11/16/10:40――リウラクタ・探り、探られ

 リウは基本的に隠れることをしない。

 それは決して人ごみの流れに逆らっているだとか、周囲の雰囲気を拒絶しているとか、そうした意味合いでは決してなく、ただ自然体でそこに紛れていながらも、己の姿を隠そうとはしないという意味だ。

 もちろん状況によっては気配を隠し、姿を消すこともあるけれど、少なくとも現状でそれをやる必要はない。

 たとえ、今まさに尾行されていてもだ。

 市場の見て回った時、いや闘技場から出てミヤコと別れる時から気付いていた尾行だ。あるいはミヤコに対してかとも思ったが、こちらについて来ている以上はリウを目的としているのだろう。

 市場を抜けると正面入り口、そこから住宅区の方へ向かう途中、視線が切れた一瞬を狙って足を止める。

 相手はこちらを見失ったのだとわかった。慌てた気配から尾行慣れしていないことは明らかであるし、何よりも――。

「――どうかしたの?」

 その禿頭の男は。

「落し物でも探してるみたいじゃない」

「リウ……」

 通路の脇で腕を組んだリウに驚いたチェイシェ・ウーはびくりと身を竦めてから、ゆっくりと緊張を解いた。

「気付いていたのか」

「何に?」

 尾行にだと続けようとしてウーは黙る。

 ――何に、だと?

 尾行に気付いていたのはこの状況が示している。ならば、愚答は控えるべきだ。けれどまるで、他にも気付いていることがあると言いたそうな返答だが……。

「ま、初戦突破おめでとう」

「……ああ。そうだな」

「私とミヤコの動きを追ってるなら、無駄な労力だと思うけど。ムツキが調べてるんでしょ? さっきの試合でのこっちの動き。逃げ回ってただけで何もしてないけどね。そっちは活躍してたんじゃないの?」

「ただ、眼前の相手を倒したまでだ」

「ふうん……あ、技能研に用があるから行くけど、いいわよね?」

「構わない」

「――で。これ訊きたかったんだけどさ」

「なんだ」

「あんたたちにとって、私たち二人は強者であって欲しいわけ? それとも弱ければいいの? ――どちらでもいいなら、探る必要もない」

「曖昧なものを、曖昧なままにしておけない性質なんだ」

「だったら、そっちの目的を明かすのが先じゃないの? それがフェアってもんでしょうに……。少なくとも、優勝が目的じゃないでしょう?」

「何故、そう思う」

「優勝して得られるものを欲してないから。名声にせよ、環境にせよ同じことね。それでも参加したいんでしょ? 当日になって残り二人を――それが足手まといでも必要になった。今回の大会だからって理由もあるかもしれない。これだけでそう考えるのは充分でしょう?」

「お前は、ならば、何の目的を持っている」

「言わなかったっけ? フェアじゃない――そっちから明かすならともかくも、そうでないならがんばって探りなさい。私もそうするから」

「俺たちを探ってどうするんだ」

「曖昧なものを、曖昧なままにしておけない性質なのよ」

 同じ言葉を返すとウーは言葉に詰まり、リウは小さく肩を揺らして笑った。

「向いてないなあ。相手から情報を引き出す手法なんかも、不得手ね」

「そうでもない」

「でしょうね。じゃあ相手が悪いって言っておこうかしら。でも合格――私よりもミヤコの方が崩しやすいのは正解だから」

「……お前の言葉はよくわからない」

「ディドがミヤコに接触してるでしょ? だから正解――ディドでも私から情報を引き出すのは難しい。でもそっちの三人で話術が得意なのはディド、それをミヤコに向かわせた判断はなかなか良好よ。ただ、大前提が間違ってるってだけで」

「――なに?」

「そっちが知らないのは当然だけど、まあ私たちも初対面だしね。だからって一日あったのよ? 私がそっちの情報をどのくらい掴んだのかを知らない――それが大間違いってこと。見込みが甘すぎる」

 戦闘技能研究所が見えたため、足を止めて振り返る。

 複雑な顔をしたウーに対し、苦笑して。

「考えてもみなよ。神のお膝元と謳われる五徳家が一つ、ウージ家当代師範、チェインク・カナシェ・ウージが一般人に紛れて大会に参加してる――たったそれだけの情報で、理由なんていくらでも推察できるでしょう?」

「――!」

 驚きが顔に出る、それで落第だ。

 硬直したウーを放置したまま、ひらひらと手を振って別れて研究所に入ると、それほど静かな場所ではなかった。ただ、リウの故郷であるノザメエリアにあった魔術研究所とは違い、居住スペースはなく、どちらかというと図書館に限りなく近い配置になっている。

 とりあえずはと背表紙を眺めながら歩いてすぐに、苦笑が一つ。

 ――予想はしてたけど、やっぱり。

 ここにあるのは技術書ばかりだ。魔術書はまだ発見できていないが――戦術や戦略、あるいは大隊指揮などの書物は一切ない。あくまでも個人技能を中心に研究されている。

 それは、この大会の趣旨でもあり――ならば、大陸そのものの特性とも言えよう。そう操作されているのか、あるいは他が意味を持たないのかはわからないが。

 著者はそれなりに複数ある。内容も著者によって変わるため、一つのジャンルに複数の著者は必要だろうけれど、しかし特に目を引くものはない。

 ――ミヤコの役に立ちそうなものをって考えてる辺りがなあ。

 付き合いが長いのだから当然だけれど、あまり過保護なのも問題だ。

 三十分ほど、時間を潰す意味合いで全体を回って三つほど内容をざっと見たが、そう大したものではない。少なくとも椅子に腰を下ろして読もうとするほどの本はなかった。

 ――やっぱり、歴史書みたいなものはないわねえ。

 図書館が存在しない以上、得られる情報は限られる。ならばと研究所を出たリウは、そういえばウーはどこへ行ったんだろうと思いながら足は住宅区へ。

 直接本人に訊く、あるいは本人の周囲を探るだけが相手を見極める方法ではないのだと遠まわしに伝えたつもりだが、果たして気付いただろうか。もっとも、二人はこの大陸に来たばかりなので、その痕跡を探ろうと思えば別大陸に手を伸ばさなければならないのだけれど。

 警戒されても、こちらから何かをするつもりは一切ない。今のところは、彼らの目的を阻害するような行為には至らないよう心がけている。その先は、どうなるかわからないけれど――とはいえ、まだ明確ではなく推察の段階だ。

 後は、どの程度リウたちの目的と合致していて、利害が一致する度合いか。

 ――ま、とりあえずはいいか。

 そんな結論に至ったリウが、ふと見かけたのは民家の一つ、庭の手入れをしている老婆だった。

 なんとはなしに。

 ああ、この人は話せる相手だと理解する。経験に伴った直感だが、リウはそれをまだ説明できない。

「――こんにちは。庭の手入れ?」

「はい、こんにちは。庭に穴を掘ってるように見えるかい?」

「あはは、それもそうか。草木が多いね、この辺りは雨は降る方かしら」

「たまにゃ降るサ。乾くようなら井戸の水をやるんだ。気をつけなきゃならないのは、やっぱり雨が続く時かねえ。お嬢ちゃん、どうかしたのかい?」

「お婆さんの家でしょここ。大会の熱気の中、とても静かだったから惹かれたのよ」

「ははは、面白いことを言うねえ。いや嬉しいことかもしれないヨ。どれ、時間はあるのかい? 若い子と話をするのは、孫以外じゃ久しぶりなんだ。お茶でも出すサ、入っておいで」

「ありがとう。じゃあ失礼しまーす」

 玄関から入ると一面は土、飛び石が母屋まで続いているものの、リウは迂回する形で老人のいた庭に行く。ざっと見渡すが雑草は少なく、背も小さい。涼を取るためのものか、少し大きめの木も植わっている。

 昨日今日始めた庭ではない。全体を見て言えるのは、庭も含めて母屋がある――そんな均衡がここにはあった。

 庭は家の顔だ。ここを見ただけで家主の性格が見て取れるものである。

「待たせたね。ほれ、こっちに座るといい。粗茶だけどね」

「ありがとう。私はリウ、旅人よ」

「そうかい。あたしゃカンナって云うのサ。旅人ってことはあれかい、嬢ちゃんも大会に出てるのかい」

「そう、頼まれてね。ねえカンナさん、ちょっとこの大陸のことを聞きたいんだけどいいかな」

「知ってることしか話せないけどね、若いのにそんなことを考えてるのかい。なにサ、学者か何かかい?」

「んー、興味本位なんだけどね。――実は私、つい最近になってこの大陸に来たばっかなのよ」

「ははは、そうかい。じゃあそうさね、他の大陸について話を聞きたいもんだ」

「驚かないんだ」

「そうさねえ」

 よいしょと縁側、リウの隣に腰を下ろしたカンナはお茶を両手で持ち、柔らかい微笑みを浮かべる。

「この歳になると、否定することも億劫になっちまってね。嘘か真かは知らないけれど、そういう人と前にも逢ったことがあるのサ。嬉しいことだねえ」

「そっか。行けるはずがない、手段がない、それが当たり前だものね。それが何故なのか疑問を持って、じゃあどんな手段なら可能なのか、そうやって考えなきゃ進むこともできないのに……って、まあそれはいいや」

「よくはないサ。若い頃のわたしに言って欲しかったね」

「カンナさんなら今からでも遅くはないでしょう?」

「上手いことを言うじゃないか。けれど駄目さね、あたしゃもう好奇心ってやつを持ってないのサ。今はこの家がありゃそれでいい。孫娘も一緒に住んでるしねえ」

「お孫さん、今はいないの?」

「大会に参加してるからね、何かしてるんだろうサ。わたしも若い頃はよく出たもんさね、結果はそう良くなかったけれど、今じゃ良い思い出だよ」

「じゃあ、大陸を渡り歩いていた時期もある?」

「そりゃあるサ。そうじゃなきゃ実践もできやしないヨ」

「……正直に言って、私の感想だと妖魔の数が少なすぎる。確かに夜はそれなり、遭遇しないわけではない――そんな意味合いで、いるとは感じたけど」

「三日も旅すりゃ一度は遭遇するけどねえ」

「日中はどう?」

「おかしなことを言うさね。妖魔は夜の生き物だ、日中はとんと姿を見せないねえ」

 やはりそうなのかと思うと同時に、おかしいとも思う。

「他の大陸じゃ、違うのかい?」

「そうね、故郷でもある四番目の大陸フィアの話にしよっか」

「風龍エイクネスの大陸さね」

「活性化するのは確かに夜だけど、日中でもそれなりに遭遇する。たとえば開けた平原なんかだと、空を飛ぶ妖魔以外に襲撃されることはまずない――けど、森に足を踏み込めば一日に一度は見かける。そのために回避する技術なんかは身につけるし、日中は妖魔の方が自粛している場合もあるけど……」

「珍しくもないってことかい」

「そう。ただ、ある意味で共存関係ではあるかな。街には攻め込んで来ない――まあ基本的には、だけど」

「ふうん。この大陸じゃ大会のために実力をつけようって連中が多い、それが理由じゃあないのかい?」

「それも考えたけど――どうなんだろうなあ」

 おそらく違うだろうとリウは思う。

 そもそも妖魔とは人間に対する天敵であり、生態系の頂点に立っていた人間に、均衡を保つために世界が与えたものだ――というのがリウの見解だ。

 食物連鎖の一部になれない人間は、天敵である妖魔を宛がわれたことで、お互いに殺し殺されの関係を作らざるを得ず、だからこそ均衡が保てるようになった。だから、どちらかが滅びれば両方滅びる。だから共存という言葉をリウは使った。

 それは、世界規模のことだと思う。この大陸だとて例外ではない。

「あ、そうそう、ハンターズシステムっていうのがあるんだけど、この大陸にはある?」

「初耳さね」

「まあ旅人の寄り合いっていうか、町や村に旅人が顔を出した時、その場所で問題が起きた時に手を貸すような仕組みなの。状況に応じて依頼料みたいなのを貰えたりするんだけどね」

「なるほどねえ。旅人みたいに力のある連中が、妖魔から人を守ってるってことだね?」

「そうそう。全体の人の数はわからないけど、やっぱり旅人は危険だから数が少ないし。それでも旅に出る人は、好奇心と――もちろん実力をつけること、それに何かを、誰かを、どこかを、守りたいと思うんだよ。妖魔から」

「立派な心掛けじゃあないか。いいねえ、何のために強くなるのかも考えようとしない連中がここには多いってのに」

「そうね。誰かより強くなりたいって――そんなのは、何の理由にもならないわよね」

「はは、リウ嬢ちゃんは若いのによくわかってるじゃないか。嬉しいねえ」

 粗茶という割りにはおいしいお茶を一口。日差しはそう強くなく、湿度も低いため暑さを感じないこの状況において、この熱いお茶はひどく心地よかった。

「――あ」

 しかし、急に空が翳った。視界を上げれば、陽光の下を音も立てずに動いているものがある。

「浮遊大陸……」

「これも、毎度のことさね。すぐに通り過ぎちまうよ」

「――浮遊大陸が通り過ぎる時間、いつも違う?」

「そうさねえ、いつもってわけじゃあないサ。けどわたしが知る限り、パターンがあるとは思えないねえ」

「四番目じゃ、だいたい昼過ぎの時間帯なんだけどね」

「いつもかい?」

「そう、必ずよ」

「世界は海に隔たれて繋がっている、か。あの大陸にも、やっぱり住んでる人がいるのかねえ」

「下から見上げるしかできないから、想像するしかないわよね。いつか行ってみるつもりだけど、私の大陸間移動じゃあそこへは行けないんだよなあ。たぶん、何か足りないんだと思うんだけど」

「いつか行くんだろう?」

「行くよ。必ず」

「だったら今はそれでいいサ。断言できるんなら、嬢ちゃんは必ず行けるよ。間違いないサ」

「ありがと。――大会はさ、やっぱり昔っからあるの?」

「あるサ。わたしが子供の時分からあったさね」

「じゃあ風物詩だね。やっぱりカンナさんも国王には逢ったことはない?」

「ないさね。決勝の時に遠目で見たくらいはあるヨ。たまあに観戦に来てるサ」

 だとすれば、その人物は国王ではない可能性もある。

 まだいくつか、リウの頭の中で繋がらないピースが存在した。だから可能性の領域からは逸脱しない。

「やっぱり四番目とここじゃ、気候も違うのかい?」

「うーん、そうねえ。四番目はどこに行っても、とりあえず風があるわよ。場所によっては突風かな。私が住んでたノザメエリアってとこは、海に比較的近くてね、すごく雨が多いのよ。降らない日が珍しいくらい――まあ、日中は結構晴れてるんだけど、夜はだいたい降ってる。しかも強いから、街の道はぜんぶ石畳。水はけとか気にしないといけないし」

「なるほどねえ。環境によって街の作りは変わるもんさね」

「街って言っても、この王国くらいの広さはあるんだけどね。魔術研究所なんてのもあって――ん、そうだ。この大陸じゃ魔術師は少ない?」

「そうだねえ、相対的に見れば少ないのかもしれないサ。魔術は厄介だヨ、何せ初動が読み取りにくい。あれにゃわたしも苦労させられたさね」

「苦労したってことは、それだけ機会がなかったってことね。でも、まったくないわけじゃない。……んー、厄介だと認識できてるなら逆に研究も行われるはずなんだけどね、誰かが統制でもしてるのか、あるいは」

「重要なことかい?」

「もちろん。意図的に隠されているのなら、その意図を知っておかないと痛い目に遭うのは私だからね。そうやって先回りしておかないと、暢気な態度を見せられないでしょ?」

「あんた、魔性の女ってやつさね」

「いい女って言ってくれると嬉しいけど」

「それは男どもの台詞サ。でも、――逆に魔術師は警戒されるのが常だ。呪術や言術と違って、やっぱり目に見えないからねえ」

「ん……ってことは呪術や言術については、使い手が多い?」

「そりゃそうさね。大会の参加者で純粋な人種は大抵そうじゃないのかねえ。あたしゃ、これでも呪術をちいと嗜んでる」

「ああそれは知ってる」

 と、思わず返答してしまい無言になったため、小さく笑うことで誤魔化した。

「呪術や言術は〝強化〟を主体としているから、大会の理念そのものにも反しないってところかな。肉弾戦が多いみたいだから」

「いないわけじゃないさね」

「だからこそ――と、あら。誰か来た?」

「この気配は孫サ。帰って来たんだねえ」

「あらら、長居し過ぎたかしら。もう行くわカンナさん、いろいろとありがとう」

「そりゃわたしの台詞さね」

「――ただいま。……あれ? お茶が準備してある。誰か、おばあちゃん、お客さん?」

 お茶を置いて立ち上がると、継いでカンナも腰を上げる。だから。

「見送りはいいわよ?」

「何を言ってるんだい、どうせ二度と顔を見せないつもりだろうサ。見送りくらい、させてくれヨ」

「あらら、見透かされてたか」

「あ、おばあちゃん縁側に――……え?」

 顔を見せた孫を見て、リウは微笑む。

「ハイ、ムツキ。おかえり」

「リウ――なんで、こんな」

「カンナさんに話があっただけよ、もう行くわ」

 それ以上の会話は不要だとばかりにリウは玄関に向かう。隣、カンナは喉の奥で小さく笑いながらついて来た。

「なんだい嬢ちゃん、うちの孫娘とは知り合いかい」

「詳しくはムツキから聞いて。――ただね、人と縁が合うっていうのは、こういうことなんでしょうね。本当に見知らぬ他人よりも、知ってる誰かの知り合いの方が出逢い易い」

「そんなものかねえ。まあいいサ、あんたは、言葉通りわたしに話があって来た。その相手はムツキじゃ駄目だったってことさね」

「さすがね。――じゃ、最後に二つだけいいかしら」

「なにサ」

「一つ、今日話したことは内密にしたいのよ」

「構わないさね。なに、他人に話したって与太話サ。うちの孫娘もあんたくらい頭を回して行動して欲しいもんだヨ」

「ん、まあ一応言葉にしとかないとね。とはいっても、話されても困るようなことは話してないし」

「その辺りの線引きはシビアだねえ。前に出逢ったことのある人もそうだったサ。そして、あんたも同様に、わたしには訊かないんだねえ――そいつは誰かってサ」

「知りたかったら、ちゃんと自分で調べて至るわよ」

「ははっ、それもそうさね。他人に聞いて覚えるより、手前で調べて覚えた方が身につくってもんだ。それで二つ目ってのは何だい?」

「確認だけど」

 ムツキの来る気配はない。ならば大丈夫だろう――どちらにせよ、メイの視界情報が送られているため、そちらの映像に集中したい。

「――十六夜の弓に番える矢はなし」

「あんた……そんなことも知ってるのかい」

「ん、まあちょっと……ね」

 かつて四番目に居た頃でも、歴史を漁って調べて至ったものだ。もちろん限定的な情報だが、それでも。

 やはり、この大陸は歴史そのものを残さないようにしているらしい。

「カンナさんが知ってるなら、それで構わないわ。今日はありがとう、ご馳走様でした」

「いいサ。わたしも楽しませてもらったからね。じゃあ――そうさねえ、あんたはどこ行っても大丈夫そうだけど、それでも樹木の導きがありますように」

「カンナさんも、長生きするのよ? ――それと」

 最後に一つだけ、耳元で囁く。

「できる限り、ムツキは生きたまま帰らせる。どんな目的だったとしても、ね」

「――頼むよ」

 動揺せず、ただそう返答できたカンナはやはり、リウが話を聞こうと思った相手だけはある。

 いや違うか。この場合は。

 さすがは、十六夜の名を持つ女性――だ。


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