11/18/11:00――ミヤコ・三回戦を終えて

 結果として、総当たり戦を終えてミヤコたちは決勝に進めることになった。ミヤコに言わせればリウの行動が非常に気になったのだが、引き分けに持ち込んだのはきっと僅かに残った良心なのだろうと思う。いや、思いたい。

 控室に戻ると、二人きりになった。残りの三人は明日の戦闘のために時間を使いたいのだろう。

「決勝戦かあ……なんか、あっさりきた感じ」

「今年は出場チーム数が二割くらい減ってたらしいわよ」

「どうだろ。あたし、やりすぎてない?」

「そんなことはないと思うけれど、明日はここの調査も区切りをつけたいわねえ……」

「リウは確かに、やりすぎてないけど――え?」

 気付くのは、僅かにミヤコの方が早かった。出口へ向かう側の通路から、ひょいと顔を見せた男を目視した瞬間、左手が柄から鞘へと向かい、握る。右手が柄へ伸びなかったのは、敵意がそこになかったからだ。

「よォ」

 二回戦の時に、こちらを見ていた男だ。初老の男、印象としては間近でみるといやに細い。ひょろり、なんて言葉が合いそうなのに、鍛え抜かれた四肢は服の上からでもわかる。

「あら――」

「え……」

 反応は違えた。リウはいつものように応答しようとして、ミヤコは驚きに固まる。その意志は、疎通されない。

 中に入ってきた男は、二人の反応を見てから、軽く瞳を閉じた。それはほんの数秒のこと――すぐに、驚いたように目を見開いて、それは次第に細くなり、最後にはやや俯き加減になって。

「――はは」

 乾いた、笑いを一つ落とした。

「うそ……雨天……?」

「――」

 ミヤコの呟きにリウが反応する。けれど男は腕を組み、小さく肩を竦めた。

「腹の探り合いは面倒だなァ――今、一通り村時雨から聞いた。ミヤコ・楠木にリウラクタ・エミリオンか。俺ァ、レーグネンと名乗ってる」

「……そう」

「最初に聞いておくぜ。あいつは……サギシロはまだ、生きてンのか」

「ええ、もちろん」

 しばらく考えを巡らせていたリウは、小さく吐息するとレーグネンと向き合った。

「で、ミヤコに何の用?」

「おいおい、そりゃ愚問ッてやつだろ。村時雨を佩いてて、その上で袴装束に紋様を刻んでりゃ、俺みてェな時代に取り残された連中にとっちゃ、確認せずにはいられねェよ」

「あなたは……干渉できるのね」

「サギシロと比較してンなら、そうだな。俺の方がよっぽど動けるし、縛りもねェ。――ミヤコ」

「うん?」

「決勝が終わったら、俺と手合せだ。準備しとけよ」

「……わかった」

「とりあえずは、そんだけだ。じゃあな」

 ふらりと、廊下側に消えたレーグネンを、二人は追わない。問いたいこともあったが、追えなかったのが実際だろう。

 しばらくして、ミヤコは強張った躰をほぐすようにして、左手を鞘から離した。

「あれが……楠木が目指した人、か」

「――そうね。とりあえず、出るわよ」

「あ、うん」

 無言で闘技場をあとにした二人は、しばらく並んで歩いた。向かう先はリウ任せだ。

「ミヤコは、どう?」

「……うん。村時雨様とも旧知みたいだったけど、一戦交えたい。たぶん、あたしじゃ手の届かない領域だと思う」

「でしょうね。ほかに気付いたことは?」

「あの人、なんか、人の気配と妖魔の気配が混ざってた」

「それには私も気付いた。でも……妙なのよね。混ざっていたように感じたけれど、確かに、間違いなく、あの人は人間だった」

「そうなんだよね。……一つだけ、なんとなく、思いついたんだけど」

「なに?」

「なんかさ、ちょっと前……あー、どんくらい前だったか忘れたけど、儀式に祭られてた巫女に似てるような」

「――!」

 その可能性に思いついて、勢いよく振り向いたリウが、否定の言葉を口にしようとして、しかし、肩の力を抜くようにしつつも、奥歯を噛みしめながら、再び前を向く。実に珍しい反応だったので、ミヤコは首を傾げた。

「え、なに?」

「ありえない、と否定しそうになったけど……可能性だけ考えれば、ありうると思っただけ。冗談じゃない」

「うん……」

 村時雨が刀を形代にしているように、人を憑代にしているのではと、依代なのではと、そんな短絡的とも思える想像だったのだが――リウに言わせれば、あまりにも現実離れしている。

 妖魔を人に下ろすなんてのは、神を一時的に下ろす巫女よりも性質が悪い。陰陽混じり合って人とするのならば、そこに純粋な陰気を強引に混ぜるのと同じだ。下手をせずとも、人という器が壊れかねない。

「でも、あの短時間で村時雨様となんか話してたみたいだし」

「そうね……たぶん、旅に出てからのことを、一通りは。時間に関する術式じゃなくて、たぶん村時雨と同様の時間の中に入り込んだというか、領域を同じくしたというか……ちょっと今の私じゃ理解はできないわね」

「――たださ、裏があるようには思えなかった」

「それは同感。本気で、武術家としてのミヤコを試してやろうとしてるって感じよね」

 たぶん、見てすぐに理解したのだろう。ミヤコ自身が意識せずにいるが、リウから見てもわかることを、彼は理解したはずだ。

 莫大な基礎を、徹底した基礎を詰め込んだミヤコ・楠木がこれから成長するためには、誰かに教授されるか、自ら何かを作り出さねばならない地点にまで、至っていることを。

 そうだ。

 きっとリウがミヤコにしてやれることは、そんな人物と出逢うことしかなかった。預ける、なんてことは口が裂けても言えないし、そもそもリウは保護者ではないけれど、それでも。

 ミヤコが自ら教授願ってくれたのならば、それ以上に嬉しいことはない。また同時に、そうなれば。

 二人旅も、きっと終わる。

「ま、それはともかく。……尾行、撒かないの?」

「ああ、こっちが気付いたことにも気付かない三流だなって思ってたところ。なんて言ったか忘れたけど、ほら、あれよ、食事してる時に術式でぺらぺらなんか話してた馬鹿」

「あー、名前忘れた。あのクソッタレの関係?」

魔力波動シグナルが一緒だもの。操作系か、それとも監視だけで、実働は金で雇ったかもしれない」

「宿までつれてくのは面倒だなあ……」

 あ、これはイラついてるなとリウは思う。まあ思うところがあるのはリウも同じだが――。

「しょうがない。私がやっとくわ」

「え?」

 どうすんの、と問うよりも早く路地に飛び込んだリウの気配が、姿が見えなくなるのと同時に掴めなくなった。尾行の気配も一瞬にして消える。

「……やれやれ」

 やや歩調を速めて場所を移動しておく。宿に戻るのには早かったので、選択は再びの外だ。それなりに目立ったためか、好奇心に似た視線をいくつか感じながらも外へ出て、今度はもう少し離れてから振り向いた。

 イウェリア王国は、やはり大きい。けれど、レーグネンと名乗った男が居ることには、違和感があった。滞在する理由がミヤコには見つからないのだ。

 けれど、何かはあるのだろう。出逢いの理由まで考えるには至らないが、少なくとも出逢えたのは僥倖だ。

 ――明日か。

 決勝が終わった後に、手合せ。どう考えてもミヤコが挑む側だ。できれば万全の状態で挑みたい。たとえ軽くあしらわれるとしても――だ。

 正直な気持ちを言えば、楽しみが強い。かつてサギシロ先生に挑んでいた時を思い出すし――それ以降、そして今、まだリウと並べていない自分を想えば忸怩も浮かぶ。けれど逆に、そんな未熟な自分が相手を失望させないだろうか、という不安もあった。

「……ミヤコ?」

「ん?」

 人の気配には気付いていた。けれど、おずおずと声をかけてきたのがキッコであることに、振り向いてようやくわかる。見れば、三人ほどで、キッコたちのチームの人たちだ。

「キッコ。どした?」

「ああ、うん、なんか張りつめてたみたいな感じがあったんだけど?」

「ちょっと考え事してた。そっちは――もしかして、ディドたちの心配?」

 まあねと、ミヤコよりも小柄なキッコは、傍まで来てから苦笑する。

「付き合いも長いし、目的も知ってるからね。……ミヤコは、聞いた?」

「直接はなにも。だいたい知ってるって答えた方がいいかな。心配はいらないよ――目的は果たされる。ただ、それが望みであるとは限らないけどね」

「へ? 望み……?」

「思い違いをしてるってこと。ほら、目的と手段が入れ替わるようなことって、よくあるでしょ? あれに似てるんだけど……ま、それは明日になればわかる。やるのがあたしなのか、リウなのかは、まだわかんないけどね」

「なんか、余裕だなあ。そりゃ今までの戦闘見てきたら、ミヤコがすげー実力の持ち主だってことは、なんとなくわかるけど、あのクソッタレは厄介だよ」

「いやいや、過大評価し過ぎ。あたしは――未熟だから」

 こぼれた笑いは失笑、いや自嘲に近い。

「……だから、抜かないの?」

「ああこれ? いや、そうでもないけど……あ、ちょうど良いや。肩慣らしに付き合わない? そっち三人いるし」

「いいけど……」

「さすがに本気は出さないけど、久しぶりに抜こうかと思って。――それくらいの準備は、しといて損はないだろうし」

 というか、しばらく抜いてなかったから、なんて言い訳を口にするつもりもないのだけれど、それでも調子合わせくらいはしておきたい。挑むのならば、相手に失礼のないように、だ。

「わかった。じゃあ寸止めで――」

「必要ない」

 ミヤコはその気遣いを、否定する。

「訓練で死ぬのも、実戦で死ぬのも、同じだから」

「――」

 その考えを持つ人間は、あまりいない。特にこの大陸では実戦そのものも、闘技大会なんていうゲームに限りなく近いものでしかないのだ。

 だから、ここにきてようやく、彼女は違う人種であるのだ、なんて認識がキッコの中に浮かんだ。それは恐怖を喚起させるような異質――である。

「わかった」

 得物であるハンマーは持っていないが、リーチこそ短いものの、威力だけならば握った拳で余りある。背後にいる仲間に一瞥を投げれば、頷きと共に腰にあるロングソードや暗器を引き抜いた。

 ――そうして。

 ミヤコは居合いの構えになる。右足をやや前に出した前傾姿勢でありながら、腰をひねって右手が柄に添えられ、左手の親指が鍔を押し上げた。

 自己鍛錬以外、そう、誰かに向けて居合おうとするのは、いつ以来か。

 周囲の空気が張りつめた。すぐにでも踏み込もうとしていたキッコの脚は止まり、暗器を投げようとしていた男もまた、腕を引いた時点で停止してしまう。

 ――そっか。

 不動の行をすることで養われる戦闘時の〝ケン〟が彼らにはない。こちらがいくら攻撃の意図を読み、あるいは放っても、それをただの威圧としか受け取れないのだ。

 相手に合わせるのではなく。

 こちらが、自分がやろうとすると、こんなにも差があるのかと思い知った。

 十秒が経過した時点で、ミヤコが動いていたのならば戦闘は終了している。あっさりと、あっけなく、何のことはないように、当たり前のように、そうなってしまう。

 だが。

 ――これは成長じゃない。

 こんなものは、成長と呼べない。呆れても、落胆しても、違いが明確になるだけで、ミヤコ自身が何か変わるわけでもないのだ。文句を言える立場ではないし、今の選択を得た自身が馬鹿だっただけのこと。

 旅に出る前、リウとやった時のことを思い出す。初めて教えてもらった不動の行、戦闘特化型でもないのにミヤコを翻弄したリウの技術。こちらの意図をあっさりと受け流すだけの余裕。

 この道は――刀を握って進む道は、リウの隣に並べないのかもしれないと、そう思ったこともある。だが、ミヤコにはそれを信じるしかなかった。通じていると思わずにはいられなかった。

 どうしたって。

 ミヤコ・楠木には、それしかないのだから。

 四年だ。

 一緒にいて――何が変わったというのか。

「――」

 隣に並びたいからといって、必ずしも一緒にいる必要はないのだと気付いたのは、最近のことで。

 彼我の距離を一歩で詰め、二歩目は既に彼らの背後。納刀の音と共に空気を斬っただけの銀光が一本、彼らを真横一文字に切り裂くように出現して、消えた。

「ありがと」

 ミヤコは振り向かず、やや俯き加減になりながらも、苦笑を滲ませる。

 本当に、まだ、自分は未熟だ。

「いろいろ整理できたよ」

 決めよう。

 明日、すべてが終えるまでに。


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