10/12/15:30――コウノ・面倒がやってきた
外から見ても、そこが喫茶店であることは明瞭で、かつ、なかなか構えが厳かだ。旅人にとっては、迷わず選択から外すようなその場所に、コウノはふらりと入っていく。中にいる客も服装がきちっとした、いわゆる役人のような姿が目立つため、対応に出た女性が少し困ったような顔をしていたとしても、仕方ないというものだ。
ただ、リーレから受け取っていた紙を見せると、顔色が変わった。
「――案内はいらない、テラス席を借りる。本人がくるまで待たせてもらおう。暖かい飲み物と、軽く食べられるもの。そちらのおすすめで構わない。いいな?」
「はい、承知致しました。ごゆっくりどうぞ」
「ん、悪いな」
手慣れた対応だなあ、なんて思いながら、店の敷地内にあるテラス席へ。四つほどあるテーブルの一つを選択したかと思えば、日除けのパラソルからやや外れるよう、陽のあたる位置に椅子をずらし、コウノは腰を下ろした。
「――そういえば、屋上でも陽の当たるところだっけか。普段が日陰者だから?」
「誰が日陰者だ、誰が」
「だって。……あはは、もしもリーレの傍にあたしがいなかったら、あるいはリーレじゃなくっても、こっそり手伝ってたんでしょ?」
「なんの話だ」
「襲撃の気配は、一つの場を創り上げる。その違和感に気付くか否かは、場数しかない。偶然紛れ込むことの難易度の高さを、ここで説明するつもりもないけど――あの場にいたのが、もう証明してるじゃん」
「面倒な人生を送ってるな、お前は」
「そりゃ旅なんかしてたら、この程度のことは身についてないとね。というか、あたしとちゃんと話をするつもりはある? 腹の探り合いがしたいなら、それこそ面倒なんだけどさ」
「面倒、ね」
実際に面倒だと思っているのも確かだが、それはスタンスであって、指針でもある。すべてが面倒だから投げ捨てているわけではない。
丁寧な態度で店員が紅茶とクッキーを置き、頭を下げてから去る。それを見送ってから、躰の半分を日陰に入れるようテーブルに近づき、コウノは口を開いた。
「お前」
「イザミ」
「……イザミ、ここの出身じゃねえだろ」
「はっきり言ってよ、そういうの」
「わかってんだからいいだろうが。ったく……
「さすが。三日前にね」
大陸が七つに別れて久しい今日だ。そして、海と呼ばれるものが忌避され、妖魔の土地となり、それでいて海上では一切の術式が使えない――なんてのは、どこに住んでいようが当然の知識になっている。
だから、大陸の渡航技術は、ないとされていた。それこそ、五神と呼ばれる部類にならなくては、不可能なものと。
「どうしてわかったの?」
「事前情報と――雰囲気だ。イザミ、ここんとこ本調子じゃねえんだろ、それ」
「あー……」
一番目の大陸の主は、地龍ヴェドス。この大陸全体の地属性は強く、そんなことはくる前からわかっていた。
ただ、イザミの持つ水気との相性は、あまり良くないのだ。ただこうしているだけで、水は大地に吸われていく。ここへきてから水を多く摂取しているのも、それが原因だった。
「迂闊だったのは俺もだが、お前もだ。
「気付く方が想定外だっての。そして、気付かれても問題のない相手だった。後悔はしてないよ。……だから、あたしからも聞くよ?」
「なんだよ、面倒は御免だと最初から言ってるだろ」
「――リウラクタ」
ぴくりと、身震いをするかのようにコウノが反応した。手にしていた紅茶の表面に浮かんだ波紋は、しばらく消えない。
けれど、初めてコウノがイザミを見た。鋭く、睨むように、けれど本性を隠そうとせず、対峙する。それを嬉しく思い、同時に。
――そこに、羅刹を想像させられた。
「いい顔、できるじゃん」
「茶化すな。……どうして、その名を知っている」
「うん。ちょっと複雑な話だけど、いい? あたしの旅の目的――の、一つでもあるから」
「リーレが戻るまでの時間でな」
「そっちの話も聞きたいんだけど?」
「いいから話せ」
「上からだなあ。逢ったことがあるんだ」
「……ある。もう十年くらい前の話だ」
「ありがと。その話も詳しく聞くつもりだから。リウラクタって女の人はね、うちの母さんの幼馴染なんだって。同じ時期に旅に出て、途中で別れ、――命を落とした」
「なに……? あの化け物が、死んだ?」
「寿命、なんだって。詳しい理由までは知らないし、聞けてないけど。その際、一振りの刀を遺した。それは――逢ったこともない、あたしのための刀。あたしが佩いてる一振り、銘はそのまま、リウラクタ」
「……俺がいる前で抜いてくれれば、あるいはな」
「だろうと思って、抜いてないの。本当は母さん自身が旅をして、足跡を追いたい――と、あたしは勝手に思ってるんだけど、そうもいかなくて。あたし自身も興味があるから、旅の目的にしてるんだ」
「そうか。……だが、どうして俺だと見当をつけた」
「直感――かな。確信は得られていなかったし、可能性は低かった。外れでも、あたしの得物の銘だってくらいを話せば良かったから。でも、その目で見られた今は、確信がある。あたしとは違うけど、似てる人種だってことくらいは」
「似たような、ね」
「リウさんのこと、話してくれる?」
「十年前だ、ツラとかを覚えてるわけじゃねえ。曖昧にもなってる。その頃は先代……俺の母親が主体だったからな」
「ちなみにその母親、今は?」
「いねえよ。旅に出た。俺に荷物を押し付けて、身軽になったから――だとさ」
「継承ね」
「……まあな。つーか、俺が一人前になるのを待ってただけだろ。そんな話はどうだっていいか」
「よくはない。あたしはコウノにも興味あるし」
「嫌な好奇心だ、めんどくせえ。……リウさんは、創り手だった。そう自負していたし、イザミもさっきはオトガイに顔を見せてたんだろ」
「リーリン姉さん?」
「ああ。姉さんなんか、初見でボロクソ言われてたぜ。しかも、それに反論さえできない。表へ出ろと言ったのはうちの母親だったが、外に出た先でやられてちゃ世話がねえよ。しかも、リウさんは攻撃術式をたった一つすら使わなかったのに」
「――それ、制限よ。制約ともいえる。リウさんはあらゆる攻撃術式、その一切を使えなかったって聞いてる。使わないんじゃなくて、使えない。それは代償だって」
「へえ、そんな感じはしなかったが」
「あ、これは又聞きだから。あたしは魔術を扱えないし、そっちは弟が専門にしてるから」
「弟? 専門にしてるからって、疎かにしていいのかよ」
「いやあ、劣等感もあってさ。双子なんだけどねー、ちょっと前まで一緒に旅をしてたんだけど」
「魔術師ね。ここにも何人かいるが、どれも大したことはねえ」
「そうなんだ。あーでも、弟は別格っていうか、身内贔屓もあるけど、父さんの師事受けてるし、継ぐつもりでいるから、そこそこだとは思ってるんだけど……」
「その父親っての、名前は?」
「ジェイ・リエール」
既に一度は口にした名前だ、と思って言うと、仰向けにのけぞったコウノは、空を仰ぐようにして陽の当たる位置へ。
「フルネームを聞いてなかった。俺はコウノ・朝霧」
「ん? あたしはイザミ・楠木だけど。まあ言っちゃうと、弟はリンドウ・リエール」
がりがりと頭を掻いたコウノは、実に複雑な表情でイザミを見る。敬遠や忌避ではなく、それでいて友好的でもなく。
「先代から貰った言葉の中で、こんなのがある。〝J〟と〝キツネ〟に逢ったら胸を貸して貰え。〝五神〟に逢ったら迷わず逃げろ」
「そんなもん?」
「呑気なてめえの警戒心を煽るなら、こう言った方がいいか? 楠木の抜刀術に待ちはない」
「――へ!?」
「知ってるのはその程度だけどな……うちは〝朝霧〟だから、そういう情報もある」
「そうなんだ。へえ――知られているなんて、初めて。そっか、楠木って、そうなんだ」
「お前ね……」
「んや、そんなもんかなと思って。あたしは残念ながら、朝霧は知らなかったけど、もしかしたら弟なら知ってたかもね」
「だからといって、対魔術師戦闘が苦手ってわけでも、なさそうだな」
「わかる?」
「〝
「隠し通してるくせに、そういうこと言うわけ?」
「――。……そういや、そうだったな。イザミに引きずられてる」
「そこんとこも疑問。どうして隠してるの」
「最初から言ってるだろ、面倒だからだ」
「ん……や、その話はまた今度」
「次の約束なんてしねえよ」
「だいじょうぶ。ちゃんとあたしが機会を作るから」
やや駆け足でくるリーレの気配を感じながら、軽く肩を竦めたコウノはもう、以前のように面倒そうな顔つきになっていた。
ちゃんと店側に挨拶をしてから、周囲を見渡してこちらを発見する。急いでいる様子だが、店内では決して走らない。
「すみません、お待たせいたしました」
「ご苦労さん」
「待ってないからいいよ。で、なんて説明したの?」
「あ、はい。誰かがご協力してくれたようですが、定かではないと。報告などはオレグさんにお任せしました。それと、――巻き込んでしまい、申し訳ありません」
「まったくだ」
「自分から巻き込まれておいて偉そうに……今回の方が珍しいんだと思うけど、遠距離攻撃に対してはもうちょっと気を遣おうね」
「はい。今回は随分と大規模な襲撃でして、詳細はまだ調べている最中ですが、大捕物になりそうです」
「ふうん。コウノ、ここって凄腕いないの?」
「俺に聞くな、知るか」
「あの……」
「リーレ、深入りすんな。面倒だ。俺はぐうたら寝転んでる、弱いクソッタレでいいんだよ」
「……わかりました」
「それでいい。俺はただ巻き込まれただけ、そういうことにしとけ」
「上から目線で……。でもまあ、もしもこれを予見してあたしをつけたんなら、オリナも大したもんだわ」
いえ、それはないかと、なんてリーレが否定する。けれど、そう思わずにはいられなかった。
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