10/16/14:00――イザミ・エイレリク
第五区画の印象は、高級住宅街だ。もちろん全てがそうであるわけではないが、王騎士や近衛騎士の住宅、別荘などもあり、限られた土地を広く使って家が建っている。
「とはいえ、印象としては屋敷ってのが近いね」
ハウスキーパーが歩いていても、珍しくもないのが第五区画らしい。そして、ラディの実家もここにあるそうなのだ。
頼んだ伝言の返答は、是非にとのこと。あれから数日経過して、相手が休みの日ということで、こうして出てきたわけだが――。
「なんで、コウノがきてるわけ? 面倒じゃない?」
「うるせえ。面倒は確かだが、面識があるんだよ……それを、どういうわけかあの女、ラディに話しやがったらしい。道案内は俺に任せろ、だとよ」
ジャケットのポケットに左手を入れたまま毒づくコウノは、相変わらずどこか気怠そうな表情だ。
「どっち?」
「断った方が面倒」
「ふうん。しっかし、よくよく縁が合うね」
「イザミがいなくなりゃ、面倒も一緒になくなるような気がしてな。考え出すと良い暇潰しになる」
「考えるならほかのことにしなよ」
「たとえば?」
「――たとえば、今すぐにでも騎士証を手に入れる方法とか」
「なんだ、欲しいのかよ」
「そのために学校に入ったの。あんなとこに目的はないし。まあ? リーレと知り合えたのは収穫だったよ、オリナに気にいられたのもね」
「抜け目ねえな。……ま、暇潰し程度にゃ考えておいてやるよ」
「嬉しいなあ。ちなみに、これでもあたし、コウノのこと気に入ってるからね?」
「手合わせしたいだけだろ」
「それもある」
「めんどくせ。おい、ここだ」
うん、と頷いて足を止める。庭の様子はそれぞれ違うものの、表札以外はほとんど同じ外観だ。それなりの庭に、噴水まであるところから、金がかかっているのも窺える。ただし、だからといって過ごしやすい、とは思わないけれど。
「あたし、ここに住むくらいなら野宿だ」
「同感だな」
中に入ると、すぐにハウスキーパーが出迎えてくれ、中に案内される。待っていたのは部屋着をきた、落ち着いた女性だった。
やや青色が混ざった髪に、同じ色の瞳。そして、テーブルに置いてある一振りの剣に視線を送ったイザミは、じっくりと顔を見てから首を傾げた。
「あんまり似てない……かな?」
「知るか。――おう、久しぶりだな、エリック」
「相変わらずね、コウノ。そろそろ、本気になったかと思ったけれど」
「めんどくせえことを言うな」
「ほんとう、変わらない。それで――ああ、座ってちょうだい」
「んや、あたしはいい。あなたが、エイレリク?」
「そうよ」
「コウノからは詳しく聞いてないけど、あたしはあたしの目的のために、遠慮なく訊くけど、間違いなくエイレリク・ウェパードでいいのね?」
ええ、と頷いた彼女、エイレリクは椅子に腰かけてから、テーブルの上の剣の鞘を軽く撫でた。
イザミは、ウェパード王国の傍で生まれ、育った。両親が国の騎士団に対し、訓練をたまに見ている、なんてこともあり、ワイズをおじさんと呼んで仲良くしていて――事情も、それとなく聞いている。
エイレリクは、ワイズの姉であると。軍事国家であった頃の王家を滅ぼしたあと、自らの意思で旅に出て、それ以来の連絡はない。もし逢う機会があったら、近況だけでも教えて欲しいと、ワイズからは言われていた。それ自体は単なる口約束だけれど、だからといって無視するほど気軽なものではない。
「あたしはジェイ・リエールとミヤコ・楠木の娘で、イザミ・楠木。ワイズおじさんには世話になってる」
「――そう、だったの。ええ、そうね、私に娘がいるのなら、ジェイにも子がいておかしくはないわね」
「双子の弟で、リンドウ・リエールがそっちは継いでる。エイレリクさんは、とりあえずここに落ち着いて、大丈夫なんだよね?」
「後悔はないわ」
「あんがと。それは伝えておくね。なんていうか、おじさんも本気で探してるわけでもなくて、もう逢えないのがわかっていて、たぶん自由に生きているんだろうなって思ってるって言ってたから」
「そう……連絡をしようにも、手段がないからできなかったの。私は――幸せだと、もし可能ならば伝えて貰えるかしら」
「うん」
「ワイズはどう?」
「上手くやってるよ。国も安定しているし、ノンノおばさんも一緒だから。最近はうちの父さんも、なんだか頻繁に呼ばれて食事をしてるみたい」
「――そう」
「……ラディにあれを預けたんだから、こういう状況を期待していたんじゃなくて?」
軽く瞳を伏せたエイレリクは、少しだけ懐古を胸に抱く。
「そうね。こうなることを期待していたのは私よね。けれど、いざきてみれば、言葉が出てこないものなの」
「そりゃまあ、あたしだって伝言係みたいなもんだし。それに今のおばさんは、もうこの国の人だからさ」
「そう見える?」
「うん。ここでは騎士?」
「騎士証は持っているけれど、仕事としては働いていないわ。一人旅をして、どうにかここへ到着した頃には、もう心が切れかかっていて、剣を握る理由はしばらくなかったの。それでも、息子のためには握ることもある」
「それを心配してた。もしも、まだおばさんが剣を振って、あるいは旅をしているのなら、あたしは止めたかもしれない」
「そう、ありがとう」
それにしてもと、相好を崩したエイレリクは笑う。
「あのジェイに子供がねえ」
「あー、それはうん、よく聞いた。おじさんに言わせれば、父さんも随分と丸くなったってことらしいけど」
「ふふ、そうでしょうね。――いつまで?」
「わかんない。ただ最長で半年にはなると思う。可能かどうかの見極め期間もあるし、できればその間にとっとと騎士証を得たいんだけどね」
「今までの記録だと、最短で二年ね。学校に入ってから、という意味合いだけれど」
「最悪、騒ぎを一つ起こすだけで済むとはいえ、何事もなく済ませるに越したことはないんだよなあ……」
「おい、物騒なこと言ってんじゃねえぞ」
「まったくよ。そもそも、その目的はこの国じゃないとダメなのね?」
「たぶんね」
「目的を話すつもりは?」
「――地龍ヴェドスに干渉すること」
「はっ、笑える冗談だクソッタレ。でけえ口は調子を戻してから言え」
「そりゃそーだけどさあ」
「真に受けるなよエリック。旅人ってのはこういう人種が多い」
「……どうかしら。いえ、どちらにせよ私にはあまり関係がないけれど、コウノはそうも言ってられないのではなくて?」
「うるせえ、知ったことじゃねえよ」
「どういう関係?」
「先代の知り合いだ。ほかの大陸からきたことも、聞かされてる。といっても、それだけだな」
「先代の朝霧には随分と世話になったのよ。コウノのことは、子供の頃から知ってる」
「そういや、エリックは確か、リウラクタには逢ってねえよな?」
「ええ、そうね。話は先代から聞いているいけれど……でも、猫とは話したわよ? あの黒猫」
「メイか」
「ああ、そうか、それで……」
「あ? なんだお前、納得したようなツラしやがって」
「うん、メイからの情報だったからね、そういうことかって。あの子なら、今は弟と一緒にいるよ」
だからといって、直接その情報を得たわけではないのだけれど。酷く迂遠な方法で示唆されたに過ぎない。
「――さて。伝言は承ったから、生きていたら伝えるよ。機会があればまたってことで」
「ええ、ありがとう。思いのほか、私自身も未練がないことを確認できた。ラディをよろしくね」
「あはは、あたしがどうこうせずとも、あの子なら生きられるよ。それじゃあまた」
「おう、邪魔したな。俺も戻る」
「コウノは、もう次はない方が、私としては嬉しいのだけれど?」
「うるせえよ」
もう来るなと言っているわけではなく、単に足踏みをしているコウノが、前へ先へと進むのならば、その方が良い――なんて言葉を皮肉にして放たれた言葉を最後に、二人は屋敷を出た。
――面倒だ。
口癖のように、コウノは言うけれど。
「あたしには隠し通す方が面倒だと思うなあ」
「ほっとけ。一人で帰れるな?」
「帰れるけど、なに、どっかいくの?」
「遊びにな」
「どこに」
「どこだっていいだろ……ああめんどくせ、賭場だ賭場」
「あ――そうだ! それだよ、この国にもあるんだ。あたしも気分転換にいく」
「はあ? ……てめえの尻は拭えよ」
「自己責任って言葉はよく知ってるから大丈夫。どのていどの規模か知らないけどね」
「それほど大きくはねえよ。賭場は第五区がメインだけどな、そっちにはいかない。第三にある」
「その方が手軽ってわけか。あんまり区を跨いで動く人ってのは、いないんだよね、ここ。もちろん一定数いるけれど、その行動が〝日常〟にはなってない」
「よく見てやがるぜ」
「コウノが言ったんでしょ。基本は見ることだって。最初の頃は、手酷い失敗とかしたしね。何しろ、旅をしたいと思ったのは確かで、実行に移したのはあたしだけど、旅ができるように育てられたわけじゃないから。――コウノとは違って」
「最後の一言だけは余計だな。お前の親も、旅をしてたんじゃねえのか」
「そうだけど……生き残れるだけの実力があるなら、あとは現地で経験しろって言われたし、あっさりくたばったら悲しんでやる、とか言われた。だから最初は、弟と一緒に旅をしてたの」
「……いつからだ」
「ん? えーっと、十三で旅に出て、十五まで一緒だったから、一人旅になってからはまだ一年ってところ」
「なんだあ、お前まだ十六かよ」
「うん。コウノはいくつ?」
「俺は十八だ」
「がっこ、卒業すればいいのに」
「卒業したって生活が変わるわけじゃねえよ」
「勿体ないなあ。――ね、コウノ。あたしと一緒に旅をしない?」
「はあ? お前を手伝えってか?」
「冗談、手伝えなんて言わないし。ただ、二人の方が都合良いことって、世の中にたくさんあるから」
「目的もねえのに、ふらふらと出歩くんじゃ、トラブルを引き寄せるだけだな」
「強くなりたいってのは、目的になんない?」
「少なくとも、俺はそんなことを思ったことはねえよ」
そうだ、思ったことはない。だからといって弱いままの自分を許せなかったのも事実だ。だからこそ、母親から朝霧を継承したのだから。
けれどそれ以降がない。どうすべきか悩んだまま、ぼんやりと日日を過ごしている。内心を吐露すれば、目的のあるなしに関わらず、前に進むイザミを眩しいとすら思う。
だからだ。
――惹かれる、か。
認めたくはないが、そうでなくては行動を共にすることなんて、ありえなかった。
「イザミはどこまで、俺が見える?」
「言わなかったっけ? あたしは魔術師じゃないから。ただ――騎士証そのものを、あたしとは違って必要しない人種だと思う。なんていうかな、あたしの印象をそのまま口にすれば、なんだか」
なんだか。
――刃物がそのまま歩いている、とイザミは前を見たまま言った。そんなことを当てられて、動揺するようなコウノではない。
「ちなみに、勝算は?」
「勝ち負けで人は見ないよ。ただ、やり合うならそれなりの〝理由〟を探さなきゃいけない相手かな。見抜けない〝なにか〟を持ってある相手ってのは、だいたいそう」
「理由、ね」
「必要に迫られてってだけじゃなく、ただの手合わせだ、試合だ――ってのも、理由だけどね」
「それなら、手を抜かれて終いだ」
「そこが難しい問題。逆に訊くけど、コウノはどうなわけ? 勝算はある?」
「あるなしの二元論なら、あるに決まってんだろうが」
薄く、笑いながらコウノは言った。
「――勝算は作れ。俺はそう教わってる」
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