02/20/22:50――朝霧芽衣・上官の一声
学園にある教室、休憩室の六割に展開された術式により、現場の映像を見ることが可能になっている。この六割、というのも、今の時間にはもう眠っている人もいるし、また見たくない人への配慮であって、以上でも以下でもない。全てを統括しているのは鷺城鷺花だ。
二十二時を過ぎてからは、全室の出入り口の開閉が手動式となり、基本的には閉めるよう配慮された。これもまた、声が外に漏れることで、睡眠中の人を邪魔しない配慮になる。
映像は大きく三枚展開され、あちこちの角度から映し出されている。解像度そのものは高いが、拡大や縮小、場面の移動などが戦闘速度と比例してしまうため、追うのにも限界があるが、朝霧芽衣に言わせれば退屈なことこの上ない。つまり、今行われている戦闘とは、その程度なのだ。
「場を温める必要性まで否定せんが」
退屈の二文字は消せんもんだなと、芽衣は腕を組む。
「どうだアキラ」
「お前ェよゥ、本格的にタメ口たァ、どうにかならねェか」
「ならん。だいたい、アキラがこんなところにいるのが悪いと、そういう自覚はないのか? 見ろ、田宮や浅間は当然としても、北上や七草も微妙な顔をしているではないか。それとも、ここで一つ、解説でもしてくれるのか?」
「冗談じゃねェ。わからねェならそれまでだ。違うか」
「ふむ。まったく正論なので反対はしないが、実に癪な言葉だ」
「お前ェなァ……」
「おっと、なんだ、丁寧な解説がきたな」
映像の一つに補助が入った。拳銃の射線や、術式の発動に応じて色づけで表示される。取得情報量が増えた形だが、それをきちんと処理できればわかりやすい、といった程度のものだ。
「どれほど至っても、ここで終いになるとは、これも一つの証明か」
「俺は昔から知ってッけどな、むしろよく続いた方だぜ、連中はな。特にベルは、度が外れてた」
「私は情報としてしか知らんが、ベルの生き様というのは、どうなんだ?」
「そうだなァ……挑戦、とでも言えば聞こえは良いンだけどな。右腕、左足、左目……食われた順番までは忘れたが、ありゃァ自分から喰ってもらったと、そういうことなんだろ」
「対価を先に支払ったのはわかる。だが、ベルは何を得た」
「さあなァ。少なくとも経験と、痛みは知っただろう。義体技術の発展で、生活そのものに影響がなく、狩人としちゃ補強になったかもしれねェが、それこそ結果論だろうがよゥ。そンなもんがなくたッて、あいつァ同じことをした」
「ふむ」
「ベルには、それしかなかったンだろうぜ」
「強迫観念ではなく、それを選び取ったのだろうが、とてもじゃないが真似しようなどとは思わんな。むしろ、普通でなくて良かったと、厭味ではなくそう思う。いいか田宮、真似はするなよ」
「しねえし」
「できないと、そう返せ」
「潦は、どうだ」
「ん? ああ、フェイの銃技はさすがに目を張るものがある。直線にしか飛ばない銃弾で戦場を構築することの困難さは、以前より着眼していたが、随分と上手い。弾切れを待つ消極的な方法では打破できんだろうな」
「そうさせない、が前提だろうがよゥ」
「そうしてみれば、
「朝霧さん、そりゃ過大評価だ。俺じゃそこまで行かないよ」
「その見極めができるだけでも、充分だと言っているんだ。しかし――焦らして楽しむ趣味を、教えた覚えはない」
あくまでも、前座扱い。その中に兎仔が含まれることを、芽衣は仕方のないことだと思いながらも、長時間付き合うつもりはなかった。
ちらり、と腕時計に目を走らせれば開始から既に三十分近くが経過している。短気だとは思っていないが――それほど、気が長い方でもない。
「この程度が潦兎仔だと、大多数に理解されることは、私だけではなく、北上や七草だとて許容すまい」
「あー、やっぱ兎仔さん、手ぇ抜いてます?」
「充分に凄いとは思うけれど、兎仔さんだものね」
「そうとも。――この私を越えるくらいでないと困る」
組んでいた腕を外した芽衣は、ゆっくりとした足取りで映像にまで近づくと、左手を手首の付近まで突き入れた。映像そのものは術式であるため、本来ならばすり抜けるはずが、見物人たちには目視できないものの、抜けたはずの手首から先はない。
「ふむ――」
『ちょっと芽衣。馬鹿なことしてんじゃないの』
「なんだ鷺城、どこにいるかは知らんが、この邪魔はお前か?」
『当たり前でしょ。なにを介入しようとしてんのよ……こっちで総括してるんだから、余計な手間を増やさせないでちょうだい。ほら、とっとと手を抜く』
「仕方ないな。では鷺城、私の声を届けてくれ。可能なんだろう?」
『誰に』
「もちろん、兎仔にだ。前座はもういいだろう」
『しょうがないわねえ……雨とか、風とか、環境音をいちいちフィルタリングした上で、あんたの声だけを抽出するの、結構面倒なのよ』
「その手伝いをしようとして、干渉した私に対し、介入するなと言ったのはお前だ」
『それで取引を持ちかけてるつもり……?』
「作業時間中の暇潰しに、会話を繋げているだけだ」
『ったく……はい、繋がったわよ』
せいぜい、両手を広げたほどのサイズの映像が芽衣の傍に新規投影された。そこには兎仔とフェイの戦闘だけが映し出されている。
「――兎仔」
声を放てば、戦闘中でありながら、銃を撃つ手を止めず、背後を振り返るよう兎仔の首が動く。芽衣には、視線を合わせた兎仔が映っている。
「どうした兎仔、これが忘年会の余興ならば楽しむところだが――余興にしては長すぎる。あまり私を退屈させるな」
『――はは』
再びフェイを見た兎仔は、ようやく動き始める。それでも、芽衣の手元の映像では、ずっと兎仔を追っていた。
『そりゃ、まずいですね』
「うむ。それとな兎仔、――私は境界線を二つほど踏み越えた」
『――』
「どうした、早く来い。そして抜いて行け。それでこそ潦兎仔だと、私に誇らせろ」
ぴたりと、兎仔の動きの一切が停止した。右手に持っていたP229を放り捨て、二村双海が創り上げた
その間にも切断術式の余波が飛び交い、フェイは攻撃の手を緩めない。だがそれらのすべてが、兎仔に届く前に壊れてしまっていた。
そうして、兎仔は戦場を〝破壊〟する。
〝
だから。
戦場と呼ばれる場所の破壊点だとて、見れぬはずがない――。
回転式拳銃の弾装は六発、弾は九ミリ。四発を使って場を壊せば、そこからは自分の場を作り出せる。五発目は牽制として、フェイの機先を封じ、六発目の時には既に、フェイの背後。
六発の速射、七秒にも満たない時間での行動。俯瞰映像では、おそらく捉えきれていないし、たとえ捉えていたとしても、目で追えた者は少ない。
だが、六発目は発射されなかった。
銃口とフェイとの間に、扇が一つ、挟まれたからだ。
『ここでフェイを殺されては、困るのでね。以上で良いだろう、フェイ。己の未熟を嘆きながら、苦い酒でも交わそうではないか』
『……そうね』
ふん、と鼻で笑った兎仔はシリンダーを外し、空薬莢を捨ててから六発すべてを装填してから、振り向く。
『無様なところを見せちまいました』
「いや、構わんとも」
『これから、越えに行きます』
「期待していよう」
ふ、と息を吐き出せば、手元の画像は消えた。
「――すまんな鷺城。手をかけさせた」
返答はなかったが、それでいいと思って芽衣は煙草に火を点けると、紫煙を天井に向けて吐き出す。
「これでようやく、対等だ兎仔。次の境界線は、遠いぞ」
同じ場に立ってこそわかる景色の中、そこから更に向かおうとする相手への言葉は、本人には届かないことを前提に、ぽつりと呟かれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます