10/12/09:50――コウノ・迂闊な選択

 にわかに騒がしくなった運動場の気配に気づきながらも、コウノ・朝霧は両手を頭の後ろで組んだまま、陽光を感じながらも瞳を閉じたままだった。

 時間的にはまだ十時ほどだろう。運動場が騒がしくなったのも、もう三十分も前からのことで、その喧騒自体は珍しくもないし、何が行われているかも知っていた。何しろ全体通達だ、新入生の〝歓迎会〟と称した、戦闘訓練である。

 ――めんどくせ。

 面白そうだからどうだろうと、同室の相手にも誘われたが、コウノはそれを断った。くだらないとか、どんな意味があるとか、そんなことよりも、面倒だったからだ。

 親がいなくなったのは二年前、その時に預けられたのがラノ・イーガーだった。母親の知り合いだったらしく、快く引き取ってもらったコウノはラノの職場であるここ、ティーアル騎士学校へと入れられ、そろそろ一年半になる。最低限のことはやっているが、それ以上はしない。得たものといえば、授業には出ないことで有名になったくらいだ。

 こうして眠る時は、いつも陽光の下と決めている。本来ならば木陰を選択するところだが、いかんせん木陰では、本当に眠ってしまうことが多い。瞼から感じる陽光が安堵を生み、リラックスできる。それがコウノのスタイルだった。

「だから、めんどくせーって言ってんだろ……」

 誰にともなく呟いて、ごろりと横を向く。校舎の屋上で寝返りを打った矢先、上空から飛んできたショートソードが、くるくると回転してその切っ先を、コウノの横に突き刺した。

 あくびが一つ。今度は肘を立てるようにして、手を枕代わりにした。

「ったく――ラノ、その剣、持ち主に戻しといてくれ……」

「コウノ」

 屋上に出てきた教師にそう言いながらも、コウノは目を伏せたまま身動きをしない。

「またここか……通達は出ていただろう、参加したらどうだ」

「めんどくせ」

「またそれか。授業にも出ない、抜き打ちの戦闘訓練も卒なく、適当にしかやらない。お前はそれでいいのか?」

「いいんだよ、べつに騎士にならなくたって、仕事はある。なったらちっとは楽だが、それだけじゃねえか……面倒なのは、どっちもどっちだ。いいから剣、返しておけよ」

 まったく、と言いながらラノは剣を抜く。

「あれは、異質な人種よ。見ておいて損はない」

「そうかい。……そうだ、ラノ。明け方にお前、どうしてた」

「明け方? まだ――寝ていたけれど、なにかあったか」

「いや、俺も寝てた。いいから戻れよ、鬱陶しい。損がねえなら、お前が見とけ」

 呆れたような雰囲気が去るのを、背中を向けながらも感じていたコウノは、それが消えたあたりで、ごろりと再び空を見て、片目だけをうっすらと開く。

 迂闊だったのは、コウノの方だ。

 明け方にあったのは、広範囲探査グランドサーチのための一手。しかし、コウノが常時展開している対術式に一切の反応がなかったあたり、あれは単に己の支配領域ドメインを単純に広げたに過ぎない。おおよそ、その範囲は寮全体におよび、発生点は庭からだった。

 危険を感じたわけではない。ないが、その意図が読めず、コウノは一気に意識を覚醒させると、躰を起こして発生点を軽く探ったのだ。つまり、それがいけなかった。

 あちらが探り、こちらも探った。結果、こちらが察知した上で探れる人物だと、相手に教えてしまったようなものだ。そんな落とし穴があったのに気付いたのも、ついさっきのことであり、そういう辺りは経験不足を痛感している。

 歳をとると、そういう敏感さは消えるのかね、と口にすれば厭味にしか聞こえないだろうし、それは厭味以外のなんでもないだろうから言わなかったが、どうして寝ているコウノの隣に剣が刺さっていたのか、その理由くらいは察して欲しいものだ。

 挑発の一手である。こっちにきて相手をしろ、とでも言いたいのだろうが――そこはそれ、やはり面倒だ。それでもさすがに、朝も早くから街に繰り出して、賭場にでも顔を出そう、なんて思わないあたりに、分別があると思ってくれるとありがたい。

「異質な人種、ねえ」

 人と違うなんてことは、当たり前だ。異なる資質を持っていたところで驚かない。どれほど年下だろうが、年上だろうが、戦闘技術において凌駕する人材など山ほどいる――なんてことを、コウノは以前、母から嫌というほど教わっていた。

 ちなみに、いなくなったとは言ったが、失踪したわけでも亡くなったわけでもない。はやばやとコウノにあるものを継承したのち、面倒がなくなったから遊んでくると、お前はもう一人前だと、そんなことを言って遊びにでかけただけだ。ああそうかいクソッタレ、死ぬ前には連絡くれえ寄越せと対応したコウノも、コウノだが、こと一人で生きる術に関しては徹底的に教わっていたのだから、大した問題だとは思わなかったし、ラノに預けられるかたちで、今も生活できているのだから、問題はない。

 ただし、問題児ではあるが。

 この騎士学校の内部で、武装を持ち歩かないのは間違いなく、コウノだけだろう。寮の中ならば、人によって得物を部屋に置く者もいるし、それは公私の区別だから誰も文句は言わないが、コウノの場合はいつもそうだ。

 ティーアル騎士学校には大きく三つの分野がある。剣と盾を持つ近接戦闘術、暗器を主体とする暗殺技能、そして魔術の三つだ。これはどの騎士学校でも同じであり、選択そのものは強要されないが、自分の進むべき道を決めるのに役立ったり、己の特性を知るために必要だったりする。得意とする分野を受けるもよし、苦手だからこそ受けるもよしだが、あくまでも学校なのだ、大抵の人間は得意分野を選択することが多い。

 戦闘ができることが強さに直結する――と、考えがちだが、実際にはそうでもないとコウノは思う。問題はどう生きるかで、その点に関してはおそらく、思考することすらない当たり前のこととして、彼らは受け止めていることだろう。

 暗殺技能を身に着けたところで、誰かを暗殺するようにはならない。逆に、表立った護衛をする騎士のサポートとして配属されることが大半だ。一般人の護衛の中には、特に商人がそういった傾向に多いが、表立った護衛を嫌う人種もいるのである。

 魔術師は研究者として多くいる。魔術的な研究が街の発展に繋がることもあれば、逆にまずいこともそれなりにあったりするらしい――が、全体を俯瞰することに長けた魔術師などは指揮官に任命されやすく、特に大規模な対妖魔戦闘などでは各班に一人ずつ配備されるくらいだ。有用であり、であればこそ、ここでは人数が少ない。

 だが、そんな魔術師ですら武装はするし、接近戦闘術の心得はある。多くの騎士が言術を扱うように――だ。

「俺だって充分な、異質じゃねえか」

 なのに、それを異端として扱う。当たり前の中で、当たり前じゃないものがいるのに、それを異質と思わない。といっても、コウノがそれを示してはいないだけだ。面倒だと、いつも動かないのである。

 強制される訓練も、コウノはほとんど負けてばかりだ。それなりに善戦をした上で、あと一歩届かない敗北を演出し続けてきた。その際に受ける痛みなど、母親の訓練に比べれば、道端で躓いて転んだ時よりも痛くはない。ただし、反射的な受け身を意識的に抑える、なんて真似をしなくてはならないため、ぎこちなさが出るが、そこまで見抜かれたことはなかった。

 だからこそ、今朝がたの〝反応〟が迂闊だったのだ。いや、もちろんそれだけの脅威として、袴装束に刀を佩いたあの女のレベルが高かった証左でもある。

 ――隠し通せるか?

 隠しているのは、結局のところ露呈させた場合の方が面倒だ、なんて消極的な理由でしかない。周囲がどう言おうと、未だ保護者つきであるコウノだが、たった一人でぽいと外に捨てられても、ほかの街に行っても、どうとでも生きていられる人種なのだ。それほど神経質になる必要もなく、面倒なく気楽に過ごせれば、それでいい。

 であればこそ、でてきた結論は、無理せず適当に、無難に流しておけばいい、だ。

 そう、いつものよう無難に――。

「やっほー」

「……逃げ遅れた」

 面倒くせえ、と上半身を起こして頭を掻く。屋上にあるフェンスから飛び降りた袴装束の少女は、何事もなかったように笑顔だ。外壁を伝わってきたのだろう。移動手段としては、暗殺技能を修得している連中でも、できないレベルではない。――時間をかければ、だが。

「校庭での遊びは終わったのか」

「うん、終ったよ。結構面白かったし、面白い子も見つけた」

「ならどっか行け……俺の安眠を妨げるな」

「またまた、寝てないくせに。あたしの挑発にもつれない態度だし」

「面倒なんだよ、クソッタレ。遊びにきたのなら歓楽街にでも行って、肌の露出を三割増やせば、それだけで獲物は釣れるぜ」

「騎士団の?」

「ふん。用事があるならとっとと済ませてくれ」

「ほんと、つれないなあ。――あたしはイザミ。あんたは?」

「……」

 迷わず偽名を口にしようとして、やめる。

「どうせほかの連中に聞けばわかるか。コウノだ」

「そっか。コウノ、朝はごめんね」

「なんのことだ?」

「安眠を妨げたから、謝ってるんだけど?」

「厄介なのに目をつけられた――」

「酷い言いぐさね」

「いいか? この先、お前が逢った最初の学生にこう尋ねろ。コウノとはどんな人物だ? そいつの答えが、俺の全てだ。ほかのやつに聞いても答えなんぞ変わらん」

「徹底してるんだ」

「面倒なだけだ」

「してるじゃん。確証はないから言及はしないけど……オリナとは違うみたいだし」

「あんな獣と一緒にするな」

「――へえ」

「……ぼろを出す前に撤退だな」

「ついては行かないから、いいよ。ちなみに、あんた――コウノなら、あの獣とどう対する?」

「簡単だ。対することをせず、逃げ回ればいい」

「それ以外に道がないなら?」

 ――そんなもの、決まってる。

「俺は、罠にかけた獣を殺す趣味はないんでな」

 真正面から打破するだけだ。


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