11/17/12:10――ミヤコ・二人との違い

 今日は全員で食事処に移動し、出逢った時のようにして席に落ち着いた。これは予想できていたことだが、あれこれ問われるのは道中で充分応えたつもりだ。といってもミヤコにしてみれば、己の行動を説明するだけなので、ひどく退屈だったが。

「しっかし」

 説明を終えて、ディドが頭を掻きながら言う。

「なんつーか不思議でならねえ」

 いや、不思議というか腑に落ちない。

「俺とミヤコにしても、あるいはリウだって――聞けば年齢は大差ねぇ。そうなんだろ?」

「大差は、ないかな」

「そうね、差はあるけれど」

「……時間は同じだ。過ごして来た歳月は変えようがねぇ。俺と、お前らと、一体何が違う?」

「簡単よ。わからないことを、私は望んで引き寄せようとする。ミヤコはわからないことを、知ろうとしている。それだけね」

「それだけ? 随分と曖昧じゃねぇか」

「ほら、証明されたわね。今ディドは、私たちの行動を曖昧なものとして受け止めた。それで解決してるじゃない。棚上げって言うんだけど……まあいいわ。二つ目、私たちにとっての行動理由は常に、如何なる時も、他人に向かないのよ」

「……? 自分の理由ってことか?」

「そうじゃないわ。家訓でも――」

 ウーを見て、それからムツキとディドを見る。

「過去の清算でも、仇討ちでもない。私もミヤコも、誰もいないただ一人の状況であっても、ずっと目的を持ってきたし理由を持ってる。今こうして会話をしている最中もずっと――そして、それは、きっと終わらない。終わるのは死ぬ時ね。あんたたちのように、眼前の目標だけ目指して突っ走って、その目標を達成し終えた後の己を考えていないなんてのは、私たちに当て嵌まらないのよ」

「……」

「時間は同じと言ったけれど、それも違うってことよ。私たちは生まれて物心ついた時からずっと目的を持って精進してる。でもあんたたちは――ただ流されて、ようやくできた目的に飛びついて足を前に進めた。……ま、ちょっと説教臭いけどね、そんなところ」

「なんだかんだでリウって面倒見がいいよねえ」

「馬鹿言わないの。ミヤコはもうちょっと他人を気遣いなさい」

「ちょっとなんで説教の矛先がこっち向くの。やめてよ」

「相手は実験体じゃないって言ってるのよ」

「そこまで酷いことしてないって。そうだよね?」

 ディドたちに聞くと、全員が複雑な顔をしたまま視線を逸らした。

 どういう意味だと唇を尖らせたミヤコは、その気配に気付く。警戒は刹那、おそらくディドたちが気付かない僅かなもの。その後は自然体のまま、から揚げをひょいと口に放り込む。

「――おや、ここにいらっしゃいましたか」

 声をかけて来たのは痩躯で白衣を肩にひっかけた男。声色を聞いた瞬間に三人が己の得物に手を伸ばし、あからさまな殺意を発生させた。

 ミヤコはただその様子を俯瞰するだけで、リウは。

「馬鹿。座ってなさい、――それは本体じゃないわ」

「おやおや、そちらのお嬢さんに気付かれるとは思いもしませんでした。お二方にはお初になります私、カーマイン・ハーヴェイと申します。お見知りおきを」

 リウは何も言わない。だからここは任せようと思ってミヤコは意識を外した。

「それにしても幸運ですねえあなた方は。このような実力者を仲間に引き入れたとは、いやいや驚きです。ふふふ、いいですねえ」

「――何をしに来た」

 今にも殴りかからんばかりの状況で、幾分か冷静なのかウーが静かに声を出した。ただし怒気がそこに含まれているのは明らかだ。

「もちろん、挨拶です。あなた方ではなく、そちらのお二人に。ふふ、ふふふ……つまりあなた方など眼中にない――と、そう考えていたのですが状況が変わりました。これはとても幸運ですよ、ええ、あなた方も私も」

「てめぇ――」

「ディド、抑えろ」

「ふふふ、いい目ですねえ。獣の目です、人がするような目ではありませんよ、ええ。――おそらくこのまま行けば、準決勝辺りで勝負ができるでしょう。今回は途中棄権する必要もなくなりましたからねえ、ふふ……楽しみにしていますよ、お嬢さん方」

「あ、ミヤコそれ取って」

「ヤだ。またあたしのサラダ取るんでしょ」

「取ってって言ったじゃない」

「そういう意味なのね……」

 しょうがないとサラダを渡すと、その間に幻影はいなくなった。

「リウ、場所は?」

「ここで封殺しても意味ないでしょ」

「やっぱり特定してるし……でもまあ遠くにはいなかったね。生粋の魔術師って感じ。禁忌にも手を出してそうな。やっぱいるんだね、ああいうの」

「どこにでも一人くらいはいるわよ」

「……おい」

「なによウー、本体で来ないような相手と話すつもりはないわ。あれが狙いなんでしょ? あるいは、あれの傍にいる誰かか……こりゃ、当たるまで敗退できなさそうね。まあそれは心配いらないか。ミヤコがいるし」

「うん。できるだけリウは何もしないでよね」

「台無しにするのはせめて、この子たちの目的が終わった後ね」

「やっぱりするんだ……」

 がたりと椅子を引いた音に顔を上げると、ディドが立ち上がって通貨を置き、出て行ってしまう。慌てたようにムツキもその背中を追った。

「あれ、ウーは行かないんだ」

「俺はあいつらとは違う。――ただの仕事だと割り切っているからな」

「……ミヤコもこのくらい、感情を制御しなさいよ」

「してるじゃん」

「三回戦目の妖魔への対処」

「あーごめん、うん。でも顔には出ないよね?」

「それだけじゃない、あんたは……」

「――ハーヴェイは屍体を操る」

「知ってる」

「昨日聞いた。リウ、そっちの水ちょうだい」

「おい……お前たちはどこまで知っているんだ」

「それが勘違いよ。関係があるのを知ったのは今さっき、当人を知ったのは昨日。その区別はきちんとしておかないから、不思議なんてものが生まれるのよ」

「なるほどな。順序立ててあるわけか。……言っておこう」

「いいけど、信頼はしないで」

「信用もして欲しくないけどね」

「ああ、勿論だ。お前たちは俺の仕事の邪魔をしないだろう、そう思っての判断だ。おそらく察しているとは思うが、な」

「そうね。先回りして言ってハッタリを利かそうとも思ってたけど、いいわよ。言って」

「以前、俺の前任者がハーヴェイと戦って負けた。それは屍体となってあの男に操られている」

「そう。で?」

「ウー家の恥さらしは、殺してでも止める。それが俺の目的だ……もう死んでいるが」

「当人よりも、当人が操ってる屍体かあ。でも死霊操傀魔術ネクロマンスって、簡単とか言ってなかったっけ?」

「簡単よ。殺す前に掌握可能な術式を脳内に埋め込んで、死んだ後に操るだけだから。まあ意識と記憶の分断がそれなりに難易度高いんだけど……そこまでしなくても、屍体に意識なんてないからね」

「やったことが、あるのか?」

「やらなくてもわかることを、どうしてわざわざやるのよ。メリットが何もないわ」

「そうか。……一つ、いいか。今の説明だと、あの操られた屍体を殺すには頭を潰せばいいとのことだが」

「その通りよ。あの白衣男が直接腕や足を動かしてるんじゃなければね」

「その可能性は低い」

「ふうん……じゃあこっちからも一つ、言っておくわ」

「聞こう」

 リウは、伝える。

「どんな状況であっても、そっちの目的を邪魔してでも、私はあんたたちを死なせないから。いい? ――死がそこに迫った瞬間、私はあらゆる手法を以ってそれを回避する。覚えておきなさい」

「……わかった」

 人が死ぬことに対して、ひどく敏感になるのは相変わらずだとミヤコは思う。それが赤の他人で、自分とは遠い位置の相手であっても――相応の理由がなければ、リウは殺しを赦さない。もちろんミヤコも同じだが、それでもリウの範囲は広すぎる。

 相手が外道ならば、それこそ殺すことが救いになるのならば殺す。だがそれ以外のほとんどは――拒絶するのだ。

 リウは、きっと老衰であっても拒絶する。

 いや拒絶したい。したいけれど、奥歯を噛み締めてそれをきっと見送るだろう。

 何故なのか。

 ミヤコも、そこまでは知らない。


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