10/11/18:30――イザミ・旅人という異物

 寮の食事は時間制、二時間と決まっている。それは片付けまでが二時間であり、オーダーはそれより早く閉まるわけだが、許可を求めれば自由に厨房を使うこともできるらしい。

 時間ぴったりに降りると、それなりに学生たちがいたが、三人を見てぎょっとした視線を向けてくる。畏怖ではない、驚愕の類だ。つまり、驚きであって嫌われているわけではない――のだろう。

 基本的にメニューは決まっているらしく、厨房の前で頼めば、お盆に乗せられて差し出される。バランスは整っており、量もほどほどで、多少の加減は可能らしい。イザミは軽く挨拶をして、水のカップは二つくれと言ってみたが、きちんと二つ乗せてくれた。

「玄関の裏手に食堂があったのね。妙に広いスペースを裏側に作ってる、とは思ったけど。てっきり風呂か何かかと思った」

「お主、本当に卒がないのう。まあ良い、なかなかに美味いぞ。ファブ! お主も食べたらどうだ? なあに、騎士一人ぶんくらいのお裾分けなら構わんだろうて。無理なら金を払え」

「また姫さんは無茶を……まあいいか。適当に食ってますんで、なにかあったらお声を」

「うむ。わはは、気にすることはあるまい。たまにだが、私もこうして姉と一緒に食事をする。先月にもあったのでな、学生たちも理解しているとも」

「あ、そう。大丈夫、まったくそんなこと気にしてないから。――いただきます」

 両手を揃え、軽く瞑目してから食べ始めるイザミを見て、ほうと、オリナが感嘆の吐息をもらす。

「なんじゃ、しっかりしておるのう」

「食べ物を戴くんだから、当たり前のことをしてるだけ」

「イザミさんは、料理をなさるのですか?」

「あたし? 料理は――ん、やらないと言った方が正しいのかな」

「やらない? なんじゃそれは。できんわけではないのか」

「身近なもので食べれるものを作るって技量は、サバイバルには必須だから。あんなのは料理じゃないし」

「サバイバルか。しかし――」

「そうね、せいぜい次の街に行くまでに二日くらいの、〝この大陸〟では、必要ない技術だよね。いや、必要ないは言い過ぎか」

「お主……」

「説明するつもりはないからねー。美味しいけど、随分と周囲の目があるなあ」

 ぐるりと、細長い椅子に座ったまま、大げさに周囲を見渡す。堂堂とした態度だが、それはあえて他人に見せるためにやっている仕草でもある。本人の性格として、物怖じしない、というのもあるが。

「喧嘩は売らないけど、売られた勝負は買う主義だから、いいんだけどね。ただ遠慮はしないと思うなあ」

「――聞こえてるぜイザミ、てめえ、不穏なこと言ってんじゃねえ」

「聞こえるように言ってんの。ファブ、あんた現役なら、上手く学生に言い聞かせておけば? 騒動起こして困るの、たぶんオレグさんだけど?」

 言うと、隅でほかの学生と食事をしていたファブは、視線を逸らしてひらひらと手を振った。

「賢いなあ、ファブは」

「うむ、私が専属に引き抜いたからのう。で、なにが賢いのじゃ」

「なんだかんだ言いながら、あたしとは絶対にことを構えようとしないってところ。ファブはオレグさんより――強い。技量じゃなく、経験でもなく、それは志の問題。だから、仮にあたしに勝てると確信が持てても、やらない」

「よく見ておられますね」

「まあ、ね。でもリーレに言われると皮肉に聞こえるよ?」

「あら」

「さすがに良い人材がいるってのは、納得だけど、あたしの傍に固まってたならそれは、警戒しなきゃだ」

「それは仕方なかろう。そういった人物のもとに集まるのは自然の理じゃ」

「それが嫌だから――あ、ラノさんだ。ラノさんもここで食事?」

 手元の食事から視線を逸らし、背後を振り返って言うと、今まさに食堂へ入ろうとしていた女教師ラノは、ふうと吐息を落としてから近づいてきた。

「ごきげんよう、リーレ、オリナ」

「うむ、ご苦労ラノ」

「手続きにはそれほど時間を要しませんでしたので」

「――寝ている人がいる時、そこに攻撃を仕掛けるのは、是か非か?」

 会話に割り込み、イザミは問いを投げかける。食事を続けながら、だ。

「是、じゃの。食事時と睡眠時は警戒が薄くなるじゃろ」

「私は非ですね。警戒が薄いと、なんだか卑怯に思えてしまいます。甘いでしょうか」

「それが仕事なら、是、でしょう。何がいいたい、イザミ」

「あたしを暗殺したいなら、起きてる時にしないと――〝加減〟ができないって話」

「……? 私が気配を殺して近づいたことに対する、返答か?」

「寝起きの反応は鈍く、熟睡時には警戒が薄くなる。それが前提。その際に対応したのならそれは、反射行動に限りなく近い」

「ふうむ、なるほどそうじゃのう」

「反射であればこそ、加減を知らず、本来なら止めるべき刃も止まらない――と」

「んむ、よし――」

「嫌だ。なんであたしが教師の真似事しなきゃなんないの……ただの警告。そういうことやってくれると、派手な結果になりますよってね」

「私の言葉の先を読みおって……良いと思うのじゃがのう」

「派手な結果、か……それもいいか」

「えー、ちょっと」

「オリナ、いえ、オリナ王女殿下、一つ提案が」

「ほう、私よりもオレグではないのか?」

「そちらは後回しにさせていただきます。どうでしょう、腕に覚えのある者をイザミと戦わせてみては。こちらのメリットは言うまでもありませんが、イザミにとってもその方が好き勝手に身動きできるようになるでしょう。――結果次第、ではありますが」

「構わんとも。残念なのは私が見学できんことかのう」

「ちょっと……あたしまだ、ここの規則もろくに知らないんだけど」

「では簡単に説明しますね」

 絶妙なタイミングで、丁度良いとばかりに口を挟んだリーレだが、間違いなく会話を横に流して、決定するための時間を稼ごうという魂胆が丸見えだ。いや、見えていても、まあいいかと思えるくらいに、自然な流れだ。

「基本的には放任です。それぞれの時間単位に、行われる授業が十日間で決められており、それらを見て参加したいものへ、参加するだけですね。ただし、抜き打ちでいくつかのチェックが入ることもありますし、生来的にも可能な限り参加した方が良いのですが、それぞれ学生の間でも目指すものは違うので」

「へえ……なるほど、オレグさんらしいっていうか、そこまで考慮したオリナの慧眼というか。ちなみに、在学生の数は?」

「おおよそ、ではありますが、二百ほど」

「へ? なんだ、せいぜいが中隊規模? 大した数じゃないんだ。さすがに指揮官ありで陣形整えられたら、普通の対応しきれないけど……え、どしたの変な顔して」

「お主……まさかとは思うが」

「ん? あるよ、大隊が二つくらい。言わなかったっけ? 前に一つ、国ぐるみで敵に回って、軍隊を壊したことあるって……ああ、これはラノさんに言ったんだっけか」

「おいファブ! ファブ! こいつ、やばいぞ!」

「だから最初からそう言ってんでしょーが。でもまあ、無暗に危害を加える人種じゃないんで、そこらへんは安心してもいいですよ。――どんな理由でも、それがあったら迷わずやる人種でもありますけどね」

「あんたら、あたしをなんだと思ってんだ……」

 失礼な、と思いつつも二杯目の水に手を伸ばす。

「だいたいあん時だって、あたしを研究したいだとか、王子の嫁だとか、わけがわからんことを言いだして、完全に被害者はあたしの方だったの!」

「イザミさん、大隊二つというと、ざっと千人規模……ですよね。どうなさったのですか?」

「え? 定石セオリー通り、一点突破から指揮官潰し。陣形が崩れ始めたところを各個撃破だけど。さすがに全員殺すなんて真似はできなかったから」

「何故です?」

「ん? 使われるだけの駒に、温情くらいかけるって。問題は使う方だ、なんてことは、リーレならよくわかってると思うんだけど」

「そうですね、その通りです」

「それに、殺しはあんまり好きじゃないんだ。だからその時も、指揮官の腕を落としたくらいで済ましたし――とはいえ、好きじゃないだけで、できないわけじゃない」

「では、妖魔はいかがですか」

「それはこっちが聞きたいかな。このへんの妖魔は、どうなの?」

「うむ。時折、溜まっておるのでな、それを散らすために騎士を招集して、討伐もそれなりにするが、大規模な掃討戦は行っておらん。上手く住み分けておると、そう自負しているものじゃの」

「でしょうね、知ってた」

 そもそも、楠木の抜刀術は対人ではなく、対妖魔を専門としているのだし、そちらの気配の方が気付きやすい。

「ご馳走様でした」

「お水、お好きなのですか?」

「え、ああ、うん、まあ――ね」

 しかしと、イザミは考える。

 一足飛びで騎士証を手に入れるには、どうすればいいのかなあ、と。あくまでも一時的なので、なくても目的は達せられるかもしれないが、いつか、たとえば数年後、次にきた時にまた同じ問答を出入り口でやるのは、面倒だ。

 それに、ここで楽しんだ証明が一つ手に入るのならば、それも悪くはない。ただ、時間という問題があるだけのことだ。


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