05/01/16:00――コノミ・トンボ帰りだけどな

 ――安全装置には二種類ある。

 帰り際、にやにやと笑いながらヒナノは言った。

「危険信号を感知して、落ちるもの。そしてもう一つは、危険だからと最初から制限をかけるものだ。その二つは、言葉こそ同じで、仕組みも同一であるように感じられるが、実情はまったく違うものだと認識していない者も、少なからずいる。お前はどうなんだろうね?」

 随分な皮肉だが、移動時間に考えるだけの余裕はあったし、何よりも年配者の遠まわしな助言なのだ、それを無碍に切り捨てられるほど、コノミは無鉄砲でも無謀でも、そして馬鹿でもない。

 真っ先に城門に行って話をすれば、先客がいて一時間くらいは見てくれとのこと。だったらと思ってキリエの診療所に行くが、人の気配がない。

 ――ただ。

 入り口の扉は、鍵がかかっていなかった。

「……」

 一度開き、何もないことを確認してから扉を閉め、コノミの術式で軽く施錠しておく。その間に展開した広範囲探査の結果、そう遠くない位置にキリエの反応がある。

 その周囲に、三つの人間もあった。

 裏路地に差し掛かれば、ぼそぼそと何かを言い合っているような声が聞こえてくる。ひょいと顔を見せれば、女一人に男三人だ。あまり雰囲気はよろしくない。

「――おい」

 声を放てば、ようやくこちらに気付く。錬度が低い、キリエも含めてだ。

「医者を長時間拘束するだけの理由が、お前らにあるのか? キリエ、てめえも面倒に巻き込まれてんじゃねえよ」

「うるさいなあ。こっちだって好んで、こんなトラブルに巻き込まれたわけじゃないの」

「ああそう。――私には関係ねえ話だ」

 更に数歩を踏み出したコノミは、手ごろな男に向かって無造作に発砲する。とはいえ、狙いはちゃんと太ももで、弾が抜けるよう配慮はした。優しさである。

「ちょっと!」

「なんだ? 聞こえなかったらもう一度だけサーヴィスだ」

 残った二人の、何が起きたのか、そもそもコノミが抜いた瞬間すら捉えきれない男たちを見て、コノミは言う。いつものような態度で。

「私には関係のない話だ」

「まったく……怪我をさせたら、私の仕事になるってわかってたから、穏便に済まそうと思ってた、私の心遣いを返しなさいよ!」

「はあ? 知るか馬鹿。最悪を考慮した私の対応を、もうちょっと評価しろ。それとも――」

 コノミは、足を撃った男の髪を掴み、軽く引き寄せながら、キリエを見て言う。

「――仕事をなくすために、ここで殺しておくか。そうすりゃ、医者をどうこうしようって馬鹿も、少なからず一人は減る」

 言って、喉の奥で笑ったコノミは、ようやく男に顔を近づけて、小声で。

「冗談だ」

 そう言い放ち、手を離してやった。

「乱暴な手際で悪かったな、野郎ども。騎士団が出張するよりはマシな結果だ、悪さをするならもっとうまくやれ。若い内の過ちだと、三年後には笑えるようになるさ。キリエ、いいから来い。話がある」

「仕事? プライベイト? 時間ないの?」

「心配したぶんは返せって言ってんだよ」

「柄じゃないこと言うねえ。まあいいや、あんたたちも怪我には気をつけなさい。男なら一対一で、正面からくること」

 そう言いながら、キリエは持っていた医療キットで、最低限の処置を済ませてしまう。

「はい、あまり動かさなければすぐに回復するわよ。コノミもちゃんと、筋肉なんかを傷めないように〝抜いて〟るからね。明日にでも、根性があるなら、もう一回うちの診療所に来なさい」

「――そんなクズにまで、優しいことで。私よりも五つは上だろ? 自己責任じゃねえか。トラブルを起こした側が、解決した側に文句を言うってのは、随分と情けねえ」

「……なにイラついてんの」

「うるせえ。呼び出しに応じるだけの暇があるなら、こっちに付き合え」

「はいはい……手慣れてることに疑問だけど」

「あ? 騎士団に通報されて、馬鹿を見た連中なら、ここ一年で両手以上だ。てめえらのやったことを棚上げなんて、できるわけねえのにな」

 やり方は乱暴だけどねと、二人はその場をあとにした。

「まったくもう――私の周りに、良い男っていないのかしら」

「知るか。股を開けって言う野郎ばっかじゃねえことは確かだろ」

「いや、それはそうなんだけどね」

 小さなトラブルで良かったとは思ったが、コノミは言わない。イラついているのも、それが原因だろう。ウェパード王国内部ならばともかくも、医者という人種は情報源である上に、引く手あまただ。目隠しの仕事――口外厳禁の、報酬の良い仕事ですら、迫られることもある。そういう最悪を考えての行動だったが、こんな結果ならば、最初からコノミも動いたりせず、診療所で待っていた。

「つーか、家くらい閉じとけよ」

「え、開きっぱなしだった?」

「泥棒なら、逆に裏を読んで警戒するけどな」

「んー、じゃあ一回戻る」

「診療所でいい、どうせ酒を飲む時間は取れない」

「そなの?」

 報告に戻っただけだからなと言って、それ以上の会話はなく、診療所へ戻る――が、先導したキリエは、入り口を開こうとして、そのまま停止した。

「――開かない」

「私の鍵だ。解けよ」

「ちょっとぉ」

 面倒臭い女だと思いながら、鍵を開けてやる。中に入ってほっと一息、煙草に火を点けたコノミに対し、何かを言おうとしたキリエだったが、諦めたように吐息しつつ、けれど睨んだ。

「で?」

「難しいことじゃない、単なる予約だ」

「どっちにしても面倒じゃなの……仕事の話よね?」

「プライベイト」

 本当かしらと、椅子に座ったキリエは、テーブルに手を伸ばして眼鏡を探す。

「なに?」

「端的に言えば、今の仕事が終わってから、私の中にある安全装置を全部一度、綺麗さっぱり消すから、手伝ってくれ」

「――はああ? え、なに、順序立てて説明して」

「あとでいいだろ」

「馬鹿」

「しょうがねえな……」

「それは私の台詞なんだけどね!」

「煙草を吸わせてもらってるぶんは、話すさ。魔力容量の問題だ」

「ん、だろうとは思ったけれど、どうしてそこに繋がるの?」

「安全装置は、私が把握していないものまで、私の中に組み込まれている。把握していないのは、誰かがやったわけじゃない。それは生活の上で、自然と私の中で生まれたものだ。過酷な環境、残酷な場面、あるいは楽しくて眩しい光景、そういった生活をやり過ごすために」

「……まあ、そうね、複雑だけれど、どんな状況も〝毒〟になるのは、医者である私も知ってる。そのために、人が人であるために、己が己を保つために、どうするのかも、ある程度はね」

「意図して作ったものもあるけどな……ともかくだ、私の中にある魔術的な安全装置を、ゼロから組みなおす。今の私なら、必要なものだけを作れるはずだ」

「それが、魔力容量の問題に関連してるって見てるわけ?」

「ああ……数日前に逢った、クソッタレな女の言い分を、私なりに翻訳した結果だ。癪な話だが、試しておきたい」

「その時は私が〝安全装置〟ってわけね」

「迷惑をかけるな。私の魔力が溢れることを想定してくれるなら、嬉しいね。暴走しても、ある程度なら抑えられるだろ、強引に」

「いつ?」

「少なくとも、今の仕事は五日くらいしないと片付かない。ま、大きくは移動時間だからな、私もプランをいくつか立てておく。当日、場が用意できないようなら、こっちで手配するが?」

「ばぁか、そんなコトをするなら、ここでやるに決まってんでしょ。素材は全部そろってる」

「仕事だ。引き受けられるか?」

「ん、いいよ、諒解。筋を通さなくても、お互いに知らない間柄じゃないでしょ」

「だから筋を通してんだよ」

「知ってる。五日後?」

「あるいは、もうちょい先だ。十日以上になる前に、一度連絡する。日取りは調整だな」

「危機のレベルがわかったなら、きっちりプラン立てておいてね。こっちも対応するけど、必要なものがあるなら先に」

「……悪いな、付き合わせちまって」

「ほんと、そういうとこ不器用なんだよなあ、コノミって。可愛いと思うけど。いつもみたいに、いいから付き合えって強引にやればいいのに、自分のこととなるとなあ」

「うるせえよ」

 強引にでも、行動する時の大半は、相手の都合を考えている時だ。酒に誘うのだとて、キリエの息抜きという理由があるからこそ、強引に出られる。けれど、自分の事情で相手を振り回すのは、苦手というか、不得手だ。

「例の仕事?」

「ああ……大きなトラブルはなく、終わりそうだ。リリーの宝水が欲しいなら、ついでに採ってくるぞ」

「単品で持ってても、使えないからいいよ。ありがと」

「ん。しかし――移動が面倒だ。二日もかかる。往復で四日だ」

「それは面倒ね」

「早馬でも買えばいいんだが、経費ばっか膨らませても仕方ねえ。次で終わることを祈ってる最中ね」

「ふうん。カイドウも連れてったとか? 怪我ない?」

「馬鹿、荒事にしねえのが、私の役目だ。今のところ下手は打ってねえよ」

「だって、そういうコノミは見たことないもの。時間いいの?」

「さんきゅ。んじゃ、行ってくるか……またな、キリエ」

「はいはい。ちゃんと戻ってきなさいよ」

「生きてたらな」

 ははは、と笑って煙草を消せば、笑いごとじゃないと睨まれる。ひらひらと手を振って診療所を出たコノミは、まだ早いとわかっていながらも、再び王城へ。

 入り口で挨拶をもう一度、それから中庭に足を踏み入れてぼんやりとしていれば、マーク・ゼネット団長がふらりと姿を見せた。

「ん――おう、コノミ」

「団長か。再戦の申し込みなら受付を終えたところだ」

「ははは、そう簡単に申し込みはしねえよ」

「だったら、キリエが巻き込まれたトラブルの始末書を提出しろってか? 後遺症のないように、足を撃ち抜いた私の手際の評価を先に出してくれ」

「なんだお前、またトラブルか」

「また、とはなんだ、またとは」

「トラブルを解決したのかって意味だ――乱暴なやり方なのは、間違いないがな。ノドカが?」

「野郎三人に囲まれてたんで、キリエが手を出す前に私が片付けただけだ。文句を言いに来たなら、いつも通りの対応でいい。やられたのはわかった――で、お前らは何をしていたんだってな」

「さすがは常習犯、よくわかってるじゃねえか」

「誰が犯人だ、誰が」

「仕事か?」

「そうだ。面倒なく終わりそうだよ」

「ならいい――おっと、ファルに捕まると面倒だ。じゃあな」

「ああ」

 なんだ、ただの挨拶かと思えば、謁見の準備ができたとのこと。誰がいたのかを探ろうかと一瞬思うが、時間も時間だったので、とっとと自分の仕事を終わらせることにした。

 コノミが顔を出せば、リクイスは玉座の隣に立っていた。ワイズはもちろん、座っている。

「姉さん、お戻りになったのですね」

「さっきな――もう、面会の仕事は終わりか?」

「時間的に、姉さんが最後になります」

「そうか。なら、とっとと済まそう」

 近づいたコノミは、懐からそれを取り出して、迷うことなくワイズの手元に落とすように渡した。

「……? 姉さん、これは」

「いえ」

 筒状になっていたそれを半分ほど開いたワイズは、片手を挙げてリクイスを制した。

「――先方はなんと?」

「好きにやらせろ、だ。いくら出す?」

「そちらの言い値は、いくらですか」

「二百だ」

「リクイス、金貨五百枚の手配を、すぐに」

「はい、わかりました」

「よろしい。こちらは、この設計図を拾った。トラブルがない以上、干渉はしませんが、場所を移すことは可能な限り、やめていただきたいと、お伝えください」

「王国が場を提供してやると、そう受け取っても構わないな?」

「ええ――ただし、提供するのは場所だけです。そこで何をしようとも、見えないのならばそれは、ないものと同じと」

「わかった」

「五百は、口止め料と設計図の購入代金です」

「口止め料も込みか」

「ええ、ウェパード王国が黙認したという事実の、口止め料です」

「諒解」

「それと、コノミさんたちへの報酬もお渡しします。といっても、三人それぞれ、五枚ずつになりますが」

「充分だ。必要経費込みでいい、どうせ往復の賃金だけだ、早馬を買ったわけじゃない」

「コノミさんがそう判断されたのならば、そうさせていただきます。なにしろ、こちらとしては何もなかったわけですから」

「気にならないのか?」

「おや、私どもはこの設計図を拾ったのです。ほかに何を気にしろと?」

「――シャヴァ王国なんかの介入だよ」

「ははは、そうなったら、こんな交渉は成り立ちませんよ。コノミさんの行動がなければ、そもそも発見はできませんでした」

「となれば、私の行動が余計だったとも考えられるが?」

「あるいは、そうかもしれません。けれど、もしもの時を考えれば、充分に有用です」

「私への口止め料がないことは、理解してるか?」

「――ええ。そこまで束縛はしません。何故ならば、コノミさんはこの国の人間ではないからです」

 やはり、敵わない。

 極論を言えば、コノミがこの情報をシャヴァ王国に漏らしたところで、何の問題もないと言っているのだ。いや、問題にはなるだろうが、それはそれだと。

「以上の報告はない。私はこれから行って、また戻るが、顔は見せないからな」

「はい。――すまないねリクイス、あとできちんと話すよ」

「いえ、おじい様。まだ僕には判断できないことだと、そう思いましたから。こと即決が必要なことは、難しいです」

「そいつを理解してりゃ充分だ。加えて、手に余る問題を、手のひらに収めるための道筋なんてのは、今のリクイスじゃ考えられねえだろうからな。そういうこともあると、今回は思っとけ」

「はい、ありがとうございますコノミ姉さん」

「感謝はいらねえよ。さて、金の用意ができたら、すぐに出なきゃな。今から出ても、次の街にくらい、ぎりぎり到着するだろ」

「もうすぐ陽が落ちますよ?」

「料金は割増になるな」

 コノミは小さく肩を竦めて、笑った。だったら、それでも行かなくてはならない業者を捕まえて、護衛の仕事と一緒に移動すればいいだけのことだ。


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