよっぽど、こいつらの方が怖いだろ?」
「ええ、まったく。門外漢の俺ですらこれなんだから、同じような道を進む人にとっては、そう、化け物と、呼ぶのかもしれませんね」
コノミに似た服装でありながらも、背丈はそれなりに高く、やや目つきが悪いのにも関わらず、妙に重心が下がっているような――それは暗いイメージに繋がる――男性が、おうと声をかけたのは、傍に来てからだ。
「こんにちは、ファビオ・リールです。薬はご入り用ですか?」
問えば、大して表情を変えずに、店員を呼びながら。
「双子チェリーを混ぜるよりは、サフランあたりの香草を調合に使った方が反応は面白い。魔術師でもないのにリリーの宝水を調合の基本としているのは、効能を知っているからだろうが、同じ調合を純度が高い水で代用した結果も考慮しとけ。それと、常服した結果に完成する薬の考慮も忘れるな」
「――」
頼んだのは度数の高い酒で、どこか面倒そうに空いた席に腰を下ろす。四人掛けのテーブルは、そうして埋まった。
「コウノだ。コウノ・朝霧。薬はいらない、お前ができる調合の中に、俺ができないものは、今のところなさそうだ」
「……変わらないな、親父は」
「なんだ、変わっていた方が嬉しいって言うのなら、これからはそれなりに考えるぜ?」
「それは、あんたの勝手だ」
「期待するのもコノミの勝手だ」
「五年くらい前、ステルヴィオ用の薬を再調合した記憶はあるか?」
「へえ」
テーブルにある灰皿を引き寄せて、煙草に火を点けたコウノは、視線をまだ驚きの余韻を残したファビオへ。
「――だとして、どうする?」
「いえ、俺はどうも。まだ届かないことを確認して、俺はまだ調合を続けるだけです。その時が訪れた時に、一人でも助けるために」
「だったら俺はそうだとも、違うとも、答えずとも良さそうだ」
「ありがとうございます。しかし、コウノさん、どうして調合のことが?」
「最新の調合に関しては匂いだ。こと携帯用の丸薬に関しては、匂い付けをするのは初歩だ。体格を見れば薬師、ないし行商であることは明確だ。そこから推測した上で、知っているか知っていないか、その境界が曖昧な部分を口にして、警戒心を煽った――これは初対面の相手に対する、当たり前の対応だな」
「それを当たり前にしてんのは、親父だけだ」
「コノミもでしょ」
「知るか。それより、どうかしたのか?」
「あーうん、ちょっと落ち着いたこともあるんだけど、気になることもあって、コノミの様子を見にきたの」
「理由が複合するのはいつものことだが、混ぜて言うな。何が先で、どれが後付けかを考える私のことも配慮しろ。親父」
「ん? ……いや、イザミが言った通りでそう変わらない」
そう変わらない。
聞きたいのは、〝そう〟の部分なのだが、言葉を重ねても無駄だろう。
「――ファビオ、これから時間、あるか?」
「はい、ありますよ。今日は一休みのつもりで、宿も先にとってありますから」
「だったら、私にちょっと付き合え。――親父」
「なんだ」
「言いたいことは、いろいろあるが後回しだ。これから親父に挑みたい」
「まーたコノミは……先にあたしじゃないの?」
「お袋は加減を知らないから嫌だ」
「もー……コウノも、ちょっとは怖いとこ、コノミに見せたらいいのに」
「まあ、一年ちょいぶりだ、いいけどな」
「ん。ファビオは、見学でもしててくれ」
「よろしいのですか?」
「ああ、わからなくても、わからないでも、いずれにせよ私って女がどういうヤツなのか、そのとっかかりにはなるだろ」
「へー、コノミがそんなこと言うなんて珍し」
「そうかもな。確かに私はファビオのことを、信用も信頼もしていない」
「はは、それはお互い様ですよ、コノミさん。だからといって、これからもずっとそうだとは、思いたくありませんね」
そういうことだと、コノミは小さく笑った。
「では、宿に仕事道具を預けてきます。こちらに戻れば?」
「そのくらいの時間が待てないほど、短気な女じゃないね」
「気が長い方だとも思えなかったので」
「言うねえ」
立ち上がったファビオは頭に帽子を乗せ、大きなリュックを背負って小さく一礼し、賭場を出ていった。この場所にはあまり似あわない姿ではある。
吐息が一つ、コノミは追加のドリンクを注文しつつ、テーブルに頬杖をついた。
「いくつか報告がある。どっちから聞く?」
「あたし」
「即答かよ……」
「え? だって、仕事の話なら、とっとと済ませたいじゃん」
「あ、そう。クズハさんところに居候が一人増えた」
「へえ、だれ?」
「同い年の、元シャヴァ王国軍伍長で、槍使い。レーグネンの誘いでこっちに来て、今は槍の武術家だ」
「おー、どういう手配か知らないけど、そっかあ」
「シャヴァは軍事国家だったか?」
「うん、そう。結構荒っぽいところだったと思うけど、そうだよね?」
「そうだ。というか、親父は覚えてないのか?」
「曖昧だな。どの程度の規模かは知らないが、聞いたことはあったように思う」
「っていうか、一緒に行ったじゃん」
「そうだったか? ……よく覚えていないな」
覚えておくほどの規模じゃなかったんだろうと、コウノは詰まらなそうに言う。この場合、コウノが潰せない規模じゃない、という理由なのだろうけれど。
「私の訓練にも使っただろ」
「ああ、コノミの訓練に使える程度の軍事国家か。なるほどな」
何がなるほどなのか、追及するのが少し怖い。
「ほかは?」
「ん、ああ、私から見てのことだが、ミヤコさんが〝遅く〟なった。確かめるなら注意するんだね」
「あー、うん、かーちゃんはなあ……」
「皮肉なもんだな。速度を売りにしている〝楠木〟だ、いくら技術で劣っているとはいえ、速度が遅い相手に負けるようじゃ、笑い話だろ」
「む、コノミは嫌なこと言うなあ。でもまあ、コウノが相手ならともかくも、同門相手じゃ、そういうことになるね。なんでかーちゃんはこう、そういう面倒な状況を作るんだろ……」
「それはミヤコさんに直接言ってくれ。あとは親父だ」
「ん? 高い酒を飲み過ぎて、首が回らなくなったか?」
「それほどアルコールを飲んじゃいない」
「ああ、そうか。ちなみに、ミヤコに挑んだのはいつだ?」
「……三ヶ月前」
「で?」
「ヒナノに逢った」
「げ」
「なんでお袋が嫌そうな顔をするんだ……」
「あの人、苦手」
「だろうな」
「……だろうな?」
「違わないんだから、いいじゃないか」
注文を受け取ってから、コウノを見れば、僅かに視線を外していたようだが、しかし。
「だったらそれは、三ヶ月前にお前がやった〝仕事〟に絡む話なんだろう。どうするコノミ、俺が調べた結果をあとで答え合わせするか?」
「冗談だろ……答え合わせすらしないのが、親父だと思ってたけどな」
とはいえだ、ミヤコに挑んだところから全て繋げられるとは、思ってもみなかった。軽口というか、せめてもの抵抗というか。
まあ、負けているのだろう。親なんて、そんなものだと、割り切れればいいのだけれど。
「お袋もコノミに逢えて良かったんだろう。お前はどうだか知らないが」
「あー、どうだろうな、あれは。……悪くはなかったと、そう言っておく。下手なことを言えば、次に逢った時に、どうなるかわかったもんじゃないからね」
「それほど地獄耳じゃないだろ」
「そうあって欲しいね。報告は以上だ――が、親父はまだ朝霧だし、お袋も何かあった様子はない。本当にどうした? まさか、私に対してフリーの宣言をしてくれに、一時的にとはいえ逢いにきたと、そんな都合の良い話じゃないんだろ?」
「十四じゃまだ早いかなあ」
「十四の頃の自分に言えよ、お袋」
「んぐ……なんでそういうこと言うかなあ」
「安心しろ、今の状況そのものに不満はねえよ。実際、クズハさんのところで寝るのも、三日に一度あるかないかだ。居心地が悪いわけじゃないが、よく眠れないからな」
「ふうん――あ、ちょっとコウノ、飲み過ぎないでよ?」
「見た目変わらないだろ」
「そうだけど……」
「それよりもコノミ、どこでやる?」
「ファビオに見せる以上、開けたところだ。ベースからは離れておきたい」
「街道から外れて、山の麓あたりか……人避けの結界くらい、俺がやってやる」
「そこらは信頼してる。正直に言って、手の内が晒せて助かるんだよ」
「……場所か?」
「そういうことだ。ジェイセクさんに見せるのも、あまり好ましくはないからな。こと研究に関しては、なかなか難しい」
「居を構えるか否か――か」
「さすがに腰を落ち着けたいとは、思ってなかったからな」
「あはは、そう考えればコウノと逢った時って、もう済ませてたもんね」
「……まあ、な」
「親父、一つ聞くが、親父にとって〝朝霧〟ってのは、やっぱり呪いなのか?」
「先代がそう言っていたか。まあ、似たようなものだな。適性があれば継げるし、受け取るか否かの選択権はある。だが、次第に蝕んでいくような毒に似たものだ、確かに呪いなんだろう」
「どちらにせよ、重い荷物か」
「確かにそうだが――勘違いは、するな。俺は未だに、イザミに対してでさえ、まともにその〝荷物〟を見せたことがない」
「そうなのか?」
「ああ。――必要ない」
見れば、イザミは唇を尖らせて不満そうな顔だ。
「使う機会がなかったわけじゃ、ないけどな」
「つまり……親父が朝霧じゃなくなっても、荷物がなくなっても、大差ないってことか?」
「大差はあるだろう、荷物がなければ通れない道も世の中にはある。逆に、荷物があると通れない道も同様だ。必ずしも――」
そうなのだ。
「――楠木に速度で勝つ必要も、ない」
父親であるところの、コウノ・朝霧というのは、こういうふうに、見透かしたことを言ってくれて。
それが、どういうわけか、核心と呼ばれる部分を、貫くのである。
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