02/16/08:30――コウノ・性格が悪い
うげ、なんて声に対して一瞥を投げたコウノ・朝霧は、足を止めてから煙草を取り出して火を入れた。
「なんだイザミ」
「あたし、こういう街、苦手なんだよね」
袴装束を着たイザミ・楠木は上層を仰ぐようにして、少しだけ嫌な顔をした。
「なんていうか、閉鎖的。その中で上下関係を作り出して、弱者と強者を明確にする。で、その線引きそのものが強引っていうか、一方的っていうか」
「珍しくもないだろう、何が苦手なんだ」
「雰囲気。――できれば壊したいと思いたくなっちゃうから」
「ふん」
「なによ、コウノはどうなわけ?」
「特有のルールがあるなら、それを探るのが面倒だと思うくらいなもんだ。ま、ここはわかりやすいが」
「そう?」
「少なくとも閉鎖的な環境は窺える。そもそもAAを持たずに出歩く連中ばかりで、街――この国に張られた雷避けの結界を見りゃ、くだらねえと吐き捨てたくもなる」
「あー、そう言われれば、そうだね。雷避けかあ……賢いのか、どうなのか、ちょっと考えたくはなるかな。誰が作って、どうやって維持しているのかが問題かも」
「――大して手入れはされてねえよ」
「やっぱコウノはわかるんだ」
「ああ、ちゃんと署名入りの術式だからな。俺が見る限り、こいつの本来の意図は――そうだな。一人前になる前の子供たちを守るための、囲いに近い」
「子供を守るって……母親みたいな?」
「いや、どちらかといえば、この国そのものを〝学校〟にしていたような感じが近い。……凄まじいな、これは。この術式一つで、理想をいかに現実へ近づけるか、その錯誤すら――その背景すら、見通せる」
けれど、それは。
「それは、お前だからわかるんだろ」
「あ、マエザキさん! お久しぶりー」
「おう、イザミ。よくよく縁が合うな……まさか、朝霧と同行してるとは、冗談の類だと思ってたぜ」
右手に看板を持った男は、それを杖にするかのように肘を乗せ、笑いながら煙草を吸っていた。
――瓦礫になった、店舗の前で。
「マエザキ」
「朝霧、この国の在り様をどう見る」
「過保護と放任の境界線が、ここには在ったんだろう。優秀な人材を外へ送り出すための機構ではなく、独り立ちすることを前提とした、優秀さの追求、その研究が行われていたとも感じられる。おそらく、この結界を張った――ないし、張ろうと考えた人物たちは、常に問い続けていたはずだ。自分は教育者だが、そも、教育者とは何だと」
「知っているか?」
「キーコ・酒井。それからエッダシッド・クーンの名前くらいは」
「だとすりゃ、さすがは朝霧の慧眼だと、そう言うべきか」
「現実の情報は今、ここにある。そこからわかることを導き出しただけだ。んなことよりマエザキ、お前は何をこんなところで遊んでやがる」
「遊んでるように見えるか、イザミ」
「ん? そうだね、なんかのんびりしてるなあ、とは思ってた。自分で壊したわけじゃないんでしょ?」
「自分の店舗を壊す馬鹿はいねえよ」
「だったら尚更だろう、マエザキ。それとも、手は打ってあるとでも言うつもりか?」
「どっかの馬鹿が脅迫まがいのことをしてきた時点で、想定はいくつかしてたけどな。ただ――俺だって、感傷に浸りたい気分にはなる。直接見てきてはいないが、俺は〝マエザキ〟だからな」
「つっても、だからこそこのままじゃダメだろ」
「昼過ぎにゃ動き出すさ」
「どこまでだ?」
「手伝う気があるのか?」
「……イザミ」
「へ? あたし? 何するのかは知らないけど、っていうか予想はしてる。必要ならやるよ?」
「マエザキ、イザミはこう言っている。前向きに検討をするが、それはこっちの質問に答えてからだ。甘えるな、まずは情報を寄越せ――と」
「あたしそこまで言ってないじゃん!」
「腹の中で黒黒と思っていることを代弁しただけだ」
「それコウノの腹の中だから!」
「で? どうなんだマエザキ」
「その前に、お前らは何しにきたんだ」
「こっちの質問が先だ。少なくとも馬鹿が一人、ここらでうろついてるはずだ。ろくに痕跡を消せもしねえ、半端な未熟者がな」
「そりゃどっちだ?」
「――なに?」
「行動で騙る女か、それとも――魔術で己に問いかける男か」
「え!? うそ、リンドウもここにきてんの!?」
マエザキは笑い、コウノは煙草に火を点ける。
「って、ちょっとコウノ! その態度、さてはあんた知ってたな!?」
「うるせえ。それだけ情報収集に差があると知って落ち込めよイザミ。そのくらいの方が静かでいい」
「こいつ性格悪いんだけど!」
「知ってるが、俺に文句を言うな。朝霧に言え」
「俺も知ってるが文句言うな」
イザミは足を踏み鳴らしだした。
「地面に八つ当たりすんな」
「じゃ、コウノが受けてよ!」
「面倒臭いことを俺にやらすな……で?」
「ああ、数日前にきていた狐とリンドウを中に入れておいた。何をしろとも、詳細も説明してはいないな。確か、酒井アカデミーに入ってたはずだが」
「呆れた野郎だ」
「こちとら商人だ――と、今回は言い訳にもならねえか。ははは」
「戦場じゃ一単位の兵士だろうが。俺も、お前も、イザミも同じだ」
「儲けを度外視する俺らオトガイは、商人ではあるが――戦場の中では駒でしかねえ、か。確かにな、戦争を起こして武器売買で稼ぐなんて真似、誰もしねえよ」
「かといって、リンドウや狐に話すものもねえ――だろ」
「そういうことだ」
「……ん? え? どゆこと?」
「この際だから俺が丁寧に説明してやる。感謝しろイザミ。いいか、先に感謝だ」
「うっさい」
イザミが軽く蹴るけれど、コウノはそれをひらりと避ける。
「説明なんぞ、――必要ねえんだよ」
「だから、なんでよ。誰かがオトガイさんとこの店舗を潰したんでしょ? すげー問題じゃん、これ」
「答えを自分で言ってんじゃねえか、気付け馬鹿。オトガイの店舗を潰した。しかもこの様子じゃ夜の内、しかも外から来た流れ者じゃねえ。つーか、流れ者なら真っ先に回避するだろうしな。結果は出てる。俺なら今からこの〝国〟を潰す」
「……あ、うっわ! うわー! 物騒だ、とか思ったけど、あたしもそうするかも!」
それだけの付き合いが、オトガイにはある。更に言えば、イザミはマエザキ本人とも付き合いがあるのだから、そのくらいのことはするだろう。
そう、その程度のこと。
「たかが、国一つだ。オトガイの店舗とは比較もできねえくらい、軽いもんだろ」
「その言い方はどうかと思うけど」
「つまり朝霧はこう言ってるんだな? 俺が動かなければ、お前がやると」
「そう聞こえなかったんなら引退しろマエザキ、耳が遠くちゃカウンターに立てねえよ」
「言いやがるぜ小僧。大地の味を忘れたか?」
「次にやる時は俺が〝朝霧〟だと、先代の言った言葉を忘れてるのはマエザキだろうが。そうなっちまった以上、あとに引けねえのも、わかってんだろ」
「はは、それもそうだ」
「で? 更地にしちまうか?」
「それも考えてた」
「こいつら物騒なことを平気で言うなあ……」
しかも、できる、できないの話ではないところが危うい。
「朝霧、お前の目的はなんだ?」
「クーンが存在するかどうかの確認と、狐に逢いにきた」
「事情は」
三秒ほど、間が空いた。その逡巡の結果として、どうせオトガイとは縁が切れず、世話になると思い、言う。
「イザミを育てることを、ベルと契約した。内容の詳細は言えない」
「――……ああ、詳細は言うな。ただ、狐はともかくも、〝教育〟の観点からクーンを探ろうとしたことは理解できる。だからこそ言ってやるが、今のお前じゃ逢えねえよ」
「そうか」
だろうな、という納得が先行する。何しろ。
「縁が合わないからな」
「わかってるなら、俺も余計なことは言わねえよ。今ならぎりぎり間に合うか否かってところだってのもな」
「そう言われても、追いかけやしねえよ。いい加減、面倒だ。用件は?」
「リンドウに魔術書の所在を掴めと伝えておいてくれ。狐にはできるだけ殺すなと」
「……マエザキさん、そういう頼み方するんだ」
「なんだ、オトガイなんてだいたい、こんなもんだぞ、知らなかったのか? 相手の目的を聞きながら、それに合致したことを頼む――それ以外は、本格的な〝仕事〟の領分になるからな、店主がやった方が早いし、やらなくてはならない。例外は、あるが」
「義務はねえよ」
「権利は、いつも持ってるじゃねえか。こっちは?」
「イザミも暴れて構わない。朝霧」
「おう」
「〝仕事〟だ」
「……ああ」
「へ? コウノは例外?」
「言っただろう、俺は〝朝霧〟なんだよ。こいつが〝マエザキ〟であるのと同様にな」
それは、似たような立場というよりもむしろ、同じ舞台の上にいる存在に近い。店主がやるということは、この場合、マエザキがやること。マエザキとは、オトガイ商店――そのシステムの中において、知識と技術を代代受け継ぐ存在だ。そして、その存在とは、朝霧も同様である。
「オトガイの名を広めてくれ」
「いいのか?」
「ああ、もうこの場所に店舗を持つことは、二百年ない」
二百年、それが一つの区切りだ。同じ場所に店舗を持ち続ける彼らの流儀――その名を意図的に広めることは、その場から去ることと同義になる。
「平行して、ここに布陣してあるすべての術式を消してくれ。痕跡それ自体までは、そうだな、好きにしていい」
「――わかった。引き受けよう」
「頼んだ。こっちは追っつけ王城へ向かって、カタをつける。それこそ、昼ごろになるだろうけどな」
「好きにしてくれ」
「ぬう、やっぱリンドウんとこ行くのか……」
「なんだ、嫌なのか?」
「だってリンドウの説教長いんだもん!」
「説教されるようなことをするお前が悪いんじゃねえのか」
「そ、そうかもだけど!」
「いいから行くぞ馬鹿。酒井アカデミーにいるんだろうしな」
「馬鹿って言うなー」
そんなことを言い合いながら歩いて行く二人を見て、小さく笑ったマエザキは新しい煙草に火を点けた。なんだかんだで、部外者から見れば、良いコンビだ。
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