09/21/04:50――深井正晴・不透明な目的
紅音が来てから十日になる朝、妙なできごとに俺、深井正晴はいつもより早起きをすることになるのだが、それよりも前に少しだけ話をしておこうと思う。
俺にとって同居は初めてのことで、配送部の先輩などに話を聞く限り、存外に苦労するものだと失笑混じりに語られることの多い時期ではあるが、正直に俺の感想を言えば楽なものだ、という一言に尽きる。それはきっと――いや間違いなく、紅音の慣れる速度もさることながら、ひどく自立していることにもあるのだろう。
恥も外聞もなく内心を吐露してしまえば、俺から見た紅音は基本的に、なんでもできる。万能であり有能だからこそ、効率的な行動ができるのではないかと、そんな確信を抱いてしまうほどにできた人間だ。その上、器も大きくて度量があり、聞かぬは一時の恥とばかりに知らぬことを知らないと、公言してから問うてくる。
――こんな人間、いねえよ。
どこの漫画の完璧超人だと、古宮の前で吐き捨てたこともあるが、コメントはなかった。俺としては聞き流してくれた方が助かる話題だったので、リイディの前じゃなくてよかったと後で安堵したものだが、もしかしたら古宮経由で伝わっているのかもしれない。
部屋が別であるように、生活は基本的に別だ。俺は世話をする義務があるのだけれど、そもそもレッドを所持していれば連絡はいつでもできるし、特例として転移者の初期一ヶ月に限り、たとえ部活や授業中であっても、紅音からの連絡は受け取れるようになる。いわゆる相談役という立ち位置なのだけれど、ここにきて俺はどうも、紅音には必要ないのでは――なんてことを思った。
まだ、問われることはある。答えれば、なるほどと頷くことが多く、紅音なりに噛み砕いて確認することもあるけれど、たとえば紅音を除いてリイディや古宮と顔を合わせれば、同じ質問をされたことがある、なんて言っている。
もちろん、質問の内容によっては返答が個人で変化するものもあるだろうけれど、エンジシニの施設に関する仕組みなどでもそうらしく、つまるところ知っていることを、さも知らない素振りで問うているわけだ。まさか、訊いたのを忘れて――などとは思えない。紅音はどちらかというと記憶力が高く、見落としそうな小さなものでもよく覚えている、目端の利くタイプだからだ。
――どうしてここへ?
転移してきた理由に関して問うのは、エンジシニで最大のタブーとされている。これには罰則があるわけではないけれど、転移には理由がつきもので、誰もが傷を抱えているようなものなのだから、過去よりも今を見ろという意味も込めて、言及すべきではないと、誰もがそう考えていて、いわば風習のようなものだが、しかし。
どうにも、紅音は傷を抱えていないような気がしてならない。
何か目的でもあるんかいねえ、と笑みを浮かべたリイディが言っていたけれど、そもそも俺もそうだったが、転移した先に何があるのかなんてのは、想像を絶する。当時は随分と驚いたし、戸惑いもした。リイディだって同じはずだから、目的というのもおかしな話だ。
馴染むのが早い――のは、頷いておこう。頷くしかない。だが紅音には、最初から驚きや戸惑いがなく、ただただ現状を理解して飲み込んでいくだけ、そんな作業的なものが見え隠れしていた。
どちらかといえば俺も目端が利く方だ。たぶん間違いはないんだろうけれど、そんな行動になる理由にまで見当をつけられるほど、俺は人生経験が豊富ではないし、まだまだ子供なのだ。
そんなことを考えながら眠ったのだろう、目覚めの気分は悪く、エンジシニに来るよりも前の嫌な夢を見た俺は、盛大にため息を落としながら上半身を起こした。
俺の部屋は基本的にものがない。本はあまり読まないし、インテリアに凝る趣味もなく、そもそも片付けなどがあまり好きではないため、最初から物品を置かないようにしているのだ。紅音が来る前は、リビングなども極力使わないようにしていたし、掃除の時間をいかに短縮するかは永遠の命題だと思っていた。逆に、そのほうが落ち着くのだ。
改めて深呼吸をして、目覚ましが鳴る前に起きちまったとレッドに視線を投げると、着信があった。見るとメールであり、配送部の先輩からだ。
――極秘だが屍体が上がった。手伝いを頼もうと思ったが問題ない、処理が早かったお蔭で通常運行。気にするな。
二件にわけられたメールを見て、寝起きの頭でその内容を理解するために再読し、三度目で俺は状況の異常さに気付き、慌てて立ち上がってリビングへ出た。
ここ最近は紅音が朝食を作っていたため、まだ朝五時を回っていない時間帯だというのに起きており、リビングでミルクティを飲んでいた。やや目を丸くして、何を慌てているんだと、そんな表情を作った紅音は立ち上がりながら。
「おはよう。どうしたの、慌てて」
「あ、おう――いや、通達があって、あー悪い。混乱っつーか」
「まあ落ち着こう。緑茶を持ってくるよ」
「すまん、助かる」
落ち着け。既にことは終わっているのだし、俺が慌ててもどうしようもない。ないが、だが。
動揺はしている。
――屍体、か。
かつては聞きなれていて、エンジシニでは聴くはずもない単語が、じわりと嫌な汗を頭部に浮かばせる。
俺は。
どうしようもなく、屍体から連想されるものが苦手なのだ。
「はいどうぞ。で、どうしたの」
「さんきゅ」
言うべきか、否か――本来ならば誤魔化すのだろうけれど、そうしなくてはならないのだが、紅音の反応が知りたい欲求が勝り、俺は茶を飲んで落ち着いてから口を開く。
「簡単に言えば、屍体が上がった」
「へえ……慌ててるってことは、ここじゃ珍しいことみたいだね。でも管理課、いや警備部かな? あのあたりが迅速に処理しそうなものだけど」
そこまでわかるか? いや、紅音ならば事前に知っていてもおかしくはないし、流れとしては自然か。あまり疑心暗鬼になっても仕方ない。ある程度の距離をとって、立ち入らないように注意しつつ行こう――と、これはリイディに言われたことだが、そのくらいが人と人とは丁度良いのかもしれない。
「……ああ、まあな。いわゆる発見者ってのが、配送部の先輩なんだよ。そういうことがあったってメールが回るのは、いわゆる情報共有なんだけどな……」
「物騒だね。殺人鬼でもいるってんなら、困るなあ」
「いや、屍体を見る限りはそういう感じじゃねえってさ。だいたい、目に見える屍体が上がるなんてのは前代未聞だぜ。警備部だって巡回してんのに、どういうことだかな」
「被害者は一般人?」
「いや、警備部の一人らしい。こっちも確証はねえよ。リイディをメールで起こして検索はさせてるけど、あんまし情報回ってこねえ」
リイディはどちらかといえば情報封鎖のほうに力を入れるだろうな。あれも、なんだかんだで管理課とパイプがあるようだし。
「犯人の捜査か……死因も特定できないとなると、難しいね。殺害方法くらいは知りたいものだけれど」
それも難しいだろうねと、さも事情を知っているかのようにミルクティを傾ける。
「紅音、なんか落ち着いてるな、お前」
「え? だって、僕の知ってる人が殺されたわけじゃないし、僕じゃ何もできないよ」
「そりゃそうだけどな……探偵ってガラでもねえだろうし」
「探偵なんてのは、後手で動いて次の被害者を出さないための装置みたいなもので、失敗したって手がかりが増えたと喜ぶような、殺人鬼と同じ系統の人種だと僕は思うよ。あまり好きな言葉じゃないね。なろうとも思わない」
「うがった見方じゃね?」
「あはは、……ん、落ち着いたみたいだね」
「あ、ああ、そうだな」
「どうする? 早い朝食にしようか?」
「いや、まだいい。しばらくこうしてる」
二度寝をするにしたって、中途半端な時間だ。たまにはこういうのも良いだろう。けれどさすがにこのままの姿というわけにもいかず、俺はシャワーを浴びて着替えだけ済ませて、また戻ってきた。その頃にはもう、いつも通りの調子だ。
「あ、そういえばリイディから聞いたかな? 彼女の端末にバックドアシステムが組み込まれたって」
「はあ? いや聞いてねえよ。なんだ、あいつのセキュリティを突破して、しかもバックドア通すなんて真似ができる馬鹿がいたのかよ。それこそ初耳だ」
リイディはあれで研究室に引きこもって、サーバの管理者をやっているだけあって、電子戦に関してはトップクラスらしい。情報部の連中だって技術レベルで負けているようだと、古宮が言っていた。ちなみに俺はさっぱりわからん。バックドアというのは、侵入経路を確保するためのプログラムだ、という単語の意味合いはわかるけれど、作り方なんざ知らんし対処も知らん。
「なんだか忙しいらしいね。僕も聞いた話だから、詳しくは知らないけれど」
「サーバは通常運行してるだろ?」
「みたいだね。何が目的かもわからないけど……たぶん、腕試しって感じじゃないかな?」
「じゃないって、俺に訊かれてもな」
「いやあ、悪意がないなら、そうかなって」
「情報部じゃあるまいし、セキュリティチェックでハッキングなんてするかよ……だいたいリイディんとこのサーバは支持者が多いんだぜ。情報部だって友好的で――ああ、利用されてるとかぼやいてたっけか」
「じゃあなおさら、セキュリティは強化していたんだろうね。ふうん……」
「……お前って、そっち系詳しいのか?」
「どうだろう。誰かと比較したことはないから。単語は知ってる」
「俺と似たようなもんか」
「苦手じゃないけどね。あ、そうだ、今日は予定通りに、僕は大外に出てみようと思ってる」
「おう、時間は?」
「そうだね、十時を過ぎたくらいには出るつもりでいるよ。なにか、注意することはあるかな」
「迷うなってところにも通じるけど、夜になる前には戻れるようにしとけよ。大外はマップもねえし、獣はいねえだろうけど、やっぱ自然だからなあ……気を付けるに越したことはねえ」
「うん。夕方くらいには戻るよ」
「そうしとけ」
――ま、予定通りならいい。俺も予定ってやつをこなすだけだ。
それから朝食を食べ、いつも通りの時間、八時を過ぎたくらいに紅音を残して寮を出た俺だが、配送部は休みであるけれど、普段なら授業に出るところを、女子寮の古宮、リイディの部屋へ忍び込んでいた。
忍び込むなんてのはやや語弊があって、行き来は原則しないという規則があるものの、当事者の同伴ならば問題なく、また合意を得た上でなら罰則は受けない。つまり入り口で連絡して出迎えてもらえばいいだけの話だ。不祥事を起こす馬鹿はいないし、不順異性交遊ならば外でやればいい。商業区にはそういう関連のホテルもあることだし、わざわざ寮でやる必要はないのだ。
今日、俺たちは――紅音の尾行をしてみようと考えていた。
大外に出るのは知っていたし――全員がだ――何をするのか、まあ探りを入れるわけではないが、リイディは何でもいいから情報が欲しいらしい。俺も古宮も遊び半分で参加することになったが……いや、古宮に関しては結構渋った。他人のプライベイトに踏み込むことを嫌ったのだ。そこはそれ、リイディが交渉して首を縦に振らせたのだが。
紅音が出るだろう時間を伝えて、まだ余裕があるのを確認してから、俺は椅子を引っ張って腰をおろし、畳の上でごろごろしているリイディに顔を向けて頬杖をつく。
なんだか暇そうだ。尾行経験があるのは古宮だけなので、俺たちは特に準備することもないのだが――。
「あ」
と、そこで今朝の会話を思い出す。
「そういやリイディ、お前んとこのサーバにバックドア通されたってマジか?」
「――え?」
振り向いたリイディの顔はいつものにやけ顔ではなく、ぽかんとした驚きの表情だ。俺は今まで、そんな顔は見たことがなかったため、逆に驚かされた。
「い、いや、あのな? 紅音がそう聴いたとか言ってたぜ。忙しいんだろ? 今日は大丈夫なのかよ」
「え……っとお」
そんな反応があるのかないのかわからん状況に、俺の方が間違ってるんじゃないかと落ち着かない。嘘だったのか? いや、しかし。
「ああ? 紅音の冗談……って感じでもなかったけどな。いや悪い、心当たりがねえなら――」
途端、弾かれるように躰を起こしたリイディが、素早い動きで自室の扉を慌ただしく開けた。
「ハル! そこのテレビ電源入れといて!」
「え、あ、おう」
余裕のない声色にびくりと、思わず身を震わせた俺だったが、テレビに電源を入れておく。どうしたのと準備をしていた古宮が自室から顔を出すが、俺は肩を竦めてから、よくわからんと答えておく。いや本当、どうしたんだ。
すぐに戻ってきたリイディはレッド用のアタッチメントを持っており、テレビに映像を出力して手元にキーボードを展開したかと思えば、猛烈な勢いでパネルを叩き始めた。
「ハル、いいかい、アカがなんて言ってたか、厳密に、正しく、誇張なく言ってちょうだい」
「あ、ああ……」
今朝の会話を思いだしつつ言うと、聴いていた古宮も首を傾げている。
「ちょっと、手ぇ離せなくなっから」
なんて口にしたリイディは、画面とにらめっこ状態。俺にはさっぱりわからん作業に突入。説明も一切なしだ。
「そういえば三日前くらいに、サーバに不調っていうか違和感があるとか言ってたような」
「へえ、そうなのか。それがバックドアだったって話なのか?」
「たぶん……でも、なんで紅音が知ってたのかしら」
「俺に訊くな。なんつーか紅音ってさ、一貫性がないってか、やっぱよくわかんねえんだよ。そっち準備はいいのか?」
「服とか選んでただけだし。こんな珍しい、リイディを放ってはおけないじゃない」
「やっぱそうなのか」
なんというべきか――悪い意味では、ないと信じたいけれど、紅音が来てから日常に変化がある。もちろん、それは当然なのかもしれないが、どうしてだろう、こう奇妙な気分になるのは。
変わったというか、まるで――紅音を中心にして俺たちが振り回されているような、そんな。
「くそう、臨時メンテかけるしかねえかあ。ミャア、出発時間まではどんくらいさ?」
「え、あ、まだ一時間半くらいあるけど」
「おっしゃあ」
その後ろ姿を見ると、なるほど、忙しそうだなと紅音の言葉が脳裏に浮かぶ。しかし、現状をどう考えても、仕掛けたのは紅音で、俺がこうして話すことでリイディが動くことすら予見していたようにも思えるのだが、さすがにそれは、ありえないだろう。
いくらあいつだって、予知能力があるわけでもないのに。
「くそう! 見つかんね! え、なにこれ、並列三つやってんだけど! 姉ちゃんのケツを追っかけまわしてるわけでもねえのに!」
十五分もしないうちに言いだした。俺にはさっぱりだと頬杖をつくと、テーブルに紅茶を持ってきた古宮も同じ顔をして座った。
「時間足りない! 手も指も足んね! ああもうっ、しょうがねーなあクソッタレが!」
「……俺らに言ってんのか?」
「ほぼ独り言。こっちの声が聞こえてるかどうかもわからないわよ」
「くぬっ、遠隔処理だとこんくらいが限界かあ! 研究室までいく時間も勿体ないなあ、ちくしょうめ! レッドが火ぃ噴いてやがる! ちょいミャア! 管理課に連絡入れてちょ!」
「――はい?」
「いいから入れろってーにょっ……噛んだぜ! ユキ呼び出してあたしに応答させるんだ今すぐに! ボケっとしてんじゃねえよ! 自宅警備員かてめえは!」
「なんで私が……酷い言われようだし」
「あたしのレッド使用中だからさあ! だいじょうぶ、なんとかなる! なんとかする!」
なにをどうするのかは知らないが、渋っていた古宮の代わりに俺が席を立ち、レッドで管理課直通の連絡を入れて、引き延ばしたイヤホンマイクを振り向きもしないリイディの耳に入れてやった。
「こそばゆいけど、さんくーだぜハル、いい仕事した! あとで女見繕ってやっから!」
「いらねえよ……」
『総合管理課です。ご用件をどうぞ』
「アール、まだ受付なんてしてるんかい! ハルの端末使って連絡してっけど、リイディだぜ! 椅子にばっか座ってっと脚線美が損なわれっから運動しとけ!」
『あの……』
「いいからユキに繋いでくりょ! 全速力で! マジで! んなに緊急事態じゃねえけど、会話してる余裕もねえからすぐ! 前線への補給物資くれえ早く!」
『……わかりました。私信扱いで繋ぎます』
「おうよ!」
どういう応答の仕方だ。というか管理課、それであっさり繋ぐのかよ。駄目だろそれ。
『こゆきです、どうかしましたか』
「ユキや、今はハルの端末で繋いでんだけどな! うちのシステムにバックドア仕込まれたぜい! 絶賛捜索中!」
『……それは、無断で、ですか?』
「イエス! ヤー、ダー、いぐざくとりぃ! まだ見つかってないね! ソース洗ってっけど、もしかしたらもっと深い位置かもしんね! 被害届じゃねーからな!」
『――確実ですか』
「間違いないっさあ! だから――わかるべさ! アールに全システムチェック入れさせるといいぜい! このっ、くそう――どこだどこだどこだ! これか? 違えーよ!」
この調子では、あとで会話内容を覚えているかどうかも怪しいな。見たこともない速度でプログラムコードが流れているけれど、目が忙しなく動いているところを見るに、きちんと読んでいるのだろうけれど、凄まじい集中力だ。
「んで悪ぃんだけど、十時頃にアカが大外出るってんで、あたしら三人尾行すっから! 別行動でそっちも一人くらい出してちょ! こりゃマジで調べなきゃ駄目だわー」
『やはり雨天さんが関わっていると?』
「間違いないねい! こっち、時間ぎりぎりまで粘るけど、とりあえずは尾行優先にしとっからの! よろしく!」
『わかりました、手配しておきます』
「んじゃのん!」
ふるふると頭を振ったのでイヤホンを外してやり、俺はため息を落としながら通話を切断した。テーブルに戻って、用意してくれておいた紅茶を飲む。
「紅音がやった、ねえ……」
「そうなの?」
「みたいだ、そんな会話をしてた。仮にそうだとしても……んー、なんだかなあ」
俺は今まで、紅音から悪意を感じたことはない。今回のことにしたって、本当に悪意があるのならば、俺にすら伝えず、バックドアがあることを隠し通していたはずだ。しかし、だったらなおさら、行動に疑問がつきまとう。
「思い出した。正晴だったよね――紅音が、弱点はなくて、小説や漫画に出てくる完璧超人みたいだ、なんて」
「――忘れろ。そんな人間はいねえよ」
「わかってるけど……」
「いや、悪い。ありゃ俺の気の迷いだ……でもまあ、何事にもそつがねえ、しかも秀でてる。何より、知らないことがねえみたいな……そんなことを思うくらいに理解も早い」
「リイディの口ぶりだと、警備部っていうか管理課は、紅音をそれなりに警戒してるってことよね?」
「みたいだな。どうしてかは知らねえけど」
「なんかさあ、水面下で動いてるって感じがして嫌ね」
「その一端を俺らが担っているってのは、勘弁してもらいたいぜ」
「そんなことはないんじゃない? そこまでの役回りって大変そうだし……でも、なんか非日常みたいで面白いのも事実よね?」
「今んところはな」
古宮の台詞ではないが、非日常なんてのは、そうそう転がっているものではない。実際に古宮だとて、日常へのスパイスを含めて警備部の座学に行っているのだろうし、俺だってそんなものが目の前に落ちてきたら、楽しみたいと思う。それは当然だろう?
だからこそ、今日の尾行をやろうと、そう思ったのだから。
三十分ほどリイディの様子を見ながら話していたのだが、いつの間にかBGMになっていたパネルを叩く音が消え、どうかしたのかと二人で見れば、リイディは仰向けに倒れている。
「あ……?」
画面を見れば。
「〝
見直しても、画面にはその文字が大きく表示されており、下の方にはNEXTの文字が点滅している。
「おい、リイディ?」
「おーう」
身を起こしたリイディが、つまらなそうにパネルを一度叩くと、そこに表示されたのは。
「はあ? リザルト……って、なんのゲームだこりゃ」
「うわあ、なにこれ、本当に意味わかんない」
「動作停止までの所要時間、八十二時間三十三分……おい、これまだ続きがあるぜ」
「んー」
そこには、こんな文章があった。
――改めて、おめでとう。
アタック開始からプログラム到達までにかかった時間は十二分、ランクC指定。ソースコードは消さずにおくよ、解析したいだろうしね。一日ごとに発見はしやすくなるけれど、三日を過ぎる頃に一応こちらから注意を喚起しておくよ。ともあれご苦労様、――これを徒労と呼ぶんだけれどね。AK。
これ、嫌味のように聞こえなくもないが、ともかくこれが最後の画面だ。続きはもうない。つーか、皮肉百パーだろ、これ。
「AKって……紅音のこと?」
「署名なんかで、こういう簡単な文字を使うのさあ」
「おいおいリイディ、なんだ、テンション高かったお前も珍しいが、落ち込むお前もかなりレアだぞ。どうした」
「どうもこうもないねい。……最初っからバックドアなんて、なかったのさあ……」
「は? なんだそりゃ」
「いいかいハル、バックドアってのは侵入経路みてーなもんで、あたしに見つからないように配置するのが常道なのねえ。システムの負荷になるし、普通は常時バックドアからアクセスすっから動きも重くなるのさあ。――でも、こいつは、うちのサーバ上で、システム全体にアクセスするだけの代物なのよねえ。……クソッタレ、便所で流れて死ね」
よくわからん、という顔をするとリイディが片づけを始めながら、続けて言う。
「つまり、外部からハッキングして、中にプログラムを放り込んだだけで、バックドアがある時と同じような現象が起きるけれど、そもそも不正アクセスは最初の一度っきりで、二度目はなかったってことさあ。くそう、弄ばれたぜい」
「それでも、あれか、ハッキングはされたんだろ?」
「まあねい。痕跡は一切なっしんぐ。あったらもっと簡単だ。一応、経路復元用のプログラムも走らせておくけど、結果は期待薄だにゃあ。――冗談じゃないねえ、にやにや」
口では言うものの、かなり引きつった笑いだ。きっとリイディも悔しいのだろう、なんて普通なら当たり前のことなのだが、リイディにはあまり似合わない。
「――ん?」
待てよ。なんか、おかしくないか?
「なあ、関係あるかどうかしらねえけど、ちょっと訊いていいか? いや、お前らに訊くってのも、おかしい話なんだろうが……」
「なにさあ」
「どうしたのよ」
「リイディは悔しそうだけど――いや反応はしなくていい、俺がそう見えたってだけで、否定されても詰まらんからな。それはともかくだ、こいつは紅音が仕掛けたんだろ?」
「まあねい」
「でだ、悔しい、って部分だけど、これってたぶん、初日だろうが今日だろうが、同じことだよな? あーいや、リイディが悪いってわけじゃなくてな」
「おー、惨めで無様なあたしなんか、どうでもいいさあ」
「拗ねるなよ。――で、紅音は今のこの現状を作る? まあそんな感じのを目的にしてたんだろうなって思ったわけだが、変じゃね?」
「なにがよ」
「紅音はそもそも、リイディが悔しがってるのを面白がってんのか? 楽しみにしてたのか? リイディが作ったセキュリティを破るってのが、あいつが言ってたみたいに腕試しなら、わざわざこんな手の込んだ――んだよな? そんなプログラムまで仕込むか?」
「あ……」
「遊びじゃろ、こんなもんさあ」
「そうだとしてもだ、少なくとも俺が見た紅音は、からかって遊ぶくらいのことはするけどな、誰かを落としいれたり、騙したり、気にしてるところを突くようなことはしても、落ち込ませて楽しむってのは違うだろ? なんつーかこう、最低限、他人にとって迷惑なことはしねえっていうか」
だから。
「何の目的があってこんなことしたんだ? 本当に、本気に、遊びってだけなのか?」
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