11/15/14:50――リウラクタ・参加までの流れ

 こっち側は住宅街になっているんだなと、ただその光景を自分の目で把握するだけで、リウラクタ・エミリオンはこの街、王国の規模を推定できた。といっても、単純に故郷であるノザメエリアの二倍程度の規模だ、といった感じの大雑把なものだが。

「しかし」

 その言葉は苦笑交じりに、肩に乗った黒猫のメイへ投げかけられる。

「人が多いわねえ」

「闘技大会、などという言葉も耳に届くのう」

「……そうね。聞き耳を立てた限りじゃ、五人一組でってことだけど……商品は、王城で住む権利だって。龍を目指すならまず王城を当たれってのが鉄則だけど」

 ここ四年で覚えた鉄則だ。王城に住んでいるのではなく、王城に近い。距離的な問題もそうだが、何かしらの記録が残っている場合もある。少なくとも三番目の大陸ドライではそうだった。

 無駄足にはなるまい。

「ま、闘技大会には参加するわよ。その辺りは、こっちが何かをせずとも、流れに乗れば出場することになる」

「その感覚はよくわからんのう」

「私にも、物語の流れくらい、多少はつかめるようになったから。ただし、その場合は、私かミヤコにとって、何かしらの因子が絡むことになるけれど。あるいは――双方にとって、ね」

「そんなもんか」

「そんなもの。だから報告。先に入って偵察したんでしょ」

「うむ。中央に闘技場、その奥に王城じゃ。この大通りは縁を描くように一周しておるのう。こちら側は住宅、研究所、反対側は商店や宿などの施設、広場、そして入り口か」

「研究所?」

「どうやら戦闘技能全般のようじゃのう」

「どの程度かは調べる必要がありそうだけれどね」

 何気なく、空を仰ぐ動作をしながら歩く足を止める――水面下を走る術式に、メイが鼻で一息。二秒ほどで広がりきり、広範囲探査術式は効力を失うようにして消えた。

「五人じゃのう」

「程度が知れた?」

「まさか、そこまでは言わんとも。しかし」

「予想通り、王城への介入は阻まれたわね。こっちへの逆探知は成功したとは言えないけれど……いや、そもそも逆探知までは配備していないのかしら」

「希望的観測じゃろ」

「楽観的だ、と言ってちょうだい。最悪を思考しておくのは常識――と、こちらの危機意識はどっちかっていうと、ミヤコの領分だけどね」

「うむ。あの子の方が危機管理は上手い。主様あるじさまよりも、危機への対応手段が少ないからとも見えるが」

「実際はそうでもないけれどね。ミヤコが村時雨を抜く決意を抱けば、それだけでほとんどの物事は解決できる。そして、それでもなお、解決できない問題は私が解決可能な部類に入る。でもま、ミヤコにとってこれも鍛錬の一環だろうから」

「ふうむ、そんなものかの」

「……四年、か。改めて確認したつもりだったけれど、成長したのかと言われた時は、ちょっとぎくりとしたわ」

「しておるじゃろ」

「ええ――ミヤコは」

わたしから見れば、主様もじゃが」

「私はちゃんと自覚しているもの。だから、改めて直截されるとね……ちょっとこう、落ち込むというか、なんというか」

「うん?」

「私はずっと先を見てる。前を見て、だからまあ旅をして、成長しながら、もっと先へ行こうと思ってるわけ。けど、ミヤコは違った。ミヤコは先じゃなくて今を見てる。ただ見続けた。――未熟だと、その言葉を噛みしめながらずっと足元を見ていた。それは進んでいないんじゃなくて、ただ視点が違うだけなんだけど」

 そう。

「私とミヤコは、やっぱり、違う」

「……わかりきっていたことじゃろ」

「わかっていたけれど、ね。それでも四年なのよ、メイ。――私が振り回している」

「それこそ、ミヤコが自覚してやっていることじゃろ」

「今考えても仕方ないってのは、わかってるんだけどね」

 それでも、潮時なんて言葉を考えざるを得ない。

「……ん?」

 さて、もう少し歩こうかと思った矢先に、それが生じた。いや、生じたというよりも、一直線に全力疾走で、土埃を上げんばかりの気概で、リウに向かって走ってくる男がいたのだ。

 術式に気付いた人間ではない――が、さて、何用かと思ってみれば、彼はリウの目の前で停止すると、膝に手を当てて呼吸を安定させようと足掻く。肘や膝などの関節を露出するタイプの軽鎧。背中には大振りのバスターソード。錬度は、と見当をつけたあたりで苦笑する。

 ――ミヤコと比べちゃ、ミヤコに失礼よね。

 そういうレベルだ。

「姉さん、いいか、ちょっと聞くが――」

 いやたぶん年下だけど、と口を開く前に、顔を上げた男が言った。

「――その猫は、触っても大丈夫だろうか」

「はあ?」

 失敬、と言った男は一度咳払いをして、姿勢を正し、こちらを見る。

「つまり、その猫を触らせてもらえないだろうか」

「だって、メイ」

「妾は人に構われるのは、あまり好まんのう」

「振られた!? なんでだ! どうして俺はこんなにも好きなのに、一匹も近寄ってきてくれないんだよ! ホワイ!?」

「構うからでしょ」

「構うからじゃのう」

「…………!」

 そうなんだけど、そうなんだけど、なんて呟きながら頭を抱えてしゃがみ込む。一体なんなんだと思っていると、男と同じように走ってきた女性が、そのまま男を蹴り飛ばした。

「ぬお!」

 派手に飛んでいく。なかなか良い蹴りだ。

「――ごめんなさい。お騒がせしました、あの馬鹿が」

「なんか大変そうねえ」

「まったくじゃの」

「え……猫族? 猫族が、人と一緒に行動している……?」

「ああ、違う、違う。この子は私の使い魔みたいなもの」

「――魔術師!?」

「ええ、そうよ。この辺りでは珍しいでしょうけれど」

 話の流れでそう断言すると、メイが意味ありげな視線を送ってくるが無視だ。この程度はハッタリにすらならない。驚いた時点で情報を開示しているようなものだ。

「こっちは二人だから、そっちが三人なら都合が良いだろうけれど?」

「――」

 これはハッタリだ。昔と比べて、ここ四年で随分とリウは性格が悪くなったと、メイは思っている。驚きに硬直し、それが警戒に変わるよう促しのための笑いを一つする辺りなんて、本当にどうかと思う。

「あなた……」

「安心なさい。私、戦闘はからっきしだから。相方はそっちが専門だけど、ただの旅人よ」

「いてて……旅人? あんたが?」

「あら、頑丈ね」

「いつものことだからな。どうも、猫を前にするといけねえや。悪かったな」

「へえ? あんたの方が話し合いは得意そうね。それだけ失敗の数が多いから、だろうけれど」

「見透かすねえ、こいつは参った。俺はディド・フェルムだ。ディドでいいぜ」

「私はリウ・ヴィクセン。リウでいいわよ」

「ん。こっちのはムツキ・十六夜だ」

「へえ?」

 にしては、袴装束ではなく、弓を背負っている洋服だ。まだ継承していない、なんて考えは除外する。装束は生き様だ、そういう問題ではない。

「リウは闘技大会に参加するのか?」

「そうねえ――人数が揃えば」

 言って、やはり小さく笑う。けれど瞳は笑っていない。

「……あんた、怖いな」

「それがわかっていれば、付き合いは楽になるわよ。で、どうする? そっちが三人なら数は合うって話だけれど?」

「わかった」

「ディド!」

「先に危険を教えてくれたんだ、ありがたい話じゃねえか。こっちにはもう一人いるが、どうだ。少し話さないか」

「いいわよ。相方が食事処にいるから、そっちで良ければ」

「おう」

 頷きがあったので、そのまま背中を見せて歩き出す。ミヤコの位置は先ほどの探査術式で察知済みであるし、そうでなくとも通信術式を遣えばすぐにわかる。

「どんな流れじゃ、これ」

「少なくとも性急の二文字は隠せていないでしょうね」

 ちらり、と後ろを振り向けば、二人は小声で何かを話しており、すぐにムツキが傍を離れた。なかなか妥当な判断だ。この場合、最悪であってもディドにしか被害は向かない。

「メイ、今夜は仕事」

「わかっておる」

 言って、メイはひらりと飛び降りると、影の中にそのまま消えた。死角になっているので見えなかっただろうが、後で言及はされるかもしれない。

 さて、どうすべきかを考えながら商店街を抜け、しばらく歩いた先にある店へ入ると、テーブルに突っ伏していたミヤコが顔を上げ、ひらひらと手を振った。どことなくやつれているようにも見える。

「ふうん?」

 ディドに視線を向けたミヤコは、居住まいを正す。隣に座ったリウに半眼を向けるが、反応はなしだ。

「で、そっちのがリウのつれか?」

「あ、うん、そう。あたしはミヤコ・フォレスト」

「ディド・フェルムだ。ディドでいい」

 剣を外して対面に腰を下ろしたディドは、男性にしては背丈が低い方か。

「あんたら、闘技大会に出場するつもりなのか?」

「確認ね。どうかしら、たぶんその質問の意図を明確に読み取った上で返答するのならば、否定すべきなんでしょうけれど」

 それはそうだと、ミヤコも頷く。

「は? どういうことだ」

「出場を目的でここへ来たのかと問われれば否ってことよ。大会の存在を知ったのは、ほんのついさっきのこと。ここへ来てすぐに、だから。けれど、出場したいのかと問われれば肯定ね。興味はある。そうでしょ、ミヤコ」

「うん、まあね。どういう大会かもよくわかってないけど、五人一組で勝ち抜きみたいな感じ?」

「おいおい――大会のことは、それこそ大陸全体で浸透しているくらい、メジャーだと思ってたぜ」

「だろうねえ」

「でしょうね」

 似たような頷きをした二人は視線を合わせ、ミヤコが口を尖らす。

「腕に覚えはあんのか?」

「答える前に、まずは大会のルール説明を」

「ったく……五人一組での参加が絶対条件だ。んで、受け付けは今夜まで。参加数によってルールは細かく変わるが、大前提として殺しはなし。その時点で失格だ。たとえば、五組が一斉に戦闘する場合、チームの中の一人でも残っていれば、そのチームの勝ち。次の戦いに参加する際には、必ずしも五人必要とは限らない。ま、不利にはなるが」

「じゃあ最悪、私たち二人は人数合わせだけってことでも構わないのね?」

「第一回戦には参加してもらうことにはなるけどな」

「参加制限は?」

「それも、基本的にはない。リウみたいな魔術師でも、ミヤコみてえなタイプでも。こっち――つまり、俺としては、殺して失格なんてことをしてくれなけりゃ、誰でもいいって感じだけどな」

「――どうかしらね」

「うん、それは本当かもしれないけど、本音じゃないよね」

「あん?」

「誰でもいいなら、今まで決めなかった理由がないからよ。最終日まで待っていたのは、誰かを探していたか、何かしらの理由があったのか――ま、探りを入れるのは後回しね。ディドがそうであるように、こっちも警戒してるってことが伝われば十分」

「同じことで、大会へ出場したい理由も後回しだね」

「ミヤコ」

「そうだなあ、連携なんて無理だし、こっちを頼らないって条件で、それなりに好きにやらせてくれるなら、まったく問題はないんだけど」

「あんたらにとって、その方が都合が良いってことだな?」

「うん」

「そうね。最初の質問に戻るけれど、実力そのものは――どうかしら。自分たちの判断では、そこそこよ。少なくとも二人旅ができているし、下手を打つこともない。そうねえ、生き残るだけを考えれば、最後まで残れるかしら」

「相手がどの程度かにもよるなー。あっさりやられるつもりもないけど」

「あー、そこらへんは一戦交えるか、どうにかしなきゃわかんねえよなあ……」

「あたしはともかくも、ディドはどうなの?」

「俺か? 前回は三回戦……準準決勝までは残ったんだけどな。とはいえ、去年はこっちも、三人揃って出てたわけじゃない」

「その辺りの事情を話す必要はないわよ」

「ああ、その方が助かる。つーか、まあ、俺は元元この街の生まれでな。昔から大会のことは知ってるし――出場回数もそれなりに多い。初戦で終わるってことはねえよ」

「ん」

 頷き、ミヤコがリウに一瞥を投げた。

「そうね。こちらとしては構わないわよ。むしろ、流れとしては助かるし。だからディド、そっちの残り二人に話を通してきたら? しばらくはこの店に留まっているから」

「ん? ああ……そうだな、わかった。一時間もしねえうちに戻る」

 再び立ち上がって出ていくディドに、二人は一度も視線を向けなかった。リウは軽食を頼み、ミヤコはだらしなくテーブルに頬杖をつく。

「とんとん拍子」

「そうね、警戒は充分に、ただし表には出さない。うまく物事が進む時こそ、立ち止まるべきなのは、どのような状況でも同様だもの」

「往往にして結末は割に合わないもんね」

「……なんか疲れてるわね」

「あたし? あー、仕立て屋に行ったら採寸されたの。もみくちゃ」

「あらら、それは大変ね。今まで外見に気を遣わなかった報いだと思いなさい」

「リウも敵か……」

「ミヤコがずぼらなのよ」

「いいけどね。――金属の相場が安い。地下資源が豊富なのかな」

「三流品ばかりでしょ」

「見た限りはね。消耗品であることを前提な感じもあるけど、外――つまり、王国以外の街では鍛冶が多いみたい」

「ん、その辺りは予想済みだけれど――闘技大会の意味は?」

「逆じゃない? 鍛冶が多いから、闘技大会にした」

「妥当な線ね。宿は?」

「とった。オトガイんとこの先代っぽい人が女将やってた。すげーヤな流れだ、と思ってたところ」

「あんまり気を回さなくてもいいわよ。ディドたちのことも、メイに任せるから」

「調査?」

「そう」

「ふうん……ま、当てにしないのはいつものことだけどね。今回はリウと一緒に行動かー……どれくらいぶり?」

「二年くらい」

「だよねえ」

 一緒に旅をしているけれど、それはあくまでも道中だけだ。それがどれほど小規模であっても、街や集落に入ってしまえば、それぞれ別行動をとる。リウには目的があるし、ミヤコにはその目的に同行する理由がない。けれど、旅を同じくする目的がある。だから、お互いに好き勝手に行動していたわけだが。

「なんか、そっちのがすげー嫌な予感する」

「なによ。トラブルの持ち込みはお互い様くらいでしょ?」

「トラブルの難易度で分別してよ」

「…………お互い様よね」

「目ぇ逸らして言うなー」

 とはいえだ、ここ一年ほどは目立ったトラブルはない。それだけお互いに回避手段を持ったというわけだが。

「刀、どうするの」

「いつも通り、基本は抜かない。ただ、一度抜いたらその限りではないけど」

 それも、村時雨ではない方の話だ。

 四年。

 未だ至らないミヤコは、村時雨を完全に制御しきれない。それでもかつてとは違い、隣で立って歩ける程度の関係にはなれたけれど、助力を請うような形だ。

 だからいたずらに引き抜かない。抜いて後悔したのは三年前に経験済みだ。ただ強すぎるだけで、その力はトラブルを引き寄せるなんてことを学んだ一件である。

「闘技大会かあ……あたし、楽しんでいいのかな、これ」

「いいんじゃない? 今回は、比較的早く目的が達せられそうだし」

「へ? そうなん?」

「ま、闘技大会が終わるまでには、少なくとも道筋は見えるから」

「そっか。んじゃ、影響が残らない程度には遊べそうだね」

「そっちもあまり気にせずとも良いけれどね。闘技大会なのだし」

「そうかな?」

「最初から本気でやれば、それこそぶち壊しになるでしょうけれどね……」

 ミヤコは、やんないでよと睨むが、そういうことではない。単純にミヤコ自身の技量が、そこらにいる連中よりも飛びぬけているからだ。

 ――自覚なし、か。

 ここ四年で、ミヤコは相手に合わせることを学習した。鍛錬の時は除外されるが、基本的にはそうだ。そして、己が未熟であることを、リウの傍にいることで常に感じている。それゆえに、相手を見下すことがない。自分より弱い相手を見ても、基本的にはまず合わせから入る。

 だから――初手で相手を圧倒することは、まずないのだ。あったとしても、よほど緊迫した状況などの条件が付随する。ある意味で厄介な子なのだ、こいつは。

 そして、また同時に。

 ここ四年……いや、厳密には三年ほど、ミヤコを圧倒できるだけの実力の持ち主は、現れていない。

「そこをどうにかしてやるのは、過保護よね」

「え? なに?」

「なんでも」

 仮に――圧倒できる人物がここにいたとしたら。

 たぶん、そこで二人の道は別れるのだろうと、そんな予感もした。


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