空歴385年

11/15/14:30――ミヤコ・闘技大会の熱気

 そういえば、という一言でその会話は始まった。

 街道から外れた場所を歩いていた二人の少女は目的地でもあるフェスリェア王国の外壁を視認した位置で休憩をするため、芝の上に腰を下ろしている。

 湿度は低く気温はそこそこ高く、通り抜ける風が心地よいと思える気候は五番目と呼ばれるこの大陸では当たり前のものだ。雨は時折訪れるものの後に残るようなしつこさはなく、強い風と共に降る豪雨でもない。そのため自然災害と呼ばれるものとは無縁だ。

 簡素なワンピース姿の女性は陽光の眩しさにずりずりと日陰へ移動しつつ、近くで寝転んでいた黒猫を膝に乗せた。

「そういえば、なんだけど。二人旅をするようになってからどれくらいになる?」

「ええっと」

 旅立ちを思い出すのはやや童顔で、この大陸であっても珍しい和服――袴装束に刀を左腰に佩いた少女だ。

「四年かな?」

「そんなになるかしら」

 ならば十八になったんだとリウラクタ・エミリオンはどこか他人事のように呟き、黒猫のメイを撫でる。同い年の袴装束であるミヤコ・楠木もどこか感慨深げに頷いた。

「どうなのかなあ。多少は成長したのかな」

 今まではずっと、三番目の大陸ドライで過ごしていたためか、日陰に入っても熱気を感じないことが、まだ違和感として残っている。逆にミヤコは陽光の下でも汗一つでない状況に新鮮味を感じていた。

「お互い、背はちょっと伸びたでしょうね」

「……そっかな?」

 髪はちょっと伸びたかもしれないけど、なんて思いながら前髪に触れるミヤコだが、成長期を四年も過ごしたのだから、背丈も伸びたし、佇まいにも落ち着きが見える。かつてと違い、ミヤコの左腰には一振りの刀と、脇差のような小太刀が佩かれていた。リウは変わらず身軽な、ともすれば旅人には見えないような服装だが――。

「リウは、なんか先生に似てきた」

「…………それ、褒めてる?」

「そのつもりだけど」

「物凄く心中は複雑だけれどね、そう言われると」

「ん。……あ、今回は宿取るのあたしだっけか」

「面倒そうだから早めになさい」

「はいはい。んじゃ――」

 軽く伸びをして振り向けば、既にリウの姿がなく、ため息と共に左手を刀の柄に置いて肩を竦めた。何をどうしたのか知らないし、わからないが、よくあることだ。いや、よくあることなのに察知できないのは、ミヤコが未熟だからか。

 五番目の大陸フュンフにおいて最大とされる王国、フェスリェア王国。どの程度の規模だろうかと外から見る限りではわからないが、少なくとも、国の規模はともかくも、この大陸そのものは、小さい。俯瞰したわけでもないのにそれがわかったのは、ここ五日ほど出歩いていて、非常に海が近かったからだ。

 ――天龍ミカガミのいる大陸、かあ。

 いくら魔術に疎いミヤコでも、七則における天属性が創造系列であることくらいは知っている。きっとリウも、だからこそここへ足を運んだのだろう。天龍ミカガミに逢うために。

 正面からは入りたくないなあ、なんて思いながら入り口へ足を進める。この四年で多くの失敗をしてきた中でも、儀式の生贄に使われそうになり、街中から敵視されて捕獲されそうになったのは苦い思い出だ。あれ以来、初めて入る場所にはひどく気を遣うようになった。

 それでも人の出入りがあり、門がなく開けている場所は、そういう問題も起こりにくい。おそらくは大丈夫だろうと思うのだけれど。

 街道に出てから出入り口に向かうが、王国だというのに警備兵が立っている様子もない。開放感があるのかと思った矢先、大地から這い上がる熱気に思わず足を止めそうになる。

 ――ざわめいてる?

 できるだけ気にしていない様子を心がけ、人影に紛れるようにして移動する。この手の技術は旅に出てすぐに教えられたため、経験もあってか堂に入ったものだ。

 けれどミヤコは、紛れ切れていないことを自覚している。あくまでも周囲に紛れるのであって、隠れているわけではない。ただ不審な動きを避け流れに逆らわないようにしているだけ――でも、ある。

 活気がある下町だと思うのと同時に、けれど多くは外から来た、いわゆる旅人だとわかる。服装や歩き方などでそれは察せられるけれど、そこに慣れがあるとなると、ここは交易の中心にでもなっているのだろうか。

 入って右にとりあえず歩いていると市場がすぐにあった。人気が多く、そしてほとんどの人間が武器を携帯していた。並んだ商品も武器や防具が大半を占め、奥に目を凝らせば食料品などは他でまとまって販売している様子が見える。

 同じような格好の武器であっても店によって材質が違う。掘り出し物専門の露店もあったが、それこそ買うのには難しい店だ。ミヤコはまだこの大陸の相場を知らないため、吹っかけられてもわからない――いや。

 だからこそ、こうして店を巡ることでそれなりに相場を掴もうと思っているのだが。

 ――前の大陸よりも武器製品は安いかなあ。

 ただ、安ければ良いわけでもない。安くて粗悪品なら意味がなく、だからこそ悪くなさそうに見せるものだが――その辺りの観察眼はミヤコよりもリウの方が上手だ。しかしミヤコはそもそも扱える武器が少ないため、興味があるのは生活に関わる食料品の値段なのだが。

「ん? ――ね、ちょっといいかな?」

「いらっしゃい!」

「あ、ごめん。客じゃなくてね? そこのチラシ、闘技大会って?」

「おう、なんだ嬢ちゃん、知らねえのか? ははは! どこの田舎モンだ、珍しい服装しがやって。毎年開催される闘技大会だぜ」

 客じゃないと伝えたのに、大して気にした様子もなく禿頭の親父は元気よく答えた。なんでも五人一組で戦い抜き、優勝者は王宮に招かれ、また王室を一年間借りられる大会らしい。なるほどね、なんて頷いてから礼を言ってその場を去る。

 ――五人かあ。

 仮に一人ならば参加しても良かったのだが、今から五人を集めようなんて気にはならない。それでも観戦くらいはできそうだし、良い暇つぶしにはなりそうだ。けれど、リウはどうするだろうか。王城に近づく手として使いそうなものだけれど。

 商店街を抜ける前に、INNの看板を見つける。この賑やかさでは、空室などどこにあるかもわからない。虱潰しでいいか、と思って扉をくぐると、内部は簡素だった。木造の建築物であり、三階建て。一般的には一階を食堂にするのだが、ここはそうではない。宿としては、本当に寝る場所を提供しているだけだ。

 客入りがあるのかなあ、と思いながら、カウンターの中で座りながら何かをしている女性に声をかける。何をしているのかと思ったら、編み物だった。

「部屋、空いてる?」

「――空いてるよ」

 邪魔するんじゃないよ、みたいな対応だったけれど、ミヤコにとっては慣れたものだ。どこにでもこういう人物はいる。あるいは、客に対する試験である場合も。

「じゃ、一室で二人。何日かわからないから、とりあえず一枚で」

 ラミル金貨を取り出してテーブルに置くが、反応なし。どうやら金に執着するタイプではないらしい。これ一つで対応が変わる人もいるのだが。

「帳面、書きな」

「偽名だけどね」

 こちらにも反応なし。まあいいか、と思ってフォレスト、ヴィクセンの名前を帳面に書く。それを女性は一瞥した。

「あんた、名前は?」

「あたしはミヤコ」

「おかしな人だね、あんたは。二階、一番奥の部屋だ。面倒起こしたら出ていきな」

「はあい」

 鍵を渡され、それを懐にしまってから、また外に出る。未だに緊張していることを自覚していたミヤコだが、しかし。

 ――その。

 その、龍の顎を模した看板を見つけ、肩の力を抜いた。

 オトガイ商店の看板だ。

 そして、オトガイが店舗を構えている以上、最悪はない。ある程度のトラブルがあったところで、取り囲まれて逃げ出すような結末にはならないだろう。だからというわけではないけれど、ミヤコは迷わずに中に入った。

「あれ?」

 カウンターで女性が編み物をしていた。さっきも見た光景だ――が、声が出たのはそちらではなく、店内における防衛に関する配備が、ほとんどなかったからだ。

「ん? やあ、いらっしゃいミヤコ・楠木――と、なんだひどい有様だな」

「話が早くて助かるんだけど……なに、さっき宿で見た人と似てるんだけど。あとなにがひどいって?」

「宿で見たクソ婆なら先代だよ。ひどいのは言ったじゃないか、その有様だよ。いつから仕立て直していないのか知らないけど、袖は短いし足も見えているし、肩幅も合ってないとなれば、ひどい以外の言葉は思いつかないね。ボクなら半日と持たない格好だ」

「うっわー……そうかな?」

「そうだよ、どんな節穴だ。それとも衣類の感覚そのものが鈍いのか? ――なんてね。まあ嘘は一切言っていないし、率直な感想だけれど、ファボムからミヤコとリウのことは聞いていてね、仕立て屋のボクに話が回ってきたわけだ」

「仕立て――あ、そういえば名は?」

「今はボクがストリルスだ。面倒だからルスでいいよ。あの板金屋のファボムがその刀を渡したんだろう? もっとも、ボクが気付いたのはその紋様さ」

「ま、オトガイだもんね」

「そういうことだ」

「仕立て屋っていうのは、なに?」

「衣類を専門にしているって意味さ。厳密には布――糸の専門は別にいるけれど、ありゃ武器だからね、ボクとはちょっと違う。趣味は、まあ、合っているけれど……ミヤコ、服に触れていいかい?」

「どうぞ」

 よし、なんて言って編んでいたものを、あろうことか足元にぽいと捨ててしまったストリルスは、カウンターを飛び越えて近づき、袖をゆっくりと撫でた。

「――さすが、摩耗はそれほどないね。けれどこれじゃ、袖口に暗器も隠せない。製造されてから……ざっと四年ってところか」

 さすが、と思うのと同時に、これはじゃあ、旅立ちの際に造ってくれたものなんだな、なんてことを初めて知る。

「……ん?」

「どうかしたかい?」

「あー、いや、なんでも」

 足元を水が逃げていくような感覚があった。これは以前にも経験したことのある、リウが使う広範囲探査術式グランドサーチだが、これまた珍しい。新しい土地ですぐに行うとは、一体どんな理由があるのやら。相手に気付かれれば厄介だろうに。

 それとも。

 気付かれることを期待して――か。

「ところで、滞在は何日になる?」

「へ? まだ決めてないけど、最短でも五日くらいはいると思う」

「闘技大会に興味は?」

「それなりにあるし、たぶん参加はできないと思うけど、あたしはリウが出るって言えば、たぶんそれに従うだろうからさ」

「なるほどね。正直に言って、君たちの関係に興味はない」

「本当にはっきり言うなあ……」

「過ぎることもあるらしいから、気にしなくていいよ。ボクはこれから、明日までに君の服を仕立てなくちゃあならない。心配はいらないよ、ボクにとっては二度目だ。慣れたもんさ」

「へえ、そりゃ珍しい」

「うん。ということで採寸の時間だ。服を脱いで触られるのと、そのまま触られるのと、どっちがいいかは選択権をあげよう。なあに、気持ちいいなんてことはないから安心していいよ。ちなみにボクは同性愛を許容しているけれど趣味じゃない」

「うげ」

 逃げ遅れた、と思ったが、どうしようもなかった。

 きてそうそう、どんな試練だ、これは。


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