11/19/15:20――リウラクタ・天龍ミカガミ

 一つ、一つと行動をするたびに、殻を破っていくミヤコを見ていると、なんだか肩の荷が下りたように安心した。今までリウが拘束していたわけでもないが、それでも今までの時間が無駄ではなかったと、そう証明されているのだから、安堵もしよう。

 戦闘自体に興味はさほどないが、レーグネンの持つ刀には意識が向いてしまう。その辺りは仕方ないとあきらめて欲しいものだ。

「……ん」

 並行作業は慣れている。だからそう時間をかけずに分析は完了した。

「メイ、この場は任せた」

「うむ」

「ミミ、行くわよ」

「――え、わたくし!? なんで!」

「なんで、じゃないわよ……あんたの古巣でしょーが。念のためよ」

「拒否権を発動する!」

「却下。被告人の発言は認めておりません」

「うおい! やだ! やなの!」

「はいはい」

 うるさかったので、腕を引っ掴んでそのまま引きずる。術陣を展開しつつ、空中を歩いて観客席を超えると、そのまま王宮の中へ。幾人かがこちらの動きを見つけていたが、無視しておいた。スカートの中は死守したが。

 王宮の中は、やはり人の気配が一切なかった。

「形骸化した、象徴だけの城――か」

「え、わかんの?」

「疑ってはいたもの。理由の推察も、ある程度まではね。国政そのものに関与するつもりはないから、とっとと目的地に行きましょ」

「えええ……嫌だなあ」

「往生際が悪い」

 呪術は基本的に五行、木火土金水の理を基本として考える。魔術の場合は七則と呼ばれる地水火風天冥雷だ。現実的には後者の方が根強く、世界が七つの大陸に別れており、それぞれ七つの属性があるのも原因の一つだろう。

 ならばそこに、陰陽が絡むのは当然のことだ。

 呪術にもまた、表と裏がある。

 陽気も陰気も持ち合わせるのが人だ。陰気が強いのは妖魔であり、天魔もそこに属する。だからこそ、その扱いは天魔を持つ武術家にとって重要で、ミヤコもまた村時雨という天魔を所持している。

 だから、気をつけていた。

 ミヤコが陰気に落ちないように。

 けれど形代である刀に属しているため、それほど影響はなかったようだが。

 この大陸にはそもそも妖魔の数、その絶対数が少ない。となれば陽気に傾いているが、しかし以前に寄った六番目の大陸が陰気に傾いていたわけではない。どちらかというと、きちんと均衡が保たれていた。

 均衡。

 陰陽のバランス。

 足りないぶんの陰気は、そこに在る。

「と、そこまでわかれば」

 そう難しくはない。

 玉座の奥、行き止まりの壁に術陣を三枚展開し、リウはあっさりとその境界線を潜り抜けた。もちろん、ミミの腕を掴んだまま。

「ぎゃーす!」

 一歩、踏み出した先には山があった。鬱蒼とした森林とも呼べる――裏側が、ここに存在している。

「凄い妖魔の数ね……それと面積も広い」

 探査用の術陣を広範囲展開すると、すぐにわかる。数え切れない妖魔の数と、この森はどうやら五つに区分されているらしく、奥に行けば行くほどに妖魔の数が減り、底知れぬ力を感じる。つまり多いのは小物で、大物は奥に鎮座しているらしい。

「う、うう、戻りたくなかったよう……レーグが連れ出してくれたのに」

「なにを泣いて……ああ本当に兎ね」

「ちょっとっ、他に言うことないわけ!?」

 リウの背丈よりも少しばかり高い、つまり大きな兎が赤い瞳をこちらに向けて口を開いている。なかなかに可愛らしいと思うのだが、背中に乗って移動はさすがに無理そうだ。

「あーもう、ここじゃやっぱり強制的にこの姿かあ……」

「なによ、嫌ってるの?」

「そじゃないけど……馬鹿にされるんだもん」

「第二位の妖魔が贅沢ねえ」

「うっさ――え? あれ、なんでわかんの?」

「ハッタリと観察。だいたい、外に出たからって人型になれるなら第二位以上でしょう? こっちに這入って元の姿になったのも、妖魔の陰気に当てられて人型になるための陽気を相殺されたからでしょうし」

「……あんた、どういう人生送ってんの」

「あら興味ある? まだまだこれからよ、私の人生なんてね。さあ行くわよ」

「やっぱりわたくしも一緒なのかあ」

「ん……じゃあ少し時間を取りましょう。兎、ここの説明を」

「兎じゃなくてミミ」

「私のことはリウでいいわよ」

「うん。ここは此森って呼ばれてるの」

「森が此処にある――ってことね。それで?」

「手前から始森、屍森、嗣森、至森――最奥部が死森になってるね」

「ああ、そういうこと……ここはある種の鍛錬場ね」

 把握していた術陣の他に、いくつもの魔術を展開していく。もちろん呪術をそこに織り交ぜて、一つ一つの鍵を探って用意する。

「ま、さすがに〝道〟を作るのは大げさでしょうし」

「やめてお願いだから……地形が変わっちゃう」

「やらないわよ、私を何だと思っているのかしら」

「……」

 地形の把握ができたのならば、それを更に立体化させて構造物の把握も行う。それができれば――何の問題もない。

 この場所ならば使っても問題はないだろう。奥の手でもなし、ただ人の目がある場所では極力使っていなかった組み合わせを、発動させる。

聖音の鳴り響く庭園セントフルールズベル

「うにょっ!?」

 周囲の景色がぐにゃりと歪み、それは景色そのものを一度黒色に染め上げてから再び元の形を作る。いや元ではないか――周囲の景色は変わっており、リウの正面には平屋の建物があった。

「な、なにこれ! 気持ち悪――くはないけど」

「騒がしいわね、ただの空間転移よ。A点とB点を繋いで距離を零にしてから移動しただけ。難しいことではないわ」

「難しいよ!」

 手順は確かに複雑で、これを戦闘で使えば致命傷になるほどの――とはいえ数秒だが――隙を生じることになる。だが、そもそも戦闘など、リウの領分ではない。

 戦闘など、攻撃ができないのと同様にリウは行えないのだ。

 できることといえば、戦闘が行われる盤面をひっくり返すことだけである。それはもちろん戦場において致命的だが、ばらばらに落ちる駒などリウは知ったことではない。

「――いるんでしょう? 天龍ミカガミ。出てきてくれると助かるわ」

「礼儀を知らん女だ」

 のそりと縁側に姿を現した和装の男を見て、一度目を丸くしたリウは鋭い視線を男へと向ける。年齢はレーグネンとそう変わらないような姿だ。妖魔であることも気配でわかったが、しかし。

 天龍ミカガミとしての気配がある。

 強い――創造系列、つまり天属性の気配。

「本題の前に、ちょっといいかしら」

「質問か」

「そう。あなた、ほかの龍となんか違う。……人間を模しているのではなく、人を依代にでもしてる?」

「ふむ……何故、そう思う」

「妖魔が人型を取るのは、そもそも存在律と呼ばれる曖昧な存在を明確化し、他者に認識させやすくするためよ。これは私が使う術式に似ている――特に認識操作系のものとね。どんな相手にも感じて来たそれが、あなたにはない。そもそもこの場では、この兎……ミミのように、元の存在の方が安定するはず。けれどあなたは今の形で既に安定しているわ」

 ゆっくりと腰を下ろしたミカガミは禿頭を撫で、けれど視線は逸らさなかった。

「――違うな。そうではない」

「……! あなた、じゃあ」

「気付くか。その通りだ、俺は人を依り代にしてはいない。――元が人間だっただけだ」

「人が妖魔に? それで安定している!? ――融合、かしら」

「さて、その辺りの理は知らないがな。昔、もう記憶すらしていない昔に俺は妖魔に一度食われた。だがその食った妖魔をどこぞのお節介が封じてな……以来、俺はこうして人の妖魔として、妖魔の人としてこの場の支配をしている」

「支配ってより、安定させてくれてるじゃん」

「黙れミミ。楽しさを求めて外に出たお前が、よくもまあ俺の前に顔を出せたものだな」

「うぐ……」

「……そう。あなたの世界は、ここが全てなのね」

「聡明だな。その通りだ、表の人間共に干渉しようともされたいとも思っていない。ここが俺の世界だ、そのために俺がいる」

「なら国王だと認識しているものは、こちらにいる誰かが折を見て顔を出しているだけなのね。大会の制度を思いついたのは、誰かしら」

「ふん。それでも――だ。お前の予想とは違って、制度を確定させたのは俺だ」

「干渉しようとも思わないと言ったのを撤回するつもり?」

「撤回はしない。だがそれでも、均衡は必要だ」

「そうか……人の社会と妖魔の社会。生存のために必要な均衡」

「――随分と、世の中を、いや世界の情報を得ているようだな」

「褒め言葉として受け取っておくわ。けれど、だとすれば解せないわね。どうしてレーグネンはこちら側にいるのかしら。武術とは即ち、妖魔の討伐を目的として編み出された技術であり、彼の言葉を信じるならば雨天とは――その筆頭だったはずだけれど」

「そうだ。雨天とは即ち、筆頭である。他の武術家に負けることを己に赦さない。志はそれだけだ」

「……源流、とも聞いたわね。だとすれば、……ああそうか。妖魔と天魔は同じもの。だったら力によって証明できるこの場所で、人が這入り込んでも問題はない。技術は討伐を目的としているけれど、レーグネン自身はそもそも討伐を目的として持っていないのね……なら、あなたにとっては人も妖魔も違わないと認識していることになるわね」

「本質的には違うだろう。いや存在はと言い換えるべきか。だがそこにいるミミも、人として生活ができるように――その境界線は曖昧だ。自制心があれば、だが」

「自制に限らず、そう……心があれば、人も妖魔も同じなのね」

「表向きは、だ」

「わかっているわ。それでも根源的に、人と妖魔は同一であってはならない」

「それが均衡だ。妖魔は人の天敵でなくてはならない」

「その通りよ。――〝炎神〟アブソリュートがあなたと逢った時は外ね。どうしてその時は表に出ていたのかしら」

「……興味本位だ、と答えれば満足か」

「いいえ。ただ理由は話せないのかと納得するだけよ」

「ふむ……アレとは既知か? ここには至れないのだと知っている素振りだが」

「ええ、そうよ。あの人じゃまだここには来れない。理解はできても、鍵を揃えることは無理だから。もっとも、かつての――だけれど」

「人はそう簡単に成長しない」

「そうでもないわ。ただ、あの人に限っては、そうかもしれない。つまりあなたは自由に出入りできながらも、この場に居座っていることになるわね」

「ここは俺の世界だ、そう言ったはずだ」

「そう。……――改めて問う。あなたはいつからここの主……いえ、天龍ミカガミだったのかしら」

 彼は答えない。

「既にこの大陸があっての、ミカガミかしら? そう、たとえばエイクネスが神鳳の眷属によって創られたように、アブソリュートが楽園の槍に掴まれたように」

「俺もまた、あるいは誰かによってここに居ると?」

「……」

「ふん、聡明で嫌な女だ」

「あなたは――」

「ああ。他の連中とは違う。俺は俺で居た頃より、この大陸は後になって創られた――が、しかし、この場所を作ってくれた人間がいるのも確かだ。損得の均衡もまた保たれている」

「……そう。大陸ができる以前より、生きているのね」

「もっとも見ての通り、下界の情報には疎いが」

「聞き出すつもりはないわ。その事実が確認できただけで、充分よ。そのための問いだもの」

「潔いな」

「近道をして知った理に落とし穴あり」

「どこぞの誰かが遺した言葉だったな。――こちらも改めて問おう。何をしに来た」

「質問と確認を。それと――私の名を教えるために」

「違うな。お前の存在を、だ」

「同じことよ。どう足掻いても私たちは長く生きられない。あなたたちにとっては、一つの呼吸ほどの短い時間よ。けれど楔を打ち込むことはできる」

「言い方が悪いな」

「同じことだ、と言ったはずよ。ただそうね、これも聞いておこうかしら」

 頭の中を整理して、質問と確認はほぼ済ませたと考えたリウは、そっと手を伸ばしてミミの頭を撫でる。兎の形とはいえ、揺らめく黒色の異形だ。赤い瞳も妖魔のそれであり、兎の持っているものではない。

「世界における炎をアブソリュートが司っているように、あなたは天属性を持っている。この世の全ての天属性系列は、あなたの一部――炎を作り出せば、炎龍は顕現するけれど」

「したことがあるような口ぶりだな」

「あるわよ?」

「うげ……この人、馬鹿かも」

 耳を掴んでやったら黙った。なかなか利口だ。

「だとすれば、どうすればいいかしら。天属性は創り上げる、という形で完結してしまっている。強さも弱さもなく、ただ創る」

「俺の実像を結ぶほど、世界の中でこの場所以外に術式を行使するのは難しい」

「そうね。けれど不可能ではない」

「可能性の話だけを論ずるのならば、な。やりたいと思うか?」

「思わないわね。そんな事態になることをまず避けるわ」

「ふん、嫌な女だ」

「ちょっと。聡明から、聡明で嫌な女になって、それで聡明が抜けたわよ。どういう流れなの」

「聞いての通りだ。――俺を呼び出す方法を思いついたようだな」

「ええ、それは薄薄感付いていたわ。だって私も、そしてあるいはあなたも、創られたものだもの」

「根源的には、そうだ」

「ええ……けれど残念ね。私は妖魔も人も、創ろうとは思わないわ」

「どうだろうな」

「――失われる命を創るような真似は、しない」

「……深い言葉だな。それが本音か」

「そうね。酷い失態を、昔に」

「人の道など過ち以外のものなど、ない」

「それもまた、深い言葉ね」

 ふうと、吐息を落としたリウは、頷いてから影の中に手を入れ、それを取り出す。位牌に似た金属の塊だ。

「けれど――私は刃物を、生涯をかけて、創ろうとしている。その際にあなたが呼び出されるような状況がないと、確認できて良かった。これを見て、率直な感想が欲しい」

 軽く投げると、ミカガミは片手で受け取った。

「――軽い」

 即座に返答がある。片手で持てるサイズだが、重量としては五キロはあるのだが。

「何がどうのと言う以前の問題だ。話にならん」

「……そう」

 わかりきっていたが、予想していたが、なかなかに痛い言葉だ。

「お前、雨のが持っていた刀を見たか」

「五月雨――と、呼んでいたものなら、一応。調べてはいないけれど」

 意識してメイと繋げれば今も使っている様子が見られるだろうけれど、こちらの位置をメイに教えてしまうので、止めておいたが、そうかと頷いたミカガミは、金属をリウに返しながら口を開く。

「偶然の産物」

「――どういう意味?」

「ある馬鹿が、こんなことを考えた。魔術素材を使って、刀を創ろう。だが当人は魔術師ではなかったし、術式は不純として捉えた。結果、馬鹿は魔術素材を使って術式なしに刀を打った。それが、あの刀だ」

「……」

「もっとも、一対がどこにあるかまでは知らんがな」

「そう……」

 偶然。

 それは、可能だが不可能に限りなく近い、という意味合いだ。

「――ありがとう。お邪魔したわね」

「ふん」

「ミミは一緒に戻す。つれてきたのは私だから」

「ああ、それは構わん。俺は、誰かをここに縛り付けようとは思っておらん。若い内は遊んでいればいい」

「やった! ――ちょっと待って。わたくし、ミカガミ様より年上……」

「なにか、言ったか?」

「なんでも! なんでもない!」

 こいつ、一言多い性格してんなー、と思ったが、言わないでおいた。それはたぶん、優しさというよりも、呆れに近かった。


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