04/20/09:30――コノミ・オトガイの利用
体力的に男性よりも劣ることなど、コノミは重重承知している。どれほどがんばったところで自分は女性なのだし、躰を抜本的に改革させることは不可能ではないにせよ、女であることを捨てるつもりもなかった。女らしくあれと思っているわけでもないし、拘泥はないが――しかし。
コノミは、両親からすれば娘なのだ。そして、これからもずっと変わらない。変えるつもりもない。ならば、男であるオボロの仕事量に対して張り合う必要はないし、いいように使うこともないけれど、このくらいの差があるのかと、最終的に二割ほど運んだ量の多い仕事を見て、納得するくらいでいいのだ。
この仕事は商人組合の組長から受けたもので、基本的にはほかの街から運搬されてきた荷物を、各店舗に配送することだ。店舗といっても、それこそ繁華街全域に及ぶ範囲であり、それこそ賭場や娼館にまで荷物を運ぶ。もちろん、引き受けたのは二人だけではなく、今回は六人ほど集まっていた。その中で回数を一番受けており、経験があったのはコノミだったので、組長への最終報告と、後片付けまでやってから報酬を受け取り、時間を見ればだいたい二時間くらいだった。
「お疲れさん」
「コノミ殿も。自分はこういった作業も慣れておりますので」
報酬の入った革袋を投げて渡す。中身はもう二つに分けてあったので、コノミは片方をジャケットのポケットへ入れた。金額的には、今日明日は食えるだろう、くらいのものでしかない。
「繁華街では迷わずに済みそうですが、しかし、どこか荷物を預けるような場所はありますか?」
「信頼のおける相手に預けるのが一番だ――が、そんな相手もいねえか。悪いな、私が使っているところを紹介するわけにもいかないんだ。客を選ぶんでね」
「……、間違っていましたら失礼、オトガイ商店でしょうか」
「知ってんのか」
「昨日に顔を見せました」
「だったら話は早い、顧客なら無碍にはしねえよ。今から行くか、オボロ」
「そうですね、そのつもりでしたので」
金属ボトルに入った水を飲み干したコノミは、それを片手に持ちながら、ふらふらと歩く。角を曲がる前には必ずといっていいほど背後を振り返るが、肩越しに一瞥を投げる程度のもので、オボロはその行為に対しては気にしていないようだった。
陽が昇ると共に高くなった気温は、やや湿度もあってか暑さを感じるものの、まだそれほど苦にはならない。日焼けが嫌なら帽子があればいいし、日陰を縫うようにして歩けばいい。
「さすがに体力があるな」
「自分でありますか? もとより軍では、第一条件でありますから」
「そうだったな。要領も良い」
「ありがとうございます。コノミ殿はこうした依頼をよく受けるのですか?」
「こちとら居候の身で、親には一人で生きられると太鼓判を押されてる。飯を食うためには働かなくちゃならんだろ。もっとも、仕事なんてのは金があってもやるもんだと思ってるけどな」
金があって、暇を持て余すことほど無駄なことはないと思っている。たまには厄介で危険な仕事もしているし、それが終わればしばらく休みも取るが、そこはそれだ。
「安定収入は望めそうにありませんが……」
「そりゃそうだろ――と、案外近かったな」
「そうですね。……そういえば、コノミ殿も顧客なのですね」
「正式な客なのかどうかは、半信半疑だけどな」
それはどういう意味か、問いかけてこないのがオボロの良いところだ。無関心とは違うようだが、他人に踏み込もうとしないし、他人の情報を軽軽しく開示しない――それは一見すると、人付き合いが下手とも見えるが、いや、いずれにせよ似たようなものか。
中に入ると、相変わらず〝あんこ〟の匂いがする。すぐに扉を閉めるよう視線でオボロに伝え、コノミはカウンターへ向かう。この水の王国で火薬の精製なんてよくやる、なんて思うこともあるが、それが店主の仕事だ。
「客だ、クーク。砂遊びの途中なら出直すが?」
声を出して数秒、すぐに奥から眠たそうな顔のクークがやってくる。オボロには一瞥を投げただけだった。
「デートなら場所を変えなよ」
「馬鹿言え、私だってもっと良い場所を選ぶさ。野郎とは縁が合っただけだ。今後はどういう付き合いになるかも知らないね」
「コノミ……あんた、だんだん父親に似てきたね、その口調」
「比較されるのもどうかと思うけど、私はこれでもあの人の娘だ」
「知ってる。――で、一番槍は得物を取りにきたのか?」
「は、その用事もあったのですが、こちらでは荷物を預かっていただけるものなのでしょうか。そういった話をしていたところであります」
「ああ、そういうことか……コノミ、説明はしたんだろうね」
「私がか? するかよ、そんなこと。私が預けてるものまで明かす羽目になるのは、考えるまでもない」
「それは店主の役目ってか」
「眠い時のクークは機嫌が悪くないから助かる」
「良くも悪くも、面倒だからねえ。一番槍、うちで預かるのは金と得物だけだ。それ以外の荷物は許可していないよ」
「金――で、ありますか」
「ああ。特に魔術品なんてのは、単価が高いだろ。そのために金を溜めても、所持してることに危うさを感じる場合は往往にしてある。うちの客に限っては、特にそういう傾向があるからな。きっちり保管してるのは、コノミも実感してるだろう」
「まあな」
実際、こちらへ来る前、去年以前の仕事で得た報酬は、コノミの手に余った。仕事の内容が戦場に赴くようなものならば、命の対価として相応の金額が提示され、成功すれば収入となる。ここから先、二十年も楽に過ごせるだけの金があるとなれば、信頼がおける場所に保管したくもなるのが人間というものだ。さすがに、その金を元手に事業を起こそうなどとは思わないし、ここから先も、よほどの緊急時以外は手をつけようとは思っていない。だからこそ、先ほどのような仕事をしているのだ。
「出せ」
「おい、ほかの客の前でか」
「お前と一番槍との関係なんて知るか。こっちは店としての対応をするだけだ、違うか?」
そう言われては仕方ないと、腰の裏に手を伸ばしたコノミは、オボロのことなど気にせずに自動拳銃を引き抜く。刻印こそないが、そのフォルムはかつてP229と呼ばれていたものと酷似していた。
「さすがにメンテはしているな」
「使う機会がなけりゃ、それに越したことはないんだけどな、それでもメンテを忘れるほど寝ぼけちゃいないね」
「一度分解するぞ。――で、どうするんだ一番槍」
「は、それでは金を預けてもよろしいでしょうか」
「おう。引き出しはどの店舗でもできるから安心しとけ」
分解から組み立ての手際は、さすがに速い。下手をすればコノミよりも速いのだから、どうかしてる。いや、専門で扱っているのだから当然だろうけれど。
「不具合はなしだ、人の頭を殴るならほかの鈍器にしろ」
「場合によりけりだな。それと、九ミリを百ほど融通できるか?」
「二日待ってろ」
「のんびり待つさ」
受け取った拳銃を腰の裏に戻しながら、横に動いて場を譲る。オボロはそれを見てから頷き、カウンターに近づいてから麻袋を床に降ろして手を入れた。
「こちらを預かっていただきたい」
「へえ、なんだ一番槍、いい稼ぎじゃねえか。もっとも、六年くらいだったか? その働きに見合っているかと問われりゃ、いささか疑問だな。少ないとも思えるくらいだが、まあお前がそこを納得してるのなら、私が口を挟むべきじゃないか。諒解だ、お前の名前できっちり預かっておく。数えておくか?」
「いえ、信頼しております、クーク殿」
「面倒がなくて助かるねえ。どうだコノミ、見習ったらどうだ」
「親父に言えよ。私が面倒を持ちかけたことなんてないだろ」
「そうだっけね。――つーことはだ、一番槍。カイドウとも知り合ったんだな」
「はい」
「口止めってわけじゃないが、野郎はうちの客じゃない。一緒に連れてきても追い返すだけだ。そこらへん、気をつけろよ」
「諒解であります。こんな機会でもなければ、コノミ殿に同伴することもなかったかと」
「わかってりゃいい」
「――クーク、答えられなければそれでもいい。質問が一つ」
「そりゃ……珍しいな。どうしたコノミ、それこそ厄介な案件か?」
「そう思うんなら返答はいらない。だからこっちも勝手に言う。さっき、エンデ、あるいはヌルと名乗る野郎に出逢った。情報はあるか」
僅かな同様の気配、そして。
「眠気が飛んじまった――」
ぼやきながら視線を逸らしたクークは、やや警戒しているように見えた。戦場の中で、背中に汗が浮かぶ感覚が、たぶん近い。
「先代が世話になった野郎で、私は直接知らないね。話をしたのか?」
「オボロ」
「はい。厳密には、会話をしたとは言えません。コノミ殿に任せきりでしたが、自分が見た限り、彼が多くを話しており、こちらはただ対応したに過ぎない、と感じました」
「厄介な感じがあったから、話はとっとと切り上げた。野郎はどういう人物なんだ」
「…………ま、いいか。あんたらは客だし、オトガイは情報拠点でもある。野郎の流儀じゃないが、ある程度は教えてやれるか。エンデはな、いわゆる〝騙り屋〟だ」
「騙りでありますか?」
「そうだ。とはいえ、騙す方面に特化しているわけじゃない。野郎に知らないことはなく、わからないことだけを持っている――なんてな。これまでも、どういう因果か、時代の流れのなかで、ああいう人種はぽつんと出現する。知識の宝庫だが、その情報には対価が必要になる」
「物品に限らずか」
「そうだ。対価のぶんだけ情報をくれる。逆に言えば、情報のぶんだけ対価を取られる。奪われると言ってもいい。きっちりとした均衡が必然的に生じるから、それはそれでいいんだがな、まあ厄介な手合いだ。相手の知っていることしか話さないってのも、どういう理屈かはわからない。ただ徹底はしてる」
「ただ話すだけ、故に〝騙り屋〟か……親父たちが逢ってるわけだ」
「そう言ったのか? 野郎が?」
「伝言を頼まれた、それだけだ。お袋はともかくも、親父なら対等に渡り合いそうで嫌だね」
「はは、まったくだ。――嫌だね、本当に。そのうちに来店しそうで嫌だ。客じゃないけど、追い返せる人種じゃない……聞かなかったことにしても結果は同じとなれば、頭を抱えたくもなる」
「――どうしたオボロ」
首をひねるようにして考え込んでいたオボロに声をかければ、こちらを見る。視線を合わせないと会話ができない手合いは、どちらかといえば喜ばれるので構わないのだが、こいつはちょっと気遣いが過ぎる。
「対価を支払ってでも聞きたいことがあるってツラね」
「そうですね、そうかもしれません。自分はこうしてシャヴァ王国より外に出ることで、それなりに世界の広さと己の未熟さを痛感しているのですが……もし、時間が許すのならば、槍使いを……自分を孤児院から買ってくれた男を探してみるのも良いかと、そんなことも考えていたのです」
「それを問いにして返答があるかどうか、対価がどの程度かはともかくとして、逢ってどうすんだ、オボロ」
「槍の基礎を教えていただけたことの感謝を、一言でも伝えられたらと思っております。恥ずかしながら、教えていただいた教訓は今でも、戦場で思い出すものですから」
「そりゃあ、否応なく意識はするか。対価が重そうで私なら遠慮したいところだ」
「重そうでありますか?」
「人探しほど面倒な仕事はねえって話だ。どこにいるのか、それを聞くだけでも労力に見合った対価が必要になる。相手が相手なら、それこそ十年かけて探すだけの対価だ、想像を絶するね。この大陸にいるかどうかすらわからないなら、今の私にはお手上げだ」
「対価とは、そこまで考えるものなのでありますか」
「見えないもののやり取りってことは、そういうもんだ。対外交渉は苦手か」
「苦手というより、担当になったこともありませんでした」
「〝一番槍〟に交渉を任せるくらいなら、先陣を切らすってことだろう。一人で生きていくためには、ある程度必要になるかもしれないけどね。――確かに、金は預かっておくよ」
「よろしくお願いします、クーク殿」
「だったら用事は終わりだ。クーク、頼みはあるか?」
「今のところは落ち着いたもんだよ。ただし、また〝遠征〟をするなら声をかけな。場所によってはなにか頼むかもしれない」
「しばらくその予定もないが、あったら一声かけるようにしてる」
「そこらの礼儀は、良いんだけどねえ、あんたは。で、槍はどうする一番槍」
「用意していただけたのは幸いですが、二本持ち歩くには及ばないかと。しかし、使ってみた方がよろしかったでしょうか。それならば、午後に機会があると思われますので、一旦は受け取ろうかとも思っておりますが」
「だったら持っていきな――と、コノミ、どうなんだこいつは。見たんだろう」
「やったのは私じゃなくてミヤコさんだ。それでも私は、望んでこいつと敵対しようとは思わないね。何しろ面倒で、厄介だ」
「へえ、そりゃいい。私は実際に見たわけじゃないからね、そこらの情報が欲しかったんだ。しかし、コノミが厄介だと言うんなら、相当だろうねえ」
「よしてくれ。私なんてまだまだガキだろ」
実際にそう思っているし、慢心をしない理由にもなる。けれど、戦いなんてものは正面から挑むものとは限らないと知っているのも事実で、いざ構えて立ち会う前から勝負は始まっているものだとも思っていた。だから、熟練者にそういう扱いをされると困る。ハッタリ半分だと言われても、否定のしようがないのに。
「コノミだって似たような生き方をしてきただろう」
「決めつけるな、私は軍人じゃない。規律の中で過ごしてきたオボロの方が、よっぽどしたたかだ。私はそこらを誤魔化して生きてる」
「どうだかねえ」
「うるさいな。クーク、これがフラグになって、オボロとやり合う羽目に陥ったら、責任を取らせるぞ」
ははは、なんてクークは笑う。それが冗談だとわかっているからだ。
「だいたい、同世代で〝本気〟になったコノミと渡り合える相手なんぞ、そうそういないだろう?」
「ここに一人いるじゃないか。なあ?」
「は……そう言われましても、どうなのでしょうか」
詰まらん返事だと、二人は笑う。けれどたぶん、本気で対峙することはないだろうと、この時点でのコノミはそう思っていた。
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