11/16/18:50――ミヤコ・リウの魔術

 もう休もうと宿を前にして、いつしか姿が見えなかった黒猫のメイがミヤコの足元から、ぴょんと身軽に飛び跳ね――。

「……」

「…………」

 がしっと腰の辺りにしがみついた。爪が立ってる。

「……メイって猫だよね」

 どうしよう、と言わんばかりの視線を投げられたので、仕方なく両手で抱きかかえリウのように肩に乗せてやった。するとしばらく位置を探っていたが、器用に腰を落ち着かせて毛づくろいを始める。

「退屈だった?」

「――否、わたしはともかくも主様は楽しんでおったようじゃのう」

 返答があるとは思わなかったなと、ミヤコはそのまま宿の中に入る。

「たまーにあたしも気付くけど、べつにリウが頼んでるわけじゃないんでしょ?」

 それは、街の外での調査のことを暗に示したのだけれど、正確に読み取ったメイは小さく頷く。

「それもあるが、猫は気まぐれじゃ。それにこの街での単独行動は、あまりしたくないからのう」

「ふうん。……ん?」

 階段を上がってすぐ、足を止める。強烈な違和感があり、その正体が隠された感知術式であると気付くのに数秒、それからようやくリウの魔力を感じた。

 いつもと順序が逆だ――何故だろうかと、足は前へ進まない。

「魔力も隠してるんだ」

「ほう、わかるか」

「うん。手遅れだけど」

 感知術式とは、侵入者などの気配を察知するための術式だ。故に、その術式に気付かれては意味がない。そのために隠す――のだけれど。

 リウはその逆手を取っていた。

 今、ミヤコは感知術式に気付いて足を止めた。けれどその足を止めた場所に、気付かなかった感知術式が既に展開されていたのである。

 ――ほんと、こういう周到さは見習わないとなあ。

 軽く肩の力を抜くと、メイが頬に当たった。落ちそうになるところ、バランスをどうにか保ったらしい。

「ごめんごめん」

「慣れておらんのう。まあ主様は邪魔だとすぐ放り投げるが」

「それもどうかと思うけど」

 足を進めて二階から三階へ行き、一番手前の部屋に入る――と。

「おかえり」

「あーうん、ただいま」

 とんとメイが着地する音を聞きながら、ミヤコは頭の後ろを軽く手で叩く。

「えーっと……何してんの」

「んー? いろいろと。あ、べつに邪魔じゃないから。踏んでもいいし、ベッドにでも座ったら」

 部屋中を埋め尽くしているのは無数の術陣だ。リウの得意とする術式を陣で展開する手法はミヤコも目にしているため驚かないが、それでも気後れはする。

 本来、術陣は壁や床などに浮かび上がるものだが、リウの術陣は空中に浮いた状態で発生するものも多い。またよくよく見れば色も違うし陣の構成も違うため、魔術師ではないミヤコはじっくり観察などすると頭が痛くなる。

 ただ、その中にはよく知っているものに似た術陣もあった。

 呪術の術式紋様、そして言術の発現紋様だ。

 この二つは基本的に〝強化〟を基本として発生するもので、呪術の場合はどちらかというと魔術の術陣に近い形態をとる。つまり強化の構成を紋様として発生させ、つまり構成そのものに手を加えられるわけだ。ミヤコは呪術師なので領分のはずだが、まだ使いこなせてはいないし――あまり、使わない。いや使えないのか。

 言術は、言葉そのものを構成として発現紋様は言葉通り、言術の発動を決定的なものとするための証明として、その紋様を発生させる。脚力強化なら足、腕力強化なら腕と実にわかりやすい。

 ――つまり。

 リウは魔術師でありながらも、言術や呪術も扱えてしまうのである。

 腰の刀を抜いてベッドに腰掛ける。

「で、どういう風の吹き回し?」

「何がよ」

「あたしの前じゃこゆこと、しなかったじゃん」

「仕方ないのよ。この街の中や外で、自由に使える場所がないから、こうやって自分で作るしかない。気付かれるようなヘマはしないけど……あ、いかん。――実像の解」

 また一つ、言術の紋様が発生して何かに組み込まれる。

 これはリウの――〝研究〟だ。

「ディドはどうだった?」

「んー、どうだろ。そこそこ腕は立つんじゃない?」

「あんたは……相変わらず、相手のことをあまり考えないわねえ」

「同じ土俵にいる相手を気遣ったってしょうがないじゃん。あたしだってまだまだなのに、相手の評価してどうすんの」

「ん……ミヤコのそういうとこ、好きよ」

「いや当たり前のことじゃないのこれ」

「さあ、どうかな――あれメイ、戻ってたの」

「うむ。ミヤコの肩はいまいちじゃのう」

「そんなことは訊いてない。ちょうどいいから感知反応系の対術式を編んで」

「ふむ、自動式でいいかのう」

「いいわよ」

「察するに、対応する術式の中身は空白で良さそうじゃ」

 ベッドに降りたメイは欠伸を一つしてから丸くなり、視線だけをリウに投げたまま術陣を一つ、己の下に組み立てた。

 結果が出ない術式だからこそ、陣にして具現しているのだろうとミヤコは察する。実際に魔術の多くは、陣など作らずに現象を発生させるものだ。

「ちょっとそのままでいて。んーっと後は……」

 立て続けに五つの術陣が浮かび、ざっと見る限り合計で十七枚もある。それは一つ、一つと重ね合わされ、凝縮されるようにリウの眼前に並んだ。

 大きさも違った術陣はリウの両の掌のサイズに調整され、両手の間に円柱のように重なってある。

「よしっと」

 最終的にリウは、ぱんと音を立ててそれを閉じ、ゆっくりと両手を広げるようにしてできあがったそれを、床に落とした。

「……ねえリウ」

「なに?」

「創造の術式ってことは、俯瞰すればそれも天属性系列なんでしょ?」

「まあそうね。ちなみにこの板は、高硬度を目的に創ってみたものよ」

 確かに、形状は黒色の板だ。掌サイズである。

「うん。それをどうするかはまだ知らないけど、ここって五番目の大陸でしょ? 天属性系の後押しみたいなのはあるの?」

「ああ、そのこと。いくつか調べてはみたけれど……活性化くらいはするけれど、後押しがある程じゃないわね。創造系術式に対しての潤滑剤に似た効果はあるわよ」

「大陸特有の属性はちゃんとあるんだ……」

「もちろんよ。ただ気付きにくいし――利用している人は限りなく少ないでしょうね。まあオトガイの連中なら逆手に取ってそうだけど」

「そっか。……でさあ、ディドたちのこと」

「うん」

「結局どうなわけ? あたしらが足手まといならいいのか、それとも手助けして欲しいのかよくわからないんだけど」

「それはねえ、まあ私もウーに言っておいたけど。それより、本当に疲れてるみたいねえ」

「うーん、肉体的な部分はちょっとね」

「隠すことと抑制することはまた別なんだけどね。その辺りの論理はわかるけど、実際にどうこうは私の関与するところじゃないわ。ま、少し様子見はしておいて。だいぶ情報も集まって来たから」

「あ、そう。良い機会だからってあたしは思ってるけど、この大陸に関してはあんま実力を隠さなくてもよさそうな感じはしてるよ?」

「そうね。――なにミヤコ、もう刀を抜きたい?」

「どうだろ。いつもみたいに鍛錬できないから、抜きたいのかも」

「相手に合わせて抜くべきかどうかを判断できるようにならないとね。ちなみに、巨人族の系統は遺伝子レベルでの強化だから、施術とは少し違うのよ。血液そのものが原因だ――と考えて構わないかしら」

「へえ……あれ、あたし訊いたっけ」

「メイから視覚情報は得てたから」

 口を読んだのか、それとも状況から推察したのかはともかくも、話が早くて助かる。これに関しては、キッコもよくわかっていなかったようだし。

「明日になれば残りは十四チームかあ」

「そうね。……ああそうか、初戦敗退なら暇よねえ。ちょっとコレ、預けてみようかしら」

「また悪巧み?」

「また、とは人聞きが悪いわねえ。違うわよ」

 ベッドから降りると、代わりにリウがごろんと横になる。この部屋にはベッドが一つしかないので、基本的には一人用だ。

 そして、いつものように村時雨を抱き、ミヤコは床に腰を下ろし、ベッドに背中を預けた。

「どうだった?」

「ん、なにがよ」

「闘技場。あれ、一応は王城の内部にあるじゃん。何か気付いたかなーと思って」

「あの状況じゃあまりね。あっちの三人を調べるのに、メイの視界を間借りしてたから、そっちを優先してたの」

「ああ、そゆこと。んじゃ、二回戦のルール次第ってとこか」

「そうね」

「ディドたちの目的に当たりはつけた?」

「ミヤコは?」

「倒さなきゃいけない相手がいるんだろうな、くらい」

「私も似たようなものよ」

 ふうん、と返事をしてミヤコは瞳を軽く閉じる。

 旅を初めて最初の頃こそ、交代で見張りをしたものだが、ここ二年はそういうことをしていない。リウは横になって眠っているように見えるし、ミヤコもまた刀を抱いた姿勢で眠る。周囲への警戒は表に出さず、けれど何事かあればすぐに起きられるようにはしていた。

 だから眠っているというよりも、躰を休めている形に近い。近いが、けれどやはりそれは、睡眠だろう。

 二人はそのまま、無言で眠る。ただ少なくともミヤコは、明日の第二回戦が楽しみだった。


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