11/17/10:40――ミヤコ・第二回戦
大会の第二回戦、これまた半ばほどの四度目の試合に彼らは出ることになった。
控え室から闘技場内部に出ると、歓声が包み込む。中央にはリングが一つ、今回は他の障害物が一切ない。
リウはぐるりと周囲を見渡し、観客をある程度把握しておく。
『武式大会第二回戦、四試合目を行います! チームにゃんこさん、チーム居酒屋との試合方式は――勝ち抜き戦!』
そういえば急に戦い方は変わるんだなと思いつつ、手近に並べてある椅子に座った三人を見たリウは、しかし腰を落ち着けようとはしない。
――んー、儀式陣かなあ。
状況に応じて場を整えるための〝組み立て〟術式ならば、誰が作ったのかが気になる。操作が必要な場合、それが術者本人でなくとも可能だとすれば、他の術式も組み込んであると考えて間違いはない――が。
しかし、あまり大げさに調べようとすると、それはそれで問題だ。
『前提のルールは変わりありませんが、特殊ルールとして次の仲間に交代することが可能となります! ただし! 戦闘中、決着がついていない状況では不可能となります! まあ降参ならアリだけどンな情けない――と、失礼。ちなみに交代したら敗北扱いだから! んじゃま、五分くらい時間あげるんで最初に戦う人を決めてね!』
中盤から適当になったが、これも持ち味なのだろうか。つーか進行を任せる人選がどうかと思う。なんかバニーガールだし。
「リウ、あのバニーってさ」
「まあ……そうでしょうね。珍しいけど」
「うん」
さてと、腰に手を当てたリウは、顔だけで後ろの三人を見た。
「初手、ミヤコを出すけどいいわよね?」
「え?」
「おい、本人が驚いてるぜ」
「や、あたしはべつにそれでもいいけど。勝ち抜きだったら、三回勝てばいいんでしょ。観戦してるよりは出た方が楽しいし」
「ってことよ」
「どういうことだよ……まあいいか。なあウー」
「そうだな。負けたら次はディドが出ればいいだけだ」
「おいっ!」
「あはは、じゃあ気楽にいくよ。あ、でも一つお願いがある。あのね、リウが出るって言ったら全力で止めて。お願いだから止めて。っていうかリウ、やめてよ?」
「邪魔はしないわよ……」
そんなに嫌なのかよ、なんて軽口を叩いたディドはリウを知らないから言えるんだ、と返しておく。実際、リウが矢面に立てば、すべてをぶち壊しかねない。
『――はい、そろそろ時間ですよー。各チームの先鋒、場内へ!』
リングに上がると、相手が見える。およそ二メートルはあるだろう巨漢で、たぶん男で、甲冑に身を包んで盾と大剣を持っていた。
「……」
重武装過ぎる。観客のあちこちから漏れる失笑に、ミヤコも苦笑した。
『それでは――始め!』
合図と共に、相手は盾を前面に押し出し、剣を肩にある甲冑に乗せた。それが一番疲れず、防御に適した体勢なのだろう。
完璧に後の先を取る形か。実に効率的であるし、何よりもミヤコに対して油断を一切していないのが評価できた。
――さてと。
近づいて攻撃するよりも早く、剣は振り下ろされる。いや振り下ろされるよりも早く接敵したところで盾に弾かれるか――盾の中に入っても甲冑がある。
「ミヤコ」
歓声の中、どうしてか、放たれたリウの声が耳に届く。
「――本気になったの、いつだっけ?」
それは、心に届いて小さな軋みを生む。
顔を上げて相手を改めて見れば、対処法が二十を越え、それは慢心だと言い聞かせてミヤコは己を制御した。
だと、いうのに。
足が止まらない。まっすぐ、一直線に、自然体のまま――左手を柄に置いて、間合いの内側まで。
そして、足を止めて気付く。まずは相手に合わせるところから始めなくては――。
「――……え?」
振り下ろされる剣に見向きもせず、ミヤコはそちらを振り向いた。
左側、闘技場内部は外周全域が観客席だが、その上に位置する――本来ならば国王が座るべき空席のある場所。その玉座の背もたれに片手を乗せた男が、いつの間にかいたのだ。
注視する。周囲の視界が一気にぼやけ、立っている男に焦点が合った。
目が、合う。
――笑っていた。
苦笑に似た笑い。白髪が目立つ初老の男だろう。その格好は、袴装束に紋様が一つ。
ミヤコと同じ、格好で。
そこに居た。
激震が走った。
ほぼ無意識に上空へと伸ばしたミヤコの手が、振り下ろされた剣を握りしめるようにして掴んでいる。斬る、というより叩き潰すに限りなく近い大剣は、威力そのものをすべてミヤコを通し、徹して、両足からリングへと伝えたのだ。
はっとして顔を戻せば、ざわめきが観客から漏れていた。受け止め、掴んでしまい、相手もまたそこからの行動ができないでいる。そう、できなかった。そのまま振り下ろすことも、引き抜くことも。
何故ならば、男の行動を――力の移動を封じるように、ミヤコが制御していたからだ。
「あ……」
しまった、と思った時には迅速に行動していた。右手を離し、一気に懐まで潜り込んで踏み込み、左手を腹部に添えて力を与える。
足から腰へ、腰から背中を伝わって肩へ、肩から肘へ、肘から手首へ、手首から先へ。
ふわり、と両足を浮かせた男はそのまま、リングの外、観客席の壁にまで吹き飛んで大きな音を立ててぶつかった。これもまた、〝徹〟の応用だ。
「――場外は、カウントだっけ?」
『え、あ、うおっと――そうでした。テンカウント……あ』
相手の男に近寄った仲間が、軽く手を振っている。言葉を聴くと、どうやらもう意識がないらしい。
『にゃんこさんチーム、まずは一勝です! 居酒屋チームは五分以内に、次の出場者を決めて下さい。にゃんこさんチームはどうしますか?』
「もちろん、このままで」
『では待機をお願いします』
それ以上の返答をせず、左手を刀の柄に添えてもう一度見上げた。けれどしかし、もうそこに、先ほどの男は存在していない。
――なんだろ。
一瞥をリウに投げれば、同じ方向を見ていた。つまり、リウも気付いたのだろう。そしておそらく、気付いたのはほぼ同時だったはず。
直感を信じるならば、同じ人種なのだろうけれど、しかし。
――得物、佩いてなかった。
ミヤコのように佩いていて使わないのならば、わかる。だが何もないというのが引っ掛かった。
リウの説明によれば、武術家は得意な得物を持つものだ。それは槍だったり、刀だったり、さまざまだが、せいぜい無手でいられるのは柔術を扱う者くらいらしい。確かに同じ人種と逢ったのは初めてだが、そうではないような気がしてならなかった。
だとしたら、なんのために顔を見せた?
しかも、こちらに気付かれるように、存在を誇張するように。けれどこの場、つまりリングには上がってこない。今もまだ、どこかで見ているような錯覚に陥りそうになる――否、あるいは本当に、見ているのか。
落ち着かない。
『では、続きを開始しますよ? いいですか? ――では、始め!』
試したいのならば、目の前にまで出てきてくれればいいのに、そうではない。リウのような狡猾さを感じるほどではないが、強者に睨まれたような気分で――。
――そうか。
そうだ。一見してわかった、あの男は強い。それこそリウと比肩するだろうと思えたほどに、ただ視線が合っただけで理解できた。
だから――戦ってみたいと、望んでる?
本気を出したのはいつだ、というリウの問いがリフレインする――そこでようやく、相手がもう近づいてきていることに気付いた。開始の合図があったらしいが、聞こえていない。まあそんなもの、なくても良いのだけれど。
今度の相手はやや小柄でありながらも軽装の男だった。得物は両の手で持った槍だ。
切っ先がゆらりと動く――円を見せる動き、穂先は鋭利な鉄であるものの本体はしなりがある竹を使っている。
先手を打たれた。否、先手を打たせた。
踏み込みからの単純な突きを、後退の動作で回避する。もちろん正面を向いたまま。
――さすがに速いか。
しかも直線の突きであるのにも関わらず、竹のしなりがあるため曲線に見えてしまう。おそらく横の動きで回避するだけの余裕はない。あれは存外に隙が多く、労力を要する。
加えて引き、つまり戻しも速い。その隙にと考えのは愚かだ。
それでも、どれほど連続で突かれてもそれが点であることに変わりはない。注意すべきは、点が線に変わる時だ。槍もまた薙ぎや払いを使う場合もある――それは槍の間合いの中に入った時、変わるものだ。その見極めを疎かにすると痛手を食う。
二度目の突きに合わせて手の甲を当てて逸らし、踏み込みと同時に戻しに入った槍を手首の回転で軽く掴みながら速度合わせ、絶妙なタイミングで戻しの力をミヤコから加えてやると、驚いたようにそのぶんだけ相手は退いた。
見た目にはミヤコが踏み込んだぶんを相手が退いただけのようだが――体勢が僅かに崩れるのを見逃さない。重心のズレは、次なる攻撃の基点をズラす。
――んで。
体勢が崩れても続く突きは的確にこちらを狙っているし、速度も上がっていた。
おそらくはトップスピードだが。
前傾姿勢になったミヤコはそれを避け、肘を振り上げて突き終えた槍を上へと跳ね上げる。これで崩れるのは二つ目。
ここに来て線の動きを見せた――振り下ろし、なるほど合理的だ。
が。
――線の動きなら、速度はそうでもないし。
軌跡が簡単に予想できる線ならば、こうして掴み取ることができる。
想像もしなかった事態にか、力の入れ方が変わった――その隙を狙って器用に槍を引き抜いたミヤコは、柄を立て続けに男の両肩と腹部、続けた三発を打ち込んで。
――良い得物だけど、ただの物ねこれ。
槍を、そっと倒れた男の横に置いた。
『カウントテン! 勝者、にゃんこさんチーム! いやあ強い! 強すぎる! このまま続行ですね! だよね!?』
「そうだけど……うるさいウサギだなあ」
『――っ』
ぎょっとした顔をしたバニーガールは、それでも動揺を飲み込んだ。バニーの姿を揶揄したものではないと気付いたあたり、やはり聡いらしいけれど。
くるりと、相談している相手チームに背中を向けたミヤコは、首を傾げながらリングの外周へ向かう。ディドたちは複雑な顔をしているが、それよりも。
「リウ」
「ええ、気付いたし、気付かれたわ」
「得物がなかった」
「……そうね。言葉は?」
「なにも」
「でしょうね」
短いやり取りで確認だけ、すぐにミヤコは戻った。意図の交換はこのくらいでいい。意見は後回しだ。
始めの合図と同時、黒のローブを着た上でフードを使って顔を隠した相手は、迷わずに。
「――解呪の存在」
足元に言術の術式紋様を浮かべてローブの裾をひらりと広げた。
「固定の存在、――操作の存在」
立て続け、三つの言術を使った上で一枚の紙――術式を封じ込めた、符術を放り投げると、ローブで作られた闇から蠢くようにしれソレが出現する。
ミヤコの三倍はあるだろう獣の姿は、狐のようでいて虎のようでいて、狼のようでいてそうではない異形の姿となる。
妖魔だ。
色は黒、それは闇夜に紛れるために効果的だ。ただし瞳だけは赤色に輝く。また存在が不安定なのは、そもそも彼らが実体を持たないからだ。
腕を切り落としても再生する。彼らは密度の存在で、十あるものの一を削っても、残りの九で同じような形をすぐに作ってしまうのだ。そのため、十を削ってしまうか――存在を証明している核を壊す以外に対処法はない。
「妖魔を捕縛、操作ね……」
かたりと、腰に佩いた刀が揺らぎ、視線を落としてそっと鞘を撫でる。
「ごめん村時雨様」
彼女は、対妖魔のための刀だ。存在の本質を妖魔と同じくしながらも、刀を寄り代にした天魔。
妖魔を斬りたい気持ちもわかるが、それでも。
こんなものは、妖魔ではない。
――本物を知らないのかな、ここの人たちは。
彼らは存在だ。その密度によって強さが決まる――ならば、そこに存在しているだけで強さがわかる。
知らないのだろう。
息苦しいほどの存在、本能を抑え込んだのにも関わらず竦む足、意識して食いしばった歯がかたかたと揺れるほどの密度。
第二位と、そうランク付けられる妖魔を目の当たりにしたことのあるミヤコにとって、妖魔の討伐を本職とする彼女にとって、眼前のものは――ただの、おもちゃだ。
両手両足を使って跳んできた黒の影に対し、合わせるように踏み込みと同時に手を突き出し――それは妖魔の爪と当たり、ぴたりと空中で相手は静止した。
一秒、空白を置いて周囲の空気が強く振動した。
――と、いけない。
嫌悪感がそのまま相手へ向かってしまった。思い切り力を吐き出してしまったらしく、観客席の前列付近は顔をしかめて両手で耳を塞いでいる。
核ごと、その存在を消滅させるほどの衝撃だ。それは仕方ないとして――ざらざらと砂のように空中へ消える妖魔に一瞥も投げず、一瞬にして間合いを詰めたミヤコは相手に次なる行動の暇を与えず、顎を叩いて脳を揺らし気絶させた。
どさりと落ちるのを聞きながら、まだ残っている相手チームを見る――が。
『三勝を確認、チームにゃんこさんの勝利です!』
その声を聴いて、ふうと足元に吐息を落とす。なんだか開始から、調子が狂ってしまったような感じだった。
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